御魂送りの儀

 そうして三日後、『御魂みたま送りの儀』の日を迎えた。その日は朝から晴天で、前日は雨が降っていたために、なおさら人々を安堵させた。

 夜になっても晴れは続き、クラースの森は月明かりに照らされ明るかった。

 王を先頭にしてクストスやミササギといった人々は、静かに森を進んでいく。

 中には、王家の臣下や警備兵もいれば、捧げものやランタン、水甕を運ぶ使用人もいる。百人はいるのではないだろうか。

 そこにはラクスもいることを、列の最後尾近くにいるシルワは見つけた。

 結局、あれから会えていないため、つぶやきのことに関しては何も聞けていないままだ。聞いたところで答えてはくれないのだろうが。

 シルワは前を行くミササギの背を見つめた。

 儀式の用の服でもあるのだろうかと思ったが、いつもと同じ黒いコートを着ている。唯一違う点は、長い髪を後ろで一つ結びにしている点だ。


 『御魂送りの儀』は国王が参加して行う、国の行事としての『御魂送り』のことを指す。

 『御魂送り』自体は、国のあちこちで魂送師こんそうしによって行われる。魂の多くは、未練のためにこの世にとどまり迷ってしまうから、その未練を慰めてあの世に送りだすために行う。この世にとどまっていても、魂はいずれ消えてしまうからだ。

 生きる人々が亡くなった人々の魂を送ることは、この国で最も大切なことだとされている。それが先人への最大の感謝だと。


『モルスが元々、魂を送るために生まれた職業であるように、魔法も元々は、この世をさまよう先達の魂を弔うために生み出されたとされている』


 森に出発する前に、ミササギがそう語っていた。


『魂の力を使って、あの世に魂を送り出す。それこそが魔法の起源だ。そこから今のように、別のことに魔法を使うようになったのだ。儀式を見るのか見ないのかは君の自由だが、私としては、魔法の起源を見届けて欲しいと思っている』


 シルワはこの数日間、魔法を見てきた。恐ろしいものであると思う一方、守りや癒しとして人を助けることもできると知った。

 シルワ自身にも魔法の才があるゆえに、彼女は魔法に興味を抱き始めていた。儀式を見届けてみたいと思うのは自然なことだ。

 行列が不意に止まる。先頭に目をやれば、王家の墓所の前にたどり着いたことがわかる。

 王が、臣下に守られながら門の前に進み出た。王がまとっている服の金糸の刺繍が、月光を受けてきらめく。


「今宵は大いなる『御魂送りの儀』。我らが先達なる王家の御魂たちよ、その御魂の慰めとこの一年の間に一生を迎えながらも、この世で迷っている魂を送るために、どうか、普段は立ち入れぬ者の出入りを許したまえ」


 厳かに告げると、臣下の一人が盆に載せている簡素な鍵を差し出した。王は受け取ると、門の鍵穴に差し入れて回した。

 そして、王家の門は重々しい音をたてながら開かれた。王が先に中に入っていき、そこにクストスが続きミササギも入っていった。シルワのところからでは中がよく見えない。

 先に、捧げものを中に入れるようで、大きな箱がいくつも中に運び入れられていく。墓所内で捧げものを出しているのか、物音が聞こえてくる。

 やがて、空になった箱を持って人々が出てくると、門の両側に並び始めた。使用人たちは、儀式を見ることができないようだ。

 成人した王族、彼らの臣下が中に入り始め、最後尾にいたシルワも前に進んだ。王も参加する儀式であるために、自分がこんなところに入っていいのかと思ったが、ここまで来たからには行くしかない。

 門の向こうには、開けた場所がまず広がっていた。その中心には石組みの屋根があり、そこから奥にも墓所は続いているようだ。

 不思議なことに屋根近くの高い位置、柱の間には水盤らしきものが置かれているが、水は流れていない。

 屋根を潜り抜けた先には三段の階段があり、上った先にくぼんだ台とその上に黒い平らな石が置かれているようだ。

 捧げものは屋根を挟むように置かれていて、事前に用意してあったのか、台の上に鎮座している。それぞれの捧げものの横には、火がついていないランタンも置かれている。

 開けた場所の両側に目を向けると、豪華な墓がいくつも見え、小さめな墓もあるのが見えた。

 豪華なものが王の墓で、小さなものがその他の王族のものだろう。目に見えないほど奥まで王家の墓が連なっていて、まさしく荘厳な場所だった。

 全員が入ったところで、門が中から閉じられた。シルワは門の近くにいたため、閉まる音に驚いた。中の静寂が一層増す。

 王がそれを確認してから、中心にあるくぼんだ台に、そして周りの王家の墓に向かって礼をした。


「これより、第七代アウローラ新王国国王ガウディウム=スメラ・アウローラの名の下に、『御魂送りの儀』を執り行う。二百年の節目となる今宵の儀式をどうか、我らが先達なる王家の御魂よ、見守り下され」


 家臣たちがランタンに火をつけ始め、墓所の中が淡い光で満たされ始める。

 それを見て、それまでクストスの後ろにいたミササギが前に進み出た。左手に火のついた小さなランタンを持っており、石組みの屋根に近づいていく。

 火をつけ終えた数人が大きな水甕を運びはじめ、それを屋根の横まで持ってきて掲げると、柱の間の水盤に横から流し入れた。

 バシャーと音を立てて、水盤から水が流れ始める。屋根の間から滝のように流れていく。


「ミササギ=モルス・クラーウィス、現国王の名の下に、新王国の定めの下に、これより第二十二代モルスとして儀式を行う」


 ミササギの声が辺りに響いた。はじめての儀式のはずだが、そんなことはみじんも感じさせないほど落ち着いている。

 その間に、水の流れが弱まり、薄いカーテンを作り上げるかのように屋根の水盤から流れるようになっていた。

 ミササギは流れる水の前に立つと、深く一礼をしてから、流れの下をくぐり抜けた。そのまま階段を上っていく度に、ミササギの服から水滴がぽたぽたと落ちる。

 一番高いところにあるくぼんだ台の前まで来ると、台にランタンを置いた。

 奇妙なことにランタンだけは濡れていないようで、火が灯っているままだ。黒い石が炎の光を反射して、台の中を赤く染め上げている。

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