第34話 傭兵の装備。
「あっ、そうそう。これ……。もう逃げる事もないだろうって」
袋を渡してくるケヴィン。
それはあの、城の牢屋で尋問を受けた時に広げられた物だ。
「おぉっ!?」
叫ぶとジキムートは、すぐに袋を漁り、塩漬けの非常食を見るっ!
「食われてねえ。良かった~ぁ……」
半泣きになりながら、袋の中身を確認するジキムート。
「そっ……、そんなにその干物、良い味するんですか?」
それを奇怪にみるケヴィン。
「あぁ……。まぁな」
笑ってそそくさと、ソレを隠した。
これは切り札だ。
誰にも渡せない大事な大事な、秘密の兵器。
「対戦者、入場っ!」
ジャーンと鐘の、けたたましい音が耳に響くっ!
「じゃあ行くわ」
「えぇっ。頑張ってっ!」
可愛く腕を、わきわきと羽ばたかせながら、ケヴィンが見送る。
そしてジキムートが……。
その決闘場へと歩きだした。
「ねぇ……。世界の果てを見に行こっか、ジーク」
「もぉ来ちまったよ」
「えぇ~、ひどくな~い? 私は私は? ねぇ」
「じゃあ待ってろよ、イーズ。良い子にしてな。また問題起こすんじゃないぞっ!」
「へへ~」
「なんだよその顔……。ふふっ。絶対迎えに行くからよ」
彼は幻影と……、グーたっちする。
確かにそこに、彼女はいた。
「うっしゃあああああっ!」
雄たけびが響き渡るっ!
その気合に一瞬にして、場内のはやし立てた声が静まり返った。
『キスして』。
男の〝ケツ″絵にそう書かれた、横断幕を持った騎士団員の手が、止まる。
「まぁでも、よ。俺は傭兵だ。やれる事以外は、やんねえけどさ」
そう言って気合を入れた傭兵が、試合の中心。
庭のど真ん中へと歩きだす。
「……どうかね、彼は」
「ふん、威勢だけではねぇ。所詮傭兵じゃない?」
シャルドネに聞かれたレナが笑う。
彼女はつまらなさそうに、そこに置かれたブドウを指でつまみ上げ、皮をむき……ひと舐めする。
その場所は2階のテラス。
最も良く戦いが見えるし、安全。
彼女ら以外の他に、数名の限られた給仕と執事の姿。
そして、最も信頼のおける戦士だけが居た。
「……」
「そうか、やはりあまり期待はできんか。あの体格では、攻撃力も防御力もそれ程、抜きん出たもんじゃないだろうよ。団長、奴は特に、変わった装備はなかったのだろ?」
「軽い鎧、でしょうかね。驚くほど軽いが……。強度はそれほどでも。後はナイフが特殊に加工されていました。どうやらナイフの扱いがかなり特異と言うか、特別なのかもしれません。しっかりと鎧の上に、ナイフの山を装備しています。その数は10を超えている」
答えたのは、フルプレートに身を包んだ騎士団長。
兜の下に隠れている素顔には、険しい表情が浮かぶ。
顔には他にも、複数の傷が見えた。
この騎士団の中では異様。
殺気をちらつかせた男だ。
「鎧にナイフ……か。ジーガを倒す役には、立ちそうには無いが、な。他には? 例えば、ふむ。剣はどうだ? 主なる武器が、バスタードソードだと聞いた。見た事ない装飾がされていると、報告されたが……」
「剣も残念ながら。何度も試し斬りを行いましたが結果、普通だろうと」
「普通、か。だがバスタードソードなぁ……。それが信じられんな。その程度では戦場では、役には立つまい。せめてトゥーハンデットソード位を持っておらんと。フルプレートの兵をどうやって、相手するというのか」
バスタードソードの刃渡りは。大体90センチ位。
一般的に想像される、中世の剣であるブロードソードが、7・80センチ。
バスタードソードの方が少しだけだが、長めになっている。
しかし、トゥーハンデットソードのような、1メートルを超えた物ではない為、威力はさほど期待はできないだろう。
その為、全身を甲冑に包まれた精鋭を前にすれば、太刀打ちどころか逃げ回る他ない。
「はい、おっしゃる通りです。しかしながら他に、特段お耳に入れておくべき何か。奴がジーガに太刀打ちできるような、特別な物はないかと。――あっ」
「なんだ? 何かお前さん……。騎士団長たるおぬしが気になる事、それは全て申せ」
「いやっ……。その。剣が新品だった事が気になったのですが……」
「新品? 何かおかしいのか、それは? 気に入らなくなって買い替えたとか、単純な理由しか思いつかんな」
「それならば良いのですが……。傭兵は大体が、戦場の盗掘などで代替品を探します。そうなれば新品とはなりえない。奴はもしかすると明確に、何かの理由があって、剣の寸法や重さを規定しているのかもしれない、と」
「まぁ浅ましいっ。戦場で盗掘などと……。英霊への礼儀も無いなんて。所詮薄汚い傭兵モノねっ。だけれど、それならそう……。敗走したから拾えなかった。とかじゃないかしら? ふふっ」
黒の髪を指でグルグルと巻き、笑うレナ。
「五体満足で剣を失くす事態に陥るなぞ、滅多にありません。他に主だった主武器。例えばハルバードや、戦斧がある訳でもない。その男が剣をおいそれと、手放しますかね?」
「もしかしたら、戦場から逃げるため必死過ぎて、分からなかったとかじゃないの~。鎧も軽い上に、フルプレートの騎士と戦う気概がない」
「そ――。いえ」
レナの言葉に騎士団長が何かを言いかけ、口を閉じた。
「これは要するに、生き残るのだけ。それだけ上手だって事よ。ただそれだけ。つまらない男ね。これじゃあ、ふふっ。戦争で功績は上げられない以上、騎士団では不合格よ」
会話に飽きたように笑うレナ。
戦術的な話を、貴族の奥方にしても、無駄であることは多分にある。
「確かに、そう考えると合点がいきますね。ただ奴からは……。そう、戦場の臭いがします。それが気になる」
騎士団長は何やら、ジキムートには慎重だった。
それが野生の勘、という奴だろう。
「戦場の臭い、ね。ふー……ん。あっ、そうだわローラっ。頼んでおいた物を」
そういきなり叫ぶレナっ!
そうすると……。
「……」
ローラと呼ばれた庭師。
ヴィエッタの横にぴたりとついていた、ツナギの女。
それがゆっくりとレナのほうへと歩みを進めていく。
その様子を凝視するヴィエッタ。
「はい……」
そして、レナのそばにつき淡々と……、報告を読み上げた。
「戦力的には、我が方が十分勝てます。少し見た程度ならば、ですが。しかし、相手は傭兵。どんな姑息な手を使ってくるか分からない。あなどってはいけません。あの者の素性はいまだ、不明ですから」
「あら……。そうなの?」
レナはヴィエッタに笑いかけ――。
ツナギの女、ローラに話を促した。
「はい、傭兵に詳しい者達にあたりましたが、一切の情報がありませんでした」
「素性不明……ね」
レナはその目を、ジキムートに向ける。
「それに装備についてですが。この男の装備は明らかに、何かがおかしい。魔法を使うそぶりは無いのに、魔法を使う事を前提にしている様子がうかがえる。持ち物に盾がない。それが気になります。気持ちが悪い相手ですよ」
今まで無表情だったローラの顔に、疑心の色が浮かぶ。
バスタードソードには普通、盾が付き物だ。
「どちらにしろ、今日ではっきりと分かりそうかしら? 今日で……ね」
ほくそ笑んだレナ。
「……」
そのレナの顔に、あからさまにヴィエッタが、嫌悪の念を浮かべる。
「ああ、そうそうヴィエッタさん。お客様に手違いがあったそうね?」
「……。何でしょうか?」
突如話しかけられ、少し間をおいて応えるヴィエッタ。
美しいブラウンの髪を揺らして、レナへの注視を離す。
「どうやら、会食を行うと伝えたそうね……。ロベルト・ヘングマンさんと」
「っ!?」
驚きの顔を隠せないヴィエッタっ!
思わず顔がゆがみ、そして、ローラを見る。
「私はその日、空いてなかったの。だからわたくしが大丈夫な日、その日に変えておいたわ」
「そっ、そうですか。行ってらっしゃいませ、お義母様」
なんとか体裁を整え、すぐさま絞り出す応え。彼女らはお互いに目を合わせずたんたんと、目の前を見るよう務めた。すると……。
「それでは私は……。〝掃除″に戻ります」
「えぇ」
レナは掃除係に上機嫌に答えた。
「あら、じゃあ、私の部屋もお願いするわローラ。本気で……ね」
ヴィエッタも、ローラに告げる。
「……」
コク……と首を振り、ローラは重い扉をあけ放つ。
そして、掃除係が扉の先へと消えると、薄ら笑いを上げた2人。
そう、レナとヴィエッタ、双方が笑ったのだ。
「……」
足音がしない。
まるで足が無い、『幽霊』のように女が歩く。
黒髪を揺らし、一人進むその道。
階段に差し掛かるといつの間にか、女の姿は消えていた。
残ったのは、漆黒の獣の影。
「イエス・マイマスター」
ナイフを取る獣。
「配置につきました」
「……狩りを始める」
虚空に言葉を投げた。
するとその言葉をくわえ、影達が一斉に走っていくっ!
――。
一瞬後にはもう……。
木立のざわめく声だけが残っていた。
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