第65話 女の戦い。
「はぁ……あぁ。今日は本当に、えらい目にあいましたよ。全く」
そう言って台にポンっと、自分の荷物を置く。
「どうだった? 聖地は」
「くくっ、よもやあんなに簡単に釣れるとは、ね。神様も案外、単純なんだなって話です」
笑い、ノーティスは汚れた服を脱ぎ去る。
そこには、サラシに巻かれただけの裸体が広がり……。
美しい。
レキとは真逆の、白さに全ての力を与えたような肌。
美しく、キメ細かい素肌が広がっている。
「……」
「……」
「……」
男2人とレキ。
しっかりと眼を離さず、食い入るように見入る3人。
「どうやって釣り上げたんだい? 僕らには全く、そっぽ向いたまんまだったのに」
「さぁ……ねぇ。きっと私の綺麗な顔が、お気に召したんじゃないかしら。面食いって奴なんですねきっと。神様は」
「おやっ、妬ける言葉を吐くじゃないか。〝神威(カムイ)″の乱用は重罪だけれども?」
「くくっ」
さらり……と流れる銀の髪を流しながら、笑うレキに笑みを返すノーティス。
そこは、聖地を治める役割を振られた、リーダー達専用の執務室だ。
すると――。
「だがここで、軍人たる私から話がある。今回の件は重大だ。あの神殿、我ら騎士団が幾度も立ち入ったが、獣が出てきたなんて話は一度としてなかった。しかもお前たち、何が出てくるかを事前に、知っていたような口ぶりだな。お前達、一体何を知っている?」
訝しそうな目をして、ギリンガムが声を上げた。
だが……。
「……」
誰もその言葉には、答えない。
「我々はその、馬の姿をした獣の話なぞ、微塵も知らんっ。全くだっ! 存在さえも、聞かされいてなかったっ。ただ、〝ディセクレト(神話、そして咎人)″を用意せよと話だったが、この為だったのかっ!? シャルドネ家からは一体、何を聞かされていたっ!? 言えっ!」
沈黙する傭兵達の様子に、我慢ならないギリンガムが声を荒げたっ!
「ふふっ。まぁ、そこは良いだろうよ、ギリンガム」
「何が良いと言うのかっ。それでは困るっ! 我々も、お遊びでやっているわけではないのだっ。現に私の団員一人が、無残に死んでいるのだぞっ!」
ダンッ!
「掘削班にも動揺が広がっているっ! あの獣がもしっ、また出てきたらっ! 我々の部隊に死傷者が出、掘削が止まるんだっ!」
ギリンガムがツバをまき散らして、ヴィン・マイコンに詰め寄ったっ!
「まぁ、安心しろ。そう遠くないうちに、小さい問題は気にならなくなる。なんせ、引きこもった神様を無理やり、突つき出すんだからよぉ」
詰め寄るギリンガムに、笑いながら答えるヴィン・マイコン。
「小さな事……だとっ!? 貴様、部下にも家族がいるんだぞっ!」
「安心しろギリンガム。俺にも家族はいたからよ~く分かってる。俺を捨てた家族がどう思ってるか……、なんてな」
「貴様の不義理な家族など、知った事ではないわぁぁっ!」
「こらこら。こんな所で不幸自慢なんてしたって、しょうがないんだぞ、2人ともっ。離れなさい」
にらみ合う2人に、強引に割って入るレキ。
「ちぃっ」
レキの言葉にギリンガムが一歩引き、席に戻った。
「それで、次のフェイズに入らないといけない。分かっているな?」
ローラが睨む。
「あぁ、その為に呼ばれたんです。あなたではどうにもならないと、ヴィエッタも分かっているでしょうしね」
笑うノーティス。
その笑顔の先には、ローラ。
一瞥するとすぐに前を向き、ノーティスは構わずバシャリっと体に〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″をかけた。
白い肌は濡れ、非常になまめかしい。
胸の肌色が飛沫を受け、際立って揺れた。
「ふんっ、貴様本当にそんな事できるのか? 〝バージン・ヘタイライ(娼婦処女)″と言われているらしいが……な。大口叩いて無能でした、ではすまんのだが」
左の黒の髪を払い、胡散臭そうにノーティスを一瞥するローラ。
「あら、実績は十分のハズかと。あなたの主人から聞かずとも、傭兵ならば知っているでしょうに」
「だが、怪しいんだよお前。処女だそうだが、処女でもお嬢様に逆らい不貞をやらかす、淫売かもしれん。先ほど騎士団に捕まった時も、お嬢様の力など使わず自力で逃げ切れば良かった。あわよくば、処女かどうかもわかったろうに。 輪姦されながら、泣き叫んで、な。くくくっ。その時には私を呼べ。お前が淫売かどうか、チェックしてやるぞ」
「ふふっ……。なかなか面白い」
薄ら笑いをあげるノーティス。
その顔に、ローラが笑い返してやる。
「ですが――。あぁ。私はあなたと違い、ヴィエッタとは長いお付き合いだ。お仕事も何度かお受けしたんです。信頼はあなたとは、そう、だ・ん・ち・が・い、ね? ご心配なく。あなたのヴィエッタは、私にとってはただの顧客の1人。仕事はこなして差し上げます。対等な立場として、ね」
かつっ、かつっ。
女の底意地の悪い顔が、ローラに近づくっ!
「あなたは股を開かねば気を惹けない、犬かもしれない。だが私は股を開かずとも、十分に信頼される人。そう人間なんですよ。お分かりでぇ? 名無しさん?」
恐らく、世界で最も女性が殺したいのは、女という物だ。
『名無し』を見上げるノーティスの顔には、そう思わせる何かがある。
「名無し……だとっ」
ノーティスの言葉に、目の色が変わったローラっ!
「あらぁ? そう聞きましたよ、ローラ。あなたの本名は、名無し。さ迷っていた迷子のメス犬だと、ヴィエッタから、ね」
「ふんっ。犬、ね。だが、それならば、傭兵の貴様も犬じゃないとでもっ! 私はお嬢様に忠誠を誓っている。だが貴様は誰にでも尻尾を振る分、下賤な雑種だろうにっ! 違うのか?」
ローラが上からノーティスを見下ろし、にらみつけるっ!
「私が犬、ねぇ。ふふっ」
ローラの言葉にノーティスが、面と向かって睨み返したっ!
「えぇ。傭兵です。犬でしょうね。ですが、私は名無しではな~い。ここにいる人間で唯一、名が呼ばれないのは貴方だけでは? アザナが無いのは貴方だけ。実力が無いのも、あなた一人」
ローラを突く様に指差し、にらみつけるノーティスっ!
「クッ!?」
「戦場でも一人、誰にも知られず、誰にも呼ばれない。名声を得る事ができない、力無き駄犬はあなただけ。変わってますねえ、ヴィエッタも。こんな脳無しを迎え入れるなんて……。あの娘は変わったのかしら? もっと賢かったハズ」
ノーティスの言葉に、ローラが殺気を充満させ始めたっ!
「お嬢様を馬鹿にする気かっ! 私にはもうすでに、『希望』があるっ! この呪いがある限りは、ココに居る連中にも引けを取る事はないっ! 私は貴様の下ではないっ! 馬鹿にするなよ小娘がっ!」
「そうですかぁ? その呪いとやらで、せっかく名前が得られた。じゃあなぜ真性のメス犬になって、ヴィエッタに尻尾振るだけが脳の犬に、自ら成り下がっている? あなたが欲しかった『名前』は、誰かに与えられる物なの? 自分で勝ち取りたかったのではないの?」
「くっ!?」
ギリリっと、ローラの歯が鳴き叫ぶっ!
「自分で考えて、自らの意志で戦えない駄犬風情が、私に吠えないで欲しい。力があるというならば自分の力で、ヴィエッタと対等になってみせれば良かった。だけどできないから、犬になったのでは?」
「ほざけよ貴様っ。あの方がつけた私の名前は、貴様の名前のよりも尊いんだよっ! 私は戦場での功績やアザナなんぞ、いらないっ! あの方がくれた名前があれば、十分なのさっ!」
ノーティスの言葉に、ローラの『夢』がうずいたっ!
「ふふっ。 意志のない犬がぶら下げた名前なんて物に、本当に意味はあるのかしら? あなたは明らかに、場違いなのよっ!」
「意味なんぞ――。貴様に問われる意味なんぞ、知った事か淫売っっ。お嬢様が呼んでくれる名前がある。それだけで十分なんだよこの、クソ虫がーーーっ!」
激昂っ!
ローラは瞬間、自分の呪いを解き放ち……っ!
「で……、なんでお前、殺したっ!?」
ドンッと騎士が、机を叩いたっ!
「……アイツらが、報酬以上を求めたからだ」
傭兵が淡々と言う。
「ふふっ、相手は傭兵崩れの連中だ。どうせしょぼい理由なんだろぉ?」
その傭兵を笑う騎士団の、別の男。
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