第64話 夜の男女の語らい。

「あークソっ!」


月に吠えるジキムート。


木の棒に捕まりながら必死に、前に進む。


夜の今も、他の傭兵達は見回りを続けていたりする。


だが、馬鹿にされることはあっても、手を差し伸べてくる事は決して、ない。


「〝夜の乱痴気パーティー″始まる前に帰らなきゃ、死んじまうっ!」


必死に急ぐ傭兵。



「ヤレヤレ、何をしているのやら」


声に振り向くと、ノーティスがいた。


「おー無事だったか。……可哀そうに」


ノーティスの体を舐めるように見て、ジキムートがため息をつく。


「何考えているっ!?」


「そりゃあお前――。、騎士団に色々、アレな事をされまくったんだろ?」


「私はすぐ出られたっ! ヴィエッタ直属だからな。えっ……エッチな事はされてないっ」


顔を赤らめ、自分の髪留めをイジるノーティス。


すらりと綺麗な目鼻立ちが、くだけた線を描いた。


思った以上に幼い、可愛さを醸し出す。



「……あぁんっ!? ふっざけんなよ、てめえっ! こちとら牢屋で大変だったんだぞっ! ちょっとはお前もなんかされろっ!」


必死に、檻の中の猫が放つ、猫パンチのような仕草で、ノーティスを捕まえようとするジキムート。


「ほれほれ」


「くっ。そのデカチチをっ、少しでもぉっ!」


「うらっ!」


ガタンっと音がした。


木の棒をノーティスに蹴られ、ジキムートが転んだのだ。


「あ~くそっ」


「ふふっ」


ノーティスが笑うと……。


バシャッ!


「かっ、冷てっ!?」


上から水がかけられたっ!


「ぷふっ……。はぁはぁ。これ、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″か」


「全く、手間のかかる」


呆れるような顔で、手を伸ばすノーティス。


ノーティスの白い肌を、月の淡い黄色の光が美しく染めた。


それにつかまり、ジキムートが立ちあがる。



「言ったでしょう、私はヴィエッタの直属だと」


「まぁ、モンスターを倒した時の負債は、俺のほうが多いからな。当然だ当然」


全く感謝もせず、何がかけられたか分かった瞬間、大急ぎで作業を始めたジキムート。


「きーっ、このゴリラっ。少しは感謝なさいよっ!」


体についた水をせっせと、動物の内臓で作った袋に集めている男に、ノーティスの蹴りがゲシゲシっと刺さるっ!


すると――。


「……。サンキュウな」


蹴ってくるノーティスに笑うと、彼女の頭をぐしゃっと撫でる傭兵。


「……全く、良いでしょう」


「へへっ」


夜道を2人、歩く。



月が照らす道すがら、ノーティスがやおら、聞いてくる。


「お互い傭兵です。あまり他人の事には、かかわりは持つ気はありません。だが、聞きたいのです。ジキムートさん、あなたは神を。4柱全てのマナの支配者を、どう思いますか?」


ノーティスの言葉に一瞬、ジキムートが止まる。


この世界では、この話は禁句。謹言、御法度に近い。


「……」


「ハメようというのではない。私は決して、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″や、ヴェサリオの使徒ではなく、ただ……。そう、単純にあなたには何か、この世界にはない空気を感じる。それは神からの孤独さにも似た様な物を、ね」


どこかこの世界の者達は、良くも悪くも、神の影をぬぐいされない。


だがジキムートからは、神に絡まってしまった感情の糸が見えなかった。


それをノーティスが、感じ取ったのだろう。


「神……。絶対的な支配者ねぇ。良いんじゃねえか? 支配者が民衆を愛するなんて、幻想に近いんだ。それなのに神は人を愛してくれて、しかもマナは大盤振る舞いっ! ありがてえじゃねえかよ。他人だと思ってやり過ごしてりゃ、痛い目もみねえしな。特に俺の生きる道を邪魔はしねえみたいだし、問題はない」


ジキムートがこの世界に来て、そして今に至るまでに思った事は、それであった。


神と人間、双方の思いを集めて形作られた、世界の精神的な輪郭。


神が愛したこの世界と、愛された人々との対話の形。


その姿への、異世界人からの感想。



「ふふっ。神を他人……ですか? くくっ、アハハっ。やはりあなたは面白い」


ジキムートの応えに、ノーティスが楽しそうに笑う。


神を他人だと認識している人間など、この世界にはほぼいないはずだ。


ノーティスには斬新で、新感覚の言葉だったろう。


(まぁ、身近過ぎるわな、この世界の神は。なんのリスクも無く、魔法を使わせてくれる存在。色んなモンを生まれた時から、無償で与え続けてくれる。マナが溢れる世界ってのは間違いなく、良い事だよ。)


この異世界は未だ、人類が始まって1000年ほどである。


だが、文明レベルは恐らくは、すでに我らの知る西暦1500年頃に匹敵していた。


当然、西暦はあくまで宗教的な物で、紀元前も存在するわけで――。


何千年、うがった見方をして何万年かをすっ飛ばして、驀進しているこの異世界。


全てが魔法のおかげとは言い難いが、何割かは魔法のおかげだろう。


それに――。



(うちらの世界みたいに、作物に水をやるのも手作業で。何日もかけて水路作って。そんでいざ引いても……。相手のほうが多いだの、村では自分のほうが偉いだの。難癖付けて争いを起こす。そんな貧相な争いなんてしなくても、良いみたいだしよ。)


我田引水、という言葉を知っているだろうか?


自分の利益を増やすため、横暴する様や相手を出し抜く事である。


あまり良い意味で使われない言葉だが、漢字を見れば分かるハズ。


自分の田畑に水を引いてくる=我欲に走る、である。


そういう言葉が残るほど、昔は田んぼに水を引くのは非常に、難しかったという事だ。


それを魔法でちょちょいっとやれるなら、一つ、争いの火種が消えたことになるだろう。



「生活を豊かにしてくれますね、神は。確かに。だがそのせいで……」


「人々は争っている。知ってる」


神の英知を無限に使える、この異世界の住民達。


彼らは次に、他人より多く、田んぼに水を引く事。


そう言った事で争うのをやめ、〝水を引かない、引かせない事〟で争いを始めた。


自分が多く引かない事を示し、相手にもそれを強要する。


ジキムートの世界では人は、限られた財を奪いあって、無限に利益を求める『足し算』で争っていた。


しかし、マナを大盤振る舞いするこの世界は、他人が利益を得れないようにする『引き算』。


一歩でも、〝自分より″神に近づこうとする者を排斥する。


そんな争いをしていた。



「世界は神の慈愛とマナで溢れています。ですが、争いはなくならない。偉い宗教学者がなんと言うかは知りません。ですが、私は考えた。そもそも……。間違っているのは人間ではないのかもしれない、と。それを作った神が、間違っている」


「――なるほど」


ノーティスの言葉には、予想できる話の結末がある。


〝神の排斥″だ。


人間の悪意から目を背け、物を与えた神へと悪意を向ける事。


(きっと後悔するぞ、ノーティス。俺らの世界も全然、余裕で争いばかりだ。)


親から物を潤沢に与えられようが、与えられなかろうが……。


子供は、人類は、争う物なのだ。


考えを巡らせるジキムート。



「私は思う。神は人を作った。自分に、孤独から持ち込んだ、唯一の己が姿に似せて。それならばつまりは、人が争うのは神に似ているからでは? 神はそもそもとして、善良な存在ではないのではないか? 私達と似て、不正等を好む存在だったのではないか、と」


「……」


眉根を寄せるジキムート。


思った結論にたどりつかない。


だが、ノーティスがそう考えるのは確かに、道理かもしれない。


神はどこまで、人類を自分に似せたかは知らないが、ただ一つ確かな事。


その〝芽″。


『悪の芽』を神が、初めから持っていたはず。


人が悪の芽を持ち続けるのは、父親や母親が善人ではないからだ、と。



「そんな、悪を愛する者達が勧めてくる正義などに従っていて、良いのかと。正しき道は本当に、成就される物でしょうか? 親と同じ道を進むだけでは意味がない。私達がすがるべきは、4つに分かたれた神ではなく、自分達人間自らが選択するべき『概念』なのでは?」


ノーティスの眼が険しい。


その言葉には確かに、合理性があった。だが……。




「人間自ら、か。デカい話だな。そう言うのを理想って言うんだろうが。悪くねえよ」


「……」


「だがノーティス、覚えとくと良い。悪い言葉ほど正しくそして、心を打つんだって事を、さ。俺が傭兵として生きて来て理解した、全ての正義への返答、だぜ。誰も正義になんてなれねえんだよ。例え神でもな」


「……」


悪の芽とは、人間性である。


人間らしくあり続ける限り、人間の正義は所詮、悪の芽に引き寄せられた言葉なのだとジキムートは、知っていた。


どんな賢明な王様も。


どんな慈悲深き聖職者も。


そしてどれ程強く美しく、何より自分と血を分けた勇者でさえも、悪の道を歩いているのだ。


正義を語れ。


人間性を叫べっ!


語られた正義こそが、悪の道だ。



「……。ふふっ。ハハハっ! あなたは楽しい人だ。ヒヒヒっ」


大笑いするノーティス。


笑い声が、夜風になびいている。


涙を流し笑うノーティスはフッと――。


真顔になった。


彼女は月に照らされて光る、耳元の銀色を払う。



「ところでジキムートさん?」


「あん?」


「さっき、獣との戦いの負債が、自分のほうが多いと言いましたよね?」


「……」


サッ!


「あなたしかし、私の見てはいけない物を……。見ましたね?」


おっぱいおっぱいっ!


「んっ、あぁいやっ……」


「待ちなさい……。どこに行くんです? 部屋でゆ~っくり。お皿の割り方について、語ろうではないですか」


すさまじいダッシュ力を見せるジキムートに、ゆらり……とノーティスが歩いていくっ!



『殺人鬼の歩き(マーダーウォーク)』。


ゲームでよくある、歩いているだけだが決して攻撃が入らないボス。


その風格が漂い始めるノーティスっ!


「ははっ……。私は今、どんな反撃すらも絶対に、かわせる自信がありますよ」


カラカラカラ……


ノーティスが引きずるショートソードが地面に当たって、ハガネが鳴き叫ぶ。


「ひいいっ!?」


それを後ろに聞きながら、ジキムートが逃げていったっ!


月がもうすぐ――。


満月だ。







「ふぅ、帰ったか」


安堵する幼子。


「面倒な事になったもんよ。まさかこのタイミングで、あのような2人に訪問されるとはな。あの2人はわしの命運さえ、変えてしまいかねんからのう。それでは計画に狂いが出てしまう恐れもある。どうしたもんか」


彼女はぶらりと、水の上を歩いていく。


その足元には蛇の頭が……。


一歩歩くごとに蛇の頭を踏みつけて、まるで地面の様にしながら、夢幻の湖の上を歩いているのだ。


「じゃが今は、下手に動けない。ハラカラが見ている限りはな。困ったもんじゃのぉ。ここまで難儀な事になるとはさすがに、〝奴″すらも考えてはおるまいて。ココが歴史の変革ポイントになるかも、な」


薄ら笑う少女。


白い蛇が多量に巻き付いていく。


「わしらの計画すらも踏みにじる、その変革。良いぞ。踊って見せようか……」


彼女は蛇に覆われ、消えていった。

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