男たちを追った先で、捉えたもの

 ミササギは、路地から路地を渡り歩いて男たちの後を追っている最中だった。

 王都は人が多いため、魂の感知で追うにも限度がある。たどれるところまでたどり着くと、考えこんだ。


「何事もなかったのはよかったとして。情報が正しいのなら……」


 つぶやきながら角を曲がる。表の通りに出る道で止まると、手を横に伸ばす。


「ケニ・ゼビエ、我が身を閉ざせ」


 法陣の光が完全に消えてから、ミササギは路地から表に出た。表通りから路地に入ってきた商人とさっそくすれ違ったが、商人は彼に気づかない様子で歩いていった。

 ミササギは何食わぬ顔で表通りに出ると、左右を見渡した。この辺りは酒場や料理屋、宿屋が軒を連ねる通りで、夕方を過ぎても人通りが多い。

 ミササギの姿は目立つはずだが、誰も彼には目を留めない。魔法によって彼の姿が見えなくなっているからだ。

 ゆっくりと通りを歩きながら、ミササギは周囲を注意深く見ていく。そして、ある一点に目を留めると小さく笑った。

 一軒の酒場の前に、赤ら顔の男と太めの男がいる。彼らは落ち着かないように辺りを見渡している。先ほどは顔が少ししか見れなかったようだが、あの二人で間違いなさそうだ。

 長身の男はいないが、二人を見つけただけでも大きな収穫だ。ミササギはまっすぐにそこに向かった。

 二人は安全を確認したつもりなのか、酒場の中に入っていく。どうやらまた飲む気のようだ。

 二人が中に入った後、続いて入っていく集団に紛れて、ミササギは酒場の中に入ることに成功した。


 酒場はそれなりに大きく、テーブルがあちらこちらに並び、それなりに席は埋まっている。店の中には、料理と酒の匂いがまじりあって漂っている。

 給仕にぶつからないようにしながら、男たちを探し、彼らの姿を店の奥に見つけた。ちょうど、男たちの前のテーブルが空いていたため、ミササギはそこに静かに座った。


「ったく、さっきは危なかったな」

「ああ。あいつなんて、先に逃げたきり戻ってこないしよ。よくあんな怖がりで貴族に仕えていられるな。俺だったら首にするぜ、あんなのすぐに」

「はは、確かにな。ま、さすがにプロムスもこんな店まで追いかけてこないだろ。……おい、姉ちゃん。注文頼む」


 すぐそばでミササギが聞いていると気づくわけもなく、男たちは給仕に酒とつまみを注文した。


「にしてもよ、そろそろいいんじゃねえのか」


 給仕が去ってから、声をひそめて太めの男は言った。


「プロムスが噂を探っていたとするなら、俺たちの会話を本当に聞いていたんだろう。もしかしたら、モルスもある程度こっちの情報を掴んでいるのかもしれない。これ以上、噂を広めようとしたら俺らが危ねぇ」

「だな。納得してくれるだろ、……ラ様も」


 近くにいる違う集団であがった笑い声が重なり、「様」の前の名前を聞き逃し、ミササギは眉をひそめた。


「しかし偶然なのかねぇ」

「何がだよ?」

「ほら、デア様と先代モルスの死が続いていることだよ」


 「デア」という名前を聞いて、ミササギは目を伏せた。


「デア様が不慮の事故で亡くなられて、その三か月後に先代モルスが死んだ。いや、偶然だと思うぞ、さすがに」


 赤ら顔の男はそこまで言うと、手を左右に振った。


「もうやめようや、こんな話。モルスの噂をしてたら、なんだか嫌なことが俺にも起きそうで怖くなってきた」

「はは、お前も怖がりじゃねえか」

「はっは、ちげえねえ」


 二人が笑うそばで、ミササギはテーブルに視線を落としたまま何かを考えこんでいるのか動かない。

 その間に、給仕がつまみと酒を持ってきた。二人は笑うのをやめると酒を注ぎ合った。互いに一口、酒を飲む。


「まったく。せっかく、昼にいい酒を飲んだのに酔いが醒めちまった。もう一回、酔わねえと意味がねえ」

「ま、けど、ほどほどにしろよ。そろそろ金も尽きてきた。屋敷に戻れと命令も来てる、頃合いだな」

「そうか、残念だ。こっちは酒も料理もうまいのに。北部とは大違いだ」


 男たちは、揚げ物のつまみに手を出しはじめた。


「でも仕方ねぇ。十日後ぐらいに『大会議』がある。その準備の人手がるんだろうよ」


 先ほど、セセラギが大会議について言っていたことをミササギは思い出した。

 『大会議』というのは年に一度行われる、議員だけでなく地方領主なども含めて行う、国の重要な会議のことだ。王城に魔物が侵入した事件を踏まえて、開催時期をずらされていた。

 先ほどの話から考えて、この男たちが北部の貴族の部下なのは間違いない。あと一押しがほしいところだ。名前を聞き逃したのが悔やまれる。

 その時、新たに酒場に入ってきた集団が、ミササギのテーブルに足を向け始めた。ミササギはそれに気づくと、音を立てないように舌打ちをした。

 周りを見ても、席は埋まり始めている。残念ながら頃合いのようだ。

 ミササギは静かに立ち上がった。男たちに視線を向けてから歩き出す。そのミササギの耳に、太めの男の声が届いた。


「しかし、こんな方法じゃセナートルの座を取るには足りないだろうし、様も何をお考えなんだろうな」


 ミササギは足を止めた。「トキノキラ」と声を出さずに口を動かす。


「し、お前ちょっと声がでかい」


 ミササギは歩いてきた集団をよけると、前を向いて歩き始めた。それ以上、後ろを振り返るようなことはしない。

 出て行こうとしている別の集団を見つけると、その後ろについて酒場から出た。

 外に出ると、すでに夕日は沈んでいた。反対に、夕食時を迎えつつある通りはますます活気に満ち始めている。

 その中を、姿の見えないミササギはゆっくりと通りすぎていく。


「トキノキラ、か」


 あまり馴染みのない名前だった。北部の領主だったと思うが、面識はなく、それ以上の情報は思い出せない。調べる必要がある。

 男たちが出て来るのを待って聞き出す方法もあるが、そこまで求める必要はないと判断した。

 事は慎重に運ばなければならない。貴族が関わっているのならなおさらだ。間違いは許されない。それこそ下手を打てば、ミササギの父に影響が及ぶだろう。手がかりを得ることができたことに、今は感謝すべきだった。

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