第33話 ジキムート。還るべき故郷と、姉弟。

「さて……。やるか」


そう言って代理決闘者、ジキムートは席を立った。


「絶対。無理をしないでくださいねっ。殺したりはしないハズなんでっ!」


「ふっ。どうだかな」


ケヴィンが力説する中、まばゆい陽ざしに目をやる。


今彼は、久しぶりに心地よい朝を迎えれて、上機嫌である。



「あ~、しっかしお前のめし、うまかった。ケヴィン、騎士団なんてやめてコック目指せよ」


ジキムートは今朝と昼、ケヴィンが作ってくれたシチューの味をいまだ、忘れられないでいる。


「あはは……。あれだけは得意なんですよね」


ケヴィンはあまり、自分が望まないスキルの高さに困惑しながらも、喜ぶジキムートの顔を嬉しそうにみる。


すると、ジキムートがやおら立ち上がり、通路の先に広がる外の様子を伺った。


「おうぉう。大盛況だな」


少しだけ見える、小さな通路の先の風景。


それを見やると、今か今かと待ちわびる人々が見えた。


それに、近づくだけでここまで他愛もない、人々の話し声が聞こえてくる。


内容はまぁ……、賭けの話とか、そんなくだらない話だ。


「一応、市民には非公開ですけど。城に仕えてる人たちは全員、来れる人はほぼ全員来てますよ。副団長さんと、その一団の方達だけじゃないですかね? 来れてないの。残念ですけど、街の警備がありますから」


「へぇ、良いね良いね。決闘裁判はそうじゃねえとな。腕が鳴るじゃねえかっ。へへっ」


どう……無様に負けるか。


それを見に来た観客に、舌なめずりするジキムート。


決闘裁判は、傭兵にとっても良い稼ぎ場なのだ。


よくこういった場所に来ていた。



「でもほんと、勝てないですからっ。どうあがいても」


「……。らしいな、知ってる」


実はジキムート、あの1時間いなくなった昨日の夜。


ケヴィンに保護されるまで、情報を調べまわっていた。


その時知った言葉を思い出す。


(軍部肝いりの元主力……か。確かえ~っと、耐魔法に耐物質がかかってる、だっけか? 耐魔法は今は、俺にはどうでも良い。だが、耐物質の『中身』だわな。確か、トゥーハンデットソードの攻撃が2回くらい入らないと、傷がつかないとかなんとか)


トゥーハンデットソードとは、長大な両手剣である。


大人の男が両の手で振り下ろす、鋼の武器。


それをジーガとやらは、1度は完全にしのぎ切るわけだ。


普通じゃないのが、手に取るように分かるスペックだろう。


(攻撃力も高くて、フルプレートの兵を殴って、3分でボコり殺すんだとか。そんでもってスピードも速く、知能も高い。主人に完全に従順。ここまで言われると、今の俺には到底勝てないな。最低でも、魔法が使えりゃ別だが。)


自分の魔力回路。


タトゥーで焼け焦げた跡を見る。


今はただの、本当にただの、入れ墨の跡となってしまっていた。



「魔法は使えねえし。更にこの……、動きにくい盾。ふぅ、最っ高。どうしたもんかね?」


傭兵の左手にはいつもはつけない、見慣れない物が1つ。


盾だ。比較的小さめの、鋼の丸盾。


(こいつは厳しいぜ。体のバランスがおかしい。)


鎧の留め具をつけながら、ジキムートは考える。


盾なんぞという異物を普段、つけなれてないせいで、体のバランス感覚が非常に不安になっていた。


だが、魔法が使えないハンデを少しでも、埋めなければならない。


結果、妥協のスモールシールドだ。


「ジキムートさん、そんな軽装で良いんですか? ほんとにっ!? これ……。ジャイアントグレートシールドも……っ。うぅ重いっ。あっぁっ。助けてっ!」


直径約、1メートル50センチ。


人間とほぼ同じ背丈を持ち、太く頑丈で頑強。


しかも幅広のそれは、矢が飛んでこようが魔法が飛んでこようが。


ハルバードで突こうが殴ろうが……っ!


人を完全に、危害から守護する為の大盾だ。


その重量に押しつぶされそうになりながら、ジキムートの為に持ってきた盾を見せてくるケヴィン。


わざわざ倉庫から担いで、ここまで運んで来ていた。


きっと気が変わったら……と。


「いや、良いよ。俺はこれで勝って見せる」


留め具をぱちり……と止めながら、片手でそのデカくて威圧的なシールドを持ち、挟まれたケヴィンを助けてやるジキムート。


「ふぅ……ふぅ、はぁ。勝つ……ですか? どこからそんな自信が? 相手は王家御用達の、猟犬ですよっ!? たくさんの戦線を超え、改造されてきた魔物だと。そう騎士団長までもが言ってますしっ。」


「まぁ所詮、噂だがな」


青ざめているケヴィンとは対照的に、今から戦う傭兵は案外、楽観的である。


「値段もとんでも無いって聞いてきましたっ。なんと、100枚以上の金貨だそうですっ! それでも貴族の方たちが率先して買おうとする程の、戦術破壊兵器なんですよっ」


一騎、3億円。


それでも買い手がつくのはやはり、商品に価値を見出すからに他ならない。


傭兵が一人頭500万で雇えたとするならば、60人分の働きをする事を期待されている訳だ。


一傭兵で抗うべき相手では、決して無い。



「どんだけ強かろうと関係ねえ。俺はどうしても、帰らなきゃいけねえからな。だからこそ、自分を信じるだけさ」


淡々と言い放つジキムート。


そこには何も――。


そう、興奮も焦りもそして、恐怖すらも感じない。


「帰る? 村は無いって、言ってませんでしたっけ?」


ケヴィンが初めて牢獄で、傭兵の出自を聞いた時。


その時確かに彼は、〝帰る村は無い″と答えていた。


「あぁ。でも、帰る村は無いが、帰る場所はあるぜ」


「場所……。ってそれは、村ではないというだけですか? えぇ……そんなぁ。嘘つきじゃないですかぁ」


「ふふっ……。そうだ、嘘つきだよ。俺は」


ジキムートは膨れるケヴィンの顔に笑い、鎧をひもで止めた。


自分をからかう余裕を見せる、傭兵。


それにケヴィンが少し、言葉のトーンを落として聞く。


「ふぅ。ほんとに、あなたが分かりません。歴戦の傭兵なのか、それとも……。怖気づいた小心者なのか。なんとなく、騎士団長にも似てるんですけどね」


「騎士団長?」


「えぇ。ここで唯一と言っていい程の、名の通った騎士様です。なんでも前は、他に仕えていた方がいて……。でもその方が亡くなったせいで、ここに来たとか」


「鞍替え組、か」


主君が変わる事はざらにある。例えば親の代から子の代へ、など。


他にもたくさんあるが、それを快く思わない者は、ほかの君主をあたるしかない。



「無口ですけどすっごく強くて、〝ジーガ″を一人で対応できるんですよっ! まぁ勝てはしませんが。それでも十分にすごいっ! それに何より唯一、傭兵受け入れに賛同してる騎士でもありますし。故郷を守るにはそれ相応の覚悟がいるって、いつも悲しそうにおっしゃってるんですよ」


(あぁ、敗残した騎士な。一皮むけちまった奴だ。名誉を捨てれるくらいにはヤバいって、理解したんだろうぜ。地獄になるのも、珍しいわけじゃねえからな。)


戦争が始まれば、どちらかの領主の命が尽きるまで戦う事もある。


負けてそれでも、生き残った者。


その目の前には当然、生まれ育った場所を蹂躙した敵だけが、残ってしまう事になるのだ。


隣に住んでいた小さな、居眠りおじいちゃんを殺し。


迎えに住んでいた、いつか都に行きたいが口癖だった、妹分を犯し。


そして、自分が仕えた主人。


共に剣の道を競った、仲間。


それを1か月もの間、城門の前に無様に首をさらさせ続けた敵。


それと契りを交わすというのが、人間心理として難しいというのは、分からないこともなかった。


「……」


傭兵はそのケヴィンの言葉に、考え込む。



「それで、ジキムートさんは帰って、どうするんです? その街だか山小屋だかに帰るともしかして、奥さんがいたりとかですか?」


唐突に質問が来る。


考えてた事をまとめながらジキムートは、ケヴィンに答えてやる。


「あぁ、俺か? 税を。責任持って、税を払うのさっ」


「ぜ……、税って。税金ですか? 領主様や教会に払う……。あの?」


「そうだ。俺は無事帰って故郷で、税金を払うんだよ」


目を白黒させるケヴィン。


彼。ジキムートは決して、領主に従順な人間には、逆立ちしたって見えない。


それがなぜか、税の話を気にかけている。


すると補足するようにジキムートが、ポツリ……とつぶやいた。


「姉への、な」


「あっ!? もしかしてお姉さまは、領主様に見初められた方とかですか? それとも神父様と結婚なされた方? 4柱神様で、あり得るとしたら、ダヌディナ様かサラシナ様か……。ま、まさか、ね? よもやヴィキ様っ!? でも貴方のお姉さんなら……」


ケヴィンの汗が一目で分かる程、吹き出ている。


そして、ジキムートにおずおずと聞いてきた。


「えと、もしかして。ヴィキ様のあの厳格さの下で、結婚されたお姉さまですか?」


ケヴィンがあり得ないと言った顔で、ジキムートの顔を覗いて来る。


「んな訳ねえ」


火の神ヴィキは非常に礼節と高潔、それに知性を重んじる。


そのせいで、結婚のハードルはこの上なく、完全に飛べないと思える程に高い。


「じゃあダヌディナ様の神父様か、サラシナ様の神父様ですね? どちらですか?」


逆に、水の神ダヌディナならば、事と場合によっては一夫多妻もありえた。


また神父になるか、神婦なのか。


それとも混在なのかも違う。


なのでケヴィンが、神父と結婚もあり得ると思ったのだろう。


「いんや……。全然普通の一般だよ」


その言葉にもう、何がどうなっているのか分からないケヴィン。


「ん~……。税。税ですか……」


「税は他にも払うんだぞ。兄弟達にも、な」


「ご兄弟にまでも……、ですか?」


ジキムート、彼には兄弟がたくさんいる。






「ほら……、出すんだっ!」


「なんだよ」


「お前があの神父からガメた札束さ。あれは祈りの為の物で、豊作を呼ぶ儀式に使う物なんだぞっ」


「なんでお前、分かった。きちんとスッたのに。……でも神父はラグナ・クロスは入れれないんだろっ。あれはまがい物の神父だっ。人を騙す悪党なんぞに、返す必要なんぞねえよ」


「……そうだよ。あのおじさんは、まがい物の神父だ。比較的本気でヤバい人なんだよっ」


ラグナ・クロス。


ラグナロク柱からの魔力供給パイプは、聖者は入れてはならない決まりになっている。


だが……。


「でも、そんな事言ってらんないんのさっ! 生きるってことは、つらい事なんだ」


この時齢10程度。


小学3・4年の男の子は、人生を理解していた。


その神父がろくでもない人間だという事も、そして……、自分達はもっと、どうしようもない状況なのも。


「ふんっ、じゃあ俺は可哀そうな子供だ。親父は殺されて木に吊るされ、母さんは強姦されて売られた。良いじゃないか、可哀そうな俺に施ししてくれたと思えば」


「……。そんな事していると、姉さんに捨てられてしまうぞ」


「別に来たくて来たんじゃねえよ。また戻る場所はきちんとあるっ!」


その言葉にやれやれといった感じで、ため息を吐く少年。


そして、聞く耳を持たないその男の子。


年は9歳くらいだろうか?


ボロボロの長袖を着た男の子を、説得するのをやめてしまうジキムート少年。


そして振り向き、少年は昼のご飯の用意に取り掛かった。


そこにある野菜、重さにして10キロを、処理し始める少年。



「ねぇ、ジキムート兄ちゃん。ごはん手伝うよ……」


「あぁミザリー、頼むよ」


「うん」


笑った少女が、食器棚へと向かい……。食器を出し始める。


「おっ、おい。おいおいおい……。無理だぞっ、そのガキっ! そいつ……。うぇ……きたねえ」


男の子はその光景を見て、口を押えるっ!



バキッ。



それを聞いた瞬間、ジキムート少年は即座に、迅速に殴り倒したっ!


「ぐぅ……」


「お前さっき、自分は可哀そうだといったな。施しを受けるべきだと。だが……。じゃあお前は、ミザリーより恵まれてる。何を施すんだ。両腕のない彼女に、何を与えるっていうんだっ!」


「……」


ミザリーと呼ばれた少女。


彼女は口で皿を並べていた。


ヨダレをつけながら、だ。


だが、それを気にするものはここにはいない。


それは優しいとか愛されているとか、そう言う〝次元″でもない。


なぜなら……。


「恥ずかしいと思わないのか、自分を。誰か他人にだけ、高潔さを求めるだけの自分なんて」


「……」


「自分は恵まれてないから何かをしてもいい。自分には何もないから、与えられるのが普通だ。そう言うならお前、お前よりはるかに恵まれない奴が目の前にいたら、お前は何をしてやるっていうんだっ!?」


「……」


男の子は答えられない。


「誰かに高潔さを求めるなら、お前が信じた奴だけにしろっ。自分への言い訳に使ってるだけなら、こっから出ていけっ! そんなの誰もいらないんだよっ! 他人に高潔さを求めるより、誰かに頼らず生きてく事を目指せよっ!」


「うぅ……」


男の子はその……、握りしめたタトゥーを放した。


やれることを、やらなければ。


ここはそれが全てで、それが唯一。


「盗みはもう、しないよ」


「それは……どうかな?」



馬乗りの状態で、首をかしげるジキムート。


そうすると……ドタドタッドタッ! と、音がするっ!


「あぁ……。来たぞ、姉さんが。ココの主が」


「よーしっ、メシだーーーっん!」


「姉さん、この家建付け悪いんだから……。あんまり走らないでよ」


「ははっ、小賢しい」


バシンッと、弟の頭を殴る少女。


まだ若い。13・4そこらだろう。


だがこの家の、立派な主である。


「いたた」


「それでその、下水マンはどうしたぁ」


「……さっきトゥエンティーにしようって、言ってなかった?」


「えっ、何それ……? すっごい、良い名前じゃない。可愛いけど。ティーがほら……。ティーが、ね」


下の兄弟たちに、ティーの可愛さについて語る姉。


「20番目だからね」


そう、彼は20番目の兄弟だ。


ここには12人しかいないが。


「ナイシュだ」


「あんたの名前、ナイシュって言うの?」


もぐもぐと……。弟に山ほどパスタを皿に盛らせ、むさぼりながら聞く姉。


彼女が止まる事は無い。


話をしながら何かをし、何かをしながら物を食べ、物を食べながら興味を引くものを探す。


マグロよりせわしない少女だ。



「ああ……。良いって意味で、ナイシュだ」


「何がやれんのよ」


ゴクン。


「盗みを……。やってた」


「くくっ……。ならさ。ここの領主、カツラだと思うんだよね。それ盗みに行こっか」


クーっと水を一息。


「ちょっ姉さんっ!?」


「あぁ。お安い御用さ」


「よっし、決まったっ。じゃあ下水マンと一緒に、貴族のカツラ取りだっ! あんたらは仕事しろ~っ!」


そう言うと椅子に……。


ボロボロの、ヘタクソな誰かが作った椅子。


ここにいる、いずれかの子供の手造りの椅子から立りあがったっ!


それに呼応するように、10人の子供たちが立ち上がる。


「よっしゃー、食え喰えっ弟に妹よっ!」


その一家の長の号令が飛ぶと、弟と妹達が適当に、一斉に座った。


そして即座に盛られた物にむしゃぶりつくっ! すると……。


「悪かったな」


そう言って下水マンはミザリー……。


いや、〝ドッグ″に謝った。


「うん」


そしてミザリーは、皿にあるご飯を食べ始める……。


まるで犬のように。


だが誰も何も言わない、助けなどはしない。






「いつか姉さんが、名前を憶えてくれるまでいれたら、家族になれた。それ以外は容赦なく捨ててくる。それがうちの掟。俺もどんなに汚くても、できる事をやる」


ジキムートはあの1時間で、逃げることもできた。


だが、ある事が気になって戻ったのだ。


やれそうな気がした。


それだけが理由。


彼は最後の、鎧の留め具を止めた。


「……ねぇその鎧。すっごい留め具、多くないですか?」


「あぁ。すんごい面倒なんだよ」


計16か所、ふつうに考えれば多すぎる留め具を、やっと止め終わるジキムート。

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