第138話 哀しみの力。

ただ……そう、生きているだけとも言えた。


服はボロボロでほぼ半裸に近い。


血で汚れたサラシからは、巨大な胸が完全に露出してしまっている。


その美しい白肌の顔は血をまとい、息は絶え絶えなんとか続くだけ。


手をだらんと垂らし、うつむく彼女。



「あぁ……痛てぇ」


目の前には、ヴィン・マイコン。


コキッ! と鳴り響く首の音。


いかんせんそれは余裕で生きているし、かすり傷しか負っていない。




「化け……はぁはぁ。物め。ふふっ……。あはは……」


「うむ。なかなか長時間見ると、肌色の乳首も良いもんだな」


「……そうでしょう。なかなか良いものですよ。くくっ」


「……ご機嫌斜め?」


覗き込むように聞くヴィン・マイコン。


もう彼の勝利は揺るがない……はず。



「当然です。一つしか良い事がなかったのですから。もう一つはとても、悪いお知らせです」


「良いほうから聞こうか」


そう言って剣を抜く傭兵長殿。


平然とノーティスに歩き……。


「1つ。この私、ノーティスが勝てない事が分かりました」


「悪いほう」


剣を振り上げ……。


「1つ。あなたの能力の出どころが分かった」



ぴた……。



その言葉にヴィン・マイコンの目つきが変わったっ!


少し興味を惹かれたらしい。


「へぇ……マジで? 悪い方の、俺の能力を言って見なさいよ。当たったら……もしも当てちゃったら速攻で、本気で虫のように殺してやるから」


「まぁまぁ……せっかくの記念です。ゆっくり聞いてくださいよ。ふ……ふふっ」


そう言うと彼女はゆっくりと歩き出した。


いずこへ行くわけでも無く、敵からも背け……。


「あなた……マナサーチしてますね?」



ヒュンっ。



グサリ……と、胸部のど真ん中に刺さるナイフっ!


血が胸の外角を好んで伝い、腹を濡らす。


「早漏は嫌われますよ」


「……」


全く動じないノーティス。


その薄気味悪い雰囲気に、ヴィン・マイコンが非常に興味を持った。



(なんだ……コイツ。色が強くなってる。)


「あなたの能力の出どころは単純に、マナサーチだ。あなたは永続的にマナサーチしている。しかもただのマナサーチではなく恐らくは、傑出した究極のマナサーチ……。言い換えれば、ウルティマナサーチをしている。ウルティマナサーチ……良いですね、コレ」


「おぅ……イカすネーミングだなそれ。広めようかな?」


中二病は世界を超えるっ!


なぜか2人ともうなずいてしまう。



「マナサーチとはマナの在りかを記した、宝の地図。どこにでもあるし、どこかそこいらにはある物を探すための手順だ。その程度だと、私も考えていました。だがどうやらあなたはそれを極限まで読み込み、本来のマナの全て……。物の最小単位は原子と言うらしいですが、そこまで細かく分布を見れるようになってしまったのでしょう」


ゆっくりと自分の胸にあったナイフを引き抜くノーティス。


びしゃっ! と血が地面に垂れ、雨水ににじむ。


「そしてあなたは、マナの形状や色の微細な違いまでもを解読、解明する事を会得。高精度で物体を特定したり、あまつさえその力学までもをマナだけで理解できるようになった……と。私はそう読みましたよ」


「へぇ何故?」


ぺったぺったと音をさせ、水の至宝をもてあそぶ傭兵長。




ゆっくりとノーティスの周りをまわりながら、気を抜かずヴィン・マイコンが問う。


目には狼のそれが宿っていた。


「あなたが魔法を必ずと言っていい程、事前に知っていたように避ける。なのにあの空間……。水のマナが飽和状態の、暴風雪に満たされた神殿。その中では明らかに水のマナに対してだけ鈍った」


「そんなの普通じゃねえか……。雪山で雪合戦するんだ、おかしくねえはず」


「ええ。だけど物質を完全に読んでいるのがあの……〝発煙硝酸″と〝発破爆弾″、そして透明の針。それらを避けられた時に分かったんです。魔法だけじゃなく物理を完全に読んでいるし、効果範囲までもを理解をしている。そんな事は目を頼りにしているだけの人間では絶対にありえない。そう思った。発煙硝酸はただの赤い液体だ」


例え危険を察知して逃げたとしても、延焼の範囲までは分からない。


爆薬もただの黒い粉。



「だがそれだと、魔法で体に細工している可能性、それも捨てきれねぇハズよな? 例えば……そう〝風馬一辺(ワールド・コネクト)″みたいな、よ。誰でも何時でもイーグルアイを手に入れれる、特殊な魔道具も存在するぜ。特別なトリックがあるだけに見えるはずだが?」


「それなのになぜ、神殿では水のマナからの攻撃に疎くなるんです? 見えない物も見抜いてみせるあなたが……。一体あの場所で、私の水の攻撃は何に邪魔され見えずらくされていたんですかね? あなたは……聖域に入るべきじゃなかった」


「……」


その言葉にヴィン・マイコンが苦笑いする。



「問題はあなたが居た場所だ。聖域でもあなたの能力は変わらなかった。水の力が乱舞する神殿でも、最強の力であるその〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を持っていた私だけは見失わなかった。マナの色の違いが顕著過ぎたのでしょう。あそこは魔法を使って私の居場所を探れる場所じゃない」


「……」


ヴィン・マイコンがノーティスの指摘に再度苦笑いし、天を仰いだ。


叫びそうだ、クソったれのかm――。


「当たりだ、ノーティス。それを見破ったのはお前が3人目。レキは除外だがな」


「へぇそれで。残りの2人はどこへ。……?」


上を指すノーティス。天国か……と言う事だ。


「そうだよ」


笑ったヴィン・マイコン。



「物質には固有のマナが湧く。そしてその動きにブレはねえな、今ん所。。魔法を唱えりゃマナが必要分先に動く。そんでもって剣を動かせばま~大体? 風のマナが先に揺れるんだ。ヤバいかどうかは濃淡で分かるってヤツさ。覚えるには時間がかかっちまったが……幸いこちとら生き残るだけが脳で、暇だったんでね」


「ふふっ。簡単に言う……」


笑うノーティス。


そんな事が可能になるまでにヴィン・マイコンは、幾つの死線を潜り抜けたのかは言うまでもなかった。


マナ分布の微妙な違いなど分かるはずがないのだ。


一度体験したければ、あなたが今から言う色を検索してみると良い。


狐色・琥珀色。柿茶色・樺色。


それを見分けられるようになるのがどれほど難しいか、すぐに分かる。



「まぁそれでもあん時、吹雪の中で飛んでくる氷のマナはさすがに見えずらかったけどよ。だが普通の魔法ならどんだけ適当に撃っても、マナは結局はルールを曲げねえ。同じ動きをするのさ。進行方向に重心がかかっちまうからな」


「それ、聞きましたね。知り合いから。物理とかいう話です確か。錬金術もそう。この世の摂理を解読する学問だと大仰に吹聴していた。そして分厚い本を書いては私に見せて、眠気を誘ってくれましたが……ふふっ。アレを完全に修めたなんてキチガイ染みた人間を、私は一人しか知りませんよ」


紙飛行機を飛ばせば、草原に広がる風のマナの流れ、そして紙飛行機が持つ浮力という名のマナを解析。


それを〝経験上″どこで落ちるか分かるようになったヴィン・マイコン。



「その究極さは誰もが憧れる伝説の魔法士……ラス・ナナコゥを思い出します。確か彼も、風のマナを完全に手中に収めた時編み出した独自の力があった。自分に近づく物質全ての重量と特徴を、瞬時に頭にイメージさせる能力。あなたはあの伝説の魔法士、それと似た力を持つと言えると?」


「いんや。あの伝説の男は4柱から愛されていた。一説によれば、生まれた時に奴を受け止めようとする4枚の手。それが複数の人間に見えたらしいな。抱きかかえるように守る神の手が、よ。だが俺はありがたい事に、神からの自立心が旺盛でね……。〝ライト・ディバイン(光の加護)〟を受けて一人で生まれてこれたんだよ」



……。



「光からの……加護っ!? あなた〝捨て子″なんですかっ!?」


そのヴィン・マイコンの言葉に思わずノーティスが目を見開くっ!


それはどんな言葉よりも想定外の返答らしい。


「あぁ、捨て子捨て子……その言葉を何度聞いたか。教会様も困って軽くて光り輝く〝ライト・ディバイン(光の加護)〟を与えてくださったのさ。神の代わりに……第八階層の俺に、よ。可哀そう過ぎて涙が出るだろう? ひひっ」



この世界には〝光″と言う属性はない。


光はあくまで物理上での現象の一つであり、神の御業の範疇ではないのだ。


だが、神に愛されない子供を見た時人は驚きと嘆きのあまり、その子に光というありもしない属性を与えた。


いわば憐れみと侮蔑の産物。


嬉しそうに人間達が、神に1つずつ様々なパンをもらって生まれてくる片隅で、ヴィン・マイコンはサルにドングリを貰った訳だ。



「信じられない男だ……。そんな事がこの世にあるのか? あぁなるほど……だから神殿で最初、私を追ってこなかったのか。追いかけっこになれば、魔法を使って逃げれる私には勝てないと踏んだのね」


唖然とし、そしてなぜか歓喜し笑うノーティス。


「そうだ。こっちにも限界があるんでね。あんま無茶は言わんで欲しいぜ。こんな水ばっかの所で秘密基地見つけろ……っつってもなぁ。そんなもん見える訳がねえ。なんせお探しの秘密基地も水だらけなんだからよっ」


聖地を見渡すヴィン・マイコン。


聖地についた当初、よく秘密基地をなぜ見つけれないのかと質問を受けた。


だが彼にも限界があったのだ。



「ですが素晴らしい能力っ! 世界には神のおかげでマナが溢れる。そう声高に叫び、神の愛を値踏みする事しかしないクソ信徒共ばかりだっ! ですがそいつらに是非教えてあげたいものだっ! この男を見ろ、神に愛されなかった男が光を示して見せた、とっ。神などいらないのだ……ってね」


サルにドングリを貰ったヴィン・マイコンはそれを植える。


そして樹がなったのを見たその男は一人、頑丈なイカダを作り上げ、太平洋を一人で横断したみせた。


根性と生き汚なさが生んだ大偉業であるっ!

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