第143話 くるった作為。
「……」
いきなり立ち上がった、会議の重役の一人。
その軍人代表に注目が集まる中、ゆっくりとギリンガムが……特に何も言わずにスープを汲み始めたのだ。
そしてコトリとレキの前に皿を差し出した。
「レキ副長、ヴィン・マイコンが居なくなったのは残念だが、奴の亡霊だけを追う訳にもいかないんだ。ヤツの件は、騎士団にも捜索をさせてはいる。刻々と動く今だから、現実を見つめようじゃないか……ほら、スープの代わりを出そう」
……。
「うん、そうか。そう……だな。すまない」
レキがピンクの髪を撫で……そのギリンガムが寄こしたスープをすする。
「おっさん俺もスープ無いんだが?」
「お前は自分で注げっ! 慎み深く注げよっ、傭兵っ!」
「ちっ……。へ~い」
ジキムートが台所に立ち上がるのをよそに、ギリンガムが口を開いた。
「しかし、ヴィン・マイコンは確かに伝説的な傭兵だ。その言葉を本気だと信じて、仮定だけでもするとして……だ。もしよしんばノーティスが本当にもう一つの水の至宝を持っていたなら、一体どうやって手に入れた? マッデンからでも借り受けたか?」
「でもアイツが他人においそれと……。そう、例え独立をちらつかせたり、一族の安全を保証されたとしても、だ。自分が持つ虎の子は絶対、何があっても他人には分け与えないだろうね。それは先の奴との戦いでよく、思い知らされたよ。ふふっ。……はぁーー」
何かを後悔するようにため息をつくレキ。
頭を突っ伏し、机にうなだれる。
「じゃあアイツ、ノーティスは一体何を持っている事になんだよ? レプリカとか、そう言った物か? ……すまん、腹いっぱいだし少し風に当たるぜ」
そう言ってジキムートが席を立つ。
そして、溢れんばかりのスープを飲みながら体をほぐし……。
窓際に立って何かを見ている。
「……。うん。だから発想を変えるんだローラ。あの地下洞の時の最後。その時に〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っていたのは誰だい?」
「そうか……ノーティスっ。奴かっ!?」
ローラ自身が一番よく知っている映像。
確かにノーティスはあの時〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っていた。
それをマッデンに素直に返しているとは……限らない。
「そう考えるとマッデンが持ってたアレは多分、そもそもが偽物だろうね。完全に精巧で精密な模造品。そしてノーティスが持っていたのがそう、本物……さ」
「それは飛躍しすぎであり得ない話だ。だが、最も正論で論理が深い。本物が溶けて水になるなどと聞いた事がないからな。他の神殿でも同じような宝はあるが、溶けたり燃えたり傷ついたり。そういった事が一切ない。そんな逆の方の神話ならいくらでもあるのだし」
「それに今、ノーティスが本物を持っているっていう、その前提で考えてみたんだけれどさ。ノーティス本人が神殿に直接奇襲に来た事。その事が多分彼女のプランに深く関係する気がするんだけど?」
「そうだ……そうかもなっ。あのメスの淫売はどうやらその〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持って、単独で神に会おうとしていたって事だっ! 一人でってのが必要だった訳だクソっ!」
苛立つようにローラが吐き捨てる。
「それはあの、ヴィエッタ嬢の差し金って可能性は無いのかい?」
「お嬢様からそんな命令はあり得ないっ! 騎士団を殺せ、等とは考えられないんだよっ。そんな事をすれば国を追われてしまうっ! 王家への戦線布告だっ。長く仕えて来たんだコッチはっ。そんな素振りは全くなかったぞっ! しかも本当に何か別に命令があるなら素直に通せと言えば良かったっ。軍部とひと悶着起こす理由がないっ!」
「俺らに会うのが怖かったんじゃね? なんせ真っ当な言い訳が返せない。プランだかなんだか知らねえけど……よっ。あの言葉もフェイクかもな……」
ノーティスはあの時確実に裏切り者としての『役割』を持っていた。
それがヴィエッタが用意した別のプラン、という位置づけでもだ。
だがむしろ別のプラン通りならば彼女は堂々と、騎士団の元へ来ていた可能性が高い。
悪びれる事はない上に、騎士団に喧嘩を売るなどというリスク。それを抱える必要性がないのだから。
「という事はノーティス君は一切の釈明をする気はなく、本格的に裏切りに来たという事かな? 彼女はそもそもココに居る全員の敵だった訳だよ」
「それはつまりはノーティスが、『クライン陣営』である事が確定した、と言う事だ。それしかないだろう。何せ、水の一族の技術提供を受けているのは世界の中でたった一つの国。……そう、クラインだ。模造品の鋳造が可能なのはあの国だけ。あくまで模造品の可能性。それだけだが」
ギリンガムは自分の言葉を口にしながらも半信半疑だ。
ゲームじゃないのだ。
神の奇跡を複製するなんて話は間違いなく、人外の所業である。
この疑心を端的に言うなら、そんな事できるなら俺の国でもやってる、か。
「可能性、ね。やはり下らんおとぎ話にしか聞こえないなこの話は。金だ。あんなゲテモノ魔法を使わせてくれるレベルの模造品を作るのに、一体いくらの投資が必要か分からないんだぞ? マッデンのヤツは意気揚々と掲げてたのを良く覚えてるよ、あのクソデブがっ!」
ローラが苦々しく左の黒髪を弾き、貧乏ゆすりする。
「だが、クラインが火の車で泡吹いてるだなんて、そんな噂は一切無かったっ! クライン金貨の質が下がったなどと事も聞いた事が無いっ! これは傭兵なら分かっているハズ」
まずは金だ。全てが金。
その動きを追えばその国が何をしようとしているか分かる。
どうやらクラインという国は安定しており、神器を量産しよう等という『狂気』。その臭いはしないようだ。
「うん……むしろ物理的にも、結論的にも無理だと断言したいね。何かがおかしいよ、このお話はさ」
レプリカ説を唱え出したレキ自身が疑心の眼をし、自らの赤毛をかきむしる。
「そもそも異例で誰も聞いた事が無い選挙だなんて〝革命″に始まり、一貴族と大国家クラインの密約。そして水の民のテロから独立と来て。最後の極めつけには神様が与えた最高の宝である〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″の偽物だよ? 完全に狂ってるっ! カオスだよっ。誰がどんな台本を書けばこうなるって言うんだい?」
眼鏡をクイっと上げ、その夢想の計画をにらみつけるレキ。
「どっちの誰の台本かは知らんが、その本番である水の神様。それもきちんと出てきたしな。相当イカれた奴が書いた台本通りなんだろうよ。そんでローラ、これから俺らはどうする予定だったんだ?」
ジキムートが話を変え、ローラに聞く。
実際彼にとって他人の台本、言い換えれば理想なんぞ毛の先ほども関係ないのだ。
(俺は水の神殿にさえたどり着ければ良い。その後この国が……いや、コイツらがどうなろうとな。)
一番の本筋に戻してやる。
「一応会いに行く。というより、会いに行く『予定』だった。我らが〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っていれば、神が直接面会をしてくれるはずだとお嬢様が」
「通行証みたいなもんか。それを多分今はノーティスが持ってるんだよな? 最低でもそれがないと、水の神は面会を認めないってぇのは確実かよ?」
「あぁ、間違いないだろう。その大事な通行証は今、あの腐れヴィッチが持っているっ。あの地下洞窟の時マッデンに偽物を返し、そしてまんまとあの減らず口のゴミが手に入れた可能性が高いのだっ。……あぁクソッ、私がもう少し前方に注意を払っていたらっ!」
ダンッ!
両腕を机に打ち付けるローラっ!
彼女は後悔を隠し切れないでいた。
ヴィエッタの最大の望みへ瞬間、ほんの数センチ前まで来たのだ。
あの神の一族すらも、ただの一傭兵であったハズの自分が出し抜いてっ!
奇跡は2度は起きない。
そう自分自身の人生が語っていることも、後悔に拍車をかけてしまう。
「あれはしょうがないよローラ。全員があの奇襲に成功したっ……て思ったからね。気が緩むのも仕方がなかったさ」
レキが悔しそうに言う。
「じゃあノーティスはクラインの手下で〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を盗んだと。これが大体この話の前提として、一番説明がつくって事で良いよな? だったら確か……クラインとお嬢様は手を組んでなかったっけか? それなら話し合いができるだろうぜ。なんかそんな、緊急時のチャンネルねえのかよっ」
「……いや。そんな話は聞いていない。大体私達騎士を殺しているとさっき言ったろうに、全く」
「それはまた別の話だろうに……。へへっ。仲間は仲間じゃねえなんて事、常識だろオッサン」
「……ふんっ。確かにな。目のまえに良い手本がおるから分かりやすわっ」
「どうも……」
いかに協調していようと、所詮は他国であり他人だ。
友好国の騎士団を殺し、雇われた傭兵達の妨害をしていようとも、ノーティスがクラインからヴィエッタへの増援である。そういう可能性もあった。
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