モルスと男

「ゴルガ・ゼギ、解除せよ」


 ミササギは魔法を唱えて、古魔法の法陣を消した。これで消したのは四つになる。


「最後の一つは、どこにあるのでしょうか?」


 ロサは周りを見渡しながら、問いかけた。

 三人は法陣を探して城壁沿いに歩き、今はちょうど城の裏手に来ていた。周囲は木々が多く植えられ、三人の他に人影はない。

 ミササギは黙ったまま、二人がしているように周りを見渡した。そして視線をある一本の木に止めたが、すぐに何もなかったようにそこから目をそらす。


「しかし、五つ全てを阻止したところで、もう敵は逃げてしまっているでしょうね」


 アクイラが言うと、ミササギは肩をすくめた。


「どうだろうか。この法陣は設置するのに時間がかかる。法陣を追っていけば、いつかは追いつけるかもしれない。もしかすると、五つ目を設置する前に」

「では、なおさら急ぎましょうっ」

「待て」


 歩き出そうとしたロサを、ミササギは制した。


「そう急ぐ必要もない。少しくらい話をする時間もあるさ。――君も、一緒にどうだろうか?」


 ミササギは、先ほど目に止めた一点に顔を向けると、素早く法陣を描いた。


「解除せよ」


 ミササギの手元で法陣が展開されると同時に、その木陰にも同じ法陣が現れた。


「なんだと……⁉」


 その法陣の上に、見知らぬ男が一瞬で現れる。目立たない深緑の上着をまとった背の低い男で、まるで最初からそこにいたかのようだ。

 アクイラとロサは驚いたようだったが、すぐに男に鋭い視線を向けた。


「一つ、教えてやろう」


 冷ややかな目を、ミササギは男に向ける。


「たとえ、身を隠し魂の気配を隠す魔法を使っていたとしても、その魔法を継続させるために放たれる魂力こんりきで、所在がばれることもある」

「くそっ……! テナ・ドネ、痺れろ」


 男の声で法陣が展開され、雷撃が三人に向かって放たれたが、アクイラが守りの魔法で防いだ。弾かれた電撃が周りに飛び、ジュッと音を立てて草や木を所々焦がす。


「なるほど、確かに魔法が使えるらしいな」

「ちっ、ラケニ・ガ」

「まあ、そう急ぐな。――動け」


 男が転移の魔法を使う前に、ミササギの魔法によって、木に巻き付いていたつるが動きだし男の右手を縛り上げた。

 法陣を描くのを阻止され、男はつるを取ろうともがく。


「話がしたいと言っているだろう?」

「だ、誰が、お前なんかとっ。なめやがって。切り吹け!」


 左手で法陣を描いたのか、男のつるを刃のような風が切った。残りの風が三人にも飛んだが、それぞれが魔法で防いだ。

 その間に男が次の法陣を描きだし、それを見たミササギも構えに入る。


「燃やせ!」

「流れよ」


 男によって火の魔法が発動されたが、ミササギの水の魔法ですぐにかき消された。

 周囲に水滴が飛び、ミササギが服についた水滴を払っている間に、男が魔法を唱えようとしたが、それに気づいたミササギが放った風の魔法に動きを止めざるを得なかった。


「これ以上は無意味だと思うが」

「……くそっ」


 これまでのことを見るに、どう考えてもミササギの魔法発動速度の方が速い。

 男はしばらくミササギをにらみつけていたが、やがて両手を下ろした。魔法を使わないという意思表示だろう。


「城の兵に見つかったとはいえ、捕まらずに法陣を全て設置できると思ったが、途中で追いついた上に隠れていた俺を見つけるとは。やはり、モルス殿は優秀らしいな」


 皮肉めいた言葉に、ミササギは皮肉めいた笑みを返す。


「褒めても逃しはしないが、その言葉受け取っておこう」

「このまま来てもらうぞ。お前には聞かなければならないことがある」


 アクイラは男に告げたが、男はふんと鼻を鳴らしただけだった。


「捕まえたところで、すぐに逃げてやるよ。俺は魔法を使えるんだぜ? 仕方ねぇから、少しくらいは話をしてやるけどよ」

「そうか。なら、使えなくしてやろうか」


 それまで威勢の良かった男は、ミササギの声に動きを止めた。


「何を馬鹿な。そんな魔法があるわけ」

「残念なことに、勉強が足りなかったらしいな」


 ミササギは、右手を上げるとゆっくりと法陣を描いた。


「ゴルガ・レニカ・ゼギ、汝の魂力こんりきを留めよ」


 白色の法陣がミササギの手元で結ばれ、同時に男の足元にも現れる。白色の光が弾けて消えたのを見計らって、ミササギは二人を振り返った。


「悪いが、兵を連れてきてくれ。それと念のため、調査官たちで城の周囲を調査してくれ。兵が来るまでは私が見張っておこう」

「よろしいのですか?」

「構わない。この者も魔法を使えない状態で逃げようとしたらどうなるか、よくわかっているだろうから」


 魔法を使おうとしている男に、視線を向ける。どうやら法陣を描こうとしているらしいが、無意味だ。魂力を体の外に引き出すこと自体を、魔法で制限している。

 アクイラとロサは頭を下げると、足早にそこから去っていった。兵たちも城の周囲を捜索しているだろうから、すぐに近くにいる兵が見つかるだろう。

 ミササギは男に近づいた。男はそれに気づくと、法陣を描こうとしている手を止めた。


「どうやら本当に魔法が使えないらしいな。どういう仕組みだ?」

「普通の魔法を使うならともかく、なぜ、お前は古魔法を知っている? 魔物を操ったのもお前か?」

「おいおい、無視ですか。ひでぇな」

「答えろ」


 ミササギの追及に、男は口元を歪めて笑った。


「節目の年に果たされる復讐、だそうですよ。あなたに会ったら、そう伝えてみるように言われました」

「何を……」


 ミササギは片手を握りしめた。

 それは、ミササギが思いもしなかった可能性を示している言葉だ。よくよく考えれば、ありえない話ではないが、だとすると。


「この国は魔法を管理しているが、その中であなただけが自由に使えるとは、モルスというのは国から信をよほど得ているらしい。不思議なことに。けど、北の国と交易しているとよくわかるが、この国は力がなさすぎる。昔は魔法があるから威圧的にふるまえていたらしいですがね」


 思考を展開しようとしたミササギを、男の話が遮った。


「お前……北部の者か」

「ははっは、さぁね。俺は強くなるために魔法を覚えただけのこと。それ以上のことに、答えるつもりはないですよ」


 話している男は、嫌な笑みを浮かべたまま楽しそうにしている。

 その二人に足音が近づいてきた。ミササギは足音がした方向に顔を向け、兵の他に別の人物がいることを捉えた。意外そうな表情を浮かべる。

 ミササギは彼の魂にだけは気づけないから、姿を見るまで彼のことに気づけなかった。


「ここまで来るとは思わなかった」

「待っているのも退屈でしたから。と言っても、全て終わった後のようですが。調査官たちから事情を聞いて、ここに」


 セセラギは足を止めると、ミササギに笑いかけた。その後ろで、兵士たちが男を取り囲んで手錠をかける。


「せいぜいお国のために頑張って下さいね。モルス殿」


 男は笑ったまま言い残すと、兵士にそのまま連れていかれた。

 後にはミササギとセセラギ、そして二人の声が届かない距離にセセラギの従者がいるだけだ。

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