第142話 得られたモノ、消えた物。

「あぁ……疲れた」


「ふぅ。久しぶりの食べ物だ。ありがとう」


そう言って2人は用意された席に座る。


そしてすぐさま、そこに置かれた熱々のスープに口をつけたっ!



「あぁ良いね。良い味付けだ。冷えた体があったまるから……ふぅっ。ありがたいよギリンガム」


「ふむしかし。良かったぞ間に合って」


ギリンガムが笑った。


ヴィン・マイコンがいないので鎧がなく、顔が見える。


案外……ジキムートがギリンガムの素顔を近くで見れるのは、初めてだったりする。



「このおっさん、俺がレキの元から逃げたって言ったら……マジで殺されるかと思うくらいに襲ってきやがった」


汗を流すジキムート。


全力疾走したくなる程は怖かったらしい。ただ……彼は騎士団に追われる事は慣れているが。


「国を裏切った逃亡犯は……」


「市中をクソ投げられながら3周。その後に火刑……だったか? それはもう聞いたよ」


面倒くさそうにギリンガムの言葉を遮るジキムート。


ずびびっとスープをすすった。



「ふふっ。だが今回は不問でも僕はきちんと、裏切ったのを覚えておくからね?」


眼鏡をクイっと上げ、スープを口に運びながらジキムートを白い眼で見るレキ。


「ふぅ……だがまぁ分かるよジキムートのあの顔も。僕も傭兵だから他人事じゃあない。ありがとうギリンガム。僕も本気で窮地になってたし、あのままだと確実にまずかった。帰ってこれたのも君のおかけだ」


安心したように声を上げたレキ。


戦場で逃げ出すのは傭兵の常。


レキも何度かそれを行っている。


ならば、レキ一団から逃げ出したジキムートへの怒りが収まるかと言うと……それは話が別だが。



「いやっ……君が無事ならいい」


少し頬を掻きながら、無表情で笑うギリンガム。


「それにあの衣装動きやすいけど、すごく寒くてね。雨で透けて大変だった。しかし装備を変えて暖かくなったのは良いけど……少し股ずれが起きそうだよ」


気持ち悪そうに股を開くレキ。


「だけどもこれで、あのエロいローラの裸を見た時みたいに、股がぐっしょりなったら言い訳できるから良いけどさ。ぐへへっ。思った以上に良いもん見たぜ」


ほっと一息つきながら、げへへとレキは笑う。


彼女はすっかり着替えを終えていた。と言ってもそれほど変わらず、全体的に青くて結局秘書みたいな格好だが。



「……おっさん」


左にかかる黒髪を握り、うなだれるローラ。


彼女も同じように黒ずくめに戻っていた。


ただピッチリした服なので、比較的豊満なローラの体の線が浮き彫りになり、ジロジロと見れる室内ではとてもエロティシズムがあるが……。



「何を言うんだい? 女たちと一緒に素っ裸で、夜じゅう寝ころんだ仲じゃないか? キスマークもつけあったっ! これはもう肉体関係と呼ばざるを得ないっ!」


「……はぁ。とりあえず傷も癒やしてやったが……。無駄に元気にしてしまったか」


ローラはため息とともに、頭を抱える。


あの完全に下着にも劣る姿では、非常に防御力が低かったのだろう。


動きが鋭く激しいレキの体は、アザと切り傷だらけになってしまっていた。


「もう完全に元気さっ! いつでも戦えるっ」


(嘘の臭いがするぞ……レキ。)


「うむ、それでだレキ副長。君たちの〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″奪取の件はどうなった?」


「溶けて消えたぜ」



ガタンッ!



「……っ!?」


「いやいや、本当なんだっ! 僕も見た。ナイフを納めてくれローラっ。目の前で自然に溶けて消えてったんだっ、マッデンもそれは全く知らない素振りだったよっ!」


苦笑いをしながらレキがローラをなだめる。


ローラはレキを見ると……ゆっくりとナイフを直して、席に座りなおした。


「それは……誰かの仕業か? だがそんなに簡単に秘宝中の秘宝を溶かせる人間が居るとは思えないが。あり得るとしたら所有者たるマッデンだろう……。マッデンはどうなった?」


「逃げられた。しっかり捕まえてたけどよ、地震が起きた時に、な。一応口の中に一発〝エイラリー(異形鱗翼)″をぶっ放しておいたから、かなり重傷を負っているはずだが……どうだか。アイツも〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″は持ってるだろうしな」


暑そうに手で自分を仰ぎながらジキムートが言う。


ああいう人間は必ず、自分が生き残る事を最優先に考え備えを持っているハズだ。


間違いないだろう。



「それはまた困った。ヤツが残ったとなれば我々の障害になるぞっ! あのデブめが再度〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持ち出す可能性がある訳だからなっ。溶けた物以外に複数個あるならば、だが」


「複数個の秘宝……な。それはむしろありがたい気がするが、目標物が増えるのだから。だが確証がない。その溶けたという話は水になって誰かの下に還った、と考えられる。姿をくらましたゴディンか……もしくは、こちらでは手が届かない誰かさんか。あの蛇と関係があるのかもな」


「確証……。はて、そう言えば確かヴィン・マイコンの奴が言っていたな、ノーティスが〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っていると。複数ある可能性も実際、無くはないぞ?」


ギリンガムが思考しながら一連を想起する。


その言葉に真っ先に反応したのはレキだっ!



「それは本当っ!?」


「あ……あぁ。私は見てないので確認はとれんし……。だがまぁ正直、マッデンが持っていたと言われた時、ヴィン・マイコンの勘違いだと思ったが」


「……アイツが言ったのかい、きっちりと。〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″があるって」


「あ……ああ。言っていたぞ? ただどうやって知ったかは分からん。いきなりそう言いだしたのだ。確かにあの神殿内で少人数で〝ドリーミング・コンキスタ(夢見花園)″を水の使徒共が発動したのだ、理屈としてはそうだろうと思ったが」


あの魔術は数十人の魔法士を要する大魔術だ。


水の至宝の力を借りて発動させた。そういう考えに至ってもおかしくはない。


だがレキがその言葉を熟考してそして。



「ではそれは本物だ。間違いないよ」


「何を根拠に言っている、レキ副長」


「アイツが言ったんだ。間違いは無い」


そのレキの言葉にギリンガムが戸惑い、聞き返す。


「……それは少し乱暴だなレキ副長。君のヴィン・マイコンへの偏重は分かる。だがいくら信用しているとは言え、あの場のあの状況を知らない君の言葉は悪いが……。信用しがたいな」


まるで脊椎反射のように手早く、レキが応えてくるその様子。


それは決して理屈めいてはいそうもない。


それにギリンガムが少し困ったように反論した。



「だが事実だっ。アイツの言ってたことは本当だったじゃないか? この聖地への侵入者もすべて暴いて見せた。適当な奴だがそんな大事なことは嘘は言わないさ」


「確かに……な。お嬢様もそうおっしゃっていた。だが、この話を詳しく聞きたいが奴が今いない、アイツの代弁者にもなれないだろうお前は。それともお前がヴィン・マイコンの能力の全容を教えてくれるとでも?」


ローラが興味深そうに聞く。


恐らくは戦士なら全員が、ヴィン・マイコンの能力を知りたがっているはずだ。


能面のように見えるギリンガムでさえも、心の中心で叫んでいるだろう……知りたいと。


「それはできない。僕たちは傭兵だよ。例えば……そう、これからバスティオンと敵対する可能性すら持っている、能力を明かすなど生きる事を放棄するに等しいんだっ。それはローラ、君も同じのハズ。僕たちは君のその突然消える能力の全容は知らないんだよっ!」


ローラを見やるレキ。



「ふん……知らなくて良い話だ。この能力を知る事が作戦の成否に関わる事はないんだからな、今は関係ない話さ」


「関係あったじゃないかっ! 洞窟の中では結局はそれで逃げられなかったっ。あの時しくじっていたら僕らは今ココには居なかったんだっ。全てが最悪になってたんだぞっ」


「それはあくまで戦闘中の話だっ、戦いが起こればどうとでも転ぶっ! 戦闘で能力を保証するなんて馬鹿げてるだろうっ! 足が飛んで腕が千切れたら、どんだけお強い剣士様でもただの肉クレだっ!」


能力が高かろうがなんだろうが、戦場では結果だけが全てだ。


それが戦闘者としての必然。



「だがよく考えろっ! 今のお前の話は我々の作戦のみならず、今後を大きく左右する前提条件なんだよっ! そのような曖昧な説明では話にならんっ、明確な理由が欲しいと言っているっ。こんな重大な問題を軽々に、お前の思い付きを信じるなんて事できるかっ!」


「それなら僕はアイツが言った事は間違いないと断言できるし、信じているっ! それで十分なはずだよ、なぜなら副長なのだからっ!」


「見ていないのにか? どこに居ようが何していようが、お前は惚れた男の全てを理解しているとっ!? そんな青臭い事を言っているのだぞ?」


「惚れてなどいないっ! だがそうだっ! 僕にはアイツが分かるんだおかしいかっ!?君だってよく似た青臭い女じゃないかっ。ヴィエッタの言う事を鵜呑みにしてるっ!」


「落ち着けレキ副長」


少し言葉に熱が入っているレキ達に、ギリンガムが自制を促す。



「く……っ。大体今アイツがその……居ないのだから。それなら今だけは僕が傭兵部隊への裁量権を持ってい。そのはずだよっ!」


「だとしてもそんなお花畑な内容で軍や私は動かんぞっ。説明を求めているのだレキっ。糞みたいな傭兵共を抱きこんで、私を脅せるとでも思っているのかっ!?」


ドンッ!


「だが僕が信じるアイツの言葉を、今後の傭兵達への命令の指針にさせてもらうっ。これはまっとうな職務権限だっ! 悪いかっ!?」


叫ぶレキっ!



ギギッ……っ!


「……?」


突然ギリンガムが、音を立てながら椅子を後ろに追いやり立ち上がる。

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