魔法禁書庫にて

 ミササギとラクスは整然と並べられた木製の本棚の間を、すたすたと通り過ぎていった。人気のない、図書館の奥のほうにへと進んでいく。

 そうして二人が足を止めたのは、奥にある階段下の空間。一見するとただの壁にしか見えないが、


「ゼギ」


 ミササギがそう言うと、魔法がかけられて見えなくなっていた木製の扉が壁に現れた。

 扉を開けると小さな部屋がその先にはあり、全面が白い部屋の床には扉のようなものが取り付けられている。

 取っ手には金属製の鍵がつけられているが、不思議なことに鍵穴は見当たらない。


「ラケニ・ガピ、開け」


 魔法を唱えると、鍵穴のない鍵はするりと開いた。音もなく開いた扉の先には、下に向かって傾斜している石の階段が見える。

 その階段を、二人は慣れた様子で下りはじめる。窓がないため、下に降りるにつれて周囲は段々と薄暗くなっていく。


「それで、何を話していた」


 先導しているミササギが問いかけた。声がわずかに反響している。


「シルワちゃんと? 当たり障りもないことだよ。可愛い子だよね」

「……」

「魔法、彼女に教えないの? 使える能力はあるんでしょ?」

「本人が望んでいないことを、無理に教えても意味はないだろう」

「ふぅん、そっか」


 ちょうどその時、二人は階段を降りきった。目の前に両開きの扉が現れる。何の装飾もない無骨な鉄製の扉で、今度は鍵さえも見当たらない。

 ミササギは扉に近づくと顔を近づけた。扉に何かの紋様を、指で描き込んでいく。


「ラケニ・ガピ・モルスフルニア――モルスの名の下に我が意に応えよ。禁じられし書庫、開きたまえ」


 言い終えると、見えない紋様が赤い光となって形となり、呼応するように扉がひとりでに開き始めた。

 扉が開いた先には、図書館と同じように本棚が並んでいる空間が広がっていた。開いた扉からわずかに差し込む光だけでは、奥まで見えない。

 ミササギが慣れた様子で、壁に取り付けられたランタンに魔法で明かりを灯すと、全体がようやく見えるようになった。

 広さはそこまでではなく、椅子と机も数個ずつしかない。室内には、人の行き来が少ない部屋であるためかほこりっぽいにおいが漂っている。


「ご苦労様。ありがとう」

「何の資料を探している」

「お、もしかして、一緒に探してくれるの?」


 ラクスは、首の後ろで手を組んだ。


「ま、お前の手を煩わせるつもりはないよ。色々と厄介なことが最近起きてて、ある件に関して、調査官の報告で魔法が使われた可能性があるとされているんだけど」


 ラクスは懐から紙を取り出した。その紙を眺める。


「俺にはどうも、魔法は関係ないように思える。法陣痕ほうじんこんも見つかっていないしね。お前に言えばすぐに解決するかもしれないけど、どうやらお前にばかり頼っていられないみたいだからな。忙しいんだろ」

「そう思うのならば、その件が私に回ってこないように頑張ってくれ」

「努力はするけど、約束はできないな。今は、クラースの森の件を優先しているにすぎない。調査官も手が足りていないのが現状だ。……ということで、まずは自力で調べてみるさ」


 そう言うと、本棚を一つずつ見始めた。

 ミササギはというと、別の本棚に向かうと一冊を手に取った。禁書庫は、モルスの許可及び立会いという状況でのみ使用が認められている。ラクスの用が終わるまで、ミササギはこの場にいる必要があった。

 ラクスは離れた所で本を何度か出し入れし、自らの求めに応じた本を見つけるとその場で開き始めた。


「少し前から思ってたけどさ」


 本をめくるかすかな音に、ラクスの声が不意に混じり込んだ。


「お前、モルスになってから変わったよな」

「そうか?」


 本に目を通したまま問い返す。


「いや、良くも悪くもお前らしいんだよ。あの子を助けたことはさ。けど、なんていうか……前より少し冷たくなった気がする。俺の言葉にもあんまり返してくれないし」

「…………そう、かもな」


 その答えを聞いて、ラクスは本から顔をあげるとミササギの方に目を向けた。

 ミササギの顔には何の表情も浮かんでおらず、何を考えているのか読みとれない。その目は本に落とされたままだ。


「この数ヶ月色々とあったからな、仕方ないとは思うけど。モルスは責任の重い仕事でもあるし。ただ、知ってるかもしれないけど、五日ほど前から妙な噂がたってる。レイリ様のことで」

「下らない噂を、君も信じるのか?」


 クストスの書斎の前にいた門番の視線を、ミササギは思い返した。


「いや、俺は信じないけど。昨日の事件以降、さらに広まってるみたいだ」

「あれほどの魔物を倒せるならできないわけがない、ということか。下らない」


 ミササギはおもむろに本を閉じると、ようやく顔をラクスに向けた。


「魔法を恐ろしいものだと思うか?」


 ミササギは、昨日のシルワを思い出しながらたずねた。ラクスは考えるように首をひねる。


「俺は思わない。でも、恐ろしいと思うことは間違いではないと思う。魔に等しき現象。使い方によって魔そのものになる技。魔法その名の通り、使い方次第でどうとでも曲がった使い方ができる。かつて、この国で魔法によって腐敗した政治が行われていたようにな。そう思ってる人が、こういう噂を抱くのも無理はないだろうさ」

「そうか。……あまりに噂がひどいようなら、対処するつもりでいる。気遣いは無用だ」


 ミササギは話を打ち切ると、手にしていた本を元の場所に戻した。カタっと音が響く。

 ラクスはその様子を真剣な眼差しで見ていたが、それ以上は何も言うことなく、自らの作業に戻った。それきり、二人は言葉を交わすことはなかった。

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