解決編1
【PM 4:40 @1-2教室】
教室には江戸川先生と土居さん、増田君もまだ残っていた。どうやらうちの年間スケジュールを探してくれていたらしい。
「先生、年間スケジュールはたぶん出てこないと思います。」
4人が一斉に俺の方を見つめる。全員、どうして?と言いたそうな表情だ。
「結論から言うとプリントの散乱と年間スケジュール消失の原因は風です。」
「純、部室でも言ったけど窓は閉まってたんだよ。」
「ああ、でも最初は開いてたんだよ。これから説明する。」
俺は教員用の事務机まで歩いて行き横の窓を開けた。風向きが変わったのか、はたまた弱くなったのか、あまり風は入ってこない。
「これは想像ですけど、おそらく掃除当番が開けた窓を締めるのを忘れていたんでしょう。先生が教室を出て行かれるときに窓は閉まっていましたか?」
この質問はちょっとした賭けだ。ここで閉まっていたと明言されるとまずい。
「んー、意識してないんでよく覚えていないな。そもそも教室を出たのは俺が最後じゃないから、そのとき閉まっていても誰かが開けたのかもしれない。」
期待通りの答えに俺はほっと胸をなでおろした。いや、後半はむしろ期待以上だ。
「つまり、掃除が終わった後の誰もいない教室で、机横の窓はこのように開いた状態になっていたんです。そこへ風が流れこんできてプリントが散乱した。その証拠に、プリントの上には小さな砂粒がついていました。きっと飛来した黄砂の砂粒でしょう。」
これで風が直接的な原因だということに全員納得したようである。
「でも純、土居さんがこの現場を発見したとき、どうして窓は閉まってたの?」
そう、これが今回の件で最も大きな謎だ。
「窓は勝手には閉まらない。この窓を閉めたやつがいるんだよ。そして、そいつは窓だけ閉めて散乱した小テストには目もくれず教室を後にしたんだ。」
「誰なの、それは?」
玲が身を乗り出してきた。表情からして好奇心にあふれている。そんな玲に俺は自信を持って言い放った。
「分からない。」
玲はもちろんのこと、他の3人もきつねにつままれたような顔をした。多かれ少なかれ誰がやったのか関心はあったようだ。
「誰がやったのかは分からないけど、このクラスの、おそらく運動部に所属している生徒だとだと思います。」
視線がこのクラスの生徒である増田君に集まった。
「もちろんクラスには運動部の生徒も何人もいまずけど、なぜその人は窓だけ閉めたんでしょうか。窓を閉めたら普通は床に散乱しているプリントも拾うような気がするんですけど。」
「そう、普通は拾う。でも、窓を閉めたやつには散乱したプリントを拾う時間がなかったんだよ。」
さて、ここからうまく収束させられるかが問題だ。
「俺たちはこんなところでのんびりしているけど、今は部活動の時間だ。だから、この教室あるいは廊下まで来るのは部活動を一時的に抜け出してということになる。もしかしたら私用ではなく、部活動の一環でここを通ることもあるかもしれないけど。どちらにせよ、1年生の心理としては『戻ってくるのが遅い』と上級生に思われたくはないはずだ。」
「確かに、僕も美術部に入りたての今の時期に遅刻とかはしたくないですね。」
当の1年生から納得が得られた。これでもう大丈夫だ。
「そうだろ。その1年生は早く部活動に戻りたかった。でも、これ以上紙が散乱するのを放置しておくのも気が引けた。だから妥協案として窓だけ閉めて教室を後にしたんだよ。文化部の部室は比較的この教室に近いから、急ぐとしたらグランドを使う運動部じゃないか。」
「なるほどな、確かに楠川の推理で全て説明がつく。」
江戸川先生に納得してもらえた。玲を見るとなんだか悔しそうな様子だ。あれだけ推理小説好きを公言しておきながら俺に先を越されるの面白くないだろう。ただ、玲の『事件』という直感は概ね正しかったことになる。
「純、それで私たちの年間スケジュールはどこ?」
「ああ、部室からここに来るときに廊下を注意深く見たけどなかったし、教室にないならおそらく窓から外に飛ばされたんだろ。」
「えー、じゃあもしかして書き直し?」
無言で頷き、げんなりする玲とともに1年2組を後にした。
【PM 5:10 @文芸部室】
隣では玲がぶつくさ言いながら年間スケジュールを書いている。5時をまわると、いつもなら西日が部室に差し込んでくる頃だが、先ほど降りだした雨で部室内は薄暗い。そろそろかなと思い、俺は席を立つ。
「ん?どこ行くの?」
「ちょっとした野暮用。10分くらいで戻ってくる。」
そう、ちょっと事件の真相を確かめるだけだ。
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