第66話 名も無き傭兵の、夢と幻。
傭兵……。
黑い髪の毛をきっちりと束ね、ウェーブがかかった一部だけを左に垂らしている。
髪質は良くなさそうだ。
目は濃い茶色で、なんともとっつきにくそうな険悪さをのぞかせる。
顔は至って、普通レベルと言えるだろう。
だが、大人びそして、鋭い眼光を放つ目元からは、ギャップが深い泣きボクロがある。
瞳とホクロのそのギャップが、なんともセクシャラスな雰囲気が漂わせた。
浮気相手には丁度良いのかもしれない女。と言った所か。
恰好は普通だろうか?
並みの冒険者と言える装備だ。
変哲のないプレートに、手足の装備。そして剣。
そんな女傭兵が、話を続ける。
「私は一人だけと言ったんだ。それがアイツら……、仲間を呼びやがったんだ。だから殺した」
「相手が増えたぁ? 良いじゃねえか、そんくらい。ヤらしてやればっ! 分かってねえのか~、娼婦。この世界じゃあな、殺しは重罪なんだよっ、重罪。分かるか? このイカレ娼婦っ!」
理由を聞き、騎士団の1人が笑う。
偉くひどい言いようだが、その時の娼婦の地位の低さを鑑みれば、こんな物である。
「ふんっ。お前らもチンピラと大して変わらない、殺し屋みたいな物だろう。何を偉そうに」
吐き捨てるように言う女傭兵。
すると、憤怒の形相で騎士団員が立ち上がり……っ!
「なんだとっ!? 俺らは誇り高き騎士団だっ、このアバズレがっ! てめえみたい傭兵でも食えずに、娼婦やらなきゃなんねえ底辺ゴミと、一緒にすんじゃねぞっ」
ガスッ!
殴った。
腕にはきちんとガントレットがしてあり、女傭兵は鼻血を流すっ!
だが……。
「騎士団なんぞ、私達傭兵の後ろでケツを眺めるしか能がない、ただの〝アス・アーティストプロ(ケツ専門画家)″だろ? せいぜいスケッチでもすれば良い。傭兵のケツならさぞや、うまく描けるんじゃないのか?」
鼻血を流しながら笑う、女傭兵。
ジキムートの世界では大穴野郎(ロング・ショッター)。
そしてこの女傭兵の世界では、〝アス・アーティストプロ(ケツ専門画家)〟。
どちらも、騎士団を侮辱する言葉だ。
「てめぇっ! じゃあきっちりとケツでも拝んでやるよ、この売女がっ!」
傭兵の挑発に激昂し、騎士団員2人がいきなり女傭兵を襲ったっ!
そしてすぐさま女傭兵は、体を組付されてしまうっ!
そして、騎士達は女傭兵を壁際に、力づくで押し付け……っ。
「くっ!?」
パンツを下ろさせるっ!
一人が傭兵の腕を押さえていると、別の男が、傭兵のお尻を強引に上げたっ!
そして自分のズボンを下げるっ!
「ほほぉ……。へへっ。もう十分濡れてるじゃねえか」
ヌメったその、女傭兵の下の唇。
それを撫でまわし、舌なめずりした騎士団員。
「……」
そして女傭兵のむき出しの秘辱へと深く、入れ込んだっ!
「くぅっ。んっっ!?」
入ってくる異物に小さく、傭兵がうめく。
すると――。
「グッ!? んっんっ」
女傭兵が、上機嫌で激しい動きをし始める男にうめく。
黒い髪がユサユサと、激しく揺れたっ!
「おいおいっ、俺も代わるんだからな? 綺麗にヤレよぉ」
自分勝手に楽しむ仲間の騎士団員に、別のもう1人が不平をもらしている。
「ウッグッ、ウグッ」
少し痛そうに女傭兵がうめくっ!
だが、そんな事もお構いなしだ。
娼婦をモノとして扱うのが、この時代の『普通』。
優しくしろと言ったところで、聞きはしない。
「あぁ~……。へへっ、良いねコイツ。俺が出したらとりあえず、他の奴らも呼んでくるわ」
「あぁそうしようぜ。まだ日は高いから、暇つぶしになる。乳もすんげえデカくて良い感じだっ。へへっ」
下賤に笑う男たち。
腕を掴んでいた騎士がやおら、女傭兵の鎧の中をまさぐり、大きめの乳房を揉みしだき始めていた。
(どう逃げても同じ。どう頑張っても同じだ。私を金で犯す傭兵を、何人殺しても……。結局はこうなる。私は力を手に入れたというのにっ。傭兵も、騎士団も全てを殺せるハズのっ!)
「しっかし、こんな弱っちそうな女がどうやって、男3人も殺ったんだろうな?」
ガシッと女傭兵の頭を後ろから、ハガネで覆われた指で、壁に押し付ける騎士団員っ!
征服欲を高め、更に強く腰を打ち付けるっ!
「さぁなっ! どうでも良いさっ! へへへっ」
バタンっ!
「……」
その場所に突如、入ってくる女。
「おっ、お嬢様っ!?」
そこに入って来たのは、美少女。
美しく整った茶色の髪。
後ろを2つに縛り、従わせている。
瞳は蒼が輝く。
極めつけは美しく白い、キメ細やかな上質の肌の、幼い女の子。
「何を……、しているの?」
ジロリ、と騎士団員2人を一瞥する少女。
「ヴィっ、ヴィエッタ様っ!? いっ。いえっ!? 私はその……えと。こっ、この女性の陰部に……。そう、この女の陰部に何かが隠されていないかどうかをっ、調べてましたっ!」
「それで?」
「あぁ……、いえ。終わりましたので、すいませんっ!」
根も葉もない言葉で取り繕い、自分が披露した『モノ』をすぐに、隠すようにズボンにしまう騎士団員っ!
「じゃあ、出てい行ってくださるかしら?」
「エッ!? そっ……、そんなっ!? 相手は重罪犯ですよっ!? 殺しをやったんですっ! しかも、名前も分からない法浪人っ。シャルドネ家の御長女様を置いて、2人きりになど……っ!」
ヴィエッタの言葉に焦る2人。
大量の汗を吐き出し、あり得ない言葉にしどろもどろになるっ!
「そうよ。お父様が結婚し、次の世継ぎまでが華だと、あなた達が言う。その、ニヴラド家の長女の私が言うの。聞けないのかしら?」
騎士団員達に興味無さそうに、ヴィエッタがさらりと嫌味を添えて、男達を一瞥してやる。
「……」
裏でなんと言っているか位はすぐに、耳に嫌でも入る。
騎士団達はヴィエッタを、もうすぐ旬が過ぎる果物のように、裏では馬鹿にしている。
それを彼女は知っていた。
「……。ご命令とあらば。ですが、我々はもうここから出てしまえば、お助けに入る事はできません。ご容赦を」
そう言ってそそくさと、騎士団員2人が出ていった。
「……ペッ。なんだ、お前? 貴族のお姫様が何の用だ? 大人のお楽しみ中に、ガキが入ってくんじゃないよっ!」
唾を吐き、左に垂れた黒の髪を弾く、名無し。
いきなり入って来たその『異物』をにらむ。
少女を前にして、彼女が最初に思った事、それは――。
(金のかかった人形だ。髪の毛も肌も、全部が私の金でできている。)
この時代の人間の肌は、スキンケアがどうの等という次元ではない。
99パーセントが自然のまま、ただ流されるがままに、生きる事を強要される。
毛のないサルと、そう変わりはなかった。
その99パーセントをなんとか押しのけた人間。
勝者と呼ばれる者だけが、美しい肌と美しい生き方を『買える』のだ。
目の前の貴族の子女様も、たった1パーセントに属する女。
(そうだそうだ……。せっかく得たこの力。この女を壊してやるのに使うのも、面白いかもな。そろそろコイツもパーッと、デカく使って見たかったんだ。)
名無しはご自慢の、何もありはしない自分が、唯一勝ち取った宝剣。
なんの変哲もないボロボロのサンダルを見て、顔をゆがませた。
すると少女が名無しに言葉をかけてくる。
「買いつけよ。私はあなたを買い付けに来たの」
「買い付け……だと? お前が私を、か?」
ヴィエッタの言葉に戸惑う名無し。
「……」
「それで、買えるのかしら? あなたを」
ヴィエッタが真っ直ぐに、こちらを見る目。
それに少しおののきながら名無しが、イスを直し、座った。
とりあえず商談を始める事にする。
本題、いや、処刑はそれからだ。
「……なるほど、ね。それで、何をして欲しいんだ? 貴族のガキとして生まれて、何不自由なく暮らすお姫様が? んっ?」
子供であると、馬鹿にしたように笑う名無し。
あえて大仰に振舞っている。
だがなぜか――。
(なんだこの女。私より年下のハズなのに……コイツっ……)
カラ回る言葉。
流れ出る汗。
戦場でもよく、恐怖の汗を流す。
時には漏らす事も。
だが、そういう感触ではない。
「……」
静かに名無しの傭兵を見守る少女。
目の前のヴィエッタの年齢はまだ、かなり若そうだ。
それに対してこの時名無しは、20間近。
年はかなり、違うはず。
「どうしたよ、お嬢様? 使い捨ての傭兵に一体、何の用だってんだい。男を寝取られたか? それとも、ご学友の五月蠅いおノロケの、口封じでもして欲しいか?」
静かすぎる彼女に気圧され、相手の言葉を欲してしまう名無し。
だが――。
「……」
その少女が放つ、異様で狂気のような殺気。
人を飲み込む大穴を感じさせる、禍つ風に気圧されるばかりだった。
「……」
「……」
部屋の中はすぐに、静かになってしまう。
すると……。
「あなたの夢を売ってちょうだい?」
ビクンっ!
「夢……だと?」
その言葉に一瞬、名無しの『体』が返事をしてしまった。
「どうせあなた、夢を持て余しているのでしょう?」
……。
「……」
「どうしました?」
変わらないヴィエッタの顔。
嘲笑するわけでも無く、憐れむわけでもない。
ただその――。
気になった服を気ままに取るような、そんな眼。
「……いやっ、なんでも」
少し考える名無し。
そして……。
「しかし小娘。何を血迷ったかは知らんが、私の夢……、だと? ふふっ。お前は今、何を買い付けているのか、分かっているのか? 中身の話だよ。他人の夢が、どう言う物なのか。貴様にそれが分かるとでも言うのか、小娘がっ!? 中身が何かを知りもしないで、おいそれと買おうとするなど。くくくっ。傲慢で鼻持ちならない……」
「あなたの夢は、道しるべよ」
「……っ!?」
「夢を追えるチャンスが来てる。だから道しるべにしたくて、あなた自身が探してる。だけども漠然とした夢が夢じゃなくなって、行きつく先を思い描けないでいるのでしょう」
即答。本当に間髪置かず、ヴィエッタが応えた。
「ただ生きる為だけならば、夢は必要ないわ。それでも貴方は、夢を欲している。戦うべき相手が見つからないの? それとももう一度、希望を探すのが怖いのかしら? ためらうならばわたくしが先に、あなた夢を、希望を買って差し上げるわ」
「ぐっ!?」
名無しが驚き、言葉を失ってしまう。
「……」
名無しを見つめるヴィエッタ。
少女が持つ、溺れ死にそうな程深い、ブルーの双眸の輝き。
蒼を見つめる名無しの手が、震える……。
「ふふっ、お嬢ちゃん。それでぇ? 夢を買って……。それで、どうするって言うんだ。えっ? 他人の……。私の夢をウィンドウショッピングのように買いあさって、何に使うってのさ?」
少し。
ほんの少しだが彼女、名無しが色気を出してしまう。
知りたい。
そう、ただただ知りたいのだ。
自分を買った人間に、一度として聞いてこなかった理由を。
他人が自分を買うその、理由を。
「――私が、夢になるの。あなたが失った夢の、その場所で、代わりの夢として咲いてあげる」
ガシャンッ!
弾けるイス。
唸る机っ。
引きちぎられる、ヴィエッタの服っ!
「……っ!? 貴様、私をみくびりやがってっ!」
ヴィエッタの言葉に一瞬にして、名無しが激昂したっ!
「……」
「どういう意味か、分かってんのかいっ!?」
「分かっているわよ」
「ふざけんなよっ! だったら代価を言ってみろよっ! 何にするつもりなんだっ!? どうやって払うんだお嬢様っ!? エッ!? 貴族様には分かんないかもしれないが、この世界は何かを買いたきゃ、金を払うのが礼儀さっ! アタシに……。アタシの夢になる為に、いくらの金貨をっ!――金貨を積むんだって聞いてんだっ!」
ギリリっ!
ヴィエッタの服の襟元が、きつくきつく締まる。
もうナイフが手に、名無しの手元に出されていた。
ただ、名無しは殺意よりももっと深い、『業』に怯えている。
彼女はひたすらに願っていた……。
金貨。
ただただ金貨を、望んでいたのだ。
(貴族、金貨と言えっ! 私の夢の価値は、金貨くらいはあると言ってくれっ。頼む。金貨だ。せめて私自身じゃなく、私の夢くらいは金貨で……。金貨で頼む。)
震える手。
金貨なんて物、名無しの彼女では滅多に手にできない、幻のような物である。
自分がどれ程社会にとって無価値かを、名無しは知っていた。
せいぜい男に身を売って稼げるくらいが、彼女の肉体の値段だろう。
だが夢、ひいては心の値段。
それはきっと素晴らしく、見た事ない程の〝パワー″があると、そう信じたかった。
自分を引き取ると言った人間がせめて、愛情を示してくれたらと。
そう願う、孤児のような目で、ヴィエッタの答えを待つ。
すると、突然っ!
「それは……」
チュパッ。
「んっ!?」
ジュジュゥ……ペチャ……プチュ。チュプ。
絡まりあう舌。
激しく動く唇と、そして、体。
ヴィエッタが吸いつくそうとばかりに、名無しの唇を犯すっ!
「はぁ……はぁ。。報酬は私自身よ。ふふふっ」
「ンンッ……んんっ……っ!? ぷあっ……。アンタ……自身?」
無理やりに唇を奪われ、ローラが吐息をもらしながら聞いた。
唇の横からは、絡みあう唾液が止めどなく流れていく。
「私があなたの夢になり、そして、あなたが夢である私を手に入れる。私はあなたの夢よ。その夢の意のままに動けば……ほら、希望が、道しるべが手に入るわ。私は迷わないもの。私は戦い続けるもの。あなたはわたくしを愛してさえいれば、迷わないで済む。簡単でしょう?」
……。
その言葉に愕然とする名無し。
『夢』を他人に移植する作業を、今から行おうと。
そう、貴族の娘は言った。
「どうかしら……?」
美しい顔で笑うヴィエッタ。
「無茶苦茶だ……。アンタはイカレてる」
まるで心臓を移植するように、他人を夢として、完全に受け入れる事。
そして、夢となった他人が自分の全てを、血流や細胞の生き死に至るまで、全てを操る。
それは当然で、人の夢とは、自分の価値その物なのだから。
身も心も全部の主導権を、ヴィエッタに移譲しろと言っているのだ。
(なんて……女。私に夢を与えるだと。うまい口車だ。自分は何も失わない、その癖この女は全てを得る。奴隷契約以上だ。こんな都合の良い契約が、あるかよ……。だけど……。)
名無しは自分の靴を見る。
その靴は、彼女の特別な希望で、そして、呪いだ。
彼女は最愛の人間の死と引き換えに、それを得ていた。
(希望を手に入れた先に夢が必要だったなんて、考えもしなかった。アイツが遺した希望で、全ての闇を覆せると思ってたのに。だけどそんな事、全然なかったよ。あんなにアイツは光り輝いてたってのに、ね。結局私は、闇を照らせない程度の人間なんだ。)
突然舞い込んだ希望。
その時に思い描いたのは、最愛の人間の輝いた姿だった。
しかし彼女には、荷が重すぎた。
輝く方法が分からなかったのだ。
(それなら小間使いで良いさ。夢に使われる小間使い。それはなんて素敵な……、物語なんだろう。)
名無しは何もなかった人生を思い返し、この申し出の狂気とそして――。
幸せに震えた。
「あなた、名前はないのでしょう? どうしたの」
話ながらヴィエッタが、名無しの下半身へと手を伸ばす。
「はい……。んっ。捨てました」
完全に堕ちた眼で、ヴィエッタを見るローラ。
「ではそう、ね。今からローラにしましょうか。私の乳母だった女の名前よ」
そう言うときつくヴィエッタが、ローラを抱き寄せた。
「ロー……ラ」
2人の顔は近く、ヴィエッタがまるで言い聞かす様に、ローラに囁いてくる。
「そう、ローラ。私はヴィエッタ。ヴィエッタ・ニヴラド。この名があなたの、今から死ぬまで仕える夢の名前よ」
「はい……マイ、んんっ。マスター」
ローラはその日、夢を得た。
彼女の心臓と夢には今も、ヴィエッタが移植されたままだ。
「おやおや、さすがですね。逃げるのは得意だ」
「貴様、後ろには気をつけろよ」
「ふふっ」
室内に響き渡る声と共に、気配が去った。
「はぁ。オトコの僕には、女同士の喧嘩はホント、怖いんだよ。勘弁してほしいね」
「いやっ。君は女だ」
恐れるレキの隣、ギリンガムがため息をつく。
だが――。
「……」
「ヴィン、しっかりしろ。怖がらない。怖くないからっ」
「……」
固まって動かないヴィン・マイコンっ!
「ふんっ、自業自得だろ」
ギリンガムが吐き捨てる。
ヴィン・マイコンにはいろいろと――。
多様に女性遍歴が深く、心と記憶の中に汚泥の様に、暗い記憶が流れている。
他人事ではない顔で、白んでいた。
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