吊られた男の子どもは光を見ない

ちびまるフォイ

黒い鎖はどこにつながる

"これは……おとこのこですね"



そこは暗くじめじめと湿り気がある場所だった。


空からは黒い鎖で吊られている男が何人もぶら下がっている。


「ここは……」


体をよじって自由を求めるも、

少し暴れただけで吊られている鎖はゆるみガラガラと下層へと降ろされる。


「ははは。なにやっているんだ、お前。

 そんなことしたって無駄さ」


さっきまで同じ高さに吊るされていた男は勝ち誇ったように笑う。


「どんなことをしても無駄。

 先に天空へ到達するのは俺なんだから」


男の言葉が終わると、体がぐいと上に持ち上げられるのを感じた。

体に繋がれている黒い鎖が巻き上げられたようだ。


「ふふふ。お前の体重、ずいぶん重そうじゃないか」


「はあ?」


「これは俺が天空一番乗りだな」


「ふざけるな! 絶対に一番乗りは渡さない!!」


なぜ一番乗りにこだわってしまうのか自分でもわからない。

それでも誰にも渡したくないという本能があった。


体を動かすことができない自分たちができることはただひとつ。

せめて自分の体重を軽くすることだけだった。


「きた!!」


黒い鎖がまた天空から巻き上げられる。


吊られた男たちは全員が天空へと近づいていく。


体が軽いものほど巻き上げられる距離は大きくなる。


「く、くそ……!」


「悪いな。今さらお前がいくら体重を軽くしたところで、

 もうこれだけ差が開いているから抜かすことはできない」


最初に自分で自分が吊られている高さを下げてしまったのが災いした。

いまでは圧倒的な大差で天空へと迫っている。


定期的にやってくる黒い鎖の引き上げによって、

次の周期で男は確実に天空の光の中へ消えてしまうだろう。


そして、それを止めるすべはない。


「ああ、来る……」


覚え始めた周期がついに訪れた。


最も高く引き上げられた男が逆光の中へと消えていくのを見守る。


と、そのとき。


がくんと自分の鎖が下がったのを体に伝わる振動で感じた。


空に迫っていた男の体は一瞬にして液体へと戻り、

黒い鎖を伝ってしたたっている。


「な、なにが……」


部屋にはまた1本の新しい黒い鎖で吊られた男が増えていた。


新しい吊られた男が増えると、もっとも天空に近い男は消える。


繰り上がりで一番乗りに近づいたと喜ぶよりも、

次に消える対象となるのは自分だと知って恐怖した。


ふたたび黒い鎖が巻き上げられて天空へと近づいていく。


巻き上げられる周期は常に一定。

だが、追加される男はいつどのタイミングで来るかわからない。


自分が空に到達するまでどうかやってこないでください、と祈るしかない。


体を小さく、軽くすることで、巻き上げられる距離を稼いだとしても

吊られた男が急にやってきたらそれだけでおしまいだ。


「こんなところで生と死をただ待つくらいなら……!!」


もうただ祈るだけでは限界になった。


目の前にぶら下がる黒い鎖を自分の口に挟むと、

口の中で少しずつズラしながら上へ上へと昇ってゆく。


一度口を離してしまえば黒い鎖は緩んでしまって一気に下層へと落ちるだろう。


だとしても自分の生死を外的ななにかで左右されるくらいなら、

自分の手で決められる方がずっといい。


(来るな……誰も来るな……!!)


空から吊られた男が追加されないことを祈りながら

必死に天空へと強引に体を持ち上げてゆく。



ついに最上部へたどり着いたとき、目も開けられないほどの光に包まれた。







"せ、先生! 大変です! 赤ちゃんの首にへその緒が……!!"



"もういい……もう息をしていない……"

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吊られた男の子どもは光を見ない ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ