第101話 脱出。

「しかもこの場所はあのヴィン・マイコンが、存命状態で知られてしまっているのです。危機感を持ちなさい無能」


「ぐっ」


「これではねぇ……。ふふっ。神の怒りは免れない。あなたも分かっているのでしょう?」


ノーティスがその悔しそうな、聖地管理人の姿にほくそ笑む。


傭兵達全員がこの会話の内容に眉根を寄せた。



(コイツ、マッデンが怖くて裏切ったんじゃねえのか?)


(マッデンとノーティスが対等に、言い合っているようだね。どういう事だ。これも作戦なのかな? あのヴィエッタ嬢の作戦の内……とか。)


(だが解せねえのは、ヴィエッタの子飼いのローラですらも、動揺してるようだが。)


寝たふり死んだふりのジキムートとレキが、痛む頭を押さえて、状況を理解するように努める。



「だっ、だがまだわしは生きておるっ! もちろん息子も絶対に無事なはずじゃぁっ! 逆にこやつ等精鋭を失った状態の傭兵達は今、手薄なはずっ! それに一気に反撃し、しとめさえすれば……っ。そうすれば神の裁きはっ! それだけは避けれるハズじゃっ!」


マッデンは焦ったようにノーティスへ反論する。


だが、ノーティスはその言葉に少し、考え込む様子を見せた。



「あの貴様のドラ息子、ゴディン。アレは生きているんですか……ねぇ? 疑問です。それにあなたは騎士団を忘れていますよ。騎士団とヴィン・マイコンが手を組んで、神殿に籠られればやっかいです。あなたにその虎の巣の中に分け入るという勇気。それがあるんですか?」


「ふうふぅ、我々を見くびるなよっ! 我々は神の民っ。神の為ならばこの身をささげる覚悟は……。はぁはぁ……っ。できておるっ!」


ぐしょりと油汗をかき、マッデンがノーティスをにらむ。


さすがにマッデンと言えど、統制が取れ、大規模で装備も整った軍隊の精鋭。


それと傭兵王ヴィン・マイコンとをセットで相手にするとなれば、危険極まりなかった。



「神の民……ですか。まぁ良いでしょう。では、やって見せて下さいよ」


「分かった必ずっ! あんなヴィン・マイコン等という、下賤ごときに――」


挙動不審に目を泳がせるマッデン。


断言しかけて……。


マッデンが止まる。


「いや。そうだ。そうそう……。そうじゃないか? う~ん?」


下賤に笑ったその、ブタ面。


そして張り付けになったレキに目をつけるマッデン。


レキの顎を掴み、ニヤニヤと見定める。



「コイツはあの、ヴィン・マイコンの女だろう? ならばコイツを餌にすれば良いではないか。たっぷり楽しみたかったが仕方ない。少し息子とわしで遊んでから……。それからこの小麦娘をエサに使って、ヴィン・マイコンをおびき出すとしようっ。奴も汚辱に震えたコイツを見れば、平気ではいられま~い」


下賤な顔で、レキの体を撫でまわすブタ。


そのおぞましさにレキが吐き気を催し、必死に体をもがかせるっ!


「クソっ! 放せこのゴミがっ」


例え無駄だとしても、だ。


叫び出し、発狂したい気持ちは止められない。


必死に水の中で、残った全ての力で暴れるレキ。



「そうと決まれば、と~っておきの方法を考えねばなぁ。ギリギリ生きてさえいれば良いのだっ。普通の辱めでは面白くないからのぉっ! くくっ。久しぶりに本気を出して、おもちゃで遊んでみるかっ。後は助けに来た奴らもろともを、殺せばよい」


「クッ、そんな事させないっ! 舌を噛み切ってでも……」


「黙れ女っ!」


ザクリ。


「あがっ!?」


小さな氷を、レキの口の中に発生させるマッデン。


氷を噛むレキから苦悶が漏れた。



「貴様らメスは本当に、わしの人生計画を邪魔しよるからな。だがお前らメスがなんと言おうがわしには逆らえぬ。神が男しか選ばぬのが分からぬのかっ!? 神は一生、男の我らの味方よっ。女共に天命は来ぬっ! 生まれた瞬間に運命づけられたのだからっ!」


「〝カムイ(神威)〟の乱用……。呆れ果てる豚だ。ふんっ。まぁ、好きにしろ外道め。あなたが勝てば間違いなく、独立を容認しますよ。一定の条件付きで、ね」


「なにっ、独立……だと? ヴィエッタ様がっ!? あの方が本当に……。そん……な」


斬られて倒れたローラが、よろよろと立ち上がり……ノーティスを睨む。


傷は浅かったらしい、出血は思ったよりは少なかったようだ。



その姿を見て――。


ノーティスの顔に段々と浮かんでいく、薄ら笑い。


「あぁ~ローラ、大丈夫だよ。あなたは知らなくて良いんだ。このプランには、あなたはいなくても大丈夫なのさ。大人しく君は寝てなさい」


独占する者の強みを、これ見よがしににじませるノーティス。


口元から勝利者の余裕がこぼれている。



「あの方はなんと言ったのだっ!? 吐けよこのメギツネがっ! 一体どういう話になっているのだっ!? うぅ……」


「くくくっ。それを話しても無駄かなぁ? 君はプランには入れないって、そう決めているからね。ホントは引き入れても良いかも知れないが、このまま処分しようと思うんです。それは……わ・た・し・の、一存だけれども。ふふっ」


剣を片手にローラに歩み寄るノーティス。


ローラはすでにボロボロだ。


マッデンの攻撃を瞬間移動無しで避けようとしたせいで、体中から血が流れている。


「くっ!」


「私の一存で、あなたをココで処理しましょう。自分のご主人様が他人に奪われながら、あなたは死んでいきなさい? まぁ私にとって、ヴィエッタはただの1人の女。その程度だけども、ね。ただ可愛いよ彼女は。貴族が無理な夢見ちゃってまぁ……。あはははっ」


「グッ……この売女めーーっ!」


怒りに顔をゆがませるローラ。


その顔をノーティスが見て、満足するように笑った。



「ほらほら……。どうです? 欲しいですか?」


そしてわざわざにノーティスの手中にある、ヴィエッタが欲するその〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)〟を、ローラの目の前で遊んでやるノーティス。


「ぐぅ……」


うなるしかないローラ。


傷を負った彼女では、ノーティスと争うのは得策ではないだろう。


そしてローラに背後をさらし、ノーティスがマッデンに叫ぶ、



「ではマッデン、ここの傭兵達を始末しろ。そして早急に次のプランに移り、上の傭兵どもと騎士団も消す。良いなっ!」


神の使徒に、勅令を発するノーティス。


その声に瞬間的に、ジキムートが立ち上がったっ!


「いいやっ。安心するのはまだだぜ、クソ共っ。俺にはまだ一つ……。絶対、ぜぇえったいに勝てる方法があるっ!」


叫んでジキムートが、自分の舌を出す。


そこには魔物を封じる文字が。



「やはり貴方か。しかしそれは。その魔物憑きは事実なのですか? ヴィエッタが薬を飲んだあなたから聞き出した話。その内容は、要領が得なかったそうですが……」


面倒くさい敵の出現。


ありありとノーティスの顔に、嫌悪感が浮かんでいた。



「ふん、俺も訳が分かんねえからなっ! 実際は俺の中に何がいるのか、どうしているのかも分かんねえっ! だが人生でコイツを防いだのはただ一人。俺の姉さんだけだっ。それをココでぶっ放すっ! そうされたくなけりゃ俺らを逃がせよゴミ共がっ!」


「ふぅ。お姉さん……か。確かにそれも、ヴィエッタから聞きました。お姉さんは神かと思う程強いとあなたが吹聴し、信用できないおとぎ話だと。だがもし、仮にそれが真理で、私達をホフれたとして。ここでそんな高威力の物を使えばどうなると思いますか?」


そう、ここは地下に当たる。


どんなゲテモノを出そうと威力が高すぎれば、全てが崩れてしまうだろう。


ジキムートも他の者も全員が死ぬ。


逃げる事にはならない。



「知らねえなっ! そうだろ、レキっ」


ジキムートに問いかけられた言葉に、口に詰められた氷をペッと吐き出し笑うレキ。


「ふふっ、良いよっ。こんな汚物に汚されるくらいなら、このまま死ぬさ……っ! それにまだ僕らは、策を残しているっ。ジキムートっ! 君の……」


「安心しろレキ……。死ぬ必要は無い」


突然レキのもとにローラが瞬間移動。


そしてあっという間にレキを連れ去って、出口へと消えていくっ!



「私達は先に帰るっ。お前はココで埋もれるなり好きにしろっ、ジキムートっ!」


「……なっ!?」


「……」


絶句するマッデン達。



――。


誰もが動けない。一番最初に言葉を発したのはマッデンだ。


「やっ……奴らを追えーーっ! レキを決して逃がすなーーっ!」


怒号を上げてマッデンは、まだ背中がうっすらと見えるレキとローラを指差す。



「ふぅ……。まぁ良いでいょう。一撃目で決めれなかった以上、こうなるのは必然か。何せローラは『アレ』を持ってますからね。さすがの私もあのマナは、今は追いきれない。レキを連れて行ったのは正直驚きですが。ですがあの程度なら、私と兄(あに)様の障害にならないはず。だが――」


笑うノーティス。


「おいっ。もう一方の男が逃げたぞっ!」


声が上がる。


その瞬間ノーティスの目に、濃い殺気が映った。



「くそっ!? なんて逃げ足の速い奴だっ」


彼は――ジキムートは〝ムードブレイカー(自己中)〟だ。


雰囲気を引き裂いて、自分の利益を得るのは大の得意である。


きっちりと、ローラが逃げた瞬間、逆の方向に逃げ出していた。



「ぐぬぬっ! あんなヤク中男なんぞはどうでも良いわっ。適当に……おいっ。そこにいるお前達5人っ! あの男を追えっ。それ以外は女じゃっ!」


「はっ、はいっ!」


命令に従いそれぞれに、目標を追いかけていく住民達。



「おっおいっ、ローラっ!? ジキムートを置いていくのかいっ。あいつはまだ、助けられたんじゃないのかっ!?」


「はぁはぁ……。レキ、もう私も限界だっ! 呪いが少ないんだから黙ってろっ。大体優先度はお前だけが高いんだよっ。それに私は依頼もされているっ!」


「依頼だって? それはヴィンの奴の……っ!」


「飛ぶぞっ!」


叫んでズタボロの彼女は、〝最後の″跳躍をしたっ!

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