大会議にて
「それでは議案について確認したところで、早速此度の事件について話をいたそう。そのことについて最も詳しいと思われる、モルス殿の召喚要請が複数のセナートル及び領主殿から出ていたが」
どうやら出番が来たようだ。ミササギは考えるのを止めると息を吐いた。壁によりかかっていた体を起こして、服装を整える。
「モルス殿が多忙の中、召喚要請に応じてくれた。――モルス殿、ここへ」
クストスの呼び出しを受けて、ミササギは扉を開くと議会場に出た。
そこは、議会長席の横にある入り口で、彼はまず、一番奥の高いところにいる王にお辞儀をしてから、議会長席にいるクストスに礼をした。うなずいたクストスは、ミササギに空いている台の前を示す。
ミササギはそこに立つと、目の前に広がる議会席に向けて礼をした。三百人ほどの視線を受けながら、彼は口を開いた。
「此度の会議への呼び出しに応じ参上した。私がモルスになってから、このような公の場に立つのははじめてのこと。改めて、紹介代わりに名乗らせていただこう。私は、第二十二代モルス、ミササギ=モルス・クラーウィスだ。呼び出しの要件は、王都で起きている事件についてとのこと。早速だが要件を聞こう」
そう言うと、議会席にいる一人の貴族が立ち上がった。知らない顔だ。
「モルス殿。ではまず、あなたには失望しているということを、議会からは述べさせていただく。話によれば、あなたが王都の外れに出た巨大な魔物に対処してから二ヶ月ほどたつという。それなのに、未だ事件の首謀者がわかっていない。これは、大きな問題だと思われるが」
「証拠が足りないから、というのが一番の理由になるが」
「それは本当のことでしょうな? あなたは魔法を自由に使える身であるというのに。魔物が魔法によって操られていた可能性がわかるのだ、首謀者もわかるはずでは?」
「端的に申し上げれば、魔法は万能ではないということ」
ミササギはその貴族に、冷静な声で言葉を返す。
「魔法を使用した跡が残っていても、誰が使ったのかまではわからない。そういうものなのだ」
「だとしても、時間がかかりすぎている。あなたがはじめてながら『
立ち上がった別の議員の言葉に、ミササギは薄く笑ってから眼光を強めた。
貴族の言葉を皮切りに、周りが少しざわめき始める。予想はしていたが、この場に呼ばれたのは噂のことが理由だったようだ。
「よもやあなた方のような高貴な方々が、下らない噂を信じているとは思わないが、これだけは言わせてもらおう。断じて私は首謀者ではない、と」
「しかし」
「しかし、確かに時間がかかりすぎているのは、私の不手際と言える。そのことを否定するつもりはない。だからこそ、必ず首謀者を見つけ出すつもりだ」
ミササギがそう言うと、二人の貴族たちは黙った。そこに一人の議員が手を挙げ、立ち上がった。
「……モルス殿。その自信はどこから来ているのだろうか?」
その議員はオレンジ色の目を、ミササギに鋭く向けた。薄い茶色の髪を持つ厳格な議員は、どこかセセラギに似た顔立ちをしている。
彼のことを視界で捉えて、ミササギは胸の内でため息をついた。
「そこまで言い切るということは、ある程度までは見当がついているように聞こえるが」
「クラーウィス殿」
ミササギは、その議員の名を呼んだ。
「確かにあなたの疑問ももっともなことだ。お答えしよう。まだ、誰がとまでは言い切れないが、少しずつ相手の情報はつかみつつある」
「それならなぜ」
他の議員が口を挟もうとしたが、ミササギは制した。
「なぜその情報を言わないのかというと、理由は単純だ。禁忌である魔法が使用されている事件だ。相手が魔法を使えることを考えると、情報をより慎重に扱う必要があるということをご理解いただきたい。ご案じなされるな、クストス殿にはある程度の情報をお伝えしている」
議員たちに向けて、肯定を示すようにクストスはうなずいて見せた。
「我もクストスより聞いている」
王も静かに同意を示す。それにより議員たちの厳しい眼差しは、少し落ち着いたようだった。
トキノキラの関与については、ミササギの他には王とクストス、数人の調査官しか知らない。事実だった。
「もちろん、本来使用してはならない魔法が外に漏れてしまっていることに関しては、完全に私の力不足だ。それゆえに、私は全力を尽くして首謀者を探し出したいと考えている」
ミササギは議会場を見渡した。
「この場を借りて、今一度申し上げさせてもらう。皆様が私について聞いているであろう粗末な噂は真実ではない。そして、自らの名誉を傷つけられているがために、私は必ず首謀者を探し出し解決することをお約束したいのだ。そのためにも、皆様にはこれまでと同様に、何か不審なことがあれば情報をいただきたい。御多忙である皆様のこと、少しでもご尽力をいただけるのなら幸いだ」
ミササギが言い切ると、立ち上がっている貴族らは互いに顔を見合わせてから着席した。座っている議員たちもささやくように声を交わしているが、立ち上がりはしない。
最後まで立ったままの議員に、ミササギは視線を向けた。
「モルス殿、そこまで言うのならば、我らとしてはあなたを信じて任せるほかない。自らの発言の重みをお忘れにならないよう気を付けられよ」
「ご忠告痛み入る、クラーウィス殿。その言葉しかと魂に刻んだ」
ミササギが礼をすると、彼はしばしミササギを見つめてから静かに席に着いた。後には誰も立とうとしない。
「この場にいる者よ、モルス殿にこれ以上の問いはないのか?」
クストスが聞いても、誰も立ち上がらない。思ったよりも早く終わったとミササギは思った。ミササギの父――センカが立った時はどうなるかと思ったが。
「ではモルス殿。これよりは通常の大会議となる。認められた者以外の臨席はできぬ。呼び出しに応じてくれたこと、皆を代表して礼を申そう」
「大会議が皆様にとって実りあるものになることを、魂よりお祈り申し上げます。失礼いたします」
ミササギは王とクストス、議会に向けて礼をすると踵を返した。出てきた扉にへと戻る。
最後に議会へ礼をした時、議席にいたヨルベがこちらを見ていることに気づいたが、ミササギは彼女と視線を合わせないままその場を去った。
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