魔卿フルメンの呪い

 シルワは、モルスの書斎から王城に向かっていた。王城内の隅にある侍女の部屋の並びに、彼女の部屋はあるからだ。

 歩いている彼女の顔は、ずっと何かを考えているのかしかめられている。


「とても綺麗な人だったな……」


 ヨルベのことを、シルワは思い返していた。

 彼女は、大人の女性の魅力を十分に持った人だった。ミササギに、何のために会いに来たのだろうか。

 もしかして恋人か何かだろうかと、シルワは考えていた。それくらい、ミササギとヨルベは釣り合って見えるような魅力をどちらも兼ねそろえている。

 そもそも、ミササギは自分のことを語らないためシルワは知らないことが多い。気になる。何をどうしても、気になって仕方ない。

 シルワの足は、王城近くの中庭に差し掛かった。ここを通ると彼女の部屋まで近いため、いつもここを通っている。王族が散策していない時は自由に通ることができた。


「聞いても答えてくれないよね」

「シルワちゃん」

「ああ、気になる」

「ねぇ、シルワちゃんったら」

「はい?」


 ようやく、自分が呼ばれていることに気づいて、シルワは声がした方向に顔を向けた。

 見ると、庭園にある吹き抜けの建物にラクスがたたずんでいる。吹き抜けになっている白い建物の中は水が流れているのか、かすかに水音が響いている。

 夜の近い時間帯に、クストス見習いがこんな場所にいるのはやや不思議なことだった。


「どうしたの? 難しい顔をして?」

「い、いえ。何でも」

「そう? 疲れちゃったのかな、今日森に行ったから。ミサギも怪我をしたって聞いたけど」


 ラクスは言いながら、シルワに手招きした。

 彼女は、勧められるままに吹き抜けの建物に入った。建物の中には庭を流れている水が流れ込んでいて、半分が池のように水で満たされている。

 確か、この建物には『すすぎの宮』という名前があることをおぼろげに思い出す。


「はい。幸いにも軽い傷でしたから、儀式の日までには完全に塞がるだろうって言ってました」

「そうか、なら安心した。ところで、ミサギのところに来客がなかった?」

「はい? あ、フロースという女性の地方領主の方が」


 自分が気になっていたことを聞かれて、シルワは自分の関心をどうにか抑えながら答えた。だが、次の瞬間には、


「やっぱり。まぁ、近くまで来たなら、婚約者には会いたいよね」

「ですね……、はい!?」


 自分の関心を抑えることが困難になった。目を見開いてラクスを見上げる。


「どうしたの?」

「い、いえ、その、今なんて」

「え? ああ、そうか。知らなかったのか。ミサギに婚約者がいることを」


 ラクスは彼女の様子を見て、いたずらっぽく笑った。シルワの反応が面白かったのだろう。


「フロース殿とミサギは、二年ほど前に婚約しているんだよ。本当なら、すでに結婚もしているはずだったんだけどね」


 ラクスは、そこで少し顔を曇らせた。


「女性の地方領主って珍しいでしょ?」

「はい、はじめて聞きました」

「婚約してすぐに、フロース殿の父上が病で亡くなられて、後継ぎである彼女の弟が成人するまでは、彼女が代わりに地方領主を務めることになってね。それまでは結婚しないと決めたんだ。元々、彼女がクラーウィス家に入ることになっていたから」


 クラーウィス家というのは、ミササギの家のことだ。


「そんなお辛い話があったんですね、全く知りませんでした。フロース様もミサギ様も、そんな素振り見せませんでしたし」

「そうなんだよね。あの二人、何かがある気がする」

「え?」

「いや、変な意味じゃない。ただ、二か月前、先代モルスの葬式で顔を合わせてから、あの二人、どこか互いを避けているような気がしているだけだよ。でもそうか」


 ラクスの眼はシルワから離れ、どこか遠くを見つめはじめた。


「ミサギがどこか変わったような気がするのも、モルスになってから。時期が合うな。何があったんだ……?」

「えと、ラクス様、どうしました?」


 シルワが遠慮しつつ声をかけると、ラクスは何でもないように笑みを浮かべてみせた。


「ああ、ごめん。最近、異変のせいで考えなきゃいけないことが多くてね。ほら、王都では変な噂も流れてる始末だしさ」

「変な噂?」

「知らない? 二百年の節目に魔きょうフルメンがこの国を呪っているから、こんな異変が起きているんだっていう噂?」

「はじめて聞きましたけど、でもそっか。新王国建国の伝承だと、オルド=モルスによって追い詰められた魔卿フルメンが、自ら火をつけて自害する時に『百年、二百年かかっても、必ずこの国に舞い戻り、復讐を果たす』と言い残した。とされていますね」


 昔読んだ建国史の内容を、シルワは思い返した。


「そうそう、それ。さすがシルワちゃん、きちんと勉強してるね。ちなみに知ってる? フルメンが火をつけて自害した建物の跡地が、ちょうどここになる。フルメンの悪行をすすぎ清めるために建てられたから『すすぎの宮』というんだよ」

「そう、だったんですか」


 今いる場所でそんなことが行われたかと思うと、シルワはなんだか気分が落ち込んでくるような気がした。


「ま、『すすぎの宮』の由来は本当だとしてあくまで伝承だから、読み物として面白くなるように、嘘が混じっていることもあると思うけど」

「嘘って、腐敗的な政治は本当にあったんですよね?」


 旧王国時代。この国は腐敗した政治を行っていた。魔法によって王を操り国の政治を意のままにし、魔法が使える人を優人ゆうひとと呼び、その優人のみで国が運営されていた時代だ。

 その頂点にいた貴族が、魔卿フルメンと今では呼ばれている。

 シルワは、本にあった酷い話を思い出していた。

 魂の強さは親から子へ受け継がれると限らない。偶然に魂力こんりきの強い者は生まれる。

 だから優人は、自らの家の名を継ぐ者が優人となって、政治を動かし続けることができるように、魂力の強い血の繫がった子を求めた。

 何人もの女性を魔法で操り関係を持ち、少しでも多くの子を産ませて、魂力の強い子を探したのだという。魂力が強くない子が増えすぎると、養いきれない上に役に立たないとして、何人かは生まれてすぐに殺したのだと書かれていた。

 結果として、現在よりも魔法が使える者が多い時代であったそうだが、読んでいるだけで気分が悪くなる話だ。


「ああ、それは真実だろう。信じたくはないけどね」


 ラクスも伝承の酷い部分を思い出したのか、低い声でそう言った。


「結局、この国も、新王国の体制になった時に魔法を捨てようとしてできなかった。完全に捨てるには、この国の技術や医療は魔法と結びつきすぎていたからね。社会の基盤となり、人の助けとなっていたものを人は捨てることはできない」


「ラクス様は、魔法が捨て去られずに残されたのを良いとは思っていないのですか?」


「いや。法医師の魔法で助かる命も多くある。魔法を用いた技術も堅牢な建物を建てるために利用されている。今の管理された魔法の在り方、これが一番いい在り方だと思う。ただこの方法だと、管理されているために魔法による助けが間に合わないこともある。小さな犠牲に目をつぶって、大きな犠牲を生むことを防いでいるとも言える。将来のクストスとして、そんな国の現状について考える時があるだけだよ」


「だとすると……ミサギ様って、とても重要な立場にいらっしゃるんですね」


 フルメンを頂点とする腐敗した政治を打倒したのが、当時モルスであったオルド=モルスであったと言われている。

 魔法を管理しながら国を維持していくと決めた時、モルスは、アウローラで唯一魔法を司る者になったという。


「そうだね。オルド=モルスが魔法管理体制を整え、歴代のモルスも何か問題があるたびに管理体制を改正して、今にまで至ってる。確かにミサギは、重要な役目を押し付けられているようなものだ。けど、あいつのことだから大丈夫だろうさ。そこは信じてるよ。……そう言えば」


 ラクスの声に明るさが戻る。


「オルドは、元は身寄りがなかったけど、魂力の強さを認められて優人の養子となれ、モルスとなった人物らしいね」

「身寄りがない。私と同じだったということですか?」

「シルワちゃんも案外、魔法にすごい才があるのかもねー」

「私は」


 使ってみたいのだろうか。自分の感情がシルワにはよくわからなかった。

 ただ、彼女の中で、魔法は恐ろしいだけではないということはわかってきている。

 不意に、ラクスが誰かに気づくと手を振ってみせた。偶然に庭を通りかかった侍女に向けてのようだ。ラクスが流し目を送ると、侍女は顔を赤らめて足早に立ち去って行った。


「男っていうのは、いかなる時も可愛い子を逃さないようにしないとね」


 そう言うと、ラクスは改めてシルワに顔を向けた。


「さて。息抜きもできたし、俺はそろそろ仕事に戻るよ」

「すみません。長くお話してしまって」

「いいや、気にしないで。俺も気づけたことがあったからさ。じゃあね」


 髪をかきあげて、さわやかな笑みを浮かべてから、ラクスは王城の方角に戻っていった。

 シルワは頭を下げて見送り、その背が見えなくなってから歩きだして気づいた。


「話、逸らされた」


 シルワはラクスのつぶやきについて聞いたはずなのに、いつの間にか魔法の在り方の話になっていた。もちろん、ラクスの背は振り返ってももう見えない。

 いったい、あの言葉の意味は何だったのだろう。さすがはクストス見習いだと、シルワは感心するしかなかった。

 その日シルワが、疑問のためになかなか寝付けなかったのは言うまでもない話である。

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