第8話 女の争い、裁判。その行方。

「ふむ。それほど屈強そうに見えぬが。一応、傭兵なのだな?」


ジキムートをジロジロと見やる、その領主。


(これがシャルドネ、か。おそらく、結構なジジイだな。)


目の前の男。


恰幅がよく、体も太い。


肌は色黒で、口元には髭をたくわえていた。


そして、体を真紅の布で体を覆い、清潔そうな感じを出している。


目つきはそれほど、鋭くはない。


そのせいでどこか、頼りなげにも見えるシャルドネ。



「口を開いてよいぞ」


「俺の名はジキ……」


「あらバッチィ。何なのかしら、ここ。掃除が行き届いてないわよ。アーシャ――。ねぇ、どうなってるのっ、アーシャっ!」


「もっ、もうしわけありません奥様。その……。えと」


女の怒声に、外で待つメイドの若い声が、しどろもどろに答えている。


「ここは下民専用。傭兵どもの寝床ですわ、お義母様」


男同士が自己紹介をしている横で、構わず。


女2人が大声で、会話し始めた。



「あぁ、あ~……。ヴィエッタさん、あなたが雇っているあの……。傭兵とかいう、盗賊まがいのクズゴミ共専用、ね。道理で。まぁ、大義ある、忠誠の戦士である騎士。それに比べれば、こんな物かしら。納得しましたわ」


不機嫌そうに、あたりを見回す女、レナ。


お義母様と呼ばれている、レナという女性。


年は30ぐらいだろうか?


少しふくよかで、丸みを帯びたフォルム。


そして、胸もお尻も大きく、魅惑的な雰囲気を持った、黒髪の女性だ。


髪質も、ウエーブというよりは、しなやかでクセがある髪。


双眸は黒。


目元が情熱的な、ラテンを思わせ、肌も健康そうな赤みを帯びている。


服装は、青と緑で固められているドレス。


比較的ゆったりとした着用だ。



「……」


それに対して、ヴィエッタという女性は色白であった。


まるで、消え入りそうな美しい肌に、弱々しい印象を受ける目元。


きらきらと光る、紺碧の目。


それがとても印象に残る。


骨格はかなり華奢に見え、守りたいという劣情にかられる、美少女だ。


年は若そうである。


少なくとも、ジキムートよりは確実に、若いはずだ。


長いブラウンの髪を2つにくくり、清楚に佇んでいた。


服装は、真紅を基調としたドレス。


きっちりと、体に沿わせている。



「それ……で。我が領土に何用か、傭兵」


気を取り直したシャルドネが、質問を続ける。


そう聞かれて、初めて気づく――。


ジキムートがここにいる、理由。


(そういやなんで俺、ぶち込まれないといけないんだっけか? あぁ……。城内に侵入した『だけ』だった! あっ、そうだそうだっ。悪い事はしてねえっ。)


「いや、俺は特に何も。モンスターに襲われて、気が付いたらここにいた。それだけだよ」


平然と、適当に答えるジキムート。


牢屋にぶち込まれる事が多すぎて、あまりにも普通に過ごしていたが――。


そこが盲点だった。


断言はできないが、飛ばされた後に、悪い事はしていないハズだ。


堂々とすれば良い。


「嘘をつくな、この人間もどきがっ! どうせお前ら、薄汚い傭兵の事っ。盗賊にでも入ろうとしたのだろっ!? 金の臭いでも嗅ぎつけたか、この野良犬めっ!」


「確かに。我らがシャルドネ様は、偉大なる聖地の管理を任されている、誉れ高きお方っ! だが貴様のような下賤に、投げてやれる様な骨はねえぞっ!」


口々に取り巻きの騎士達が、傭兵ジキムートを馬鹿にし、騒ぎ立てるっ!


いやに殺気立っていた。


「いや、金だけじゃないかもなぁ? 〝神の水都ディヌアリア″に行けなくなった腹いせかもよ? この町に溢れてくる、あの乞食もどき共と同様に、試験に来たんだろ。だが試験に落ちちまった。」


「あぁ、なるほど、ね。まぁ~……な。へへっ」


薄ら笑いを浮かべながら、馬鹿にした目で、ジキムートを見やる騎士の一人。


「こ~んなヒョロい剣士、受かる訳がねえ。それじゃあ、門前払いで当たり前。このもやしめっ。シャルドネ様のおめがねにかなうもんかよっ!」


ジキムートの体を見、笑いを上げた騎士団員達。


だが、確かに騎士団と比べてこの傭兵は、屈強とは言えない。ならば――。



「そう思うんなら俺と、『サシ』でやってみるかい、えっ!? 兵隊さんたちよ」


叫んで笑う傭兵。


売られた喧嘩は買う。


ただし、買う価値があるなら……だ。


「なんだとこのっ、クソゴミが」


ガッ!


「ぐぶっ」


重い蹴りを、腹部に叩き込まれたっ!


悶絶するジキムートっ!


騎士団は足にはきちんと、装備を施している。


鋼で作られた、足袋で蹴るのだ。


簡潔に言うと、金属バットよりも凶悪っ!


ガッガッ!


蹴りは続くっ!


頭を踏みにじられ、顔をけられ、かかとで鼻をつぶされ――。


「へへっ、どうだ……。思い知ったかこのクソゴミかっ!」


血が大地ににじむ。


囚人の顔を踏みつけながら、騎士団員が満足そうに笑った。


だが――。


「なんだ……。もぉ終わりかよ? さっさと縄ほどいて、俺とサシでやろうぜっ! 怖いのか? あぁんっ!?」


鼻血を垂らしながら、更に挑発するジキムートっ!


当然そうなれば……。


「このボケがっ!」


「汚い娼婦の子供がっ。俺らを舐めんなっ!」


バキッ! ガスッ!


更に勢いづくリンチっ!


総勢3人の、ハガネの集団がたった1人。


縄でくくられ、足も腕も動かせない、パンツ一丁の男。


それに蹴りを乱舞させるっ!


だが――。


(ここに居る理由は、分からないんだ。下手に言い訳の時間を増やすより、殴らせてスカッとさせるか、ボコって黙らせるのが。最高に丁度良い。)


その暴行の中心で笑う、ジキムート。


(この状態なんだ、殴らせてやるよアホの騎士団ども、もっと蹴れっ!)


「へへへっ」


囚人の浮かべた薄ら笑いに、更に騎士団員達がヒートアップするっ!


が、その時、女から声がかかった。



「――。面白そうではなくて?」


ヴィエッタがジキムートの案――。


いや、挑発に興味を示す。


濃いブラウンの髪を揺らし、一歩前に踏み出した。


「なっ、何を? ヴィエッタ……様?」


「再三、事あるごと。あなた達騎士は、傭兵を力不足。そして、臆病者だと言うのでこの際、あの者と1対1で決着をつければ良い。そう言っているの。当然、この者が持っていた装備を全て返して、ね」


「え……。あぁ」


ヴィエッタの言葉に、騎士団員が黙りこくる。


だが、それに気を留めずヴィエッタは、細い腕を突き出し、傭兵を指さす。


「この男の装備は確か、剣と鎧。それだけですわね?」


「はっ……、はい」


「お持ちなさい。ここで決着をつけましょう。騎士団の誇りをかけて、真剣勝負よっ」


彼女の言葉に室内がし……ん、と静まり返った。


どうやら真剣での勝負は、騎士団はお嫌いらしい。


すると、ヴィエッタの言葉に呼応するように、黒い気配が――。


「あら、それでは面白くないわ、ヴィエッタさん。あなたいつも、言っているではないの……。王都グランドビッカ。歴戦の騎士団ですらためらう、戦火に見舞われたあの国。そこに単身乗り込んで、姫を助けたのは伝説の傭兵」


ヴィエッタを睨むように歩き出し、レナが、ヴィエッタの前に立ちはだかった。


まるで実験動物を見るように、ジキムートを目の端に見ながら、レナが薄ら笑う。


「それは〝イノセント・フォートレス(不惑の領域)″、ヴィン・マイコンだと。傭兵の勇気は騎士団を超える、というなら、ねぇ? ちょうど、この前導入された『ジーガ』の性能を見るためにも、戦わせて見ません? 決闘させてみせましょう」


自信げな黒の双眸が揺らし、ヴィエッタに問う。


すると何やら、騎士団から色めき立つ声。


「おぉっ。それは良い」


「名案、さすがの名案ですよっ! やはり素晴らしきは、我らが剣を奉じたレナ様っ」


兵たちが明るく答え、はしゃぎ出す。


(なんだ。ジーガって?)


牢屋内の、温度の変化を察した傭兵。


ジキムートが何やら、嫌な予感を感じとる。


「そんな処刑に、どんな意味があるかは分かりませんが。お義母様?」


(処刑っつったかこの女っ!? なんかやべえ事になったぜっ。)


「あら処刑だなんて、人聞きの悪い。騎士は毎日、ジーガ相手に練習するのよ? 問題ないはずだわ」


2人の女が睨みあい、火花を散らす。


その中でジキムートは、行きがかり上、とんでもない事になったと気付くっ!


「しかし、練習は決闘とは、大きく違うはずですわね? 安全装置も外すおつもりで?」


「当然よ、決闘ですもの。でも……。ふふっ、いざとなればそう、ね。きっと大丈夫よ。地べたに這いずりまわってそして、命を乞えば良い。傭兵ですもの、慣れたものでしょう」


ほくそ笑むレナ。


「そのような時間が、あのジーガ相手にあると、お思いなさっているの?」


「……」


じっと、見つめあう女2人。


黒とブラウンが揺れ、流れる静寂の時。



「……」


「……」


少し、ヴィエッタが何かを考え、口元を動かした。



「良いですわ。それならばそうしましょう、お義母様」


「……。ふふっ」


(あぁ――マジかよ。)


「ふぅ……。じゃあ、それでよいか、2人とも」


「ええ」


「……」


2人の女性がうなずく。


当然だが、ジキムートに意見などは聞いていない。


(ちぃっ! 余計なことをっ。な……、なんなんだこの売女どもっ!? こんなクソ溜めの牢屋にわざわざ、女が入ってくるなんざっ! おかしいとは思ったが。)


雰囲気が明らか、異様な2人に、ジキムートは眉根を寄せる。


だがどうする事もできず、宣言が行われてしまうっ!


「では、わしが裁判長としてココに、『決闘裁判』の判決を言い渡すっ! レナの代決闘者をジーガ、及び、その操縦魔法士」


「ふふっ」


「ヴィエッタの代決闘として、そこの傭兵っ!」


「……」


(チッ。)


「この代理決闘は、明日の昼。昼食後に行う事を、宣言するっ! 判決見届け人としてココにいる、全騎士団員を指名する事となったっ!」


裁判長である領主が、決闘を宣言するっ!


領主の貴族には、治めるその国の裁判官としての、正式な司法権を有する場合が、多々あるのだ。


「見届け人任命、お受けしましたっ! 我が〝真紅の鬼″騎士団、副長の名においてっ。この裁判の執行を見届ける事を、この剣に」


シャルドネの隣にピタリとつく人物が、剣を掲げるっ!


(あぁ~ぁ~。領主自らの、代決闘宣言が決まっちまった。うぇ……やべえな、コレ。それに俺には今、別の裁判をヤル自力もねえっ。覆す方法がねえんだ、畜生がっ!)


決闘裁判というのは、その名の通り決闘――。


すなわち、武力のぶつかり合いで、有罪無罪を判決するという事だ。


野蛮な物だが、市民にはスポーツ感覚で受け入れられ、人気が高かった。


普通は、決闘をする両者の同意を必要とする。


だが、今のジキムートのように、選択肢がない場合も多い。

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