第四章 ラスト・ロット It was his destiny.

逃したもの

 扉越しでも横の会議場から話し声や息遣いが聞こえ、多くの人物がいることがわかる。

 ミササギは控えの間に立ったまま、部屋の時計に目をやった。大会議の開始まであと少しだ。

 扉の近くにたたずんでいたクストスが、不意にミササギに顔を向けた。今ここにいるのはこの二人だけだ。


「すまないの、モルス殿。このような場が好きではないことは重々承知しているのだが」

「そのことでしたらお気にせずに。この国で魔法が絡んだと思われる事件が起こったのですから、私の大会議への呼び出しを領主たちが望むのはもっともなこと。あなたが謝るようなことではない」


 ミササギはそこまで言ってから、思い出したように付け加える。


「ただ、そうですね。この会議に私が出ても、もはや何の益もないことは明らかではありますが」


 その声には、ため息のようなものが入り混じっている。

 そう。この大会議は、ミササギにとって重要なものであるはずだった。一連の事件に関わっていると思われる貴族、トキノキラが出席するからだ。

 しかし、


「十日ほど前に捕まえた男、何も話さないようじゃ。調査官たちが頭を悩ませておった。何を聞いても笑うばかりで。トキノキラ領の人間であることは間違いないそうだから、トキノキラ公には話を聞きたかったのだがな。……欠席するとはの」


 トキノキラは、数日前に大会議欠席の旨を届けていた。理由は急な病。つまり、今日この場にトキノキラはいない。


「どう思われますか」

「と言うと?」

「逃げたと考えますか」

「ほほっ、率直に聞いてくるのじゃな」


 クストスは苦笑しながら、あごひげに手を伸ばした。


「あの男を捕らえたことはおおやけにしておらん。だから、トキノキラ領の人間が捕まっていて、トキノキラ公に話を聞く必要のあることはわからないであろう。そうすると本当に病じゃろうて。ここ最近、屋敷に籠ってばかりと聞いておるし」

「……」

「ただ、トキノキラ公があの男を従えていたのなら、男が戻ってこないことで、彼が捕まったことを間接的に知ることになる。その場合、病は偽りであろうな」

「どちらにしても推測の域を出ませんか。参りましたね」


 トキノキラ領で不審な動きがないか、北部に駐在する調査官に監視させてはいるが、彼らからの報告は今のところなかった。

 ミササギが後をつけた二人の部下は、今はトキノキラ領に帰っていること、彼らとともにいた背の高い男は、トキノキラとは何の関係性もないことはわかっている。

 そうすると、捕まえた男に思考を読む魔法を使うしか手段がないが、禁忌に近い魔法を使用するなど、本来はあってはならない。今の状況は手詰まりと言える。

 あくまで淡々としているミササギに、クストスは真剣な眼差しを向けた。


「モルス殿。参っているようにはまるで聞こえないのじゃが」


 時間を確認してから言葉を継ぐ。


「まだ時間があるようじゃから、わしも一つそなたに聞いてよいか?」

「どうぞ」

「そなた、一体誰が、このような事件を仕掛けているのかおおよそわかっているのではないか。いや、よもやするとそなたのこと。前からわかっていたのではないのか」

「わかっていた、とは。これは大きく出られましたね、クストス殿。言っておきますが、私は誰が犯人なのか特定はしておりません」


 ミササギは少し笑みを浮かべると、緩やかに首を振った。背中の水色の髪が弧を描く。


「その言い方、見当はついているように聞こえるのだが。まさかモルス殿。二百年目のフルメンの呪いなどという、下らない噂を信じているのではなかろうな?」

「なら、そうだとでも答えておきましょう。『燃え盛る炎の中、憎しみに満ちた声でフルメンは言った。百年、二百年かかっても、必ずこの国に舞い戻り、復讐を果たす、と』。もしかすると、本人は本気だったのかもしれない」

「そなた……」


 クストスの不審げな声にも、ミササギはまるで気にしていないかのように笑ったままだ。


「なぜ見当がついていて言わぬのか?」

「何のことか存じませんが。ただ、そうですね」


 ミササギは壁に体を預けると、クストスから視線を外した。


「あなたのように、六十年生きていてもわからないことなど当たり前にあるのだから、少しくらい口を慎まれたらどうか。推測の話など続けても醜いだけだと思うが」


 それは突き放すような、冷たさを帯びた声だった。


「それに、話したところであなたに私のことなど理解できないと思うが、違うだろうか?」

「モルス殿、そなたは」

「これは失礼した」


 クストスが何かを言いかけたのを、ミササギはすぐに声で止めた。改めてクストスに顔を向けると、打って変わって穏やかな表情で告げる。


「事件のことで気を害しているとはいえ、このような口をくべきではありませんでしたね。ご容赦を」


 そう頭を下げると、クストスに時計を示した。


「どうやらお時間が来たようですね。弁明が足りなければ後にでも」

「それは必要ない。わしがそなたに謝るべきであろう。すまぬ。わしがそなたに言えることなど真の意味では、ないというのに」


 ミササギはそれ以上何も言おうとはしなかった。クストスはそんな彼の視線を受け止めてから、扉を開けると議会場に出ていった。

 一人残ったミササギは壁に体を預けたまま、大会議の様子に耳を傾ける。クストスが出ていった瞬間、話し声が途切れ、議会場に鐘の音が響きわたった。


「本日五月イツノツキ五の日、これよりアウローラ新王国の大会議を、第七代アウローラ新王国国王ガウディウム=スメラ・アウローラの名の下に執り行う」

「議会を担うセナートルの他に、多忙であろう領主である皆様のご出席を賜ったこと、このクストス、礼を申そう。此度の大会議が実りあるものとなることを、王の下に誓おうではないか」


 王とクストスの言葉を受け、貴族たちが了承のあかしとして一斉に礼をし、拍手の音を鳴らす。


「では、これより此度の大会議について確認を行う」


 ミササギは、その音を聞きながらこのまま帰ってしまおうかなどと考えていた。

 ここにはセナートルと地方領主がいる。それはあまり好ましくない。ヨルベもここにいるはずだ。

 ミササギは目を閉じると、議会に出ることを今さら悔やんでも仕方ないため別のことに思考を向けた。

 トキノキラがここに来なかったからといって、彼の屋敷に乗り込んでも意味がない。ミササギならばれずに屋敷に乗り込むことが魔法を使えばできるが、相手側が魔法を使えるのなら相応の危険が伴う。


「いっそ、向こうから来てくれればいいのだが」


 思わず口にする。それが叶わなかったわけであるが、ミササギはその可能性を捨てているわけではない。

 ミササギの推測が正しいのなら、あちらから接触を図ろうとするはずだからだ。ただ、その推測を正しいものと思いたくないというのが本音でもある。

 節目の年に果たされる復讐。あの男が言った言葉をミササギは反芻はんすうした。その言葉と魔法による異変。二つが示す意味を考える。やはり推測は、一つの答えから動こうとはしない。

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