chapter4 戦い。殺し、殺され、生き抜く。
第35話 決闘試合の始まり。殺しの開幕。
「それではここに、決闘裁判の奉納を行います。良いですね? これはあくまで裁判としての、戦いですので。神に見られて恥ずかしいような行いは、なさるな」
〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護者)″が言う。
どうやら公正で中立な立場として、入り込んだようだ。
「はっ、はい……」
「……」
応える魔法士と、それをにらみつけるジキムート。
傭兵の姿は、完全に戦士のそれだ。
足も指先までも、しっかりとした金属で覆う鎧。
身を包む色は、灰。
顔の部分は出ている物の、ほぼ全身鋼に抱かれている。
ヨロイはかなり細工が凝った、重厚な様式が見られた。
黒くて鈍い灰の中、足元だけが少し明るく、塗装されている。
そして、腹部から腰にかけては、何かのベルト――。
ナイフだろうか?
大量に何かを刺した、『弾帯』とでも言うべき物をぶら下げていた。
「ちょっ……。あまり近づかないでくれ」
「あ~ん? 俺が悪いってのかよ」
傭兵が明らかに『メンチ』をきって、魔法士を威嚇していくっ!
それに恐怖し、魔法士の彼は、目をそらし続けている。
「そそっ、そんな事までは……。そのっ」
魔法士が怯えて口どもる。
鼻息がうるさい。
そう思えるほどに、近くで睨んで来るのだ。
怖いと断言できた。
「ペッ……。良いからよぉ。始めろよっ」
〝タン″を吐き捨て、試合の開始を促すジキムート。
「……良いだろう。では、両者離れ、あの指示してある場所で構えろっ」
その蒼の者の言葉にジキムートは、肩を鳴らし……。
「おっ……し?」
「術式起動。来たれ来たれ、我の命聞く可愛い子、可愛い子。我は汝の創造主なり。土くれを固めて、人としよう。人ならざる物を、人としよう。来たれ来たれ、我が最愛のバダム」
魔法士が唱えると、電撃が走ったっ!
ビシャンっ!
電撃が起こったのは、魔法士の近くに置いてあった、棺の様な物。
すると突然、特撮のロボットのように変形をしだすっ!
グギギ……。バキンっ!
組み上がっていくゴーレム。
足を増やし続け、4足歩行生物へと変化っ!
そして……。
「なるほど、ね。でけえクモだな」
傭兵の目に映るのは、土色をした、巨大で地面から2メートルはある、蜘蛛型のロボットっ!
彼はその姿をまじまじと見ながら、とある〝紙の絵″を思い出した。
「こいつには耐魔法、耐物質がかけてあります。攻撃力も……ほらっ!」
そう言ってやおら、取り出した盾。
それをひ弱な両腕でよっせと、ジーガに投げてやる魔法士。
すると……。
「ガギッ!」
ガゴンっ!
一本の足で、投げられた盾を殴りつけるジーガっ!
カララララララ……。
「へぇ……。穴空いてんじゃねえか」
カラカラと音を立て、転がる盾にはぼっこりと、たんこぶの様に凹んだ跡がっ!
深く大きく刻まれた、その威力。
「ふぅっ、やっべぇ。これはやべえぞ。どんな風になっちまうんだ~、あの傭兵はよぉっ。あ~昂ってきたっ。おいっ、魔法士っ! 手加減なんていらねえぞっっ! バッラバラの、グッチャグチャにしちまえよっ」
貧乏ゆすりのように、足を小刻みに震わせ、人間が苦しむ様を楽しみにする騎士団員。
「そうだそうだっ! おいお~い、そこのモヤシ傭兵っ。今のうちに母ちゃんに、泣きついたほうが良いんじゃないのかっ!? ってああ……。お前の母ちゃん今、仕事中か。男の上で腰振るのが、仕事だもんなっ!」
オウオウと腰を動かしながら、騎士団員がトドのように叫ぶ。
するとワッと、観客がはしゃぎたてたっ!
「……」
「ふふっ……。殺しはしませんよ。安心なさい」
先ほどとは打って変わって、魔法士は自信満々だっ!
するとジキムートが、指定の位置に立ち……。ゆっくりと地ならしをする。
そして、そこに書かれた白い線。
その上に立ってやおら、線に向かってつばを吹きかけながら、ゆっくりと聞く。
「……ところで審判」
地面を慣らしながら、ジキムートが言う。
「なんだ?」
「これって要は、2対1……。なんだよな?」
指さし睨むその先には、魔法士がいる。
それを審判が見やり……。
「いや、実際は1対1だ。魔法士は付き添いでしかない。攻撃は無いと聞いている」
「でも、付き添っている以上は、だ。〝弱いほう″。耐魔法も耐物質も無いのを狙うってのも当然……、ありだよな? なぁそうだろ。魔法しか使えない、ひ弱で足もとろそうな人間様よぉ」
ビクリっ!?
「……」
魔法士が、薄ら笑いでにらみつけてくるジキムートに、恐怖の目を向ける。
「当然だ」
「しかも、攻撃はしない、か。へへっ、殺しはしませんよ。安心しなさい。ナイフ投げは――。得意なんでね」
ヒュンっ!
スパンっ!
何かが観客席に飛んできたっ!
「なっ!?」
「な……。なんだっ!?」
騎士団員達のみならず、その場にいた人間全員が、遠くから飛んできた『何か』にクギ付けになるっ!
彼らの目に映るのは、旗に刺さったナイフ。
「ケツにキスするのはお断りだが、代わりに掘っておいてやったぜ」
ボボキっ! ボキっ!
静まりかえる聴衆の中、傭兵の肩の鳴る音が響く。
彼が投げたであろうナイフは、間違いなく、男の尻絵が描かれた穴部分。
肛門の入り口を見事、射貫いていたっ!
「あいついつ、ナイフを抜いた?」
「そ、そんな事よりっ! あ……あんな場所から、だと? 嘘、だよな?」
おおよそ50メートル先。
その場から精確に傭兵は、たなびく旗を射抜いたのだ。
全員が信じられないと言った顔で、旗に刺さったナイフに集中している。
「おい魔法士。俺はお前とは反対で、魔法はからっきしだ。だが、世界に飛び道具は、いくつもあるんだぜ? 特に、ナイフ。ナイフは小さい上に、詠唱がねえってのは、いかすよなぁ?」
「――ひぃ、ひぃ。」
知らず知らずに漏れる吐息。
魔法士の顔色が、ドンドン悪くなっていく。
ジキムートが投げたナイフ。
そして魔法士。
2つを観客席の人間たちは、目線を右往左往させて見比べていた。
「物の2秒で試合は終わっちまうが、しっかりコントロールするし。殺しは……」
言葉の途中少し首をひねり、考えこむ傭兵。
すると、小型のスティレットナイフ――。
城からしこたま、ガメておいた物を取り出すジキムート。
「いや? 手が滑っちまったらしょうがねえよな? あぁ~、結構肩が痛いんだよな、俺さ。あと、てめえのツラが気に食わねえ。投げた時に頭にぶっ刺さっちまったら、ごめんな。先に言っとくぜ?」
ナイフを指で遊びながら、魔法士を目線で殺していく。
そして、手の中で器用に2本目を取り出し、ジキムートは左手に2本共握ったっ!
「……っ」
鼻をピピクッと震わせ、その邪悪な笑みに睨まれたカエルは、危険を察知する。
「では良いな、2人とも」
「……」
「あぁ……。良いぜっ」
2人はにらみ合いそして……。
「始めっ!」
「いっけぇっ、殺せーーーっ!」
歓声が上がったっ!
「風よ……。つむげっ!」
試合開始と同時っ!
叫んですぐ、魔法を一気に展開する魔法士っ!
「くくっ、準備成功だっ。ジーガ、奴を殺せっ!」
魔法士は卑劣にも、試合が始まる前にすでに、詠唱に入っていたっ!
それに全員、気付いてはいたのだ。
何せ、体がうっすらと光るのだから。
そう、気づいてはいたが――。
傭兵ごときに公平な戦いの場など、用意されるハズがなかったっ!
(この編み込まれた風の盾ならば、ナイフを弾くなど造作もないっ! 土がジーガの維持で使えないなら、風だっ!)
防御魔法にも特性がある。
火は浄化と攻勢。
水は、衝撃吸収と重ね掛けのしやすさ。
大地は防御。
風は即効性と相手の足止め。
(よし、じゃあ後はジーガに任せて、私は……っ!)
バキッ!
「ぐっ、ひぃっ!?」
突然の衝撃に魔法士は、大声で倒れ伏してしまったっ!
そして魔法士の首元には、鋼の気配っ!
「ひっひぃっ!?」
自分の魔法壁に突きやぶって、眼前に迫るジキムートの主武器っ!
あまりに重く、弓矢やナイフなど比較にならないその重み。
魔法士は汗を流し、体を強張らせてしまったっ!
「やっぱり、バスタードソードじゃなきゃなっ!」
傭兵は長年の勘で、魔法の障壁が如何ほど力を加えれば、壊れるか?
その大体の所を掴んでいた。
とびぬけた力と才覚を持たなければ、バスタードソード位がちょうどいい威力だと、導き出していたのだっ!
そして剣の先、うっすらと魔法士が目にしたのは……最悪の光景。
「はっ、早いっ!?」
シャルドネと騎士団長が叫んだっ!
すでにジキムートが、魔法士のすぐそこまで迫っているという事実。
「あぁ……」
砂を……。
緊張のあまり、地面の砂を目いっぱい――。
爪の間に土が入り、爪が割れてしまう程握りしめた魔法士っ!
「たっ助けてーっ!」
「ががっ」
迎撃態勢に入っていた〝ジーガ″が、無理に軌道を変え、魔法士を庇うコースに入り込んでくるっ!
「……待ってたぜっ!」
叫ぶとジーガの、いまだおぼつかない足元。
そこに一気にスライディングをかけ、下に入り込む傭兵っ!
「これ……かっ!」
弱点である腹部めがけ思いっきり、ナイフを刺したっ!
「ギャガァアア」
そのスティレットナイフは、特別だ。
すさまじく細く加工され、直径が1センチあれば……小さな穴でも突き通すっ!
瞬間クモは体をすくめ、動きが鈍ってしまうっ!
「よっし、殺しはしねえぜぇっ。殺しはよぉーーっ!」
雄たけび。そして、ジーガをなんと……っ!
「うそ……だろ。あいつっ!?」
「なんだよあの力っ!? 人間業じゃねえぞっ」
重さ150キロっ!
クモの図体を持ち上げ始める傭兵っ!
「へっ……。えっ!?」
「早めにぃ……。言えよぉ……魔法士ぃ。死んでるか……ぐっ。どうか……。分からねえからなぁーーーっ」
目の前で時間と筋肉をかけて、巨大な蜘蛛を持ち上げる化け物っ!
ゆっくり、ゆっくりとその影が大きくなりそして、ついにっ!
「うらぁっ!」
ひっくり返したっ!
ヒュンっ、ガシャーーン!
「ガヶっっ……」
「ぎゃあっ!?」
魔法士めがけて、ジーガをぶん投げたジキムートっ!
悲鳴を上げて魔法士が、弾き飛ばされるっ!
ジキムートは、倒れて無力の2つの影に目を這わし――。
「まずはお前だ土人形っ! それでダメなら」
「うひぃ!?」
こちらをにらむ殺人鬼に、恐れ縮こまる魔法士っ!
それを横目に、ゴーレムの手足を押えたジキムート。
ナイフを口にくわえ、ジーガのマウントに入るっ!
頭突いてでも壊す目をしている、その傭兵。
「待て待て待てーっ。壊すなっ。壊させるなーーっ!」
「それまでっ!」
シャルドネの悲鳴にも似た声に、すぐさま反応した〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″は、軍配を上げたっ!
シャルドネの血相変えた顔に、ジキムートが笑う。
(へへっ……。金貨100枚、ねぇ。良い情報聞けたぜ。やっぱ、そうなるよな。)
この勝負、ジーガを壊す必要は無い。
ジキムートは『壊す可能性』さえ見せれれば、勝負は勝ちである。
何せ3億円ですから。
こんな遊びでロストできる金額では、なかった。
「じょっ……冗談だろ」
「……」
静まり返る場内。
試合時間、たったの30秒。
これを秒殺と言わずして、なんという。だが……。
「……。あれは、ほら……っ。その。まっ、魔法士を狙っただけだから。俺ら訓練じゃ、狙えないじゃん?」
祝福の声は一切、聞こえては来ない。
「そっ……、そうだよな。そりゃそうだ」
騎士団が、その光景に油汗を流す。
ざわざわ……ざわざわと、声が漏れるだけ。
「……」
会場の空気がおかしい最中、騎士団長がジキムートをにらむ。
「なんだあの、尋常じゃない速さはっ」
「魔法では……なくて?」
同じく唖然としたレナが、聞き返した。
「いえ、そんなはずは。光は見えませんでした。しかし主武器を投げてあまつさえ、ジーガを転がすとは、な。これこそ間違いなく、戦場の中の怖さか……」
荒々しい、訓練などでは見れない、勝利『だけ』を目指した戦い方。
騎士団長がジキムートを考察する。
そして……。
「だがあ奴め、どうやってジーガの駆動系を知ったのか」
「想定外の強さ。しかしローラ……。うまくやったみたいね」
ほくそ笑むヴィエッタ。
「……クソっ! 面白くねえ。なんであんな傭兵ごときがっ」
騎士団が、我が事のように屈辱に染まる。
あの旗……。
男のケツに、キスしな旗を持っていた騎士団員。
それがスッと、何事もなかったかのように、旗を下げた。
「すっ、すごいよ。ジキムートさんっ」
「へへっ……」
そんな中、2階に上がっていたケヴィンが呑気に、傭兵に手を振ってくる。
それに腕をあげ、応えるジキムート。
ケヴィンは騎士団とは違い、給仕としてせっせと、雑用係として働いていた。
彼は城の中に居たので残念ながら、勝利の現場は見れていなかったりもする。
(まぁ、実際はあの〝紙″がなきゃ、こんなにすんなりとは勝てなかったがな。)
昨日のあの、ポケットにいつの間にか入れられた紙。
そこにはしっかりと、クモの絵とそして――。
「……」
ジキムートは取り返した剣。
今回は投げただけで終わった、彼の主武器。
それを手の中で遊ばせながら、ヴィエッタを見る。
彼女は決して、こちらを見ないが。
「ふん、狐め。まぁ良い、これでお膳立ては整ったんだからよ。持ちつ持たれつだよな」
傭兵は上機嫌で所定の、始まりの位置に立つ。
そこにはすでに、ジーガを使役していた魔法士――。
頭から血を流し、憔悴している。
試合の始まりと同じように、3人で並び……。
「では……。この決闘裁判はっ」
今まさに、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″が勝ちどきを発しようとしたその、瞬間っ!
「どうだお前らっ、これなら資格があるろだろう? 俺が〝神の水都ディヌアリア″で活躍する資格がよーーっ!」
……。
傭兵が叫んだ言葉。
その意味が理解できるまでに少し、時間がいった。
突然ジキムートは大声で勝利を吠え、最大の目的を果たそうとしたのだっ!
「なっ、……」
その言葉の意味を理解した騎士団の顔。
それが、憤怒に代わるっ!
「なっ、なめるなーっ、傭兵っっ! 貴様ごときが神の土地で活躍するなどとっ」
「おごるのもいい加減にしろっ、低能の分際でっ! この〝フリっティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟風情がーっ!」
神に関する言葉を口にしたとたん、聴衆の目の色が変わるっ!
大多数の観客が今にも、ジキムートに殺到しそうである。
「やはり――。あの男」
ヴィエッタが険しい顔になる。
「どっ、どうかしたのか、ヴィエッタ?」
「いっ……。いえ」
その顔は、レナとの確執をずっと見てきたはずのシャルドネですら、『異変』だと認識するほどである。
ヴィエッタはその後も、じっとジキムートを見つめ、何やら考え込んでいた。
「じゃあ騎士団ども、直接俺にかかってくるか? どうだ。ど・う・な・ん・だ・よっ!」
剣を高々と掲げ、挑発する傭兵っ!
その姿に騎士団が……っ。
静まり返る。
「初めはそういう話だったもんな。なんだったら今から100回、連戦と行こうぜっ! ほらほらっ」
わざと大きな素振りで、騎士団を煽り立てるジキムートっ!
それは意趣返しでもありそして、自分を大きく見せるためでもある。
功績の強調はこの場では必要であるし、最低限の戦争のマナーだった。
この程度もできないなら、戦場へはおもむけない。
「くそ……。薄汚い娼婦の子め」
「捨て子っ。この神の捨て子ごときがっ!」
口々に悪態をつくも、誰もその場から動けなかった。
何せ、ジーガを転がす男だ。
まともではない。
逆に傭兵は、それを知らしめるために、魔法士ではなくジーガを壊そうとしたのだ。
「……」
静まる会場。
どうやら戦わずして、信任を得たようだ。
同意のない信任を。
「よろしいんじゃありません? 試験は問題なくパスしました」
あきらめたようにレナが、ペッとブドウの皮を吐き捨てながら言う。
実につまらなそうだ。
「……」
「良いだろうジキムート。お前を神の水都〝ディヌアリア″への派遣を認める」
ジキムートに向け、2階のベランダから大声で、シャルドネが宣言したっ!
「おっし。これで結婚相談――。もとい、俺の世界を知る奴と会えるっ! これが還る為の一歩目だっ!」
実質の完全勝利。
ジーガにしろ、馬鹿にしてきた騎士団に対しても、だ。
そしてこの勝利は、全てにおいてジキムートの、最低条件でもあった。
(ヴェサリオへの裏道。そいつを知っているのは神だけのハズ。神への道、それが最もリスキーでそして、最短で確実だからなっ。待ってろよ、クソッタレの神様っ! お前の足、バッチリ舐めてやるぜっ。)
彼は、この世界から還るための最重要人物に、思いをはせる。
「人間は嘘つきだ……。俺みたいにな。でも神様は、嘘はつかないよな」
少し、自身の言葉を自嘲する傭兵。
そんなわけがない……、と心の中で思っていた。
だが単純に、会ってみたくもある。
『人を愛する神』なぞという生き物に。
「よし、頃合いかっ」
影が叫ぶ。すると……っ!
ビシャっ!
「ガヶっっ!?」
いきなり倒れていた〝ジーガ〟に、閃光が走ったっ!
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