第63話 ジキムートとヴィン・マイコン。

(それはマナがあふれるとかいう、バカげた〝この世界″での話だな。俺の世界じゃこれは――。)


自分の異形のウロコを見やる、ジキムート。


天才は、全てを超えていく。


傭兵の脳裏に射す、天才の陰影――。


(何でも良いさ。俺には必要で、優れた逸品なのは間違いねえんだ。当分は、俺の魔法の代理として働いてもらうさ。俺には今、最低でも最高でも。コイツが必要なのは変わらねえ。)


ジキムートには今、魔法が使えないという最大のデメリットがある。


飛び道具のない人間は、魔法世界では決して、断じて通用しない。


(姉さんじゃねえんだから。)


キチガイ染みた人間以外は。



「ふぅ、しっかしコレ。どう説明をつけますかね?」


「……後にしろ」


目の前の獣の〝死体跡″。


そこにある水たまりと、真っ二つの騎士団員を見やる。


憂鬱に唱和して叫ぶ、2人。


「きっちりと吐けっ。この傭兵が。……。あ~……」


「きっちりと吐けっ。このクソ傭兵がっ!」


バシャッ!


水が盛大に、騎士団員からかけられるっ!


惜しい。


ジキムートとノーティスの予想には、〝クソ〟が足りなかった。



「そうそうコレコレ……。ケヴィン、これだよ」


うわごとのように、張らした頬でもごもごと、口どもるジキムート。


この激しい水がぶっかけられる感触も、久しぶりである。


「何をわけわからん事を言ってやがるっ、騎士団を殺しておいてっ!」


「……殺したのは俺じゃねえよ」


バキっ!


「黙れゴミがっ!」


吐けと言ったり、黙れと言ったり……。


大変である。


かれこれ1時間ほどジキムートは、この尋問を受け続けていた。



「神殿で作業に従事していた者たちの、確かな証言があるんだよっ! アイツらは獣など、見てはいないっ! どうせ貴様らが騎士団を殺し、神殿に侵入しようとしたのだろうがっ。仲間を殺しやがって、この〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟風情がっ!」


「……なるほど。あの生き物は突然に、現れたって事か。へ~」


ジキムートが考えを巡らせ、黙りこくる。


「黙ってないでしゃべれっ!」


バキっ!


ユラリ……と、殴られた体を起こすジキムート。


「ん……。ワンワンっ」


馬鹿にしたように――。


いや、実際馬鹿にして、犬の真似事をするジキムート。


「はぁはぁ……。くっ」


肩で息を吐きながら、傭兵をにらみつける騎士団員っ!


すると……。


「てめぇ。一時間も下らねえ事で粘りやがってっ! じゃあ終わりだっ。指を落としてやるよっ! 本気だ」


血走った目で、ナイフを取り出す騎士団員っ!


すると……。


「わーったよ。ほれ、耳かせ。神様のヤバい話さ」


そう言うと、ジキムートが中腰になる。


「神の、だとっ!?」


そして騎士団員が耳を近づけると……。


バンッ!



「おっしゃ、俺様登場っ!」


犬を……。


中型犬を3匹、なぜかジャグリングしながら、ヴィン・マイコンがその部屋に入って来るっ!


「わふっ……わふぅ」


楽しそうに鳴く犬と、静寂に包まれる部屋。


「……行くぞ」


コメカミを押えたギリンガムの声が、部屋に響く。


彼は部屋の端で足を組みながら、ずっと見ていたのだ。


それが鬱陶しそうに、鎧をかぶり始めた。


「えっ!? ですが隊長っ! もうすぐコイツから情報がっ!」



「バカモンがっ。この傭兵は、今からお前の耳をかじり取る予定だ。ふっ、耳がなくなって大騒ぎするお前など、見たくもない」


「……」


ニヤリ……と、笑うジキムート。


「良い勉強になったろ?」


「クソがっ!」


フュンっ!


「……」


体勢を変えただけで、怒りの一撃を避けるジキムート。


もう、この騎士団員で、時間稼ぎする必要もなくなったわけだ。


「……ではな」


気にせず部屋を出ていくギリンガム。


それに続き、部下の騎士団員も苦々しそうに出ていく。


ちなみに犬3匹は、この騎士団員に持たせていた。




「……遅いぞ、傭兵長殿」


「あぁ。そう……だなっ!」


笑うヴィン・マイコンはやおら――っ!


バギッバッ・キー……ッ。


音が、消えた――。


殴られた瞬間目が白み、耳の調子が悪くなるっ!


(がっっ!? すげぇっ。)


2発の打撃。


それだけで、本気で死の恐怖を感じるジキムートっ!


肉体が異常を感知したと、彼にしつこく騒ぎ立てるっ!


目が白み、頭に音が鳴り続け……。


「てめぇっ! 何やってんだ、ボケがっ!?」



「はぁはぁ……。おっおえはっ、とりあえずっ、良くわかんねぇ獣を殺しておいただけだよっ! ズビッ! 多分あれは、神様の番犬かなんかだっ!」


ジキムートが回らないロレツで、必死に抗弁するっ!


鼻水をすすると血の味が染みわたり、酸っぱい風味が脳に来た。


「水の獣、そう言う話は聞いたんだよっ! だが、本当なんだろうなぁ、あぁん? 確かにあの傷はモンスターがやったんだろうが、お前らもなんか企んだんだろっ!?」


ガッ!


「ぐぅっ」


襟首持たれて、ジキムートの首が締まるっ!


「そもそも騎士団が後ろからやられてんだっ。おかしいだろうがっ! てめえらと戦ってたんじゃねえのかっ。全部吐きやがれっ!」


ゆっさゆっさと乱暴にゆすられ、そして――っ!


バキッ!


「ぐぁっ。カッ――。カっカカッカすんなよっ! とりあえず座れっ! 座れってんだっ! 良いから座れっ! なっ! 暴力は良くねえぞっ。 良くねえんだっ。 そうだ……そうそう」


とりあえず、ヴィン・マイコンの平静を保たせることを、今の第一とするジキムートっ!


叫んだ声のトーンをゆっくりと下げ、冷静な振る舞いを要求する。


「……」


狂犬を座らせ、落ち着かせ……。


ヴィン・マイコンが、なんとか座った。


すると――。



「それで、なんだ? あぁ。お前の案はマジだよ。そうだそうそう。俺らは騎士団を買収しようとして、失敗。そんでもって睨みあってた。だが殺しちゃいねえよ」


ガタンっ!


立ち上がるヴィン・マイコンっ!


拳を握っているっ!


すると――。


「本当だホントホントっ! いきなりその前に獣が来たってぇのっ! そんでもって騎士を後ろからバッサリだっっ。嘘じゃねえっ! 馬の恰好したのが襲ってきてっ、こちとらそいつに皿、割られてんだよっっ!」


代わりに今度はジキムートが叫び散らすっ!


そして……。


ドンっ!



「ほら見ろよっ! 良く見ろクソがっ! こんなもんっ、遊びでつくかよっ!? エッ!? 何と戦ったように見えるっ!? どんな化け物だと思ってんだよっ!?」


痛む皿をこれ見よがしに、机に乗せたジキムートっ!


ヴィン・マイコンの前に突き出して、怒りをまき散らすっ!


彼は今、立てない。


さっき中腰になった時も、膝の皿が割れてないほうの足一本で、体を支えている。


「……。要は、神殿へ侵入しようとしたのは認める、と。だがお前、俺に神は嫌いとか吠えたよな? なんで神に執心してやがる。お・か・し・い・だろうが、よっ!」


ドンッ!


拳で机をたたくヴィン・マイコン。



「……。あそこは神のいる場所だろ? いっぺん神に文句言ってやりたかったのさ。俺なんて凡俗を、なんで天才の姉さんのもとに作ったのか、てなっ!」


「あぁん? 天才の姉ぇ? 天才ねぇ。どうせ大した事ねえんだろっ。おめぇ程度の姉弟なんてな。村一番の力持ち~、か? ハッ、ヘヘーッ!?」


「はぁっ!? 村だってぇ? ハハハっ。馬鹿かお前。天才様で勇者様なんだよっ、国に認められた立派な奴さっ! 貴族に税金払ってねえんだよ、あの人はっ! 貴族がビビッて催促できねえんだよっ!」


「どこの田舎の国だボケっ! 聞いた事もねえぞっ! 良いかぁ? そんな勇者、この世界にはいねえんだよっ! 傭兵界では名の知れた俺の耳に、そんなバケモンの話が入らねえ訳がねえっ! ペテン師が黙れよっ!」


ヴィン・マイコンが訝しがっている。


だが……。



「俺の姉さんはすげえんだよっ! てめえなんぞ、秒で殺せるくらいのなすげえ人さっ」


「……。はぁっ!? 秒だと、舐めんなよっ!? やって見なきゃ、分かんねえだろうがっ!?」


「分かってんだよっ。あの姉さんはドラゴンの首、へし折っただけで勝ってみせたんだぞっ! 極上のバケモンなんだっ! 良いかぁ? 自分の背丈より太え首を、抱えて折っちまうんだぞっ!」


「どんな魔法使おうが、俺には効かねえっ! お前に俺の、何が分かるってんだっ!」


「魔法ぅ~? ハハハっ! 馬鹿かてめえはっ! 姉さんは魔法は、滅多遣わねえんだよっ! コブシだけでドラゴン殺すんだっ! 強化も一切しねえんだよっ! お前にやれる勇気があんのかよっ!」


「はぁっ!? 気に食わねえっ! 俺の勇気を試そうってのかよっ! 上等だっ! 合わせてみやがれっ! 俺の首はドラゴンより上等なんだよっ、ボケクソっ!」


「勇気だとっ!? 何ぬかしてやがるっ! てめえだって『やって見なくても、分かる』って事が、分かってんだろうがっ! 吠え面かいた時点で、命が終わってんだよ傭兵はっ! てめえに危険を冒す勇気があんのかよっっ!?」


「気に食わねえっ! こちとら冒険者だっ! 危険は上等なんだよっ!」


「嘘つけクソがっ! 震えてんのが臭いで分かんだよっ!」


「あぁっ!? 震えてるだとこの虫野郎っ! 気に食わねえっ! 気に食わねえんだよっ! だったら合わせてみろや、クソ野郎がっ! もし弱かったらテメエをついでにぶっ殺してやるからな」


「だったら俺と勝負して見ろっ! 姉さんは俺を、10秒で叩き伏せて見せるんだっ! 全力で本気の、マジの俺をなっ! 20秒やるっ。それ以内に俺を倒せなかったら、ぜってぇに無理だっ!」


いきり立った2人の目が、交錯する。




長く――、無言。




その瞳の内に含まれた思いは恐らく、1万の文字を与えてもなお、描き出せない程深いだろう。


ガタン。


静かにイスが、直された。


「ふんっ、そうかよ。まぁ良いさ。お前みたいな凡俗は確かに、神を恨みたくなるのは分かるぜ。へへーっ」


「黙れよ狂犬。お前もそうは、変わらねえんだろ?」


「あぁん?」


激しい殺気と殺気っ!


再度お互いに睨みあったまま、動かない。


「……」


「……」


両者の瞳に映る、『やんのかよ』の文字。


確かにジキムートは、ヴィン・マイコンのパンチに怯えてはいた。


だが恐怖を前に、心を殺したつもりも。


そして、全て平伏した訳でもない。


交渉とはそうあるべきで、今までそうやってきた。


なんとなくそうやった方が、交渉が上手くいく。という手応えみたいなものが、傭兵の心には刻まれている。すると……。



「そうかいそうかい。へぇ……。そんで、あれだ。お前が襲われたって奴、な。そいつぁ多分、水の使徒だな」


目を外し、鼻をすすりながら、ヴィン・マイコンが応えた。


どうやら一定は、話を信じたらしい。


「水の使徒? 確かそれは、そこいらにいる水の民の事だろ?」


「あぁ、そうだよ。ただ、お前が遭ったのは多分、第一番目に作られた奴だ。何度か神は使徒を変えてるらしい。それの何番目かが今の人型な。それでもう300年経ってる」


「悪いな、歴史にはうとい」


というか、全く知らない。


ひらひらと手をあげるジキムート。


「へへっ。学無しのサル野郎めっ。――だが、そうなれば、〝奴〟の言っていた事は本当か?」


考え込むヴィン・マイコン。


「……奴?」


傭兵長の言葉に、ヴィエッタも同じような事を言っていたのを思い出す、ジキムート。


あの男。


時折現れるそれは、ヴィン・マイコンが言う〝奴″と、符合する気がした。



「気にするな。こっちの話だ。でぇ、凡人のジキムートちゃん的に、どれくらい強かったのかなぁ? ソイツは」


注・ヴィン・マイコン。


とでも書いておくべき位、常識的に。


そして、スムーズに馬鹿にしてくるヴィン・マイコン。


「もし仮に、だが。あれが1平原に10匹程居たら。傭兵の3分の1は、仕事を引退せざるを得なくなる位だ」


「……。準備がある。先に行く」


ジキムートの応えにあっさりと、ヴィン・マイコンが立ち上がる。


そして風のように帰っていく。


「おいっ!? 俺っ、俺どうすんだっ。皿だっ! 皿割れてんだけどっ!?」


バタンっ!


扉は閉まる。


「俺は……。どうすりゃいいんだよ」


きっぱりと見捨てられ、途方に暮れるジキムート。


「泊まれるかな? 泊めてくれないかな? 騎士様よ」


……。



「はぁはぁ……クソがっ」


ジキムートは痛む足を引きずりながら、何とか進む。


あのあとブタ箱に泊めてくれと頼んだが、優しく笑って、蹴りだされてしまっていた。

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