すれ違う二人

「セラギ。こんなところですまないが、早急に確認したいことがある」

「噂のことですね。それなら、一つ気になることがあります」

「と言うと?」


 先を促すと、セセラギは連れていかれる男を見ながら話し始めた。


「噂の経路をたどってみましたが、屋敷に出入りする商人や町の酒場からなど、家臣によってバラバラで。その中で一つ疑問に思ったのは、北部に出入りしている商人たちが、さかんにその噂を北部で聞くから不安だと話していたのを聞いた、という話でした」

「北部か」

「王都から離れた北部で噂をよく聞くというのはおかしいですし、兄さんの言っていた情報とも合います。何かあるのではと思うのですが」


 ついに兵士たちが見えなくなって、セセラギはミササギに顔を向けた。

 ミササギの方は足元に視線を向けている。その口が動き出す。


「セラギ。トキノキラ殿を知っているか?」

「トキノキラ。北部の領主の一人でしたね? 北部でも、北の隣国に近い場所を有している領主のはず」

「そうだ。北の国との交易を取り持っている領主の一族で、今はシュンイ・トキノキラが家長だ」


 ミササギは、昨日調べたことを思い返しながらも話を続ける。


「昨日、私の噂をしている者を見つけたから後をつけたのだが」

「ああ、シルワから聞きました」

「なら話が早い。その者たちが『トキノキラ様』と呼んでいるのを聞いた。彼らの会話から、トキノキラ殿がセナートルの座を狙っているから、噂を流させているように読み取れた」


 聞いているセセラギは、考えるように腕を組んだ。


「それに、今連れていかせた男も北部の人間のようだ」

「つまり、北部とトキノキラ殿。この二つの関連が見えてきたわけになるのですね。しかも、捕らえた男が本当に北部の者なら、魔物の事件との関連も見えてきたことになります。しかしどれもこれも……完全な証拠とは言い難いですね」

「ああ、相手は貴族だ。そう簡単に、嫌疑をかけて法廷に呼ぶことなどできない。惜しいところだ」


 ミササギは大きく息を吐いた。あの男はおそらく何も証言しないだろう。


「トキノキラ殿について恥ずかしながらあまり知らないのですが、どのような人物なのでしょう」

「数年前に家督を継いでから、素晴らしい手腕を発揮している人物とされている。不利な交易を仕掛けてくる北国の商人と、うまくやり合っているらしい。ただ、この一年ほどは屋敷に籠りがちのようだ」

「そのような優れた人物が、セナートルを狙うのは一理ある気がしますが。なぜ魔法を利用している、いやできるのでしょう。魔法は管理されているというのに」

「それは」


 ミササギはようやく顔を上げたが、その先を言おうとはしなかった。


「兄さん。何かわかっているのなら、せめて僕には」


 セセラギが一歩近づいてきてそう言ったが、


「いや、推量の話などやめておこう」


 ミササギは、追及から逃げるようにそびえ立つ城壁を見上げた。


「それにセラギ。相手のことを探る機会が一つある。それまで秘したことがいい、このことは」

「機会?」

「忘れたのか? 十二日後の大会議は、セナートルやクストスだけでなく、王や地方領主も交えた重要な会議だ。当然、地方領主であるトキノキラも来るだろう」 


 セセラギは、はっとしたように目を開いた。ミササギも視線を返すとうなずく。


「その時に何をすべきかを、考えるべきだ」

「僕もできるかぎりは手伝います」

「ああ、そうだな」


 ミササギは、そこまで言うと歩き始めた。


「さて、立ち話もここまでにしよう。少し休みたい」


 ほんの少し魂が疲弊しているような感覚を、ミササギは先ほどから感じていた。

 魔法封じの魔法は高等なものだから、魂力こんりきを消費したのだろうが、それにしても少し違和感がある。


「……限界なのかもな」

「えっ?」


 後ろを歩くセセラギが声を上げたが、ミササギは聞こえなかったふりをして歩き続けた。視界の端で、セセラギの従者も歩き始めているのを捉える。


「あ、降ってきましたね。兄さん」


 背後で、セセラギが足を止めたようだった。

 気が滅入るほど黒々とした雲で覆われた空から、弱い雨が降ってきていた。ゆっくりとそれでいて確実に地を、ミササギたちを濡らしていく。サーと、ささやくような雨の音が響き渡る。

 その雨を眺めているセセラギを見ながら、ミササギは聞こえないようにつぶやいた。



「全てを知った時、それでも君は私を兄と呼ぶのだろうか」



 それから首を振ると寂しげな微笑を浮かべたが、セセラギが空から目を離す頃には、元通りに前を向いて歩きだしていた。そのつぶやきも表情も、誰も知ることがなかった。


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