第137話 ノーティスvsヴィン・マイコン。

ザアアアアァッ!



「出てきたな……化け物め」


ノーティスが狙いに目を細めた。


闇と風雨に閉ざされた聖地。


服もぐしょぐしょで、白い肌が透けている。


その中で天に穿つ、神々しい神の光を背にした彼女。


険しい目で、獲物の姿を追っていた。



ペロ……。



舌なめずり。そしてっ!


「……。よしっ!」


言葉と同時に呪文を起こすっ!


細く小さい数十匹の蛇のようなツタが、一斉にヴィン・マイコンの足元を襲ったっ!



「……」


「くっ、外れたっ! アレでもダメなのね。しかしあの力はなんだというのっ。不自然すぎるものっ! よもや、〝呪い″の類でしょうか? ローラと同じような物を持っている、とか。ですが奴が呪いを発動した形跡はない。ええいっ、一体なんだと言うのっ!?」


ノーティスは声を隠しながらも、イライラした仕草で銀髪の雨露を払うっ!



彼女の服はボロボロだ。


胸部は裂け、大きな胸が覗いている。


足にも手にもアゴにさえも、裂傷。


追い詰められているのが外見からも分かった。


そして大きくため息をつく彼女。



「はぁ……はぁ。ふふっ、余裕しゃくしゃくって感じですね」


この時代では珍しい部類の双眼鏡。


それで敵を観察していくノーティス。



「まんまとあなたの挑発に踊らされてる。この呪文を避けて見せたのもおそらくは、私への挑発なんでしょうし? 力の違いを見せつけていると、そういう事ですかね。むかつく男だ」


独り言でヴィン・マイコンにノーティスが語り掛ける。


今の魔術は決して、命を奪う程ではない。


距離が離れ過ぎている。その距離は大体400メートル位だろうか?


その為に魔法の威力が出せないので、例え直撃しても擦り傷程度ですら怪しい。


だがしかし、ヴィン・マイコンはそれを丁寧に避けて見せていた。


あの男の性格だ……間違いなく挑発だろう。



「神殿の中でもそうだった。どんなに頑張っても傷がつかな……いや命中しない、か。それは何故? 私と傷をつけたジキムート。そしてゴディンの違いはなんだというのか」


ノーティスは今、民家の屋上から傭兵長を目で追っている。


そしてヴィン・マイコンにまつわる出来事をグルグルと、頭で反芻していく。



「神殿の吹雪の中、どうやってアイツは私を的確に追えたのか? 例えば私を初めから見つけていたのであればなぜ、最初から追ってこず……時間を無駄に浪費したのか。いっそもう一度、あの洪水の中で戦いを挑んでみますか?」


双眼鏡を拭き、後ろに広がる黒い津波を見るノーティス。


彼女のいる場所は少し小高くなっており、汚泥のような津波からは離れていた。



「しかし問題は、津波の中まで追ってくるとは限らない、という事。こうなるともう時間も無い。そろそろのハズ。奴らが来るまでにはあのヴィン・マイコンだけは仕留めたいっ! 今回は私の位置には気づいていなさそ……くっ!?」


瞬間ヴィン・マイコンが消えたっ!



「どこかへ消えたっ!? いや……そこか。はぁはぁ……、ゴク……ン。遊ばれているのであればすこぶるムカつきますね」


苦笑いが浮かぶ。


焦燥感が半端ではない。


少しヴィン・マイコンの姿がヒサシに入っただけでも、不安になってしまう。


彼女はぐっしょりと服を濡らす汗に取り合う暇もなく、必死にヴィン・マイコンへと視線を向け……打開策を練る。



「魔法に極限に強いのは分かりました。では物理にはどうでしょう? 透明な針ではダメだった。それじゃあこれならば……」


ノーティスは深呼吸し……自分の髪留めを触れた。


そして、自分がセットしたその爆弾を起爆するっ!



ドンッ!



「……一つの賭けです。さぁどうなる?」


目を凝らし、待つノーティス。


煙で辺りが見えなくなっていた。


それは大きな賭けだ。


姿を見失うことが確定するのだから。



「……っ!」


おぞましい感覚っ!


「ひぃッ!?」


頭の中が真っ白になったっ!


ノーティスの後ろ。


その真後ろに男が笑いながら、飛び込んでくるっ!



「ふひひっ!」


「クッ!」



ザスゥッ!



その剣は見事腹部を刺し貫くっ!


傭兵長はそのまま走って、ノーティスを壁に激突させるっ!



ドンっ!



「カハッ!?」


「ココかっ!」


「きゃっ……」


ビリリっ!


破れる服っ!


ヴィン・マイコンはそのぶっとい腕を、ノーティスの胸部めがけ突っ込んでいたっ!



「くっ……やめ……ろっ! やめなさいっ!?」


必死にノーティスはその突っ込まれた腕が、胸をまさぐるのを止めようとする。


だがいかんせん女の力。


腹を剣で突かれながらでは抗うべくもないっ!


腕がノーティスの服を軋ませ、女が悲鳴を上げるとっ!



「……これだなっ!?」


「あっ……あぁっ!?」


バっ!


「へへ……大当たりぃ」


「はぁはぁ……貴様ぁっ!」


ノーティスが口惜しそうに睨むっ!


ヴィン・マイコンは薄ら笑いを浮かべながら、『それ』を見た。



「やっぱりあったぜ、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″っ! ほらみろギリンガムゥ。あとで嫌味で滅多打ちだなっ」


笑いながらそして……ヴィン・マイコンが遠くで光る、マナの柱を見やる。


「どう言うこった、お前」


「はぁはあ……っ。返しなさいヴィン・マイコンっ! それは我が国にとってっ。いや、兄(あに)様にとって最重要の物体っ! あなたが触って良いものではないのですよっ。くぅ……」



「いやそっちじゃねえし。お前の乳首なんで肌色なの? 俺ピンク派なんですけど」


「うらああっ!」


開戦の咆哮っ!


ノーティスはヴィン・マイコンを蹴り出し、距離を取ったっ!


グジュリ……っとエグる感覚がし、腹から剣が抜ける。


ノーティスは傷口に湿布を急ぎ張って直後、すぐに攻撃を用意。


小刀をもって突進する彼女っ!



「へぇ……。俺が接近戦強いのを知ってんのに、それでもかかってくるなんて、なっ!」


すぐに受けて立つヴィン・マイコンっ!


すると……。


「さぁっ!」


その目の前に、何かが撒かれたっ!


そしてノーティスがそのまま後ろに下がる。



「この色は〝硝酸″……。いや、その上の硝酸だなっ?」


それを目にしてすぐに、ヴィン・マイコンがその場から大きく飛びのいたっ!



ドドッ! ドンっ!



『発煙硝酸』が爆発的に炎を上げるっ!


それはとても危険で爆発しやすく、ついでに酸化窒素という毒物までもをまき散らす物っ!


辺りは炎と悪臭に満ち溢れたっ!


その間にノーティスが呪文を詠唱し……っ。



「我に集まれ水の雫よ。マナ達よおいで、ここに集まり我にすくわれよ。……ヴィン・マイコンっ。とりあえずあなたは家の下敷きになっておいて下さいよっ!」


ノーティスはその足場にしていた民家の屋上から一滴残らず水分を抜いて、カラッカラに乾燥させたっ!


その直後……っ。



ビキキッ!



ひび割れた屋上が、上にあった家具やらの重量を支え切れずに崩壊してしまうっ!


そうしてノーティスが、他の家に飛び移ろうした……瞬間っ!


「……っ!?」


黒く大きな影が崩れゆく足場から迫るのが見えたっ!


発煙硝酸の散布範囲ギリギリを抜け、崩れる足場を蹴って跳んだっ!


そしてノーティスに掴みかかってくるっ!



「待てよぉっ、ノーティーースっ!」


「なっ……馬鹿なっ!?」


すさまじい速さで追撃しようとする影に、ノーティスが恐怖し避けようとするが……っ!



ガシッ!



服を掴まれ、ヴィン・マイコンに捕獲されてしまうっ!


そして……自由落下状態のまま引きずり込まれていく彼女。


「ヒッヒィイィイーーーっ!」


コードレス、叩きつけられバンジーだっ!


ノーティスは絶叫を上げたっ!



「イィヤッフゥーーっ!」


ヴィン・マイコンの狂喜にも似た、歓喜の声。


そして……っ!




ドゥシンッ!




無数のゴミや瓦礫と共に、1階分相当に当たる2メートル50センチの高さを頭から着地させられてしまうノーティスっ!


「ぐ……べっ!?」


顔が床に完全にめり込みながら……その瞬間白目をむき、脳が間違いなく止まるノーティスっ!


そのまま捕まれていた服が破れ、いずこへと弾き飛ばされてまったっ!


きぃ…………・・ん。


「ばふぁあっ!?」


ヨダレを垂らし、はじけ飛ぶノーティスには感覚がない。


どうなっているのか、どちらが上でどちらが下なのか。


そして自分は何をやっていたのか。



ガシャンっ! バリーンッ!



スローモーションになるほど優しくもない。


そのままマバタキする暇もなく、壮大な音とゴミをまき散らせて何かの家具にぶつかるノーティスっ!


「よっと」


ヴィン・マイコンが上に投げておいた〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″をキャッチする。


そしてその高価なガラスが砕け、食器と食器棚の残骸の中に埋もれたノーティスに剣を構え……っ!



「あぁ……。ぐぅ」


ノーティスはガラスが割れた音のおかげで、聞こえなくなっていた耳に音が届いていた。


少し、ほんの少しだけ感覚を取り戻した彼女。


「はっ……はっ……っ。はふっ」


目がうつろになりながら、目の前の男を見る。


それはすでに攻撃態勢だっ!


それなら……。



「もろとも……だっ!」


その瞬間、助からない事を知ったノーティスが……自爆スイッチを押すっ!



ドォーっっ!



「……っ!?」


いきなり爆発、四散する家っ!


けたたましい音を立てて倒壊しだしたっ!


「くぅ……。家の内部に居ては、私も逃げられないが……あぁ。どうでも良いさ、ふふっ。全く男はどうしてこう、女にがっつくのか……」


遠い眼。


この爆弾はノーティスが、一階部分に仕掛けていた物。



「色々女には準備があるんですよ……。ヴィン・マイコンが私を発見し、家に入ってそして、登って来る……。その途中に私は可愛く、ドキドキしながら逃げ惑うふりをして……ね?」


この目的はとりあえず、家ごとヴィン・マイコンが押しつぶさす事。


なので……。



「支柱がいかれたかっ!?」


家が傾き、折り畳まれるように崩れていくっ!


足場はもうない。


逃げれるような窓を探すのは困難だ。


暗転する視界っ!



ガシャガラ……ガラァアアンっ。




……。


静まり返る闇夜の中、すさまじい煙とゴミが舞い踊っている。


踏み場もない程のありさま。



ザアアアアァッ!



響くは雨音と、遠くに聞こえる津波の鼓動のみ。


「はぁはぁ……」


その中に1人、人が立っていた。


「……あ~あぁ。服が破けちゃった……ペッ」



ノーティスだ。


ノーティスが生きて立っている。

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