chapter2 異世界の町

第14話 異世界とのギャップ。

「ふぅ……。あー」


あくびを一つ、出所祝いにかましてやる。


「良かったね、ジキムートさん。ヴィエッタ様のおかげで外に出られてっ!」


「あぁ全くだぜ。あそこ、臭かったからな」


そう言ってゆっくりと、田舎の……。


牛の糞尿に、堆肥と泥水。


あと、なんかしらの食べ物の臭い。


それら混ざった物を腹いっぱい、気持ちよく吸い込むジキムート。


「そう……かな? 僕は別に感じないけど」


「人間の。あの女2人が特に、な」


頭をかくケヴィンに、ジキムートが1人ごとを言う。


(嘘の臭いが充満してた。女にはよくある事だがな。むしろ、無臭のほうが怖えよ。)


あーっと背伸びをしながら、ヴィエッタとレナの2人を思い出す。


まぁ、良くありふれたママハハ問題かもしれない。


(後ろに追手が付くくらいには、ありふれた問題だな。だが今は、騒げねえ。逃げる時になったらヤるしかねえが。)


視線に気づいている。


それほど殺気は無いので、対応するほどの事ではないが、気分が良いものではない。


だが、何も気づいてないかのようにこの、とても過ごしやすい、秋口の山。


長袖で、熱くも寒くもない陽気を堪能するジキムート。



「これからどうするんです?」


「町でも散策するさ。なんせ俺、冒険者ですから」


彼は外に出てすぐ、周辺の地形を目で確認、理解した。


そこは、のどかな風景が広がり、山の中腹に備わった城。


下には、城を中心にした都市。


町はそこそこ大きそうだ。


遠くに山々の頂上がたくさん、連なっているのが見えた。


「そっか。じゃあ案内しますよっ! あっ……そうだ。ジキムートさんはやっぱり、〝ジーク″さんで良いのかな?」


ピクッ。


「あぁいや。俺はジキムートで頼む。家族でジークって呼ばれたのが別に、いるからな」


「そっか。じゃあジキムートさんで」


ケヴィンは気づかなかったが、ジキムートはその名前――。


〝ジーク″という名前はどうやらあまり。


いや、かなり嫌いらしい。


そして2人は歩き出す。



「あぁ……。どこ行こうかね? いちおう目的はギルドだが。何か見とくと良い場所あるか? 地元民」


「あっ、じゃあすぐそこの『市』に、行きましょうよっ!」


まるで、友達のようななれなれしい2人だが、別に仲が良いわけではない。


ジキムートに限っては、だが。


見張りが付くのは当たり前である。気にもしない。


まぁ鬱陶しくはあるが。


(追手に見張りに……。なかなか豪勢なお出迎えだな。)


ジキムートはゆっくりと、坂道を下って降りていった。


「それにしてもこの町……。盛況だな」


唖然とジキムートが、街の様子を見る。


城を出て、街の中に一歩入ってみるとそこかしこに、人だかりができているのだ。


その分屋台もたくさん出ており、活気が感じられた。


「まぁね~。ふふんっ。この頃僕らの町は、すごいんだよっ」


「この頃……?」


傭兵が見やる、屋台の群れ。


明らかに生活圏。


元々、人の家の庭だったろう所を無理に改造して、出店している者が散見された。


悲しそうに、引き抜かれた柵がそこらに、無造作に置き捨てられている。


「うん昔はね、辺境伯~とか、馬鹿にされてたんだ。シャルドネ様のお名前を知らない、旅の人もいたりして……。でも今やたくさん旅の人達が訪れて、このバスティオンでも指折りの、すごい都市になりつつあるんですっ!」


たくさんある露店では、熱心に客を呼び込もうと声が響く。


「すごい、か。田舎が都に、ねぇ。へぇ……。すげえな。」


少しその話に、興味がわくジキムート。


今の様に企業がやってきて、工場を新設する。


そんな簡単な町の興業は、難しい時代だ。


何か大ごとがなければいけない。


(恐らくはあの、聖典守護共の話と通じるだろうな。福音の国、か。だがそれだけで、国が劇的に栄えるモンなのかよ?)


この世界の根底にある、何かを感じ取る傭兵。


すると、思い出したようにケヴィンに、ジキムートが問う。



「そう、だ。この町での黒パンとナイフの価格が知りてぇんだが。大体の相場はいくらだ? ちょっと小腹が空いたんだよ」


そう言って彼は、この町の市場相場をさらりと聞く。


大体パンとナイフが分かれば、傭兵の彼には都合がつく。


「えぇっと、この頃は確かナイフは……。1銀貨くらいでしったっけ? パンは変わらず、5銅貨くらいですよ」


1銀貨、3000円くらい。


銅貨が一枚30円くらいが、日本の相場に当てはまるだろう。


ただし物品は、新興国で大量注文できるわけではないので、品物自体は高くなる。という事は、考慮しておくべきだが。


「へぇ。ナイフは安いな。それで、パンの大きさは?」


「このくらいかな?」


そう、大きく片手を広げるケヴィン。


大体私達の世界では、普通の食パン位か。


「えっ!? すんげぇ安くないか……」


大きな声を上げるジキムートっ!


ちなみにだがパンは、基本的にこの世界の、食事の主軸だ。


そのせいで、価格統制されている場合がほとんどとなる。


そうして庶民の生活を守る……はずだが、残念だが、そうは甘くない。


パン屋は、小麦やライ麦が高くなると容赦なく、大きさを変える。


同じ値段でも、3倍ほど大きさが違う。そんなのザラだ。



「えっ……? むしろこの頃高くなったんですよ。パンが小さくなっちゃってね。人がたくさん入ってきちゃって、小麦もライ麦も少なくなってるんです。あぁ、出費がかさんじゃうな~。困ってるんですよぉ」


深刻そうに悩むケヴィン。


こんなので、価格を制限する意味あるのか? という疑問が湧いたかもしれない。


だが、金の計算がしづらく、学のない昔の世界では、考えずに済むから役には立ったろう。


生活には全く、意味がなかったが。


「そうか。俺が前いた所では、大体同じで7銅貨位だったよ。」


「へぇ。別の国なんですか? この周辺は大体、同じ値段だそうですけど。やっぱりうちは小さくなってるって前に、副団長が愚痴ってたな……。そこらへんの経済は僕、疎いですけどね」


「……そう、か。しかし、パンもナイフも断然安い、か」


本当はパンは、ジキムートの世界では9銅貨から、下手すれば10銅貨はする。


この異世界のパンが、こんなに安い事。


その理由が当てはまる心当たりは、1つしかない。


(どうやらマナが溢れると、作物の育ちが良いらしい。……へぇ。神ってのも案外、役に立つんだな。俺の世界だと、俺らを殺しに来る悪党。それかもしくは、俺らを神から守ってくれるラグナロク柱ですら、借金生み出す金食い虫に、戦争の道具。それ以上は語る事無い、日常には入ってこない生ゴミ。ってイメージだが。)


ジキムートがなにやら、やりきれない顔で考える。


彼の中での神は、『絶対悪』である。


だがしかし、主食のパンが安いのは非常に、うらやましい限りだろう。


そこでふと、ジキムートが嫌な予感をもよおす。



「……。なぁケヴィン。よもやお前……。〝白パン″食った事はさすがに――。ないよ……な?」


「エッ? ありますよ。確かに高いけれど、やっぱり美味しいですからねっ。つい、お小遣い貯めてでも、買っちゃうんです。アハハ」


「……」


アハハ、アハハ。アハハハハハハ。


笑い。


そして絶望――。


そう絶望、だ。



(こんなクソみたいな、ひょろこいゴミ野郎がっ! 俺ですら……。俺みたいな、結構イカした傭兵ですらっ。たったの2度しか食った事が無い、夢のっ。幻のっ! 我らが絶対正義っ! 白パン様を口にしているだとぉう?)


ジキムートは唇を、グッと噛み締めるっ!


血の味。


そう……。傭兵が戦いで流す、プライドの味がした。


(小麦だぞっ!? 小麦様なのよっ、相手はっ!? それを口にするとか。そういや、こん畜生のクソガキっ、小遣いがとか吼えかずらったな。ねぇ……。それって……。お小遣いが入ったらって事は。よもやのもしや……。毎月って事っ!?)


白パンとは、非常にブルジョワジーなる食べ物であるっ!


貴族や豪商しか口に含めずまずっ。


そう……。


99・999999パーセントっ!


庶民が一生のうちに口にする事は、ないのだっ! できないのだっ!


(それは……。それはならない。そう……。ケヴィン、貴様っ! 俺の……。一流傭兵のなけなしのプライドを、ズタズタにしやがったな。)



俺は何て言うか……。


お前らとは違って、白パンは口にできるくらいは傭兵としてぇ、信用と実績があるしぃ。


2度も食えちまったよ。


2度だぜ2度っ!


まぁぶっちゃけ? 実際つええんだよっ!


的なオーラで、自慢をこきまくっていた過去。


一流傭兵様は結構酒場で、白パン自慢をしている。


彼らの世界では、彼がこのご自慢を解き放ちさえすればっ!


そう……。発動すれば一瞬、だよ。


瞬く間に、ジキムートに後光がさすぐらいは、嫉妬と羨望の眼差しで見られていたっ!


その後光もこの朝、残念ながら崩れて、灰になってしまったのだ。

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