古魔法を解除せよ
先に声をかけてきたのは、ロサだった。
「お久しぶりです、モルス様。朝早く失礼いたします。『
「久しぶりだな。それで、朝早くに失礼したということは、何か用があってのことなのだろうな?」
言葉を返すと二人は顔を見合わせてから、ミササギの机に近づいた。
アクイラは懐から何かの紙を取り出すと、ミササギに渡してきた。空いている手で、それを受け取ると目に通す。
紙に描かれているのは、紫色の塗料で描かれた奇妙な文様。シルワも二人の後ろから覗き、以前ミササギが使用した禁忌の魔法の法陣に似ているとは思ったものの、彼女には自信がなかった。
「君たちは……」
頬杖をついていた手を下ろすと、ミササギは真剣な眼差しを二人に向けた。
「これをどこで知った?」
「今朝、王城に至る道で不審な人影を見かけたとのことで、調べていたのですが」
「人影は見つからず、代わりに人が同じ場所に長い間とどまっていたような形跡を見つけたので、念のために法陣痕を調べてみたところ、これが現れたのです。調査官の誰も知らない法陣だったので、見せに来ました」
「アクイラさんが言うには、前に森で見た魔物の法陣痕に似ているとのことですけど」
ロサがそう言うと、ミササギはその紙をたたむ。鋭い視線をそのまま紙に向ける。
「これは、古魔法の法陣だ」
「古魔法。
「そうだ。従属の魔法に法陣が似ているのも無理はない。従属の魔法も古魔法に分類される。しかし」
ミササギは椅子から立ち上がった。
「これは従属の魔法ではない、別の古魔法だ」
「それはどのような?」
「古魔法は、簡単に使えるよう整備される前の魔法だから、変わったものが多い。
ミササギは紙に向けて魔法を発動すると、手の中で燃やした。残ったくずを塵箱に入れる。
「つまり、複数の法陣が設置されている可能性があると?」
アクイラの問いに、ミササギは大きくうなずいた。
「案内してくれ、この法陣の場所に。一つ一つを解除する必要がある」
「解除? 法陣痕をですか?」
「法陣痕ではない。この魔法の法陣は、発動していない状態でも透明なのだ。法陣痕と同じように。だから発動者がまだ近くにいて設置を進めているのなら、早急に止めねばならない」
アクイラたちの表情に緊張が走る。ミササギはシルワに顔を向けた。
「シルワ。君は、机に寄せておいた書類を届けに行ってくれ。それが終わったら、ここに待機しておいてほしい。セラギとの約束の時間に遅れるかもしれない」
シルワがうなずくのを確認する前に、ミササギは部屋から出た。
二人の調査官も慌てて、その背を追っていく。二人がついてくるのを感じながら先を急ぐ。
「あの、その魔法は発動するとどのような効果を生むのでしょうか」
「簡単に言うと、吹っ飛ぶ」
「吹っ飛ぶっ?」
ロサが驚いた声を上げる。一階まで降りて外に出たところで、ミササギは二人を振り返った。
「ああ、そうだ。範囲内のものを文字通り、火薬を爆発させた時のように吹き飛ばす。厄介な魔法だな」
言い終えると、二人に法陣の在った場所まで案内するように身振りで示した。導かれるままに、ミササギは表門から城外にへと出た。
王都を一望できる丘にあるアウローラ城から、道なりに下っていく。道中で何度か別の調査官や兵士とすれ違う。怪しい人影を探しているのだろう。
その中を通り抜けて三人がたどり着いたのは、道から少し離れたところにある木陰だった。
ミササギが木の後ろに回ると、そこには紫色の法陣がくっきりと浮かび上がっていた。今日は曇り空であるために、その光は目立って見える。
「ここにあるということは……」
ミササギは周囲を見渡して、残りの法陣の位置を推測した。大体の目安をつけると、紫色の法陣に向けて手を差し出し、魔法を唱える。
「ゴルガ・ゼギ、解除せよ」
解除の魔法を受けて、紫色の法陣は跡形もなく消え失せた。
「残りは四つだ。大体の場所の目安はつく」
「相手が全て設置する前に、魂の感知で発動者を探した方が早いのではないですか?」
ロサの提案に対して、ミササギは歩きだしながら首を振った。
「どうやら、魂の感知を防ぐ魔法を使っているようだ。これほど大掛かりな魔法を使えるほどの、強い魂が感じとれないわけがないのに感じないからな。まずは、解除を優先しよう」
「そのような魔法もあるとは……、いったいなぜそんな魔法を相手は知っているんだ?」
アクイラの声に、ミササギは何かを言おうとしてやめた。代わりに、
「とにかく法陣を探そう。ここまで来て、相手を逃すわけにはいかない」
そう言葉を発した。
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