シルワとミササギの出会い
「君の魂も、強いのかな?」
ラクスが不意にそう聞いてきて、シルワは身を固めた。
「……はい」
「そう。やっぱり、そうなのか」
ラクスは、納得したように何度かうなずいた。
「だから、ミサギは君を従者にしたんだね」
「あなたはご存知なんですか。私が、プロムスになる前にどこにいたのか」
シルワが恐る恐る問うと、ラクスは顔から笑みを消し、記憶を手繰るように答え始めた。
「一か月前、王都周辺に、強力な魔物が現れているという噂があって……その中に、さまよえる魂がとりついた少女がいるという話まであった。その少女が魔物を操っているんだってね。ミサギいわく、魂が他人にとりつくことは普通は起こらないことらしいけど、魔物の対処をした後に少女のいる孤児院に向かった。そう聞いているよ」
それは、シルワの知っていることと一つも間違いがない。彼女は、後を引き継ぐようにぽつりぽつりと話し始めた。
「昔からそうだったんです。幼い頃から孤児院にいるんですけど、嫌なことが起きる予感がすると、本当に嫌なことが私や孤児院の人に起こるんです。孤児院で元々、私は気味悪がられていたんですよ」
シルワは、机の上に置いた手を握りしめた。孤児院には友人もいないようなものだったから、あまりいい記憶ではない。
「そんな扱いが、更にひどくなったんです。孤児院がある王都のはずれに危険な魔物が出てから、私を部屋に閉じ込めて出さないようにする、そんなことまで言い始めたんですよ」
彼女のつぶやきに、ラクスはほんの少し顔をしかめた。
実際の状況はさらに酷かった。ミササギが悪霊にとりつかれていないと言っても信じてもらえず、孤児院の周辺で魔物のような異変が起こり続けるなら、どこか遠くに追い出してしまいたいという考えまであったほどだ。
それを望み通りにしようと請け負って、ミササギはシルワを城まで連れてきた。
「だからお城に連れて来られた時、私、正直牢屋にでも入れられてしまうのかと思いました。……なのに、ミサギ様は文字の読み書きとお茶の入れ方はわかるか、あと物覚えはいい方かって聞いてきたんです」
何を考えているのか読み取れない、一度見たら忘れられない夕焼け色の瞳。その目で静かに問いかけられたことを、今でもすぐに思い出せた。
「できるって言ったんだね、君は」
「読み書きは幸いできたので、はいって言いました。そしたら仕事と住む場所をやるって言われて、驚いたんですけど……、話が進むままにしていたらこうなってました」
ラクスに、不安げな眼差しを向ける。
「私、役に立っているんでしょうか? きっと、ミサギ様は私のことを助けて下さったんですよね? 一か月たってもまだ信じられませんし、自信もなくて。ミサギ様のお役にたちたいと、思ってはいるんですけど」
「そんなこと俺に言われても困る。とりあえず、ここには君が仕事をした証となる、申請書がきちんとあるけどね」
ラクスは、申請書を手に取ると軽く振った。
「俺が思うには、役に立たないなら君を従者の任から下ろすと思うよ、あいつは。人に無理はさせない性格だから。人手が欲しいと言ってたのを知ってるし、モルスの従者なら
「そう、ですかね」
シルワは視線を落とした。
彼女自身は気づいていないが、運が良かったところもある。王都にある孤児院だから国の管理も行き届き、読み書きがきちんと習えたのだろう。
国の中心から外れた場所なら、満足に手習いをさせてもらえないことさえもある。読み書きができないなら、ミササギもどうしようもなかっただろう。
視線を落としたまま何も言わなくなってしまった彼女に、ラクスは優しげな視線を向けた。
「シルワ=プロムス」
「は、はい」
「それが今の君の名前なんだから、自信持ちなよ。ミサギがこき使うようなら、俺に言ってよ。代わりに文句言ってあげるからさ」
その言葉にシルワが返そうとした時、
「君にそんな権限があるとは知らなかった」
聞き覚えがある別の声が、代わりに答えた。
二人は入り口に顔を向けた。黒いコート、長い水色の髪。見間違えるはずもなく、そこに立っているのはミササギだ。
「お帰り、ミサギ。待ちくたびれたよ。三十セン(三十分)も待ったんだから」
「え」
「……違うらしいな」
シルワの反応を確認して、ミササギは淡々と言葉を返した。
「だがすまなかった。遅れたことは事実だ」
「気にするなよ、タタウ殿のお話が長くていらっしゃるのは知ってるから。――で、何を頼まれたの?」
「明朝、クラースの森に調査に行くことになった。昨日の魔物はそこから来た可能性が高いらしい」
「クラースの森か。だとすると確かに厄介だ。『
ミササギはラクスの言葉にうなずくと、シルワに顔を向けた。
「クラースの森が、どういう場所か知っているか」
「森の入り口近くにある共同墓地になら、孤児院の方と参ったことはありますけど」
「森の奥には王家の墓所がある。そこで『御魂送りの儀』を執り行うのが伝統だ。墓所に至る道は舗装されているが、残りは自然のままで道が険しいところもある。明日は王家の墓所よりも、さらに奥まで行く可能性もある」
「ええと、つまり?」
シルワは、彼の言いたいことを計りかねて目を瞬かせた。
「来るかどうか好きにしていいが、王家の墓所周辺は国の管理下だから、立ち入る人数を今日中に届け出る必要がある。私が禁書庫から戻るまでに考えておいてくれ」
「はい。わかりました」
シルワがうなずくのを見届けてから、ラクスに改めて顔を向ける。
「行くぞ」
「はいはい行きますよ。じゃあね、シルワちゃん」
ラクスは彼女に手を振ってから立ち上がり、ミササギについていった。
その場に残されたシルワは、眠気が覚めていることに気づいた。
もしかして、眠気を覚ますためにラクスは話しかけてくれたのだろうか。遠ざかっていく背を見て、彼女は首を軽く傾げた。
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