第36話 高級素人の騎士と、下賤プロの傭兵。

「おいで、ここです。ここにいます。あなたを裏切りあざ笑った神どもが。そこ、ここ、あそこにも、あなたの真なるいるべき場所がある。帰りを待つ者の声を聴け……」


「ぐっ……あっ!? 耳がっ。耳……が」


「なんだ――このっ。呪文はっ」


呪文が響き渡ると同時、きー……んと耳鳴りがしたっ!


騎士団だけならず、全ての観客は苦しそうに耳を押さえ、頭を押さえそして、崩れ落ちていくっ!


「なんだお前らっ!? どうしたってんだよ」


ジキムート以外は。



そして……。


「おっ、おい。ジーガが……」


ガリガリっ。


ガヶっ! ギューン。


何か、恐竜でもいななくような音を立て、先ほどまでいたジーガが『進化』していくっ!


腕は8本に増え、そして体が一回り程、大きくなっていくのだ。


「うぅ……。なんじゃあれは。止めろっ、ジーガを止めんかっ!」


少し楽になったシャルドネが、頭を振り、痛む耳を押さえて叫ぶっ!


「ジーガっ! 眠れ眠れ。我が子守歌を聞け。そして神の安眠を受け入れよっ」


必死に立ち上がり、魔法士が眠りの歌を届けようとする。だが……。


「……」


「なっ、なぜだっ。なぜ魔力が抜けないっ!?」


「ぼさっとすんなっ。危ねえっ!」


「えっ?」



サンッ



ドサッ……ドトト。



魔法士の頭が、地面を転がっていく。


「なっ……」


「きっ、きゃあああっ!?」


メイドののけたたましい声が響いたっ!


「ガゲッ」


悲鳴が響く中、〝進化型ジーガ″が軌道を変え、後ろに居た〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″を襲うっ!


「うっ、うわぁああっ」


八足歩行のクモが、一気呵成に迫り……そしてっ!


グシャッ!


「ギャアアっ!?」


逃げ惑う蒼の者の心臓を、一突きっ!


苦しみもだえる聖典の守護者。


「ガゲゲッ。ゲヵっ」


ザスッ!


トドメに、蒼の者の頭を切り飛ばしたジーガは、返り血を滴らせ……。


ゆっくりと回頭。


品定めし始めたっ!



「おぉっ!? おいおい向かって……っ。コイツ俺らに向かってくるぞっ!?」


聴衆が恐怖に包まれるっ!


放心状態の騎士団を背に、ジキムートと騎士団長が――。


「おいケヴィンっ! 気をつけろっ。どこかに敵が隠れてんぞっ!」


大声でケヴィンの名を呼び、警戒を促すジキムートっ!


「お前たち慌てるなっ! 陣形を、防御の陣形を取れっ。本体がどこか近くにいる……、はず」


目を周囲に這わせながら、騎士団長が指示を飛ばすっ!


2人は探している。


ジーガが猛り狂う音。


逃げ惑う給仕に執事。


その中、わずかな殺気が匂う。


「どっからか、敵が見てる」



ヒュンッ!



すると殺気が……。やぶの中から降り注いだっ!


「クッ!?」


「シャルドネ様っ!」


ジキムートは後ろに退くっ!


ケヴィンと騎士団長が、シャルドネをかばったっ!


「ギャッ!?」


「ウアァツ!?」


放射状に放たれた銀閃の余りは、騎士団どころか、その場にいたメイドや執事たちまでもを襲っていくっ!


「ぐぬっ……。騎士団長。それに……。お前」


「良かった」


悲鳴が響く中、2人はしっかりと優先順位を理解し、なんとかシャルドネんの命を守れていた。


しかしケヴィンが叫ぶっ!


「団長っ、後ろ!」


「ふんぬっ!」


いつの間にか後ろにいた黒づくめっ!


カンッ!


ナイフの一閃を、剣で受け止めた騎士団長。


(太刀筋が……。アサシンかっ!)


クルリっと、騎士団長が持った剣を起点に回転し、大地に立ったアサシンが笑う。



「アレを避ける、か。さすが戦場巧者、騎士団長。仕方ない――」


言葉が聞こえた刹那、消えた。


「……っ!?」


アサシンが消えたのだっ!


そして次の瞬間にはすでに、騎士団長の後ろに現れるっ!


ザスッ!


「がっ!?」


ナイフが鎧の継ぎ目。


ワキの部分に差し込まれ、騎士団長は息を漏らすっ!


「騎士団長っ!」


ヴィエッタの顔色が蒼く変わり、手を伸ばし叫んだっ!



「グヌヌッ。行け……っ。早く行け、ケヴィンっ!」


訳が分からないまま刺された騎士団長。


だが冷静に、後ろにいるアサシンの腕を掴み、ケヴィンに指示をするっ!


「ハッ……。そっ、そんな事っ! はぁ……はぁっ。ぼっ、僕も。加勢しますっ」


震える手で、腰に下げた小刀に指をかけようとするケヴィン。


だが……っ!


「騎士団として第一はっ!」


苦しみながらも騎士団長は、覇気を持って、ケヴィンに詰問したっ!


「うぅ……くっ。シャルドネ様っ、ヴィエッタ様方。逃げてっ!」


「そっ、そうじゃ……。逃げろっ! 全員避難しろぉーーっ」


その声に一目散、シャルドネ一家は自分の屋敷に逃げ込む。


一家は階段を転がるようにして、大広間へとっ!


ケヴィンは口惜しそうにシンガリとして、そのテラスのドアを握るっ!


その時っ!


「ケヴィンっ! 無茶すんじゃねえぞっ! おめえはしゃしゃり出んなっ!」


「行けっ! ケヴィンっ! しっかりシャルドネ様を守ってくれっ!」


ジキムートと騎士団長。


相反する声が響く。


その言葉を聞きながらケヴィンは、扉を固く閉めて、追いかけた。


2人を置いて。



「くっ……。しぶといっ」


アサシンは、捕まれた手を振りほどこうと、体を揺さぶるっ!


「ケヴィン、よくやった……。今度は俺だっ。騎士団の誇り、なめるなよっ!」


騎士団長が吠え、後ろのアサシンにっ!


「騎士団の誇りとやらはどうしたーっ! お前らしっかりと戦えっ! 陣形を取るんだよっ」


ジキムートは、混乱する騎士団員たちに向かって、声を荒げるっ!


しかし、陣形をとろうにも、何をすべきかわからず、右往左往するだけの騎士団員達。


「おっおいっ。こんな時は確か、場を離れず……、だよなっ? えっ、持ち場ってどこに行けば良いんだよっ!?」


「知るかっ! それは籠城の時のマニュアルだ、あほっ。だが、騎士団長が言ったのは防御の陣。防御の陣って確か、中央が必要だろっ! 誰を起点にすんだよっ!?」


「騎士団長も居ない、副団長は……、外だっ! えと……。誰だっけ次はっ。どこに集まれば良いんだっ!?」


愚にもつかない事を、口々に言う。


自主性がないのか、経験に浅いのか……。


兎にも角にも、命令系統が完全に壊れてしまっている彼ら騎士団。


「馬鹿野郎どもめ……。考えてる時間なんてねえよっ。戦場は動いてんだぞっ! くそっ、このデカ物め、さっきより早いじゃねえか」


手当たり次第、壊しまくるジーガっ!


足が増えて機動力が上がり、動き回ってくる。


それに――。



「あぁ俺っ、鎧つけてないっ! どどっ、どうしよっ」


「くっ、馬鹿っ! あれほど気を抜くなって、騎士団長から言われて……。あっ、あぁーっ!?」


ザスっ! グザッ!


次々と騎士団員を、血祭りにあげていく破壊兵器っ!


鎧をつけていようと付けていなかろうと、同じだ。


両者、串刺し。


鎧の上からでも串刺しになり、殺され、捨てられる。


これだけで攻撃力は、相当なものだと分かった。


「お前ら、なに及び腰になっているっ! 俺らは〝無敵″の騎士団。攻勢にかかるぞっ。炎の比翼の陣だっ!」


勇敢に立ち向かおうとする騎士団員もいる。


あのザッパとかいう、煽り魔だ。


その声に呼応し、少数の騎士団員がザッパに続こうと、勇敢に前に出たっ!


「やめろっ!」


嫌な予感にジキムートが叫ぶっ!


だが、聞く耳など持つはずがない。



一気に、大きく羽を広げるように騎士達が広がる。


先頭がジーガを追い、あとが続く陣形を構成。


そして、遠隔から火の魔法で距離を詰めつつ、突っ込む騎士団数名っ!


「撃てぇーーっ!」


シュボッ! シュボシュボっ!


幾筋の炎が、ゴーレムを襲うっ!


「ガヶっ!」


だがしかし、その陣形は一瞬で蹂躙された。


「何っ!? この弾幕で突っ込んで――」


ジーガは一気に、魔法を一身に受けながら中央突破っ!


そして……。


「ぐぇ……え」


ボギギっ。


あっという間にジーガの腕にさらわれ――。


首をへし折られるザッパっ!


「ゴーレムは、面倒な相手なんだよ馬鹿がっ!」



ゴーレムが怖い理由は、耐魔法や、耐物理という事ではない。


一番の恐怖は、ゴーレム・ジーガには、痛みという感覚はない。という事。


炎や氷といった物でけん制するのは、完全に無駄である。


歯牙にもかけてくれないのだ。


それに、一撃で殺されれば、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″の意味もなかった。


「ギギィッ!」


ズザザっ。


首を折ったザッパを捨て、ジーガがまた火の鳥に向かう。


「ぐあぁっ……」


むしり取られる鳥の羽。


それを繰り返し繰り返し……。


ものの1分で、6人を殺して見せる殺人兵器っ!


「そっそんな。ザッパがあんな簡単にっ!? こんなの勝てる気がしねえ……」


「魔法で傷一つつかねえじゃねえかっ。うっ……。だっ、誰かっ。あれを止める方法知らないのかよっ!」


その軽率な敗退行動は、全員に恐怖を植え付ける事になってしまったっ!


そこにいた、50名を超える騎士団員が、〝必要以上に″及び腰になってしまう。



「あ~あ~あ~……。こりゃ駄目だぞ。ヤバい雰囲気だ。機動力には機動力。それか魔法で防御を固めるのが勝ち筋だ、ボケっ! しかも〝ヘッド″は今、絶賛お取込み中っ! 士気の低下も激しいってくりゃ……。やべぇ」


積み重なっていく、負の実績。


歴戦の傭兵には今、敗北への歩みが色濃く、感じ取れている。


〝戦場を読む力〟はいくさを続ければ自ずと、下士官でも養われるのだが……。


「傭兵の湯飲みに隠された黄金。そんな程度に、気を惹かれちまうような奴らが、戦場を知ってるわけないか。このド素人騎士達めっ! ちぃ、俺にも〝屁こき魔法〟が使えれば……。こっから逃げれるのによぉ」


魔法が使えれば逃げる。それだけである。その時……。



「こっちだお前らっ! 合流しろよっ!」


仲間を呼ぶ声。


大声が庭に向けて放たれたっ!


城の中。そこには先に逃げ込んでいた騎士団員が、仲間へと手招きする姿。


「おっ……。おぅっ! そうだなっ。いったん態勢を整えようっ!」


騎士団たちは呪文を詠唱して一目散に、〝こちらの世界の″屁こき魔法で逃げ込んでいってしまう。


ぶぶぶっ、ぶひーーっ。


次々と、風の音が響き渡っている。


その音がまるで、現代のバイクの排気音に聞こえるので通称、屁こき魔法である。


「ちぃっ。それを敵に使えって言ってんだっ! ダメだ、駄目だ駄目だっ! 戻れお前らーーっ」


ジキムートは取り残されていく。


だが取り残される事、それは逆に、彼なりの自己防衛だった。


逃げるタイミングがなかったと言える。なぜなら……っ!


「ゲゲガっ!? ゲゴっ」


「うわぁっ、こっちくるなっ!」


「くそっ。なんだこいつっ!? なんでこっちに来るんだよっ!」


ジーガが逃げる人間を率先して、虐殺していくからである。


次々と、背を向けた相手を殺害、無力化していくジーガっ!


せいぜい逃げれたのは3分の1。


虚しく死体の数を増やしていくだけになった。



「あいつらやっぱ、いつも通りの素人集団だわ。高級素人の騎士団様と、下賤プロの傭兵ってのは、世界を変えても間違いねぇなこれ。かぁ……ぺっ」


頭を掻き、騎士団に悪態をつくジキムート。


騎士団は所詮、その場限りの戦争しかしない。


仕える諸侯が温厚だったり、戦争を嫌ったりすると、一生戦争をしない場合もある。


それに比べて傭兵とは、戦地から戦地へと渡り歩くわけだ。


人を殺す場所から人に殺される場所へと、渡っていく。


その過程で戦術や生存方法を学び、『生き延びれた奴だけが生き延びる』。


この2つを鑑みて――。


あなたならどちらが少なくとも、強いと思うか?


「あぁ……。逃げてえ。ちゃちゃっと逃げてえよ~」


ジキムートが空を見上げた。



「ああいう逃走劇は1人・2人が、群集の中でやるから意味があるのであって、全員がそれをやってはいけない……。って、教えてあげなかったのかい?」


「その声……。貴様。そう言うことかっ!」


聞き覚えがある声。


アサシンの言葉に、目を見開く団長っ!


「騎士団長殿、あんたはまともみたいだが、あんたの部下は全く……。くくっ。てんでダメだね」


「黙れっ。貴様ローラだなっ!?」


なんとか背後のアサシンを投げ飛ばし、騎士団長はアサシンの――。


獅子身中の虫に問うたっ!


「ふふっ、さあね。だがせっかくの〝勝機″を捨てるなんて、全員不合格……かしらねぇ」


楽しそうにその、騎士達の死体を見つめるアサシン、庭師ローラ。


「くっ……」


その姿を悔しそうに見つめる騎士団長が、唇を噛んだ。


自分のふがいなさを悔やむ。



「誰……。いや、〝どちらの″お方の差し金だっ!」


「ふふっ……。それは、な」


言葉の途中、また、消えたっ!


ザスッ!


「がっ……!?」


首筋から噴き出す血っ!


「ガハッ!? ど……どうやって、こんな事をっ」


騎士団長には分らない。


全く魔法の予兆のない、瞬間移動のからくりが。


色のない魔法が今、彼を襲っていたっ!


「どこまで持つか。……くっ。傭兵。頼む……頼むっ」


孤立したジキムートを見る、騎士団長。


彼には確信があった。


おそらくジキムートが、キーパーソンになるという確信が。

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