第136話 ゴディンという存在の終わり。そして始まり。

「あぁ……あぁ。勘弁して下さい。私は……私は神様になんて事をっ!」



ドシャッ!



ふらふらと歩き、倒れ込んだっ!


そして泣きむせび必死に頭を垂れている。


雨脚が厳しい。



そんな中、ゴディンは町をさ迷うように逃げている。


うずく傷……。


「あぁ……痛いっ! 痛いよぉ……。誰か、誰か助けろっ! 助けてくれぇーっ」


叫ぶゴディンっ!


だがそこには誰も居ない。


彼はヴィン・マイコンに斬り飛ばされ失った、肘から先を必死に抑えて泣きむせぶ。



「あぁ痛いんだ……。誰か止めてくれ……。この雨を……。こんな雨を降らせた奴はすぐに止めるんだ愚か者がーーっ!」


……本当に痛いのは、『全て』だ。



ジジっ!ジジジッ!



「帰らなければ……っ。急ぎ帰り、神への忠を尽くさねば……うぅ」


つぶやきながら立ち上がり、また逃げる。


この町から、この故郷であるハズの聖地から。


「駄目だ……。帰ってどうするというのだっ。私は私でなければ意味がない。私はゴディンだから、神は意味をくれている。だがもう遅いんだっ! 神はトゥールースを否定したっ。私はどうすれば……うう、守るのだ。そう……孤独から、ヒューマン……。ヒューマン・エン……エ……」



ザジっザーッ!



ゴディンの体は点滅するように、頻繁に光り輝いてる。


そして何度も何度もドロリ……と溶けたように崩れ落ちそうになっていた。


原初体に近づいているのだ。



ザアアアアッ。



それはきっとこの雨のせい。


突然降りだした、魔力を帯びた雨。


それが彼を溶かそうとしている。



「うぅ……っ!なんで障壁が機能しないんだっ。それはこの雨が上位にあたるそんざ……。クソっクソっ! 黙れっ! 黙れっ!」


氷の障壁は先ほどから何度も壊されている。


雨粒が貫通してしまうのだ。


逃げられない針のむしろ。


だが痛みをおしてでも、それでも逃げなくてはならない。


苦しみを必死に抱え、どこかへ行こうとのたうち回るゴディンっ!



「帰る……還れ……帰還しなければ……。あぁーーーっっ! えぇいっ! 五月蠅いよっ。私は守る忠義ではなく、ゴディンとしての可能性をっ! そう一人の世話係としてしっかりと、神様を愛す……るゴディン……」


ちゃぷっ。


足先に柔らかい感覚。救いの様な物に触れた。



「あぁ……愛す。ゴデ……トゥールース。あい……すまも……? 守る、私だトゥールース。そう……ごで……」


ぽちゃっ。


彼は知らず知らずのうちにその濁流。


人を飲み込み荒ぶ、津波の中に入ってしまっていた。


水が呼んだのか、それとも彼は……。



ゴボボッ。


(あぁ……。ここは安らぎの母の中。そう……だ。聖域だ。神の前では関係ない。ここは楽園。そうだ……。そうだよっ! だから全てから聖地を守らねばならないっ! 誰もこの私の聖地を奪わ)



ブズッ!



(この聖地でまた生まれ変わり、祈りの日々を送るのさっ。神のお告げを人々に与え……。僕はいつか立派な……母様が望んだよげ)



ブツっ!



次々とほころび、消されていくゴディンの自己証明。


だがそれも、不必要な物なのだ。


ある意味背負った重荷を捨てれるとも言えた。だが……。



(私が御父上を超えさえすればきっと、お母様も救われるっ! 私がソレスティアル・ドゥー……。)


ブズっ!


彼は『核心』。自分の本質に消滅が近づくほどに、湧き出る感情に気づいてしまう。


水の中、彼は必死に腕をジタバタさせ始める。


だが……水の重圧は滑稽な程重い。


水の民が水に浮かぶ事すらできないでいる。


それは決して、水がうねりを強くしているからではない。


ゴディンは水に惹かれそして……崩していっているのだ、自分を。



ごぷっ……ごぼっ。



(まだだっ。ヴィン・マイコンにはまだ、私が勝ってみせていないっ! 奴がどのような手段を使おうと、私はアイツを倒して見せるんだっ)


ジジジッ。


(薄汚い傭兵など、私の前では相手にならないって、全員に見せつけるんだよっ! だって……だって私はアイツより……っ! ヴィン・マイコ)



ブズッ!



彼の記憶からソレは、その思いは奪われ消された。


それは……とてもとても悲しい事。


(母様……。美しい母様。あなたは花が好きだった……。)


ジジジッ!


(必ずあなたは同胞を見送る時も、殺した貴族の娘を葬ってやる時さえも。寂しそうに花いっぱいを抱いていましたっ。供えてやる事も出来ないというのに。あなたのその悲しみを私がいつか……。)


ザジジッ、ジジっ!


(私はあなたを愛していたっ! 本当ですっ。この思いはダヌディナ様へと向かって伝えても良かったのにっ! 例え掟に背いたとしても、例え水の民として失敗の欠陥品と言われてもっ! 私はこの聖地からあなたと……母様とっ!)



ブ……ツっ!



穢れは消えた。


葛藤も他者への愛も、自分らしさまでもが全ては……そう、穢れなのだ。


そして心に満たされていた自分らしさは全く消えうせ、残ったのは哀しい程美しく純粋な、従順さ。




(母様……。ダヌディナ様。母なる神、ダヌディナ様。私は……我は行かねばならぬ。)


そう言うとスッと、その激流の中真っ直ぐに立つゴディ……いや、トゥールース。


そしてゆっくりと歩き出した。


その歩みが示す方向は、神殿。



(闘え……戦えトゥールース。我は〝孤独(ヒューマン・エンド)〟と戦う尖兵なりっ。神が……お呼びだ。)


ゴディンは歩く。ただ歩く。


聖地の残骸を踏みつけ、流れ来る死体すらも弾き飛ばしっ!


彼は一心不乱にただ愛する神の元へと向かう。


もう彼には、ゴディンの面影は残っていなかった……。

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