第15話 「市場の原理」。それはその世界の命の原理。

「……どうしましたか? ジキムートさん」


「あぁ……アァァアアア」


ゾンビのような蒼白な顔で、ジキムートがたたずんでいた。


そして、残念だが白パンとは、私達がいつも口にしているパンの事だ。


よくある春の、パンのお祭りではウチでも、大量買いされてくる白いアレ。


それとか、妙な踊りで剛力なる力を持ちし勇者。それが踊っていた、昼食パックのアレの事。


昔はそんな物でも貴重でそして、高価だったのだ。


下等の人々は、ライ麦で作ったカッチカチのガッサガサ。


そんな鈍器のような物。


おそらく今それを、日本で浮浪者の炊き出しで出せば、人権侵害で炎上する覚悟。


それが必要なくらいまずいと噂の、黒いパンで我慢していた。


「あぁ……。神よ神よ。神様よ。あなたは一体なんなのさ」


もう、ジキムートは脱力しかない。


ここまでひどい格差が、神が居るか居ないかだけであるなんて、予想外だったのだろう。


「行かないん……ですか?」


「……。そう……だ、な。今はそう、行かなきゃ。そう……。そうそうっ! こ~りゃ楽しみだっ!」


これは本心だ。


神の恩恵とやらを見定めるには、市場が一番っ!


早速喜び勇んで市場の中へと、身を投じてみたっ!


その結果……。



「おっさん。それはグローブか。何の皮だ?」


「ルカリオンでさぁ。水はけがよく、水中戦にもってこいっ! たったの30銀貨っ!」


「超固そう。でも上手く柔らかそうにしなるな。しかもお安~い……。おい、そこのおっさん。このヘルムは……?」


「おっ、旦那ぁ。よくお気づきで。滅多にみられない珍品。北方民の防具だよっ! 熱に強くて軽量、しかも脱ぎ捨てやすい」


「最高だ。うんクレ。アイツが支払うから」


「支払いません。支払いませんから~っ!」


次々に目移りするジキムートっ!


とりあえず、全部欲しいと思える位の珍品の山がずらりと、並んでいたっ。


(ルカリオンに、北方ね……。見た事も聞いた事も無いモンスターと、工芸品だ。しかも、総じて物が安いぞっ! それに、それにーーーっ。)


「はい……。一個5銅貨ねっ!」


「おうサンキュっ!」


その、フランクフルトのような焼けた物体。


大きさから言って大体、自分の世界では10銅貨くらいだろうか?


なんとも旨そうな臭いを漂わせる。


(食事も安いっ!? これが……。コレが本当の神の恩恵なのかっ。うちの世界のはやっぱり、偽物だったんだな。偽物めぇ……。偽物めぇっ! 帰ったらブチ殺す。)


ラグナロクを誓う傭兵、ジキムートっ!


彼はきらきらとした目で、出店を見てまわる。


そこは彼にとって、ワンダーランドのようだった。


その反面、自分達の世界の神への怒りが、増幅し続ける。


そんなサイクルが、成り立っていた。


彼の心の中で、答えは出そうだ。


そう……。俺の神様シブチン。



「次はあっちだっ」


「もう、はしゃぎ過ぎですよぉ」


ケヴィンが、急ぎ足のジキムートを追いかける。


その人だかりに興味を持ち、地元の子だろうか?


子供たちも楽しそうに、覗き込もうとしている……が。


「ダメよっ、この市場に入っちゃっ!」


母親達が大急ぎで、その子達を引きはがした。


当然だろう。


今でいうところの、金物と刀剣(物理)即売会だ。


とても、子供に良い雰囲気ではない。


時折、子供が喜びそうな土産物も、売ってはいる。


だが、ゴツイおっさんと、目の鋭い魔法士が闊歩するそこ。


そんな場所に、一般通行人への配慮など微塵もない。


何をしでかすか分からない雰囲気が、充満していた。



「結構混んでるよな、やっぱ。盛況盛況っ!」


その、何をしでかすか分からない筆頭たる傭兵が、楽しそうに見回っている。


こういった栄えた町に来ると、なぜだか人間は気分が高揚する。というのは今も、昔も変わらない。


「ええっ! すごいでしょニヴラドはっ、えへへっ。あぁ、でも少し僕、水を飲みたいな。ジキムートさんは喉、渇きませんか?」


「確かにな。人が多いとやっぱ熱気がなぁ。じゃあ、ビールでも飲むかっ!」


そう言って、ビールのマークを指すジキムート。


昼間から酒? と思うかも知れないが、この時代のビールは、おやつ兼常用の飲み物だ。


アルコール度数もかなり低く、1度あるかないか程度。


子供も飲む物である。


私達的には、『甘くない甘酒』と言えば、分かるかも知れない。


「えと、僕は水で。お腹も空いてないですし。それに、あんまり無駄使いも、ね? えへへっ」


「……無駄使い? 何言ってんだお前。水なんて結構高い……」


怪訝なジキムート。


すると……っ!


「すいませ~んっ! この中で水の魔法を……。ダヌディナ様の仕手を目指す、善意なるマナ人はおられませんかーっ!」


突然大きな声で、ケヴィンが叫び出したっ!


「……っ!?」


その声に驚き、ジキムートが少しケヴィンから距離を取るっ! すると……。



「おぉ、俺だが。水か? あんちゃん」


やってきた、ガラの悪そうな男。


ニタニタ笑い、小さなケヴィンを見下ろしている。


「お願いしますっ!」


だが、ケヴィンは気にする様子もなく、男の前に腕を突き出したっ!


そして両の指をそろえて、受け止める用意をする。


「水よ集まれ。我の指にかの愛を。4つ柱、そは生命を支える、我らの麗しき源かなっ」


ブンっ。


「……っ!?」


(なんだ、あの光っ!? 手品かなんかか?)


ジキムートは驚愕するっ!


呪文を唱えた男が紛れもなく、光ったのだ。


そして、ケヴィンの顔色を伺うが……。


(全く動じてねえ……。この世界は、人間が光線を発するのが普通なのかよ?)


顔からは汗がしたたるが、表情は崩してはいない。


彼はひとしきり、その〝現象″について考えこんだ。そして……。


バシャッ!


放たれる水っ!


それが、ケヴィンの指の中を満たし……。


「ありがとうございましたっ、仕手様。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」


深々と礼をするケヴィン。


「良いって事よ。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。ダヌディナ様よ、あなたに与えられたマナを持ち、あなたが愛したもうた我らっ! その同胞を救えた事に、感謝しますっ」


神に礼を言い、笑って去っていく男。そして……。


ゴクン……ゴクッ。


「あぁ……。ふぅっ!」


ケヴィンがその、手のひらの水を飲み、爽快そうに笑ったっ!


ケヴィンの満足そうな顔に、ジキムートが怪訝そうに彼に問う。



「……なぁケヴィン。ちょっとだけその水、くれないか?」


「えっ? 良いですけど」


ケヴィンの手中から、ジキムートへと移される水。


それに口をつける傭兵。


ゴクッ。


……。


ジキムートが怪訝な顔をする。


(そこらの水なんか、相手になんねえ位うめえっ!? うちらの世界じゃ水なんて、滅多良い物出回らねえってのにっ。しかもアイツ、あっさり人に与えてやがった。あの感じじゃこの世界、水なんてタダみたいなもんって事かよっ!?)


その事実に、なんとなく寂しさを覚えるジキムート。



彼らの世界の水は、川と言わず井戸でもなんでも、大体が硬水。


非常に飲みにくく、口に含むには適していない。


それに対してこの、魔法で出した水は軟水。


明らかに人間に対して飲みやすく、『上等な』水である。


しかも、魔法で生み出していた。


(うちらの世界の魔法の水なんて、飲めたもんじゃなかったんだぞ。これも、こんなのまで、神の愛の差って奴、か……。)


彼は旅師だ。


水が切れて、四苦八苦する事は少なくない。


渋い顔して魔法の水を飲み、不快感を抱えて眠った記憶も、多いのだ。









「おっ……お姉さん、旅の魔法士さんですかっ?」


「ん~、そだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る