第13話 2流の傭兵、ジキムート。

「ではこれを」


「サンキュウ……」


傭兵は、ヴィエッタに手渡された、自分の装備。


灰色の甲冑。


そして、刃渡り90センチ位の、バスタードソード。


それらを受け取るとすぐに、自前の鎧を着こんでいく。


「へぇ、御大層なこって。面構えだけは一丁前だな」


笑う騎士団員。


だが気にせず、ジキムートが装備を着こむ。



「所で傭兵、ジキムートさん。あなた、本当にジーガに挑むおつもりで? 正気の沙汰では無いわよ、それは。その防具も見た目よりもさほど、強くないと聞きますし。何か勝てる手段や、策略がありますの?」


「ねえよ」


あっさりと返される言葉。


「ふぅ……。仕方がない。だったらわたくし、別の者を用意する必要がありますわね。このまま外に出て、あなたは逃げるのでしょう?」


そう言って、美しいブラウンの髪を揺らし、笑うヴィエッタ。


何か、逃げて欲しいと言う意味すら感じる笑み。


だが……。


「とは限らねえぜ。そうだろお嬢様。お前だって、負けるかどうか分からねえ。その分からねぇがあるから、そんな無謀な戦いに応じたんだ。」


「……っ!」


「それは俺も同じ。傭兵の世界で、鼻っから負けると踏む奴は2流。勝てるかどうか、最前線に立って、肌で感じれる奴が1流で。そんでもって、勝って見せた奴。そいつが超1流になれる。だろ?」


……。


「ふふっ。アハハっ。ふふふっ……」


大声を上げそうな口元を手で隠し、笑うヴィエッタ。


その目は非常に、楽しそうだ。


「あらあら。面白いのね、あなた。確かに、ね。傭兵らしい言葉。本当に傭兵なの……ね。では、お聞きしますわ、傭兵さん。あなたはその、超1流から3流までで、どれ程のお力なのかしら?」


「さぁ……な。よく俺は、故郷では2流だって。そう言われてだぜ」


……。


この言葉に一瞬、時が止まった。


そして――。



「なっ……、なに? くくっ。そこまで言って結局お前っっ、2流かよっ!? アハハっ。いーっひっひっ! バッカじゃねえの、恥ずかしい」


「吼えてろ〝ロング・ショッター(大穴野郎)〟っ! 俺はココに居る誰よりも。そう……。どんな奴よりも強い2流だ」


そう言って、室内に目を這わすジキムート。


「……」


「あぁ? なんだ大穴野郎(ロング・ショッター)ってぇのは。競馬がどうしたよ?」


(大穴野郎(ロング・ショッター)。やっぱ通じねえ、か。)


「だが、おめえその言葉っ! 誰よりも強いだぁ? それは俺らに喧嘩どころか、騎士団長にまで喧嘩売ってんだぞ。分かってんのかっ、この〝フリッティング・ドンキ(ひらひら舞うロバ)〟がっ! 思い上がんなゴミ風情がっ」


(フリっティング・ドンキ。夜逃げクソ野郎、か。なるほどな。こっちの世界では騎士団は、俺らをそう呼ぶのか。)


笑う傭兵。


〝フリっティング・ドンキ〟とは、騎士団が言ったのが表の意味。


要は、騎士団を強靭そうなサラブレッドとすると、ロバのように貧弱で、ウスノロの傭兵だ。と言いたいのだろう。


そして、ジキムートが勘違い翻訳したのが、裏の意味。


よく逃げ出すクソ野郎だ、という事だ。


この世界での傭兵への最上級の罵声だと、すぐ分かったジキムート。


騎士の挑発に抜刀し、歩き出す。


そして、ある一点で止まって挑発し返してやるっ!



「騎士団、やってみるか? 遊んでやるぞ。ご自慢の馬並みの剣、ここで抜いてみろよ畜生がっ! 俺に勝てればお前、お偉い騎士団長様とやらの、ケツ拭き当番。それの免除くらいはなれるんじゃねえのっ!」


「あぁっ! 誰がケツ拭きだボケっ! 騎士団舐めやがって、上等だこのボケがっ!」


怒号をあげて剣を抜き、ジキムートへと歩き出した騎士団員っ!


それを見計らいゆっくりと、下がり始める傭兵。


「下だ……。よく見ろ」


そうローラがつぶやいた、瞬間だったっ!


「ほれ……よっ!」


スルリっ!


「ぎゃっ!?」


ドタッ!


「終わりだゴミ」


薄ら笑って、無様に倒れた騎士団員に、剣を突きつけた傭兵。



「……おまっ、ふざけんなよっ! このゴミがっ。こんな戦い方、無しだろうがっ! 絨毯を引いただけじゃねえかよっ。こんなの騎士道に反するっ! 何より腕を証明してねえぞっ!」


怒りをあらわに叫んで、傭兵が握る毛玉を睨む騎士団員っ!


それは、自分が乗った絨毯を掴み、引っぺがした物だった。


「馬鹿かてめえは……。俺は傭兵だ。手段なんて選ばねえよ。それに、俺はこう言ったはずだ。超1流は、勝つ人間だ、って。勝てば超1流なら俺は今、超1流だと証明したハズだぜ?」


笑うジキムート。


全く、悪びれる様子がない。


「減らず口を……。てめえっ!」


顔を真っ赤にし、敗北を喫して地面に倒れた騎士団員が、目を血走らせるっ!


「それくらいにしておきなさいっ! 全く、情けない。敗北である事に変わりはなくてよ」


そこにヴィエッタの小さな体が、真紅のドレスを揺らし、割って入るっ!


「そっ……そんなっ。こんな奴の肩を持つと言うんですかっ!? あなたは間違っている。こんな戦いは騎士がっ! いや、戦士たる者がするべき物ではないっ!」


「そうね……。それならばあなたは、この傭兵の悪徳を見事、打ち倒せるほどの力。それを持つべく精進なさい。それは騎士道にもそして、あなた自身の生き方に何も、反していないハズ。そしてこれが、戦場の『負け』なのよ」


言い聞かせるようにヴィエッタが、その騎士団員に言う。


「……。クッ」


悔しそうに剣を落とし、騎士団員は立ち上がろうとする。


……が。鼻先の剣は動かない。



「おいおい、なに大団円してんだよ。俺は勝ったんだ、金を出せ」


「なっ……。なにっ!?」


「俺はタダで仕事はしねえよ。金だけだ、戦う理由なんて。だから金を出せ。飼い主でも負け犬でも、どっちでも良いぞ」


そう言って、腕をホレホレと上下させる傭兵。


全くもって、空気を読む気配がない。


「――。はぁ……。仕方ありませんわね」


そう呆れると、ブラウンの髪を払い、銀貨を1枚。


おおよそ3000円か。


それを投げるヴィエッタ。


「へへっ……。まいどっ」


「なんでしたら、勝利の口づけもしますの?」


その言葉を言った瞬間に……っ!


「っ!? えっ、ヴィエッタ様それはっ!? そんな破廉恥な事はダメですよっ、絶対っ! その……。ジキムートさんが悪いとかじゃなくてっ!」


動揺をきたすケヴィンっ!


すると、笑ってジキムートが……。


「じゃあよケヴィン。お前にこの、勝利のキッスの権利、譲ってやるぞ。いくら出す?」


ケヴィンの目の前に顔を突き出し、ジロジロと見やる傭兵。


「エッ!? そんなの――。ヴィエッタ様の口づけをお金になんて、変換できないですよっ! えと……その。僕が今持っているのは……」


「なんでぇ、しょっぺえな」


「しっ、仕方ないですよ。僕まだその――。小姓(ペイジ)なんですもんっ」


泣きながらその、銅貨が時折見えるポケットを探すケヴィン。


小姓(ペイジ)とは、騎士の見習い最下層だ。


給与ではなく、お小遣い程度しか貰えない身分。


「小姓(ペイジ)、ね。だがこれじゃ、お前にはキッスは売れねえな。あぁ~あ、残念だなぁ。俺は金にならねえもんは、いらねえんでな。よしとくわ。じゃあ俺は行くぞ」


「えぇ~っ。そんなぁっ!」


嘆きの声を上げ、ジキムートが出ていくのを名残惜しそうに見送る、ケヴィン。


すると……。


「ふふっ、馬鹿ねケヴィン。あなた、あの傭兵にからかわれてるのよ。鼻っからあの傭兵さんは、私にキッスを望んでなどいないわ。よく考えなさいな」


「エッ!? あぁ……アハハ」


よく考えなおし、顔を赤らめるケヴィン。


そもそもとして、そのキッスを受け取らずに出ていくのだ。


興味が無いのだろう事が、冷静になれば分かる。


すると……。


「頼み事を良いかしら、ケヴィン。あの方のお力になってあげなさい。あの方は、私の代理として戦う方よ。勝てるようにサポートしてあげて」


ケヴィンの前に立ち、笑うヴィエッタ。


「ヴィ……ヴィエッタ様っ! はっ……はいっ、任せてくださいっ! 必ずや貴女の為に、名誉ある勝利をっ! では失礼しますっ。待ってくださいよ~、ジキムートさんっ」


出ていく2人。


残ったのは、ローラとヴィエッタのみになった。



「なかなかの策士ですね、あの男。絨毯の上に丁度、騎士団が来るように仕向けました。相手の激昂を誘い、意中の場所へと近づけさせてもいる。戦いには慣れているのでしょう。しかも……」


黒い髪を捌き、ローラが出口を睨む。


「えぇ、私達へも喧嘩を売った訳、ね。なかなか良い度胸だわ、あの傭兵さん。あの目を見る限りは、傭兵だと言うのは間違いなさそうだけれども、ね。」


傭兵は、この場にいる全員より、強いと言った。


そう――。


この部屋にいる者全て、だ。


ヴィエッタの眉間に、シワがよる。


「それに頭は良い。流れも読めている。だからこそ、不安なのよ。あの〝男〟の影が無いとは限らない」


「その脅威、私にお任せ下さい。勝利をあなたに……」


「頼んだわ、ローラ。んっ……」


そう言うとヴィエッタは、ローラの顎を引き寄せ、キスを交わした。

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