第12話 神に愛された世界の聖典。
呆れた顔でヴィエッタが、怒りの現場へと歩き出した。
「横から失礼いたします。わたくしはこの、ニヴラドの長子。ヴィエッタ・ニヴラドと言いますの」
そう言って立ち止まり、小柄の少女が真紅のスカートを広げ、優雅に会釈する。
「大変申し訳ありません、〝聖典守護会〟様。今現在、お父様は都合悪く、お義母様は来客中ですわ。協議に関しましては後日。と言う事で、よろしいのではないかと存じます」
「……」
しかし、ヴィエッタを見た瞬間、なにやら不穏な空気が流れた。
そして、まるで堰を切ったように、叫ぶ声が強まっていくっ!
「何をっ!? いの一番。最初にしておくべき事を今やらずに、どうすると言うのですっ! 大体あなたには、家督を継ぐ権利はなかったでしょうっ! そんな者に、この責任の重さが理解できるのですか?」
「そうですよっ! 大体ね、あなたのお父様は、聖地を所有しているという自覚が見えないっ。世界にたったの4柱しかいらっしゃらない、神の寵愛を一身に受ける身分。そういう覚悟もそして、風格もっ!」
「しかもその挙句、小間使いとしてしゃしゃり出てきたのは、家督も継げない女とは――。やれやれ、全くもって嘆かわしい。これでは……は~ぁ、全く。」
ため息を深く、大仰につく男。
明らかに、ヴィエッタを嘲笑した目だ。
「……」
まくしたてられるヴィエッタ。
彼女は全く顔色を変えず、会釈を続けている。
だが、罵倒はなおも続いていく。
「良いですか~ぁ? 〝福音〟、それは人類最高の栄誉。そして特権っ! だがそれは同時に~、ね? 非常に、清廉潔白なる魂を要求される物、大事な物なのですよぉ。子供のころに教えられたよねぇ?」
「ふん、こんな基本的な事をっ。人としてどうなのかしらっ!? 全く、これだから田舎の、『頭を鋼に食われた』奴らは困るっ」
「……ちっ」
罵倒の言葉の中、ジキムートの耳に舌打ちが聞こえた。
どうやら相当に、この連中は鬱陶しいようだ。
(神様を愛する世界だってのに、それを奉じる人間は鬱陶しい訳か。ここの宗教はどうなってんだ? 一致団結して、神を称えようって感じはねえな。)
周りを見るジキムート。
全員が鬱陶しそうにその、宗教指導者達を見ている。
(まぁ、さすがにうちらの世界の宗教みたいに、『筋肉質』じゃねえのは分かるがな。王侯貴族総出。人類の行く末見据えた、〝アフィーリバル・オブ・ニルヴァーナ(天上世界戦線)〟っつぅ、軍略的宗教会議やってんだし。)
ジキムートが苦笑いする。
傭兵が属していた、神と戦う世界。
その異世界での宗教会議は、国連会議なんぞよりもはるかに身を切る、切迫した物。
各国が、神との闘いに備える為の、戦略会議だ。
しかしこの世界は、ジキムート達の世界とは違うはず。
(神に愛されているハズのこの世界で、宗教指導者が邪険にされる理由って、なんだ?)
浮かぶ疑問。
すると……。
「いえ――。聖典守護会様を馬鹿にしているような、そういう訳ではなくです、ね。」
ヴィエッタがようやく会釈をとき、口を開いた。
「拝見しましたご提案についてですが、色々と、不備と思わしき部分が見つかりました。それについての回答を、見送らせていただいておりますの」
冷静に、顔色を変えず言うヴィエッタ。
「不備っ!? 不備とは一体なんですっ。あれは小聖典をもって作られているのですよっ!?」
「そう。その、水の神を祀る小聖典についての、不備ですわ」
「はぁっ!? 君まで小聖典を馬鹿にするのかねっ!? 小聖典は立派な聖典ですよっ!」
「ありえない……。ありえませんよ、この国はっ! 貴族までもがそのような、人類自らの聖典を馬鹿にするのかっ!?」
「何を言い出すのかと思えば、全くっ! あまり無礼な事を言うのならば、こちらも考えますよっ!、それ相応の布告を、各国に提唱しなければならないっ!」
(各国、ね。物騒なこって。やっぱ偉いらしい。いや、当然か。なんせ、神様大ちゅきっ子の総大将だもんな。神様大キライっ子の俺らとは逆の方向で、えらいのか。)
ジキムートがほくそ笑む。だが――。
「小聖典など、ただの一人よがりだろうに。人間の勝手な思い込みなんぞ、知ったこっちゃないよ」
声が聞こえた。
これはヴィエッタ以外の誰か、だ。
しかしこの言葉に、非常に前のめりになる人間、一人。
(人間の、勝手な思い込み?)
少し気になるワードが、ジキムートの〝勘〟に振っかかる。
だがその間にも、怒りの聖典守護者に臆さず、ヴィエッタは微動だにしないで応える。
「しかし、その小聖典。それにはあまねく動物の中でも、水の仕手。つまりは魚を、水の第一位に当てています。わたくし達貴族は、魚を主体とした食事。それを365日続ける。そういうご提案でしたね」
「365日……だと? マジか。それは、主菜って事だよな?」
「みたいだな。私はお断りだが。大体小聖典自体が、眉唾だと言うのに。我らの尊神(リービア)への侮辱も甚だしい。面倒くさい奴らだ」
ジキムートの言葉に応える形で、隣のローラが目を細め、威圧的に睨む。
(俺らも確かに、〝クソったれの神を食らえるように″って、鳥を連日食ったりする。でもそれは、『誅神祭り』の中だけだ。ずっと鳥だけはさすがにかなり、いや――。絶対に嫌だな。)
汗を流すジキムート。
天、ひいては神を追い落とす意味で、鳥を食べる風習はよくある。
だがそれは、あくまで祭りだけでの話である。
年がら年中は無理があった。
「その提案には従いかねますわ。というのはココは、山ですの。山岳地方を我がニヴラドは、治めております。もし、魚だけの食事をしたならば、そうですね……。私が計算したところざっと、1年で300トンもの魚を、取らねばならないようになる」
「300トンっ!? 何ゆえにそれ程も……」
「我らは貴族です。当然、ご来賓をもてなしたり、教会への食事の寄与もせねばならない。それとも、あなた様方聖典守護会は、我ら貴族を頼らずに仕事を行うと? 独自で教会に頼って来た、全ての民へと、魚だけを供出いただけますか?」
「そっ……、それはっ」
彼ら教会の、ほぼ全ての資金源は、独自の税と貴族からの供出だ。
もし独自でなんとかするとなれば、恐らくは、税を上げねばならない。
『教会の名の下』での増税。
それは民衆の反発が、目に見える話である。
聖典守護から、汗が染み出るのが見えた。
「それに、民衆にもこの福音を供出するとすれば、計算が追い付きません。この数字では川の魚の生態系に、多大なる負荷がかかると思いますの。しかし他から輸送するにも、コストがかかる」
「……」
「恐らくは失礼ですが、山岳地方をモデルとした提案では、無いのではありませんか?」
「いや……。それは」
ヴィエッタの言葉にうつむき始める、聖典守護会の面々。
「また、ご要望の外交官。それをこの城内に置くと言う話ですが、真に残念ながら今は、現実的ではありません。我らニヴラドは一度、バスティオン王権に仕える事を約束した身ですもの。もうすでに、外交官様は居ますの」
一切顔色を変えないで話す、ヴィエッタ。
「だが、この町にもっと、福音としての役割を果たさせる為っ! 我々教会が率先して、政治的な役割を増やして……っ」
「しかしながら無断というのは、いくらなんでも、横暴過ぎますわ。わたくし地方貴族だけで、決められる物ではない。王家との折衝。そう言った根回しはもう、終わられておいでですよ……ね?」
ヴィエッタからは、威圧感こそ感じないが、十分な『力』を感じられる。
それは高い教養と、それに裏打ちされた思考力に、政治力。
そして――。
強い心。
「……」
〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)〟の顔は見る見る、青くなっている。
「資料をお間違えになったようですわ、蒼の聖典守護(アジュアメーカー)様。数日後にもう一度、しっかりした物を、お持ちいただけますよね?」
……。
「あ……。あぁ、分かった。これは失礼した、御令嬢。どうやら小生たちの資料に、不備があったような。誰かが間違えた物を、渡したらしいな、全くっ! ははっ。ならば数日中。いやっ、1週間以内には必ず、正式なる書面をもってまた、馳せ参じます。ご無礼をいたしました」
「いえいえ、ふふっ。お待ちしておりますわ。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」
再度会釈し、守護者達が出ていくまで頭を下げ続ける、ヴィエッタ。
そして、人影が見えなくなると……。
「さすがはヴィエッタ様っ! 素晴らしい応対力ですっ」
「ふふっ、やはりお嬢様に頼んだ方が良いだろう。経済も、戦争も。いっそ、この城の事は全部、な」
「ちっ……」
三者三様にその光景を見て、評価の声を上げている。
そこに優雅に歩き、帰って来る令嬢、ヴィエッタ。
「ふぅ……。お父様ったら、仕方の無い。行きますわよ、傭兵さん」
「あぁ」
「それにしても、次はなんと言い逃れをしましょうね? 恐らく聖典守護会様は、川で養殖をしろと、言ってきますわ。ふぅ。なんとか言い返しておかないと、食卓が魚まみれになってしまう」
疲れたように言うヴィエッタ。
どうやら彼女は、この城の経営に、相当な理解を持っているようだった。
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