事件編1

【2019年4月25日(木)PM 3:40 @2-2教室】




「純、部活の年間スケジュール出しに行こ。」


「悪い、今日掃除当番だから、1人で持って行ってくれ。」


クラスメイトの石倉玲(いしくられい)にそう言い返し、箒をとりに席を立った。掃除道具入れ横の窓から外を見ると今にも雨が降り出しそうな曇り空だ。


俺と玲は中学の「文芸部」に所属している。年間スケジュールは全ての部活動に提出が義務付けられている1年間の予定表で今日が提出締切日になっている。


去年までは3年生が2人、1年生2人の計4人だったが先月3年生が卒業した結果、部員は現在俺と玲の2人だけだ。規則では部として存続していくには3名必要なため、残り1人が入らないと同好会へ格下げとなる。そして、その期限まで残り1週間を切ったのだが、新たな部員は未だ見つかっていない。



ただ、俺はそれでもいいと思っている。同好会と部活との差は部費が使えるかどうかだ。もともと文芸部は大して部費を使うような活動はしていないし、同好会になっても部屋は使えるようだから実態としてはあまり変わらない。


それにも関わらず、なぜか部長は新入部員が入ってくることを信じて疑わず、同好会には提出が義務付けられていない年間スケジュールを作成して、いましがた顧問へと提出しに行った。


箒で教室の床を掃いていると、今日はやけに砂粒が多いことに気づく。朝のお天気コーナーで黄砂の飛来が特集されていたことを思い出した。


俺は今まであまり気にしていなかったが、人によってはくしゃみや目のかゆみの原因になるらしい。ニュースでは来週頃から飛来する量が増えてくると言っていたが、どうやらこの街にはすでに飛んできているようだ。


掃除を早々に終え部室へと向かおうとすると、何やらガチャガチャと騒がしい。どうやら1年の教室で席替えが行われているようだ。入学して1ヶ月も経たないまま席替えとはせっかちな気もする。入学して間もない頃の席替えは学校の友人関係に大きく影響するから当の1年生にとっては一大イベントだろう。


「新入部員募集中!」と大きく貼りだされた部室のドアを開けると、いつものように玲が本を読んでいた。


玲は外見や性格から「明るく活発なスポーツ少女」と思われることが多いが、れっきとした文芸部部長で放課後はいつもここで本を読んでいる。今日読んでいるのも、きっと推理小説だろう。



「思ったより早かったわね。前に貸した小説読めた?」


「読むには読んだけど、これ、玲の本じゃないだろ。」



2日前におすすめだと言われて、なかば押し付けられた本を取り出す。本のタイトルは聞いたことがあったので、ある程度売れてはいるんだろうが、甘々の恋愛物であまり受け付けなかった。推理小説好きな玲が好んで読む本にはどうしても思えない。


「あたり。で、どんな話だった?」


「ヒロインの身代わりに車と衝突して記憶喪失になった主人公をヒロインが甲斐甲斐しく看病して、最終的には主人公の記憶が戻る話だ。」



玲は、ありがとうと言って読書に戻った。さっきのあらすじは完全に俺の作り話だ。

本当は女子生徒が教室で意中の男子生徒の机にラブレターを入れるところを、その男子生徒に目撃されてしまうところから話がスタートする。


どうせ友達に勧められた読む気のない本を俺に読ませて、あらすじだけ聞いて読んだことにするつもりなんだろう。まあさすがにこのままだと玲とその友達の友情にヒビが入りそうなので、後で嘘だと言って自分で読ませることにするか。


俺も椅子に腰掛け昨日まで読んだ文庫本を開いた。本をめくる音と部活動の音だけが聞こえるこの時間は好きだ。


本を読み始めて20分ほど経ったとき、部室のドアがトントンとノックされた。



「ついに新入部員が!」



玲は勢い良くドアを開けたが、そこに立っていたのは顧問の江戸川先生だった。


江戸川蘭太郎(32歳独身)。担当科目は理科で白衣を着ていることが多い。全体的にいい加減な印象を受けるが授業は分かりやすいと思う。玲は親しみを込めて(と本人は言っているが、ただの冷やかしにしか聞こえない)、ぽー先生と呼んでいる。元ネタはもちろんあの大推理作家。



「なんだ、ぽー先生か。さっき1-2の教卓机に置いた年間スケジュール見てくれました?」


「石倉、いい加減やめろよその呼び方。元ネタ分かるやつ少ないから、聞かれたとき説明するのが面倒なんだよ。」


 そこかよ、という疑問はさておいて何でまた部室に来たんだろう。


「ちょっと手伝ってほしいことがある。何、10分もあれば終わるから来てくれないか。」

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