解決編2
再び1-2の教室へ向かい、教室の中をのぞくと……
いた。まさかこんなにタイミングよく出会えるとは思わなかった。
「何してるの?」
俺が声をかけるとこの事件の犯人はびくっと肩を震わせた。そして、恐る恐るこちらの方を振り返る。
「土居さん。」
名前を呼ぶと、今にも泣き出しそうな目で見つめられた。まずい、ちょっと詰問するような形になってしまった。
「別に怒ってるわけでも、このことを先生に言うつもりもないから。ただ、1つだけ分からないことがあって、それを確認したいだけ。」
そう言うと少しだけ安堵したかのように見えたが、まだ表情は堅い。俺は自分の考えを述べ始めた。
「さっき先生たちの前では、掃除当番が窓を閉め忘れたと言ったけど、掃除が終わった段階では、窓はきちんと閉められていた。窓を開けたのは土居さんだよね?最初に会ったときくしゃみしてたし。」
黄砂は人によってはせきやくしゃみ、アレルギーを引き起こすと朝のニュースでやっていた。最初はただの風邪かと思ったけど、俺が先ほど推理を披露したときにはくしゃみはしていなかったので、もしかしたらと思ったのだ。
少女はこくんと頷く。
「なぜ、窓を開ける必要があったのか。それは年間スケジュールを花びんの水で水浸しにしてしまい、使い物にならなくしてしまったから。このことを隠すには風でどこかに飛ばされたことにするのが1番自然だ。だから窓を開けた。」
少女は大きく目を見開き、消え入りそうな声で言った。
「どうして、そこまで…」
「プリントを拾っている途中で土居さんが花瓶に水を入れようとしたとき、江戸川先生が『もうこんなに少なくなったか』って言ってたし、確かに水の量は少なすぎた。普通はあそこまで少なくなる前に水を入れるはずだ。だから水はこぼれて少なくなったんだと思った。そして、うちの年間スケジュールがなぜかない。この2つの事柄から花瓶をひっくり返してしまって、年間スケジュールを濡らしてしまったんじゃないかと思ったんだよ。それに、土居さんがいくら気の利く子だとしても、1年2組の生徒でもないのに、あの場で花びんに水を入れようとするのは、後から考えるとちょっと不自然だしね。」
ここまで言って、少女の方を見ると、また泣きそうな顔で俯いていた。できれば、ここから先は本人から言って欲しいんだけど、この様子からしてこのまま続けざるを得ないのだろうか……。
頼むから今の状態で踏みとどまってほしい。さすがに1年の教室で女生徒を泣かしたという噂が広まったら、明日から学校に来られない。
「えーと、ここからはちょっと言いにくい部分でもあるんだけど、土居さんは思いを綴った手紙を1年2組の生徒の机の中に入れた。でも、そこであの座席表が目に入ってきた。土居さんは今日席替えがあったことを知らなかったから、驚いて近くで確認しようとした。違う人の机に入れると大変だからね。見ての通り日付は5月からと、ここからでもよく見えるけど、肝心の座席表は少し見づらい。よく見ようと壁に近づいたときに思わず花瓶を倒してしまったんじゃない?」
手紙の宛先が増田くんじゃないかということまで言う必要はない。玲から借りた恋愛小説を読まなければこんな思考にはなってなかっただろうな。『思いを綴った手紙』なんて自分でも少し恥ずかしい。ここまで言うと、観念したかのように少女が口を開いた。
「すごいですね、楠川さん。全部おっしゃる通りです。」
「ただ、1つ分からないことがある。どうしてその後窓を閉めたんだ?窓を開けたままにしておいても何も問題はない。むしろその方が自然なのに。」
「それは……、雨が降りそうだなと思ったからです。」
え?確かに今日はずっと曇っていたし、実際に今は雨が降っているけど、それだけの理由でわざわざ窓を閉めたのか?
「えーと、もしかしてそのまま窓を開けたままにしておくと、小テストが濡れてしまうから?」
「はい。」
変な所で律儀というか真面目といか。たぶんもともとそういう性格の子なんだろうか。今回の件はたまたま気が動転してやってしまったということか。
確かに好きな人に手紙出すだけでも一大イベントなのに、その上年間スケジュールも水浸しにしてしまったんじゃ焦るよな。正直に濡らしたと言っても、なぜ違うクラスにいたのか聞かれて、本当のことを言えるはずもないし。
「あの、私……、本当にごめんなさい。年間スケジュール台無しにしてしまって、なんてお詫びしたらいいのか。」
少女は思わずしゃくりあげ始めた。まずい、こんなところを見られるわけにはいかない。
「別にいいよ。もうそろそろ書き直せる頃だと思うし。それより、お互い早くここから出たほうがいいと思うんだけど。」
「あ、はい。」
少女の返事を聞くやいなや急いで教室を出た。これで明日からも学校には通えそうだ。
「楠川さん、本当にごめんなさい。花瓶を倒してしまったとき、正直に言おうか迷ったんですが、結局こんなことをしてしまって……私弱い子ですよね。楠川さんが増田くんたちの前で偽の推理を披露され始めたとき、助かったと思う反面、ものすごい罪悪感を覚えたんです。さっき声をかけられたときにはびっくりしましたが、今はちょっとスッキリしています。」
そう言いながら少女は涙ながらにはにかんでその場を去った。
「『思いを綴った手紙』ねえ。まさか純がそんなロマンチックな表現を口にするなんて、携帯で録音しとけば良かった。」
文芸部室に戻ると玲がニヤニヤした顔で待っていた。
「さっきの会話聞いてたのかよ。」
「まあね、いきなり『野暮用』なんて怪しすぎるでしょ。それに、年間スケジュールだけ外に飛ばされたったいうのも腑に落ちなかったし。でも、理由が理由じゃしょうがないわね。この通りもう書き直せたし!」
玲はそう言うとビシッと年間スケジュールを広げた。文芸部のわりに無駄にスケジュールが詰まっている気がする。玲に尋ねると「タイトなスケジュールを書いたほうが予算も増額されやすいでしょ」とのことであった。
確かにそうかもしれないが、文芸部はもともと大した予算を使う部ではない。それに、残りわずかな時間で新入部員が入るとは思えないが……
しかし、俺のそんな予想は翌日破られることになる。
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