第16話 相棒と水の記憶。そして、彼が帰るべき世界。

突然声をかけられ、彼女が怪訝そうに返す。


声をかけてきたのはまだ幼い、6・7歳と言った少年だ。



「そっ、そのっ! ビールを分けてもらえませんかっ!?」


「ビール……かぁ。ごめんねぇ。お金貰ったとしても……ねぇ、ジーク? 私達もさすがにそれを、分けれないよ」


イーズが困ったように、ジキムートに言う。


ジキムートは黙ったままだ。


「だっ、だったらお水っ! お水を貰えませんかっ」


「魔法の水って事かよ、坊主」


「ひっ……。えと。はっ、ハイ」


ジキムートの言葉を聞くとすぐに、少年は後ろの方へと下がっていく。


明らかにその顔には、恐怖が浮かんでいた。


(まぁ怖いわな、俺は。その点イーズは……。かなり話かけやすい部類。少なくとも、傭兵には見えねえ格好はしてる。明るそうだしよ。)


イーズの姿を見るジキムート。



胸はかなり大きく、胸を含めた素肌の露出が多い服。


おへそに太ももまでもが、大胆に見えている。


唯一肩から腕だけは、何か装備らしい物がある程度。


しかも、あらわのその肌は、白く綺麗で透き通っており、なにより傷が無いっ!


顔もどう見ても傭兵に見えない、幼いと言えるくらい若く、愛嬌ある美少女顔ときている。


職業を間違えるとしたら、貴族か娼婦かだろう。


傭兵だとは絶対に見えない。



「……。別に良いけど君、飲めないよ? 不味いなんてもんじゃ無いんだからさっ」


イーズが更に、困惑した顔になる。


このくらいの子供が、物の道理が分かっているのか心配なのだ。


「そっ、それでも良いんですっ! お代は……。きちんとお金はっ」


ボロボロの服から差し出す、銅貨少し。


「……。そっか。じゃあ仕方ないね」


諦めたように笑うイーズ。


そして、お代の銅貨3枚を取った。


「あめぇな、イーズ。おめえが良いなら、止めねえが」


3枚はタトゥーの原価だ。


割に合わない。なぜなら……。


「じゃあいくよっ! 準備してっ」


ぺたっとイーズが、自分のタトゥーを腕に張り付けた。すると……。


ジュウっ!


肉が焦げるような音っ!


「くぅ……」


漏れる苦悶。


魔法を使う時には必ず、ヤケドの様な痛みに耐えなければならないのだっ!


原価3枚では、割りに合わない痛み。



そして……。


ドバッ!


指の先からあふれ出る水っ!


その量は……すさまじいっ!


「うわっ!?」


(魔力が桁違いにすげえからな、この女。ビビるのも無理はねえ。だがこの様子だと……。)


ジキムートが、水浸しになって押し流された子供と、この村の中を見る。


周りはイーズの魔法を見た瞬間に、まるでゾンビのように近づいてきているっ!


「あっ、ありがとうございますっ。……うぅ。ごほっ」


その、与えられた水を目の色変えて、激しく咳き込みながらも口にする少年っ!


彼は必死にその水を、自分の喉へと流し込んでいた。


そうやってなんとか、飢餓にも似た、脱水症状を癒そうとしているのだ。


「……。うん、大切にしてね水」


哀しそうに笑うイーズ。すると……。



「あなたは魔法士様ですかっ!? なんと珍しいっ。傭兵をやっている方々とお見受けしますっ。ラグナ・クロスを開けた方がお2人もとはっ。お願いですっ、わしらにもお水をお願いできませんかっ!」


村人総出、大体30位か。


男も女も集まり、物珍しい魔法が使える傭兵に、集まっていく。


特に、幼く愛らしいイーズの方に、ほとんどの男が目を奪われて、引き寄せられている。


女も、愛嬌あるイーズに寄ろうとしていた。


――いつもの事だが。



「あぁ~。そう来ると思ったよ。だがお前ら、太陽の巫女はどうした? この村にはいねえのか? ココは〝ラグナロク(神坐簒奪)〟派だろう。こんな厳しい乾燥がある場所に、太陽の巫女無しで生きていける訳がねえんだが?」


何日も何日も、雨が降っていないのだろう。


周りは非常に乾いている。


「それが巫女様は、10日程前に町の教会に行ったきりで、戻ってきませんのですっ! このままでは作物が……っ。せめて作物だけには、水をやらねばっ。生活ができなくなってしまうっ。ここらには井戸も川もないのです。お願いいたしますっ!」


心底困った様子で頼み込む、村長らしきご老人。


苦しそうにうなだれているのは、作物だけではない。


村の男も女も全員が、脱水症状を訴え、塞ぎこんでいた。


だがその言葉に、イーズもがっかりした顔をする。


「あぁ~、ジーク。ここでビール補給は、無理っぽい~。もうビール、切れちゃいそうなのになぁ。どったらいっしょ~」


イーズが難しそうに、頭をかく。


聞かれたジキムートも同じで、渋い顔。


ジキムートもイーズも、事前にこの地帯をリサーチしていた。


だからビールは、余分に用意してきていた。


だが、もう底が見えていたのだ。



「どっ、どうなされました? 貴方様は、魔法を使えば水を出せるのでしょう?」


不思議そうに、村長が聞いて来る。


その顔にイーズが更に、困惑の度合いを深めた顔になる。


「うう、それにあれだコレ。ダメな奴だよ。水をあげるのは全然、良いんだけどな~。浄化ができる巫女が居ないんじゃあ……ねぇ」


「知らないみたいだが、おめえら。〝ラグナロク(神坐簒奪)〟派は魔法の水は、完全のご法度だ。それで水やった作物も全部、廃棄の対象だっけか。まぁ、ラグナ・クロス開けた奴がいないアンタらじゃあ、分からんだろうがな」


「そっ、そんな……っ!? 全廃棄ですかっ。」


「ひどいじゃないかっ! なんでそんな事にっ!?」


「さぁな。中央の教会に行って聞いてみな。応えてくれたら俺にも教えてくれ」


怒号に近い言葉尻を受け流し、ジキムートが肩をすくめて手を広げる。



「くぅ……。ですがしかし、なんとかせねばなりませんっ! このままでは村が全滅してしまうっ! それなら今、私達が飲むだけでもっ。」


「う~、それも駄目なんだ~。ごめんね、おじいちゃん。実際、魔法の水は飲み過ぎちゃうと本当に、心も体も異変が起きちゃうしっ! あんまりそんな危ない事、させたくないんだよ、こっちもっ」


そう言って、水がめを運ぼうとしてくる村人たちに、待ったをかけるイーズ。


「いっ異変っ!? そっ、そんな事があるのですかっ!? 飲むなとは言われていますが、病気になるとは……」


「いや、病気なんてモンじゃねえ。モンスター化すんだよ。体の形も変わっちまうし、人間を率先して襲うようにもなる。何度かそういうのも狩ってきたが……。ぜってぇ勧められねえよ。せいぜい1日一回、コップ一杯飲むだけが限界だぜ」


「も……モンスター化っ!?」


「ちょっ……。さっき飲んでた子供は、大丈夫なのかよっ!?」


ジキムートの言葉に放心するように、恐怖の色をにじませる村人たちっ!


魔法の水は非常に不味い。


だが、問題はそこではないのだ。


飲み続ければ、心身共に病気に似た、魔に魅入られる様な――。


ひどく恐ろしい作用があった。


それは、モンスター化するに等しい状態。



「あぁ。大量に飲まなきゃ大丈夫さ。実際俺らも限界来たら、飲むしな」


「だから魔法の水を私が出して、今はなんとかなっても意味ないよ。巫女を見つけ出さないとっ。それか水の浄化ができる、巫女の代わりを見つけるかっ! じゃないとこの村、最悪貴族に取り壊されちゃうもんっ。うーん……、どったらいっしょ~」


困り果てるイーズ。


収益が取れない村は、放棄させられる可能性が高い。


そうなれば彼らは、他の村に『居候』として、迎えてもらわねばならなくなる。


肩身は狭いハズだ。


「あ~……。神聖魔法か。そんなん使える奴はおいそれと、代わりはいねえぞ……。おいその巫女、どっちに行ったんだ? 俺達を雇ってくれりゃ、探しに行くってのもありだぜ」


「そっ、それならば巫女様は、あちらへっ!」


村長の爺さんが指で、村の出口一点を示す。


「あっちってお前、俺らが来たほうじゃ……。アッ!?」


「何、ジーク? なんか……。あっ!?」


2人が見合うっ!



焦るように言葉を紡ぎ出す2人。


「そうだぜイーズっ! 俺らが見つけた死体跡っ。衣服も所持品も、全部はぎ取られてたが。あれはもしかして――っ!」


「あぁ……。ダメだコレっ! 村の人達、ココから逃げなきゃっ。出ていかなきゃだめだよっ! もうこの村の太陽の巫女は、死んじゃってるんだもんっ!」


「なっ、なんですとっ!? そそっ……、そんなっ!? 本当なんですかっ」


「あぁ、多分だがな。俺らは骨を見てきたから、多分それだっ。」


「まだその骨、狼やらモンスターやらに食べられちゃってから、新しかったよっ! でも結構、量があった。残念だけど護衛の人達も、一緒くたに殺されてるんだろうと思う」


その2人の言葉に、村人の血の気がドンドンと引いていくっ!


「うっ……、嘘っ!? 嘘でしょっ。そんなっ、あの人は――っ。あの人も一緒なんですよっ!」


甲高い、悲鳴のような声っ!


ワナワナと震える体から、女が声を絞りだすっ。


「……残念だけど結構。多分、8人分じゃないかな? 元々、何人で出たの?」


「はっ、8人っ!? 全員だ……」


あぁ……と、村人数名が崩れ落ちたっ!


中には泣いている人間もいる。


すると……


(8人全員、ねぇ。)


ジキムートが表には出さないが、引っかかるものを感じる。


「……?」


イーズが相棒の顔を見入っていた。


すると何事もなかったように、泣きむせぶ村人達に向かって、ジキムートが声をかける。



「悲しむのも良い。だがそれより今は、この村から早く出ろっ。体力が残ってるうちに出ねえと、次の村までに相当数が野垂れ死にしちまうっ。護衛は俺らに頼めば良いさ」


一番恐ろしい事態は、そこになる。


仮に彼ら傭兵を雇って、道の安全を確保したとしても、だ。


飢えと渇きは、傭兵ではフォローしきれない話。


子供と女が早くに脱落し、男ですらも半分以上がたどりつけない。


そんな絶望が待っている可能性もあった。


だが……。


「うっ、嘘かも知れねえぞっ! コイツら傭兵だっ! 嘘ついて俺らを、罠にかけるつもりかも知れねえっ! 村から追い出して、その間に盗みをするつもりなんだよっ」


「たっ、確かにっ。さっきから出ろ出ろって、うるせえしなっ! 怪しいぞっ。」


「大体、太陽の巫女様がそう簡単にっ。あの方は、魔法を自由に操れる人なんだからなっ! そんな、ラグナ・クロスなんぞなくても、バーってっ! すげえ人なんだっ! 死んだとは思えねえっ」


叫ぶ村民達っ!


一縷の望みに賭けたいのだろう。だが……。


「まぁそうかも知れねえが、夜襲受けりゃ別だ。あの巫女共は、夜は全く弱いからな」


「そうそう。それに個人差も大きいんだよ? 弱っちい巫女なら、山賊でも勝てなくもないんよね、別に」


傭兵達はドライに現実を答える。


この場で一緒にパニックへ同調しても、誰も助からないと分かっていた。


「そっ、それならアンタらにだってやれるって、そういう事じゃないのかよっ! ほらやっぱりお前たちだっ。巫女様達の都への行きがけに、お前らが襲ったんだろっ!」


「……」


「……」


見合う2人。



(しくじったな。どうすっかイーズ。逃げるかこのまま? ただ、お尋ね者になっちまうが。まぁこんな田舎周辺なんぞ、どうでも良いけどよ。)


(う~ん、どったらいっしょね。困ったな。このまま時間をかけるとホント、全員危ないと思うんだけどなぁ……。)


悩む2人をよそに――。


「こいつらは……へへっ。捕まえとこうぜっ!」


そう言ってイーズに向かおうとする、村の男達。


かなりの美少女だ。


捕まえて慰み者にしたいという話も、分からなくはない。


「そうそう、俺らはこの村を捨てれねえよっ。残った方が良いっ!」


「……嘘の臭い。おいっ! イーズ逃げろっ」


――。


「……。うんっ!分かったジークっ!」


相棒の言葉を聞き、すぐにイーズは走りだしたっ!


「あっ、女が逃げたぞーっ!」


「くそっ、尋常じゃねえ位はえぇっ!? あれは魔法か……っ」


あっという間に樹々に紛れ込み、見えなくなるイーズっ!


恐らくはジキムートの声ですぐに、魔法を使っていたのだろう。


目にも止まらぬ速さで走り、相棒を残して、山の中へと滑走していったっ!



「ちっくしょっ! だがこっちの男は捕らえたぞっ。このまま牢にぶち込んでおこうっ!」


大声で叫び、クワやスキを持って、ジキムートの喉元へと突きつける農民たちっ!


「いやっ。殺した方が良いんじゃないかっ! 相手は傭兵だぞっ。何しでかすか分かんねえっ!」


「……」


村人たちが何やら、ジキムートの処遇についてもめ始める。


それを一様に、ジキムートが見やる。


「だけど俺らが殺すと、問題があるだろうっ! 一応裁判受けさせなきゃよ」


「だけどこんな人殺し、置いとくのはヤバいってっ! 殺す方が良いに決まってるっ。殺そうぜっ、危ねえよっ!」


そう言って、若い男がクワを大きく振り上げたっ!


ジキムートがその切っ先を睨み……っ。



ドンッ!



「馬鹿を言うなっ! 全く血の気の多いっ。縛って牢屋に入れておけっ! 後で領主様に報告だっ」


叫んで若い男を突き飛ばし、村長が激昂するっ!


老長は言葉通り、ジキムートをそこにあった倉庫兼牢屋の、石倉に連れて行かせたっ!


「……くそっ」


「……」


ジキムートは、牢へと閉じ込められたのだった。


……。

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