事件編2

江戸川先生に連いていくと1年2組の教室に来た。そう言えば1年2組の担任だったな。教室で何を手伝うんだろうと思い中を見渡すと、理由はすぐに分かった。


「ぽー先生、これまた派手にぶちまけましたね。」


教室の前方を中心に何枚もの紙が散乱している。どうやら教室の左前方にある教員用の事務机に置かれていたプリントのようだ。風で飛ばされたのかと思ったが窓は閉まっている。


「なぜ俺だと決め付ける。最初からこうなってたんだ。」


すみません、俺も先生がやったのかと思いました。


「なあ、土居。」


「え、あ、はい。」



気がつくと先生の横に小柄な女生徒が立っていた。名札の色からして1年生か。


「土居は隣のクラスの生徒で廊下から教室を見たらこうなっていたんだとよ。」


「はい、自分の教室に忘れ物を取りに行ったら、たまたまこの光景が目に入って。階段でちょうど江戸川先生にお会いしたのでお伝えしたんです。」


土居と呼ばれた女生徒は人見知りする方なのか、俺達から顔をそらしプリントを集め始めた。風邪気味なのか時々くしゃみをしている。その様子はまるで小動物みたいだ。


「石倉、楠川、見ての通りだ。散らばったプリントを集めるのを少し手伝ってくれないか。」



玲は嫌そうな顔をしたが、ここで恩を売っておくべきかと思ったのが、しぶしぶ手伝い始めた。よく見ると散らばったプリントのには砂が付いている。


「あれ、江戸川先生、それに土居さんも、こんなところで何してるんですか?」


見上げるとすらっとした男子生徒が教室に入ってきた。この生徒もどうやら1年生のようだ。


「おお、増田。美術部はもう終わったのか。ちょうどいい、プリントを拾うのをちょっと手伝ってくれないか。」


「ええ、まあいいですけど。」



 増田君も加わってプリントを拾い始めた。



「先生、花びんの水が少なくなっているので、入れてきます。」



 土居さんが事務机に置かれている花瓶を指して言った。中に入っている花はカスミソウだろうか。花瓶の後ろの壁に5月1日~31日までと書かれた座席表が貼ってあるのが目に付いた。部室に行くときの席替えを反映したものだろう。しかし、日付がでかでかと書かれているわりに肝心の表が小さめでちょっと見づらい。


「あれ、もうそんなに少なくなったか。土居、気が利くな。」


 土居さんは花びんを持って廊下へ出ようとしたが、散らばっていたプリントに足をすべらせた!


 花びんの割れる音が教室に響く……ことはなかった。間一髪のところで、増田君が土居さんの体を前から支えていたのだ。ただ、花びんの水で増田君の制服が少し濡れていた。



「あ、ご、ごめんなさい!」


「いや、これくらいすぐ乾くって。」



端から見ても土居さんがとても焦っているのが分かった。確かに制服は濡れてしまったけど、増田くんの言うようにほんの少しだし、もともと教室に散らばっていたプリントのせいだから、そんなに気にすることないと思うけど。


「土居、悪いのはもともと紙をまき散らしたやつだよ。増田の言う通り、制服はすぐ乾きそうだし気にする必要はないぞ。」


江戸川先生が俺の心を代弁してくれた。



「江戸川先生、これは誰かがやったものなんですか?」



増田くんが驚いた様子で尋ねる。



「ああ、すまん。土居と俺が来た時にはこうなってたんでつい。勝手にここまで散乱することもないかと思ってな。まあ、だからと言って犯人探しをするわけじゃないからな。このことはクラスのみんなには言わないでくれ。」



入学して1ヶ月も経たないクラスで「犯人探し」はできないな。せいぜい俺たちの部活動の時間が少し削られたくらいだし、担任らしい配慮だなと思った。もっとも、できれば最初からプリントが飛ばないよう引き出しに入れるなり重石を置くなりして欲しかったが。



「なるほど、よく考えるとこれは『事件』ね。」



 突然の玲の言葉に耳を疑う。



「ん?単にプリントが散らばっただけじゃないか。」



 俺の言葉が聞こえていないかのように玲は続けた。



「何者かによってプリントがばらまかれた。これは立派な事件だわ。純、部室に戻って状況整理よ。」


「いや、まだ片付けが…」


「大方集められたわ。ぽー先生、もう戻っても大丈夫でしょ。」


「ああ、まあだいたい片付いたしな。手伝ってくれてありがとよ。」



 江戸川先生はやや呆れた様子でそう返した。江戸川先生と俺は今同じ事を思っているだろう「またか……」と。

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