第112話 傭兵の最後。

「あぁ~この国の人達可哀そう。タンジェでもアルサインでも名前だけの違いなのに。……マジで言ってんだよね? それ」


唖然とした顔でイーズがその目を丸くする。


実際タンジェであろうがアルサインであろうが、市民にとっては戦争さえ終わってくれれば良いはずだろうに。


「あぁ、マジもマジよっ! そんで俺らに全部責任押し付けて殺そうって腹で、俺らのテントに火を点けやがったんだっ! だから逃げて来たんだぜっ」


「あぁ……なるほど、ね。秘密を知ったらなんとやら。自分のしでかした悪事を知ってる奴は、少なくしないといけいないもん。あったま来んねっ!」


恐らくは国内で暴れまわったのは傭兵の独断でした。そう言い訳するつもりなのだろう。


イーズの眼に完全に、殺意と怒りがこみあげているっ!



「あぁ。それでとりあえずは逃げなきゃいけねえっ。装備だけは持って逃げたんだっ! いつか覚えてろって剣握りしめてよっ! そん時は元々100人近く居たんだが、な。もうじり貧になっちまったよ情けねえ」


暗い洞窟の中、力なく肩を落とす敗残傭兵達。


「ふ~……ん? でも……あれ? おかしくない? それなら戦争は継続中っしょ。タンジェが城を落としたとしても、抵抗する貴族は残ってるんだから。抵抗って言っても、裏切者の裏切り者……えと。まぁクソ次男坊って事でっ! そのクソ次男坊はまだ戦ってんだよね?」


「あっ、あぁ……。そのハズだが? 俺らはそう聞いたって聞いたぞ? 誰かは知らねえけどよぉ」


敗残傭兵が頭をかく。



「でもギルドでは戦争は終わったから安全だって宣言されてたよ? だからあたしとジークがココに採取に来たんだし」


イーズが冷静に敗残兵たちを見回す。


嘘をついているようには見えない。


だが、話の帰結が少しおかしいのだ。


先程のギルド規約にもあったように、別の分隊がいる限りはギルドとしては戦争継続中になるはずでる。



「いや、イーズ。分かったぜなるほどな。〝まだ″、戦争状態じゃねえんだよ。次男の奴は増援待ってんだ」


「増援? もしかして言ってた『アテ』ってやつの事、ジーク?」


「そうだ。多分だが、政略結婚の準備があったんじゃねえか? この戦争でじり貧になった兄貴を殺してすぐ、家督を一時的に奪って次男の奴は婿養子になる、そういう予定だったんだろうぜ。するってえと嫁が統治者になるからな」



……。



「あぁっ! なるほどっ!? 別の国のお嫁さんが来て、下手にその目に止まっちゃったらぐ首切られちゃうもん。下手にアルサイン出の部下は逆らえなくなっちゃうっ! 兄貴から国を奪う為の兵力もお嫁さんが出してくれるのかっ!」


「あぁ。国を奪った後、恐らくは嫁の方の国がほとんどの役職を奪ってくる。吸われる方の奴らは潔く口をつむるか、それとも出ていくか……死ぬか。その3択しかなくなる訳だ。なんで引き分ける前提で次男が動いてたのかと思ってたが、そういう事だなっ!」


自分達の内部事情を散々流して会社に損害ださせた役員が、吸収合併してきた会社の社長の婿養子だったので副社長昇進。


現代だとこんな感じか。これに生き死にを足すだけだ。



「じゃあ……クソったれ次男坊からは口封じに追われ、タンジェには裏切者呼ばわりするこの敗残さん達は……どったらいっしょね? えへへ」


可哀そうに……といった顔で、イーズが両国から追われる敗残傭兵を見渡す。


イーズに聞かれジキムートが苦笑いした。


「どったらもこったらも……なぁ。だからアイツら、まだウロウロしてんのか。そりゃ災難だわっ。それで、最大の疑問だ。なんで、戦ってんだお前ら。逃げたいんじゃないのかよ?」


「そうそう、さっき言ってたよね? 戦ってるって。そんなヤバい時は普通、傭兵なら逃げるでしょ? ギルドも話は聞いてくれるよ? 一応」


今現在この戦場には、敗残傭兵の頼れそうな勢力が1つもない。


裏切者の次男坊と、それに裏切られたタンジェとアルサインの3勢力だけである。


どれも裏切者の次男坊のせいで、傭兵達も同列に裏切者扱いを受けている。



「……。アイツが焼いた村は……な。女ばっかしかいねえんだよ。どうやら賦役で男を徴収した場所をアイツ、知ってたみたいなんだよな。最初は役得だと思って楽しんでたさ。大した反撃もしてこねえ連中を殺して犯すだけだもんよ」


「でも……後で分かって考えちまうとあまりにもひどい話でよぉ。このまんまギルドに帰って、なんつって金貰えば良いんだよ。俺らも最低なんかやんねえと、気が済まねえ気がしたんだっ!」


「あぁ……。良くあるね、そういうの」


イーズは顔をしかめた。


戦争は、戦中と戦後で評価が変わる。


それを彼女は痛い程知っているからだ。



「全員コマだった訳だもんな。たった一人の貴族の、その次男坊の為の」


戦後自分が知らない話がたくさん出てきて、武勲だったハズの戦果ががただの蛮行だった事。それを後から知るのは傭兵稼業ではよくある話だった。


当然ジキムートも他人事ではない。


「そうか、これが戦いの分かれ道って奴だな。最後に自分のケジメつけて、〝傭兵の街道″を生き残る為の戦い、か」


ジキムートが独り言ち、この薄暗い洞窟に這いずっている敗残兵を見渡す。


その眼に浮かぶ物を確認し始めた。



「でもいっちばん気に食わねえのは、あの村の連中はこのまま戦争が終わったら、2回も同じ奴に負けちまうってこったっ! 自分で面と向かって兄貴と闘うっ。それすらできねえゴミが、自分が育った国を弱らせる為に国を売ったんだぜっ!? そんで1回、ゴミの次男坊の慰み者になっちまったっ! そんで次はまた、てめえ都合で帰って来た同じ奴に足気にされるっ。こんなのアリかよっ!」


「でも、死んじまうぞお前ら。最低でもギルド追放だ。万が一生き残ったとして、お前らみたいなゴミが……傭兵以外で生きていけんのかよ?」


その言葉に全員が押し黙る。


「……。分かんねえ。だけどもやんなきゃいけねえだろよっ! 頼むっ、見逃してくれっ! これから最後かもしれねえ俺らの見せ場なんだっ」


「最後かも……か。あめぇな、お前ら」


笑うとジキムートが、剣を容赦なく抜き放ったっ!



「おっ……おぉっ!?クソっ」


「ちょっと、ジークっ!」


その向けられた切っ先に敗残傭兵達は、そして何よりイーズも困惑の顔だっ!


「てめえに情はねえのかっ!」


「ないね、ペッ。さっさと小銭に変えるか、こいつら」


鼻で笑って、ジキムートが敗残傭兵を剣で見据え……殺気を放つ。



「でっ、でもっ!? こんなの可哀そうだよっ。いくら豚の入浴病だったとしても、最後までやらせてあげようよっ!」


「何言ってんだイーズっ! 甘えんなよっ。いつまでもいつまでもウジウジ籠ってるこんな奴らに敵なんぞ殺せるかよっ。俺らは命を賭けて戦うんだ、そうだろ? 俺らは傭兵街道のどこに居る? 思い出せイーズっ!」



……。



「傭兵街道って……。うん、そうだねジークっ! やっぱやめとくわ、あんたらの肩持つのっ」


「ちょっお前らマジかよっ! くっ、クソがっ!」


叫んで剣を抜き、前から迫る傭兵に切っ先を向ける敗残傭兵っ!


「言ったよね? 私のアザナ。〝ヒュドラ・アイネス(絡まる蛇を操る者、イーズ)〟だって」


にじり寄る2人。


イーズも〝蝕み″のポーズを崩さない。


恐らく2人は間違いなく、攻撃し始めるだろう。そういう殺気が充満している。



「くっ……くそっ。もうヤケだっ! 行くぞお前らっ。今やるしかねえっ!」


「あぁっ、こうなったらあのクソ野郎に一発、ぶち込むしかねえぞチクショウが!」


叫んだ敗残傭兵達が一斉に立ち上がり、取る物取らず走り出すっ!


「……」


ある者はパン粥を入れていたであろう、ベシャベシャになったヘルムをかぶり。また別の者は靴も取らず、そして中にはナイフしか持たない者さえいた。


それらが一斉に戦いに駆り出されていくっ!



「うああああっ! 傭兵の生き様見せてやんぜ、このクソ貴族がーーっ!」


そう叫んで、ジキムート達とは反対の出口へと走って行く敗残傭兵っ!


「……。ふふっ、イキがっちゃって。あぁ~あ、どったらいっしょね?」


「さぁ……な。ただあのまんま残ってたらどうせ、尖った牙が萎えちまっただろうし。食料も残りがあったみたいだし、よっ」


そう言って蹴り上げた、誰かが残していった鎧。


心の炎の熱はいずれ、冷める。


轟々と燃える炎が消えていく虚しさは、本当に惨めな物だ。


そう遠くないうちに、捕まった時の言い訳を考え出していただろう。



「傭兵街道……か、懐かしいね。ジークが言ったんだっけ?」


イーズはその敗残傭兵達が走って行った出口へと歩き出した。


つられてジキムートも歩き出す。


「あぁ」



「ぬっ、居たぞっ! あそこに居たっ。全員殺せっ! 全員だっ、間違いなく殺せーーっ!」


遠くで貴族が吠えている。


その貴族の元にはたくさんの兵が見えた。


そこに走りこんでいく傭兵、たったの10。


恐らくは……勝てないだろう。


お抱えの魔法士達が魔法を使おうとしているのが見える。近づくのも難しいハズ。



「さて……いっくよっ」


ジュウっ!


「覚悟決めろっ、このギルドの面汚し共ーーーっ!」



どひゅっ!



「……っ!?」


包まれる光に驚きの顔を見せた貴族っ!


どぉおおおおっ!


イーズの〝開きっぱ(インソレンセ)〟が着弾っ! 一面が砂に覆われた。


「あぁ……そうそう。人間の面汚しにもコイツをくれてやんよっ!」


そう叫んでジキムートが投げたのは……臭気爆弾だ。



「お前らはあんまり知らねえだろうが、きつい臭いってのは耐えらんねえんだぜ? 慣れてねえと、な」


「あぁっ!? うぇぇっ!」


煙の中、悲鳴と怒号が響いていた。臭いは目にも痛みを与える。


これで……8・2と言った所か、勝率は。


2が敗残傭兵達だ。



「ふふっ、これでいっしょ。あっ……でも、覆面くらいはしといた方が良かったかな?」


イーズが赤の髪を揺らし、しまったっという顔をする。


「いらねえよ。俺らは聖人様じゃねえ、傭兵なんだ。クソったれの俺らに用があるなら自分で出向いてくりゃ良いよ。その勇気があるならな」


そうジキムートが言うとイーズが舌を出して笑った。



「そうだね~。でも傭兵街道……か。傭兵の道は一歩入ったら逃げらんねえ。最後なんてそんな良い物ねえんだよ。だっけ? 懐かしいなぁ~。そうなるとアイツらもアタシらも……最終的には山賊かなんかだもんね」


傭兵の世界には、進む道も戻る道も無い。


「あぁ……勝って最後まで傭兵を続ける気がないなら、殺した方がマシってもんさ。ゴミが片付く。俺らは殺し過ぎちまった。もう最後はどうたらこうたらなんて、そんな甘い話は無いんだぜ。ただただ屍になるまで、戦い抜かなきゃいけねえんだよ」


安住も安息もない、五里霧中の傭兵の街道。


ゴールテープなど、ありはしないのだ。



笑って傭兵は、自分の鎧のひもを締めなおし……気合を入れた。

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