第111話 傭兵道。
「愚かにも、この地に居座り続ける凡俗共に告げる。我ら神の民……トゥールース。我が崇める無二の神にして世界の柱。水のダヌディナの唯一の子なり」
「……唯一だと? 付け上がりやがって」
突如起こった砲撃。
それから身を守りながら、どこからか木霊するマッデンの声に3人の男が耳を傾ける。
「我らはこの血を守護する為、貴様らバスティオンに雇われし、または今も身を寄せる者全てをに排斥するっ! 我ら水の民は神への愛を証明する為の決戦を行うのだっ! これは浄化なりっ。今から行うは全てを水に還し、そして清らかにする大祭事なりっ!」
「へぇ……。気合入ってんね、あのデブ」
「この祈りは愚かなるかな頭を鋼に食われた者、その全てへの裁きの洪水となるだろうっ! よく聞けっ、神を信じる同胞どもよ。我は神の使徒なりっ! そしてこれはトゥルースの尊神(リービア)なりっ!」
ビクっ!?
「……」
その尊神(リービア)と言う言葉を聞いた瞬間、あのヴィン・マイコンとギリンガムだけならず、この世界に住まう者全てが止まった。
「だがただ一つっ。今から我がもとに礼賛し、自らの身をもって我に赦しを乞えっ! さすればこの洪水、世界を飲む水の胎動っ。そこから貴様の罪の体を救って見せようっ! 町の外壁にて待つ。時間は無いと知れっ!」
「……あぁ、言い忘れてたが、アイツら相当に焦ってたぞ。神殿にデブ自ら攻め込むとかどうとかな」
がすんっ!
強烈なヴィン・マイコンの蹴りがジキムートを蹴り飛ばしたっ!
「お前は脳無しだっ、クソ虫がーーっ!」
マッデンのスピーチが終わるや否や、すぐにヴィン・マイコンが駆けだしていくっ!
それを追うかどうかを迷って一瞬遅れたギリンガムが追った。
「不味いぞコレは……っ」
「あぁ……ヤベエっ! とりあえずお前っ! さっさと準備して来いっ!」
ブチ切れたヴィン・マイコンの蹴りは想像以上だった。
腹を押さえてうずくまるジキムートに、ヴィン・マイコンが言い放つっ!
「俺……こんな体で、うぅ。戦場なんてとてもじゃないが無理なんだが?」
「ちっ、お前そこに……いや」
パリンっ!
ぱしゃり……。
「〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″……か、くそ。俺は別に、引きこもってたかったんだがなぁ」
「その割には嬉しそうじゃないか。傭兵としては知らんが、戦士としてはその眼だけで十分。では先に行く」
ギリンガムがそう言って、自分の持ち場である聖堂へと走って行くっ!
それをジキムートが見送り、自分にかけられた〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″の雫を必死に拾い集め、独りごちた。
「休む暇はねぇ……か。傭兵街道まっしぐら。命がある限りは抗って生きていく。俺らの本望だぜ」
「おいお前ら……。何してんだ?」
「おっ!? おっ、おおっ。なんだお前らっ!?」
「見つかっちまったのかっ!? やるならやってやんぞっ!」
狭い洞窟の中に男達の声が木霊するっ!
剣を構え、威嚇してきていた。
「んー? 何してんのって聞いただけだよ、私達。なんかえらくボロボロで……うあっ、くっさい。近寄んないでよ……」
イーズがその汚い10数名の男達を見る。
体はあざや擦り傷だらけ。
装備もボロボロで見るからに汚かった。
「ホントだな。負け犬真っ最中って感じだ」
震える切っ先を見てジキムートが笑う。
「クッ、誰が負け犬だっ!」
「負け犬? 負け犬……ねぇ。あっ、もしかしてアレと関係あったりするのん? タンジェとアルサインの」
「タンジェとアルサイン? ……ん? あっ、あぁ……さっきそこらで戦争の後始末やってた奴か」
気づいたようにジキムートとイーズが見合う。
その様子を見て、傭兵達がホッと胸を撫でおろしたように座り、剣をおろした。
「おっ……お前達は、アイツらアルサインとは関係ないのかよ。ビビらせんなっ!」
「あぁ……やっぱりそうだよジークっ! こいつら敗残兵だっ。や~い負け犬傭兵~っ!」
楽しそうにイーズが約10数名の傭兵仲間を煽り、馬鹿にする。
ちなみに馬鹿にされた奴らは鼻を伸ばし、イーズのその白く美しい肌に見入っている奴も多い。
「なっ、てめえっ! 俺らは負けてねえっ。まだ戦ってる最中だってのっ」
「あぁ? 嘘つけよ。もう旗は折られたってギルドで聞いたぞ。本陣の旗が焼かれて2日経つか、旗の交代があったら負けだっていうのは常識だろうよ。立派な戦後の不審傭兵だぜ」
訝しそうにジキムートが言う。
実際戦いが終わってからもせっせと働く傭兵に、良い人間なんて居ないのはよく知っている。
「……だが俺らはまだ負けてねえっ。実際ヤりあってんだよっ!」
「それ、ギルドの契約違反だよ? 降伏した方の傭兵はすぐに戦闘をやめて降伏する。もしくは別の分隊に合流し、再度契約を結びなおさなければならない。いっくらアホの字が読めない傭兵でも知ってるはずだよねぇ? これは口頭の入団テストで、絶対に間違えれない問題だったもん」
耳にかかった赤の髪をかき上げ、イーズが訝しそうに言う。
傭兵は無学の者が9割だが、絶対に覚えておかねばならないギルドルール。それだけは知っておく必要があった。
「いや……まぁ知ってるけどよ。だけどまだやんなきゃいけねえんだよっ! アイツらだけは……っ。あのクソ野郎だけはしとめてやんねえと気が済まねえっ!」
「……。興味ねえぞ、その内容は」
「知ってるよ、ぺっ。誰も聞いて欲しいなんて言ってねぇっつうのっ」
……。
にこっ。
「じゃあ売っぱらおうか、ジークっ。こいつら売って儲けようっ!」
「そうすっかっ。小銭稼ぎにはなる」
「おっ……おいおいっ、待てっ! 待てよコラっ! そんな事させる訳がね……」
10数名の傭兵が剣を抜いた瞬間っ!
イーズが腕をクロスさせ、〝蝕み″の構えを取った。
「私の名前はアイネス。〝ヒュドラ・アイネス(絡まる蛇を操る者、イーズ)〟っていうのを知ってて、やるんだよ……ね?」
「俺はジキムートな。まぁ、俺の事は知らんだろうが」
その言葉。特にイーズの名前を聞いた瞬間一斉に、男たちの顔色が蒼白に染まったっ!
「おぉ……マジかよっ、マジで2つもラグナ・クロスがありやがるだとっ!?」
「ちょっ、なんつぅ最悪なっ!? あの〝イカレ2穴″の……っ」
バシュッ!
「ぐえぇえっ!?」
突き刺さる魔法っ!
吹き飛ぶ体と断末魔。
そして……殺意を込めた笑顔。
「ふぅ……。えへへ。じゃあ売っぱらおっかジーク。ギルドの面汚しになる前に掃除しよ」
イーズの眼は完全にマジである。
どうやら地雷を踏んだ事に気づいた敗残傭兵達は……。
「まっ……待てって、待て待てっ! 聞いてくれ、聞いてくれって。あのなあのなっ! そうっ! 俺らは戦う予定だったんだよっ! そうそうっ、そうなんだよっ。そんでしょっぱなの行軍の時、隊長の貴族様がいきなり転身しやがったっ!」
「……」
すぐさま強制的に、話の旨をまくしたてる敗残傭兵達っ!
大汗を流してココは通さんっ! のポーズで、2人の目の前を反復横跳びしている。
「そうそうっ。でもそんな裏切りなんぞ、どこでもあるってのっ。だからアルサインからタンジェに移るっていう契約しなおして、文句言わずについていこうとしたんだよっ!」
「まぁ陣営なんぞどうでも良いからな」
必死にまくしたててくる傭兵に鼻をほじるジキムート。
ちなみに彼の横のイーズは、その話、面白くなかったら殺す。の眼である。
「そんで裏切ってまで何すんのか~と伺ってたらよ。俺らに命令するのがそいつ、『あの村を焼け。』って感じの小悪党ばっかっ! そんでも従ってたんだが、な~んかおかしいんだよ。勝つ気が無さそうっていうかよ。小さい村ばっかり狙って、全然良さそうな所に顔出さねえっ! だけども裏切ったアルサインから逃げてるって感じもしねえっ」
「……へぇ、それで?」
ジキムートがその話に興味を示す。
「で、分かったんだがそいつ、アルサインの次男坊だったらしいっ! 家督欲しさに国を裏切ってやがったっ」
「う~ん、まぁ良くあるよね、そういう話。全然普通だと思うんだけど?」
家督が継げないとなると大変である。
下手を打つと傭兵まで身を落とさなければならなくなる。
家督保持者以外は全員、貴族の子息でも才能が無ければ野に放たれてしまうのだ。
なので家庭内闘争を戦争を契機に勃発させてしまう事はまま、よくあった。
「そう思うだろっ!? だがよっ、寝返った先の国。そのタンジェを勝たせる気もなかったんだよっ! そいつぁ体よく引き分け狙ってやがったんだっ」
「引き分け? それに何の利益があんだよその次男。裏切ったんなら報酬目当てだろうに。かっこよく戦功上げて、タンジェに騎士としてでも就職するんじゃねえのか?」
「いや、そのクソ野郎の狙いはじり貧になって弱った兄貴の首だったんだっ。タンジェを都合よく利用して暴れさせて、自分は働きもせず弱い村焼き払って略奪し放題よっ!」
「そんで引き分けまで待って、弱ってるそのスキに兄貴殺して家督をいただくっ! そういう予定だっんだっ!」
「うわ……最悪っ!それって要は、自分の国に病気を持ち込んでやるって事でしょ? 疫病をもたらすカラス、ハヴロマディンの使者と同じじゃないっ!?」
イーズが嫌悪感をあからさまに示す。
その害を大きく受けるのは農民やらの民クサだからだ。
(だがなんだその話。少し足りない気がするぜ。ちょっと気にかかるが……)
傭兵達の言葉にジキムートが頭を整理しはじめた。
「そうそうっ! だからあのクソ次男坊の野郎、わざと戦線引き延ばしてたり、時間かける為に街の連中を引きこもらせたりやってたっ。しかも時間稼ぎに引きこもらせて最後には、元々自分の手下や町の人間を容赦なく全員殺したりすんだぜっ!?」
現代ならば、住民を保護させるように自衛隊を小学校に籠らせて、そこに100トン爆弾打ち込む。と言った行為か。
しかもその打ち込んでるのは元、日本の政治家。
「戦果の強調って奴か。なんもなくフラフラしてっと裏切者には視線が厳しいからな。でもその処刑する相手ってのは次に、自分が支配する予定のハズの役人だろ? あんまり殺し過ぎるとお国が回らなくなんぞ」
「あぁ。だけどなんか、他にアテがあるとか言ってたぜ、あの次男坊」
「……アテ、ねぇ。なんか嫌な予感がすんぞ、それ」
ジキムートが訝しそうに考え込む。
(大体そこまでやっちまったら自分が返り咲いても統治できねえ。いくら元々の貴族と言えど臣下共……。特に騎士団が言う事聞くかどうか。しかもどうやって弱らせておいた兄貴の軍と後で戦うつもりだったんだ? 攻城戦は楽じゃねえ。こんな傭兵と残りの騎士じゃあ……なぁ。)
「あぁ~あ、やってらんないっ! アタシなら抜け出すよそんな戦争っ。イライラしちゃうっ!」
「そうなんだよっ。だけどもあの次男の野郎、想像以上のカスだったぜっ! イライラなんてもんじゃねえっ。まだあんのさっ!」
ガスッ!
歯ぎしりして敗残傭兵が腕を地面に叩きつけたっ!
「想像以上?」
「兄貴が予定外に死んじまったらいきなり、また寝返りやがったっ。信じられっかっ!?」
……。
「裏切って入ったタンジェから、更に裏切ったって事は、だ。アルサインだよな、クソ次男坊が行く方は? そっちは元々故郷だ。ん? だが最後には結局、クソ次男坊はタンジェを裏切る予定だったから……普通じゃ? ビビる話でもねえよ」
どっちにしろ、弱らせた故郷を潰しに帰るのだ。
ある意味次男様としては本筋である。ただ……。
「違うよジークっ! それって多分、堂々とアルサインの……故郷の継承者を名乗り出て帰ってったんだよっ! だって今タンジェがアルサインの城を持ってるんだもんっ!」
『簒奪者』から『徹底抗戦を叫ぶ、正当後継者』へ。
この趣は思った以上に違ったりする。
「なるほどっ。抗戦の為の旗印を、裏切者が担ってるってのかよっ! うわ……っ」
さすがのジキムートも目元をヒクつかせる。
徹底抗戦を唱えているのは元裏切者。
しかも戦禍で焼き出されて、市民は疲弊しきっている状況下での徹底抗戦、だ。
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