第100話 地上戦。その収束の時。
「全く、傭兵どもめ……。使えない」
そう吐き捨て、ローラが手放した〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を拾って――ノーティスが笑う。
「マッデンを殺すなら殺すで良い。だが、今はまだです。これを持ち出していく事はなりませんよ」
「きさ……まっ! ぐぅ……っ」
「……やはりか」
傭兵達が肩を落とす。
最悪のタイミングだ。
確かに怪しいとは思ってはいたが、マッデンを前にしては、そうも言ってられなかった。
「仕方ない。作戦を変更しましょうか。」
銀の髪を手で払い、マッデンへと向くノーティス。
「マッデン。あなたに聖地の奪還をもう一度だけ、任せましょうか。そして聖地奪還後にその座。あなたが勝手に〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″と自称するその地位から退冠してもらおう」
ノーティスが楽しそうに〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を指の中でもてあそびながら、アゴでマッデンへと勅令を発してやる。
「ぶっ、無礼者っ! 誰が貴様に命令され、聖地を奪還するというのかっ。わしらは貴様の小間使いではないと、何度も言っておるわっ! 当初の約束通り水の民は、独立の道を歩ませてもらおうっ」
「はぁ……。状況が分かっていないみたいですね。あなた達の願いですがそれも、ならなくなった。我らは何度か通告したはず。そして最後通牒に際して、あなた方は負けた。聞こえませんか? 外の音がしぼむのを」
耳を澄ますジキムート。
確かに外に響いていた、爆撃の音が消えていた。
・
・
「おいお~いそこの奴。待てよぉ。何してんだ? んっ? んんっ?」
「……っ!? くっ、ヴィン・マイコンかっ。なぜこんなところにっ!?」
そこにはローラと同じ人種。
アサシンと言える存在がいた。
アサシンが驚きうろたえる姿を見ながら、傭兵長殿が気安く話しかける。
相手は恐らく、3人。
「なんか嫌な予感がしてたのよな。やっぱり、お前らその『色』……。クラインだ?」
「……」
「なぁ聞いてんだよ、こ・た・え・ろ……よっ!」
ザスッ!
あっさりと剣で、一人目を血祭りにあげたヴィン・マイコン。
彼の2メートルに迫る巨体。
それをしなるように操り、彼は見事にアサシンに近づいて討ち取って見せた。
「クソッ!」
蒼白になり、逃走するアサシン達。
だが……っ!
「へへっ、捕まえたぁ。鬼ごっこは終わりだ、ぜっ!」
ガシッ!
あっさりと先回りされ、もう1人が傭兵長の腕の中に捕まる。
その瞬間、何かをもう一人に投げるのが見えた。
「ぐっ、ぐぇええっ!?」
ジタバタとあがきながら、自分の首が軋む音を聞くアサシン。
ボキキッ!
響く音。
ドサッ。
瞬殺。
「へへーへっ」
「やっ、奴には恐怖心がないのかっ!? このモンスターめっ」
放たれる威圧感に、1人残されたアサシンが震える。
傭兵長の戦い方には迷いがない。
怪しげなアサシン相手に真っ先に肉弾戦を選んで仕掛けるなぞ、あまり経験がない出来事だった。
「じゃあラストはお前かなぁ? それ、何投げた?」
残る1人にゆっくりと歩み寄るヴィン・マイコン。
「ゆっ言う訳がないだろうっ!」
チラッ。
「もう後がないぞ? さっさと渡せよ、ほら」
「くっ。もう後はない、か。確かにな。お前に逃げ場はないのだっ!」
ガササッッ!
「とりゃあああ……っ!」
その瞬間だった。
追いかけてきたゴディンが氷を。
氷柱を大地に穿つ。
パキンッ!
「なんだ……コレっ?」
目をしばたかせながらヴィン・マイコンが、ゴディンと眩しい氷柱とを交互に見やる。
月の光を反射させ、キラキラと光るその氷の柱。
それはあまり、実用的な攻撃方法ではない。
そう、攻撃では、ない。
「ここだっ、ココに居るぞ。ヴィン・マイコンがっ!」
光る氷柱を後ろに、ゴディンが叫ぶ。
ザッザッ……ザザッ!
その声に反応し、タケの長い草の中を何かが蠢く。
「この音、相当数隠れてるなっ!? うん、知ってた」
耳で察するヴィン・マイコン。
音が確かならば、傭兵長の周りには大量に鎧を着た兵隊がいるハズだ。
その装備から察するに、先程仕留めたのとは全く別の、趣のあるアサシン。
その数20。
「強行突入部隊ってとこか、ねぇ? 良い装備してんなぁ」
ヴィン・マイコンは頭をかきながら、ある方向を見た。
「よしっ、よしよしっ! これでお前はもう包囲されたっ! 目が見えてないお前なら、特殊部隊の敵では……っ」
ヒュンっ!
パスッ!
「がっ!?」
ゴディンの首元から血が噴き出した。
苦しみながら転げるゴディン。
「ぐぅっ!? なっ……何っ!? なぜ私を狙うっ、クライン軍」
光で白む世界。
膝を屈したゴディンが、どこに居るか分からない特殊部隊の様子を探ろうとする。
「へへっ、ガラ空きだぞ。ぼっちゃんっ!」
ゴディンに一気に走りこむヴィン・マイコンっ!
「ひぃっっ!?」
咄嗟の事。
氷の障壁を分厚く展開するゴディン。
「チッ! ならば……」
その障壁に剣を突き刺し、呪文を唱えようとした傭兵長。
ひゅんっ!
そこにアサシンからの攻撃が来たっ!
「くっ!?」
それをなんとか回避したヴィン・マイコン。
眼の端で〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を使うゴディンが見え、舌打ちをする。
「あれを避けるとはな――」
アサシンが口惜しそうに、草の中へと潜りこみ、独りごちた。
目を光から守る装備をした彼らにとって、この戦場は手慣れた物で……。
「こいつら、俺ら2人をおいしく頂く気まんまんだ。でもアテが外れた、なっ」
笑みを浮かべ、隠れたアサシンへと走るヴィン・マイコン。
「なっ……コッチへ来ているっ!? どうやって居場所をっ」
とてもじゃないが、ゴディンが出した氷柱が発する光の印影がきつくて、肉眼では見えないハズのアサシン。
だが、傭兵長はそれを捉え……。
ぐずりっ!
「グっ!?」
鎧の下の首を狙い、一突き。
攻撃を繰り出したヴィン・マイコン。
一撃で鎧の口部を切り裂き、相手は完全に沈黙した。
「どうなっているんだ、これはっ!? 早くヴィン・マイコンをしとめろよっ!?」
今度はゴディンが、ヴィン・マイコン目掛け攻撃。
そのゴディンにアサシンが攻撃する。
「下民共がっ!」
ゴディンが氷の壁で防御するが……。
ガキンっ!
「〝ディセクレト(神話、そして咎人)″っ!? なんと不浄で汚らわしい行為をっ!? 」
氷を喰らう、樹木の牙。
その魔法の使用に驚愕の顔で、あきれ果てるゴディン。
次々襲い来る神への冒涜のキバを、ゴディンが数十の氷で迎撃していく。
「やはり貴族も王も信用できないじゃないかっ! この聖地を汚す不届き者共めっ! 我らをなめるなぁーーーーっ! 我が神罰を下してやるよっ!」
バキンっ!
光る氷柱を破壊。
そしてゴディンが手当たり次第、氷の殺意で草むらに隠れたアサシンを一掃し始めた。
ザスザスザスっ!
「ぐあぁっ!?」
草むらに降り注ぐ数百の氷の刃。
無数の氷槍を浴び、嗚咽を漏らす特殊部隊たち。
「あははっ、ヒーヒヒッ! ほら見ろよっ。私には手も足も出ないっ! 隠れていようが無駄なんだよっ!」
ヴィン・マイコンには当たらなかった攻撃が、気持ち良い程あたる。
その手応えにご満悦のゴディン。
彼らが上げる苦しみの声は、ゴディンを満足させるに十分だった。
「あ~ははっ。ふぅ……。やっぱつえぇな。お前。さすがは神の民族ってか、はぁ~。……。そういうの、マジうぜえんだよっっ!」
ヴィン・マイコンは瞬間、殺気をほとばしらせゴディンに向かった。
「なっ、ヴィン・マイコンっ!? いきなりこっちに来るな。ひーっっ!?」
一瞬の気のゆるみ。
満悦の後に味わう、焼け付くような恐怖。
ゴディンが腰を抜かすっ!
「覚悟しろよ、神の使徒っ! ぶっ殺してやんよーーっ」
飛びかかるヴィン・マイコン。
満月が映し出すのは、人ではなく狼。
人食いの狼だっ!
殺気の鎧を巻いた、人食いの狼が――月を背に牙をむく。
「来るな来るなーーーっ!」
恐怖にかられたゴディンが、訳も分からず魔法を乱射した。
その数は夜空に浮かぶ星座の数に匹敵し、次々と美しく、そして完ぺきに。
ヴィン・マイコンに繰り出されていく。
「ちぃっ、ホント神って奴ぁ……」
素晴らしいマナの量と、驚くべきその、編み込み。
それを〝スペルレス(神の寵愛を受けし物)″で使えるのだ。
段違いどころか、紛れもない人外。
神の使徒と言われてしかるべき能力。
「うわぁあーーーっ!?」
「俺の人生返せよっ! 神のクソ野郎ーーーーっ!」
咆哮し、ヴィン・マイコンは覚悟を決め一気。
神々しく光り続けるゴディンに、突っ込むっ!
バキィッ!
「くああっ!?」
ゴディンが断末魔を上げ、体が砕け散るっ!
斬られた腕がはじけ飛んだ。
「ふっ!」
バキッ!
次の一閃で髪が、耳と一緒に砕けたっ!
恐怖に尻もちをついたゴディン。
「ひいいっ!?」
ぶしゃーーっ!
恐怖に震えるゴディンは地面から水を噴射させて、自分をヴィン・マイコンごとに流してみせた。
「ちぃっ!?」
「なんとか……。なんとか逃げないとっ!?」
ゴディンが逃げる事だけに専念し、自分をヴィン・マイコンから遠ざけようと魔法を……。
ヒュンっ!
ザスっ!
「ぁあっ……」
投てきされたその剣に、ゴディンが止められてしまう。
肩のすぐ上に刃が刺さったのだ。
そして、ヴィン・マイコンがゆっくりと、アサシンの攻撃が飛んでくるの避けながら、こちらに向かっている。
「はぁはぁ……そろそろしとめるかっ!」
傭兵隊長には、肩に裂傷があった。
汗を流し、肩を押さえながら、もう1本の剣を鞘から抜き放つヴィン・マイコン。
彼が視界にとらえるのは今、ゴディン一人だけだ。
「はぁ……はぁ。くそっ……なんでだよぉ。なんで当たらないんだよ。こっ、こんなのダメだ、認めれないっ。卑怯だこんなの、おかしいよっ! や、奴は悪魔と……〝ヒューマン・エンド(孤独)″と取引したに違いないっ! こっ、こここ……この神への裏切者めぇっ!」
涙を流し、ゴディンが地面を這う。
「泣いちゃって気持ちわりぃ。おいおい、ちびってんのか?」
笑うヴィン・マイコン。
ゴディンは人目で分かる程に憔悴し、全身を震わせているのだ。
「それとも魔力切れか?」
いくら神の使徒と言っても、魔法の使い過ぎだ。
人の命を代価に借り入れても恐らくは、50人以上の心臓を要求される。
悪魔召喚だとしても破格のマナ。
それを今までの戦いで、ゴディンは垂れ流していた。
「ふうふぅ。クソっ! 死にたくないっ! 死にたくないぞ私はっ!」
魔力を使い果たして、神の使徒は足が震えて立てない。
何か――。
突然意気込みを口にして、ゴディンが息を荒く吐き始めている。
「おぉっ? なんだこの『色』? ……んっ!?」
ゴディンの様子がおかしい。
目を見開いたヴィン・マイコンが、逃げだした敵を全力で追い始めるっ!
「わっ、わわっ。わ、私はゴディン・トゥールースだっ。そう、トゥールースの長だっ。私が……私がここで、死ぬはずがっ! トゥールース。ちっちがっ!? そう、ぼくはゴディン。ゴディンだよっ」
必死に自分の名前を唱えながら、川に這いずっていくゴディン。
それにめがけて、ヴィン・マイコンが自分の剣を投げた。
べちゃ……。
「水と同化した、か。困ったねっ」
手応え無し。
投げた剣はずるり……と粘液を絡ませ、ゴディンからずり落ちる。
ヴィン・マイコンはそれでもすぐさま、一直線に走るゴディンに先回りし、剣を一閃っ! 二閃、数閃っ!
「あぁーーっ! お母様っ、私を守ってくださいっ! ゴディンを、ゴディンをどうかっ」
だがそれでもゴディンは、全く傭兵長を取り合わないっ!
まるで全く何も見えてないかのように、ぶつぶつと言葉を唱えながら、一気呵成に水に走る。
バシャンっ!
「それはさすがに〝下等″の俺には追えないな。逃がしちまったよ。あぁ~あ」
ヴィン・マイコンは舌打ちと共に、川の流れを見ながらふぅ……と、ため息をついた。
そして深呼吸。
すぐに目線を移し、〝お慰み″に目をやる。
「あぁ、失態だ失態~。2度目だぜぇ? あぁ、くっそっ! レキに会わす顔がねえよ。ふぅ……。こうなった土産だ土産。お前ら、首を置いてけ。お前達のクビで払わしてやるぜぇーっ!」
激昂と共に、アサシンに殴りかかるヴィン・マイコンっ!
罪状・ヴィン・マイコンを邪魔した事による、機嫌の悪化。
罰・撲殺。
シンプルに執行された。
・
・
「はぁはぁ……」
闇に覆われた樹々の中。
無音で走っていくアサシン。
すると……っ!
ザザザッ!
「逃がさんっ!」
ローラの仲間だ。
2頭の猟犬。
それが一気に音をさせながら、距離を詰める。
「くっ……。だっ、ダメかっ。見つかったっ」
ザザザッ!
すると背の低い雑草を踏み鳴らし、真っ直ぐに走っていくアサシン。
消音の魔法を解いて、道を最短に変更したようだ。
「もうすぐだっ! もうすぐ……っ」
あと少しでアサシンは、自分の飼い主の下へと逃げ込めそうだ。
しかし、ローラ部隊のほうが早い。
「よしっ。捉えたっ!」
「チッ!?」
その瞬間だったっ!
ビキキッ!
氷がアサシンを覆う。
普通、人間が氷に突如、巻かれる事は無い。
神の御業と自殺以外は。
「自殺かっ。させるなっ!」
手を伸ばす猟犬たちっ!
しかし一足早くアサシンは、自分を木に打ち付けた。
バリンっ。
「……くそっ」
ローラの仲間達はその美しい、赤と緑と、何か黒いの。
かけらが散りばめられた地面を見る。
「回収不可能だ。申し訳ありません、リーダー」
「……」
するとゆっくりと、ローラの部下の1人が歩き出す。
光の方へ。
『ヒト』の臭いが見える場所へ……。
「この先にはクライン――か」
眼下に広がる、たいまつの光。
それはまるで、神をも焦がす、業火。
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