第9話 傭兵と金。

「――ふぅ。ところで貴様、持ち物を調べた。釈明を聞こうか」


宣言をさっさと終わらせ、笑うシャルドネ。


まだ尋問は続くようだ。


「ちっ……」


「道具を持て」


シャルドネの言葉に、そばにいた騎士団員が汚い袋――。


そこそこパンパンだ。それを開け始めた。


そして我が物顔でその、ジキムートの袋をあさりだすっ!



「中には小袋があって。塩の中に、鳥の足? それとあと、うぇ……っ!? くっせぇっ!  毛が生えた何か」


ゲホッゲボッと、騎士がせき込む。


袋からは、あまり嗅いだことがないスパイスのような、独特の臭いが漂っていた。


「俺の非常食だ。それに塩は、枯渇した地方に行きゃあ金になる。食いたきゃ食え」


「いるかよっ、こんなくっせえ、ゲロの臭いがするモンっ! あとは……。見たことない銀貨、銅貨。それに札。この札は、魔法士に依頼をしてみた所、強い魔力があるらしいとの事っ! ですが、分析してもなんの文字だか、さっぱり分からないらしいです」


トンっと、地面に札束を投げ捨てる騎士団員。


「その怪しい紙きれは、靴の中にも入っていたらしいな」


いぶかしそうにシャルドネが、その札。タトゥーに見入る。


横で豪勢な鎧をまとった兵が、シャルドネをその札から守るように、歩を進めた。


「はいっ。靴の中にはナイフと金貨。それと共に、数枚のこれ……。明らかに隠していましたっ!」


「ナイフと紙、か。ナイフは分かるが、紙は何に使う? いや、紙――。そうかそうか。密書、密書だっ! 他国、とりわけクラインへの密書じゃないのか、貴様ーっ!?」


シャルドネが激昂するように咆哮っ!


同時にジキムートは、騎士団員から喉を上から絞められ、地面ですり潰されそうなほどに、圧力をかけられたっ!


「字だ――。文字の勉強だよっ。聖書を写してんだよ。大体魔力なんぞ字に乗せたら、密書にならねえじゃねえかっ。よく考えてくれっ! バレちまう。」


(チッ。)


今からつづる言葉に、心の中で毒づく傭兵。


だが、表情は微塵も崩さない。


「高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。それを一日一回書くっ! 俺からのささやかな、偉大なる神様への信心だよっっ!」


聖書があるかどうかも、分からない。


だが、地面に向かって彼は、用意していた回答を叫ぶっ! 


なんとかココで、けむに巻かないと。


最悪、決闘に勝っても無実の罪で、処刑されかねない。


「へへっ、なんでぇきったねえの。こんな字で神様にささげたら、神様もきっとごめいわ……く」


その瞬間だった。


今まさに、ジキムートを馬鹿にしていた騎士団員が急ぎ、周りを見渡すっ!


「……」


「……」


(なん……だ? この異様な雰囲気は。)


異変はジキムートにも、すぐにわかった。


ジリジリと刺さる視線。


まるで、悪魔を見るかのごとし、断罪の目。


そして……怒号っ!


「――馬鹿もんがっ!」



ガギっ!



重い一撃でぶん殴られる、騎士団員っ!


ビスっ!


血が飛んだっ!


その瞬間女たちが、目を怪訝に細め、後ろに下がる。


「ぐっ……。もぅしわけ……ありません、副団長」


殴ったのは、副団長の男。


だが、1撃では怒りは収まりそうもない。


続けざまにパンチを繰り出すっ!


バキッ


「うぅ」


骨の音が室内にこだましたっ!


フルプレートとまでは行かないが、鋼のガントレットをした腕で殴るのだ。


数発どころか一撃で、血が飛び肉が裂けるっ!


しかし、それでも収まらない――。


「はぁ……はぁっ! そんな事だから我らは、田舎者だと馬鹿にされるのだっ! まして聖典の守護者にまで……。クソっ。神への敬意を忘れた、〝頭を鋼に食われた獣″と吐かれるのだぞっ!」


「ぐぅ。すっ、すいませんっ、副長っ!」


襟を締め上げられながら、必死に謝る部下っ!


その締め上げられ方は、尋常ではない。


先ほどのジキムートへの暴行とは、比較にならないと言えた。


「神威(カムイ)の乱用――。これだから、教育を疑われるのですよ。やれやれ」


ヴィエッタがつぶやく。


その言葉にレナ。


義母のほうが、眉間にしわを寄せた。


「そいつを連れ出せっ。しっかりと教育しておくんだっ! では傭兵、これが信心であり〝リービア(尊神)″だと言う事かっ! 結構だっ。だが、燃やす事とする。きちんと礼拝堂で燃やしてもらって来る。良いな、ジキムートとやら?」


シャルドネがまるで、粗相を隠すように、言葉を連ねて聞いてくる。


その後ろで、人が引きずられて行く音がした。


「へへっ、願ったりかなったりだぜ。きちんと神様に、お礼しておいてくれよっ! なぁっ!?」


叫び、強がって笑うジキムート。


実際はその紙の束で、銀貨20枚――。


6万円もする、高価なタトゥーだったりする。


(だがそのおかげで、妙に勘繰られずに済んだ、か。でもよぉ、銀貨20っつったら、隣村への護衛、2・3回分じゃねえか。くそぉ。)


一回の護衛が大体距離にして、12キロ位だろうか?


それを3回だから、36キロ位。


大阪ならば、なかもずから難波ぐらいだ。


それをモンスターに野盗等を、方々警戒しながら歩くのだろう。


重労働の対価が、塵と化す事に、諦めきれない傭兵。


それを必死に、心に隠すジキムート。



「そんでもって、あとはガラクタですかね」


適当に袋を振られ、吐き出されていく、ジキムートの所有物。


当然だが、取り出した物全部、無頓着に地面に転がっていく。


「金属の棒が数本。なんか、十字の物。……色々あんな」


ほう……と、騎士団員は興味深そうに、続ける。


「えーっと。におい袋? それと、ネックレスに本に、なんかギザギザした……。太陽か?なんかのレリーフ。湿布の束と、粘液の小瓶。多分はちみつでしょうね。羊皮紙にナイフ数本。それに、湯飲み。なんだコレ? 重たいな。それから……」



ピクッ。



「……湯飲みをよこせ」


シャルドネが、その湯飲みを欲する。


ジキムートはその時、唇をかみしめた。


「どら……」


湯飲みをしげしげと見る、シャルドネ。


彼はその湯飲みをやおら足元へ、勢い良く放り出したっ!


バリンっ。


「くそっ……!」


ジキムートは、後悔の声を上げる。


そして、歓声が……っ!


「黄金……。か」


笑うシャルドネ。


そこには『金』があった。


ちょうど、とっくり状の湯飲み、その底にへばりつくような形だ。


「おぉ……。すげぇ。こんなところにっ!? 結構な……。本当に結構しますよ、この量っ!」


騎士団が好奇の目でその、今なら500万程はするだろう、金の塊を見るっ!


「――なぜ、こんな所に隠す」


「そりゃあ……まぁ。手癖が悪いお友達と、過ごすんでね」


自嘲するように笑うジキムート。


傭兵世界では仲間同士の内ゲバ。


というよりそもそも、仲間という言葉を使う事自体に、語弊がある。


そのような世界だ。


それなのに、自分の財産を銀行に預けておくのも、難しい職業でもあった。


鎧や武器の調達。


傷の手当。


傭兵は、急な出費が多い。



「俺ら旅師が信頼できるもんは、金(きん)だけだ。溜まった金目は、どっかに隠さねえと」


現代の私たちと違い、この世界のお金は『金代替制度』である。


国家は、その国で流通させる、紙幣でも硬貨でも。


お金と認めた物を持ってくれば、それに見合う程度と認めた、『金』と取り換える。


その約束を背景に、お金を発行していた。


昔の戦乱期でも、お金が信用された理由は、そこにあったのだ。


なので私達とは、黄金に対する考え方が全然、違う。


もし、悪いお友達と付き合うならば、黄金は決して持ち歩いてはならない物にもなる。


ジキムートは苦心の結果、いつも使う湯飲みの底に、へばりつかせていた。


「くくっ、なるほどな。お前のような無法者が、考えそうな事だ。無法者は無法者を知る……。道理道理っ!」


室内に笑いが漏れる。


呆れたように、ジキムートを見下す人々。


(ふん、笑えゴミども。てめえらこそ、税の徴収に躍起になって、家まで焼きだす業突く張りじゃねえか。)


聞きなれた言葉に、心で言い返す傭兵。


どこの国に行っても、どこの世界でも――。


徴税におびえる者たちを彼は、よく見てきた。


子供から、その日1つだけのパンを取り上げるなんて、屁でもない。


そんな人間たちが、自分をあざ笑っているのである。



「ふふっ、これだから傭兵は信用ならないの。 お金の為には、主君を裏切る事をいとわない、下賤のモノ。断じて傭兵は、我らの騎士団の代わりにはならないわねっ!」


大きな胸を揺らし、黒の女帝が高笑いする。


「おっしゃる通りです、レナ様」


それに兵隊たちが、レナに媚びいるように、同意する。


実際、騎士団達の本心に近いのだろう。


確かに、王侯貴族と騎士団が頂点にいる時代だ、


それも仕方ないと言える。だが……。



「そうでしょうか?」

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