第62話 新しい力。その意義。

「どうしました?」


普通に話しかけてくるノーティス。


(確かに今、コイツから殺気があった。)


「いや? 単純に……。そう、虫がいたんでね」


こちらも平然とした顔で、言い返した。


「あらあら。虫が怖いんですか、もぉ。ゴリラのくせに」


ノーティスがぷふふっと笑う。


「誰がゴリラだよ」


「ウロコ付きゴリラ。ふふっ。ふぅーー。それ……なんです?」


疲れたようにため息をつき、ノーティスが座る、


そして彼女は胡散臭そうに、肩部にあるガントレットを指さす。


テラテラと光っているそれは今、完全にウロコにも見えた。


モンスター馬の液体がねばつく、その姿。


それはまさに、魚や爬虫類のソレだ。


「……さあな。イカレた鍛冶屋が作ったんだろ。ナイフを重ねて作れるんだよ、お手製のウロコを」


まるで、ジェンガのようにナイフを組み合わせ、ナイフの塔を作り上げる事ができる。


当然重くなるが、逆にナイフの本数や形状を絞り込めば、重みが調整可能とも言えた。


それでなおかつ、ガントレット自体はかなり柔らかく、ゴム素材のようなフレームだ。


そのおかげで色んな鎧にフィットしやすく、外付けは非常に簡単。


ナイフのおかげで防御力も攻撃力も、まぎれもなく高くなっている。


「人間に、ウロコ……ねぇ。差し詰め〝エイラリー・スクァモッサ(異形鱗翼)″と言ったところですか。一体いくらするんです? その特注品」


「なんだ、〝エイラリー・スクァモッサ(異形鱗翼)″だって? 変な名前つけるなよ。もっと良い名前にしろ。金貨2枚もしたんだぞっ!」


「ハッ!? まさか、ナイフ無しの枠組みだけで金貨ですか? そんなの誰も買うはずがないですよ、それ。ボラれてます、確実に。変な防具欲しがるなんて、変わってます」


驚いた顔でウロコを見るノーティス。


銀髪を束ねる、黄色の髪留めを触りながら、薄ら笑う。


「お前はいらなくても俺は、いる。ナイフ投げだけは得意なんだ。姉さんにも負けない位に、な。その得意技の弱点を補ってくれるんだよ」


「フンっ!」


ひゅんひぅんっ!


次々と、ジキムートに投げられていくナイフ。


「ぎゃぁっ!?」


それが、標的となる者を打ち砕くっ!


「ナイスっ、ジークっ!」


「俺は〝穴″にぶち込むのは、得意なんだ……よっとっ!」


フュンヒュッッ!


「ぎゃあっ!?」


倒れる、豪勢なフルプレートを着こんだ騎士団員。


傭兵が狙っているのは、フルプレートの穴。


「くそっ。アイツあんなとこから、目線を狙えるのかよっ!?」


フルプレートには唯一、穴がある。


目線を確保する為、わずかに開いた、細くて狭いその穴。


隠したくても隠せない弱点に、騎士が戸惑っている。


「こんなの、俺らがカモられるだけじゃねえかっ!?」


「くそっ! スティレットナイフなんぞ、近接専門じゃねえのかよっ!?」


スティレットナイフ。


それは接近戦で、フルプレートの弱点を突くために創られた、特別細い刀身を持った物。


言わば、対騎士団専用の『近接』武器。と言って良い。


馬上に居さえすれば、安全たと思っていた騎士たちに、戦慄が走っているっ!


「なんという精度だ……っ。スティレットナイフを投げて、フルプレートをしとめる等とっ!? よもやこんな、非常識な敵がいるとはっ! クソがっ。この鎧がいくらすると思っているのかっ!? これでは騎士団が、一方的に不利ではないかっ!」


金貨数枚。


数百万払って得た防具を、たった3000円程度で打倒されている騎士達。


相性が悪いにも、ほどがあったっ!


「ほれほれっ!」


ヒュヒュンっ!


ざすっ!


「ぐぇええ……っ!?」


あっさりと兜から血を吹き出し、ナイフを投げられた騎士たちが馬から落ちていくっ!


数百の兵が入り乱れる戦闘。


それが始まってからまだ、数分。


だがすでに、ジキムートが殺した騎士が数体転がっていた。


「良いぞジィークっ! あのクソ鎧どもを蹴散らせぇ」


イーズ――。


戦場の中、目立たない、真っ白なマントを着ていた。


彼女が大はしゃぎしながら、ジキムートを応援してくる。


――がっ!


「はい、終わった。もうナイフは……ねえっ!」


そう言って、手をぶらぶらさせるジキムート。


それは、相棒への合図だ。


するとイーズの額からダラダラと、汗が滴り落ち始めるっ!


「あわわ……。早すぎだよジークっ! まだいっぱい……。20も残ってんじゃんっ!?」


敵のフルプレートの総数を数えるイーズ。


すると……。


「全員、掃射ーーっ!」


「あわわ……」


「どうしたっ! アイネスっ! しっかり魔法を打たんかぁっ!」


魔法を撃つのを戸惑うアイネスに、怒声を浴びせる味方の騎士様。


高い金を払っているのだ。


当然だろう。


すると、半泣きになったイーズは……。


「うぅ……。うっ。うわーーんっ!? 馬鹿なのっ、あたしの気も知らないでっ! あのフルプレートの騎士が、どんだけ固いと思ってんのよっ! ジーク後はお願いーーっっ!?」


口をとんがらし、すぐさま自分のラグナ・クロスに3枚一気っ!


タトゥーを張り付けるイーズっ!


ジュウジュウゥウ。シュボッ! シュボッ!


「あつぅっ! ウラァァっ。消えろーーっ!」


バヒュッ!


〝インソレンセ・フレア(猛焔)〟のビーム砲、一閃っ!


騎乗するフルプレート騎士を、得意の魔法で穿ったイーズっ!


「おおっ!?」


ジュウッ!


周りを巻き込み、非情なる焔撃を見せる一撃っ!


複数の傭兵が巻き込まれ、跡形もなく消し飛んでいたっ!


だが……。


しゅうぅううう。


「ぐぅ……。この威力、対手に居ると言われた〝イカレ2穴″女かっ!?」


馬は奇麗さっぱりに、消し飛んだ。


フルプレートは、トロけて半壊程度。


だが中身の騎士だけは、ピンピンしているっ!


「うへぇ……。かったい――。」


イーズがそれを見て、あきれ果てた。


この時代のフルプレートは、例え魔法の天才の魔力照射の直撃でも、全然、余裕で生き残れるだけの、防御術式が組んである。


早々はどうにもできないっ!


すると――。


「コイツだっ! ここにイキが良い、魔法士が居るぞーーーっ!」


「あわっ、あわわぁっ!?」


マントとフードで顔を隠したイーズが、顔面蒼白になるっ!


ドドドドドッ!


仲間の声に応じた敵騎馬兵が、イーズを目掛けて走り出しのだっ!


「エッ!? やだっ!? アイツらコッチ来るんだけどっ!?」


「この女だっ! 目標はコイツだっ! この魔法士から逃げろーーーっ!」


味方さえも、イーズの周りから逃げ始めたっ!


「ちょっ、ちょっとーっ!? 前開けないでよーーっ!?」


傭兵達だけならず、騎士たちすらも一目散に逃げ、イーズの前衛が空っぽになってしまうっ!


「おいっ、逃げるぞっ!」


ガッ!


ジキムートが、迫りくるヒヅメの音を察知しすぐに、イーズを小脇に抱えて本陣に下がろうとするっ!


だが……。


「傭兵どもっ、戦えーーーっ! 栄えあるサカズキ。その道しるべに従わぬ愚か者に、毒ある赤液を食らわせろーーっ!」


叫んで後ろの、味方であるハズの騎士団どもが2人に向けて、槍を向けてくるっ!


傭兵が逃げる事はかなわない。


例え友軍であろうと、どういう事情があろうとも、逃げようとする傭兵は攻撃してよい。


そういう風に、戦場では相場が決まっていた。


「くそがっ!」


それを見るなりジキムートが、しっかりとイーズを抱えなおすっ!


「いつものコースだ、イーーズっ!」


「うぇえっ!? やだーっ! 行きたくなーいぃっ」


相棒のジークが自陣に戻るのを諦めて、再度戦場の、しかも、一番乱戦の部分へと走る事に、泣きじゃくって反対する魔法士っ!


「諦めろーーっ! うらぁあっ」


――。


「騎馬兵8、槍兵10。弓兵不明、か。良い働きをしたな、傭兵。明日もそれでイケっ!これは御大将よりの、格別のご配慮。誇って受け取れぃ」


じゃりんっ。


「あぁ……。……。……。好き放題言いやがって、この大穴野郎(ロング・ショッター)め」


「ホントホント」


言葉を必死に、高慢ちきな騎士の姿が見えなくなるまで待って、悪態をつく2人。


そして疲れたように2人、イーズとジキムートが草むらに転がった。


「あぁ、ふぅっ。疲れたぜ~」


「ホントホンットっ! 駄目だコレ~。死んじゃうよ~」


イーズの奇麗な赤髪は、繊細で脆い。


その美しく細い髪の毛がもう、ギットギトの油まみれだ。


「お風呂入りたい」


哀しそうにポツリと、ささやくイーズ。


戦地では女傭兵は、決して風呂には入れない。


当然身を守るためだ。


男に素っ裸の時に襲われたら、ひとたまりも無いからである。


せめて、貴族の女子がいる部隊の風呂に、騎士団の女と入れれば別だ。


が、傭兵を嫌う騎士団は多い。


夢のまた夢なのだ。


なので、どんだけ汚くなろうと彼女は、我慢するしかなかった。


それに――。


「うぅ……」


魔法士特有の病との、葛藤。


焼け焦げた右腕の入れ墨を押さえ、うずくまるイーズ。


「大丈夫か。かなり焦げてんぞ、右」


ジキムートが体を起こし、イーズの腕を見やる。


そこには〝イカレ2穴″のアザナがついた由来の、ラグナ・クロス2つ。


特に右だけが異様に焼けて、膨れ上がっている。


「う~……痛い。ねぇジーク、あんたもうちょっと、騎馬兵が減るまで持たないのぉ? アタシの顔見ると一目散に、アイツら速攻で囲んでくるんだもんなぁ」


「馬鹿言うなよ~。俺の戦いの肝、知ってるんだろ? ナイフを装備に入れたくても、そう……な」


攻撃力と防御力。


そして何より、重さとの兼ね合い。


必死の無理を通してそれでも、10本くらいの弾帯が限界だ。


それに――。


「ロストも多い。ナイフ探して下なんぞ見てたら、自分の頭探しをするハメになっちまう」


どんな名人でも達人でも、神だろうと……。


この激動の戦場で、フルプレートの中身にナイフを当てれる訳が無い。


50パーセントいけば、達人としても立派な方だろう。


ジキムートの戦場とは、ナイフとの葛藤でもあった。


「……ん、ごめん。言って見たかっただけだから。またナイフの準備?」


「あぁ……」


ジキムートは疲れた体をおして、支給されたナイフを削っていく。


ナイフ投げは遊びじゃない。


真っ直ぐ飛ばす為には、自分でナイフを加工する必要があった。


どんなに疲れていても、明日の為に準備は怠れないのだ。


無くなった分だけは削る。


暇があろうとなかろうと、たびたび削る。


それが彼の日常。


「いつもいつも、大変だよね。あぁでも、うぅ。痛むよ~。くっそ~。アタシのもう一個の水晶だと、こういった乱戦には向いてないんだよね~。象だけが酷使され続けちゃう~」


象のラグナ・クロスは、攻撃・防御に優れている。


甲冑をカチ割るには、像のラグナ・クロスを多用せねばならない。


甘えるようにわざわざ、自分の腕をジキムートの前に出すイーズ。


「ほれ……。塗ってやるから手を貸せ」


その顔を覗き込みながら、彼はため息をつく。


相棒の腕を取って、湿布薬を塗ってやるジーク。


「うひひっ。あ~あ、どったらいっしょね~。なんとかナイフ、ジークがもっとたくさん持てないかなぁ? 星に願っとこ~っと」


「おいおい……。アホな事を星に願うなよ。一応あれも、モンスターの光なんだからよ。堕ちてきたら俺らに襲ってくんだぞ?」


たくさんの、美しい星々を見やるジキムート。


夜ソラは澄んでいた。


「っていうか簡単で、簡潔な答えがあるぞ、イーズ。お前がもっと、足腰鍛えて逃げるって手だ。そうすれば……」


「エッ!? ちょっ……。馬鹿なっ!?」


突然、大きな声を上げるイーズっ!


「なっ、なんだよ……。逃げ足磨くのがそんな、嫌か? お前だって……」


「ちっ、違うっ! こここ、コレ……っ!?」


慌ててイーズが大穴様の施してきた、褒賞袋の中身を広げて見せてくるっ!


「なっ……。馬鹿な。銅銭ばっかだと!?」


中身を探るが一向に、シロガネが見えないっ!


30円硬貨がぎっしりと、詰まっているだけだ。


ぎっしり――30枚くらい?


無敵の騎兵隊8人も狩って、千円の褒賞。


「……ちょっと、行ってくるね?」


やおらふら~りと、立ち上がるイーズ。


しっかりと象のラグナ・クロスに、タトゥーを用意している。


「あっ、アホっ!? こんな所で喧嘩売るんじゃねえよっイーズっ! どうするつもりだっ!?」


彼女の背中に描いてある、その言葉を代読しよう。


カチ割ってやんよ、そのヨロイ……。


(あの後本当にイーズが、味方本陣に居た貴族に魔法ぶっ放して、喧嘩売っちまって……。それを手土産に、敵に下ったんだよな。)


「ナイフ投げ、ねぇ。私は魔法で代用しますんで無用です。いらないですね」


「へへっ、そうか……よ」


ノーティスに笑うジキムート。

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