第6話 神から愛されない、という事。

「ねぇ、お姉ちゃん」


白く濁る息。


幼い少年は、勝気そうな少女に聞いた。


「なぁに?」


「ラグナロク税、どうするの?」


重いズタ袋を持ち、彼らは1列に、徴税官の元へと向かっている。


ボロボロの街と、やせ細る大地。


粉雪が舞う季節に人々は、必死に工面した物を吸い上げられていく。


「良いかっ! 10パーセントだっ。すべての畑から10パーセントっ。全ての商品からも、1割っ!」


「数字が分からんでも、きちんとこちらで記載してある。言われた通りの額を納めろっ! 1銅貨たりとも、見逃さんからなーっ」


兵たちが大声で叫んで、ウロウロと歩き回っている。


税は――重い。


取れた穀物。


儲けたきんすに一律、ラグナロク税が10パーセントかかる。


それだけではない。


租税に20パーセント。


基本税にさらに、30パーセントが徴収された。


その上地代に5パーセントで、合わせて65パーセント。


ことさらそれに、年に40日ものタダ働きの、賦役。


そんな物も義務とされる、庶民の彼ら。


その中では、ラグナロク税は死活問題であった。



「もぅ勘弁してくださいっ! 我らは一文無しです。誓います、蔵には何も残ってない。ご容赦を、ご容赦を……っ!」


すがりつく老人。


彼の風体は雑巾のようだ。


栄養のめぐりも悪く、体のあちこちが赤く、ひび割れている。


「嘘の臭い……」


少年はつぶやいた。


「この税を容赦だと? 何を馬鹿なっ!? あの〝ラグナロク柱″がなければ、太陽すら無くなってしまうのだ。太陽を維持しなければ我らは、生きる事すらかなわんっ!」


怒鳴り声を上げて、〝光の柱″を指す徴税官っ!


彼が指差す先には、全世界から見えるほど大きく高く、天に穿たれた光の波、3つ。


それらが血管のように、脈打っているのが見えていた。


このラグナロク税は、太陽を支える光の為の税である。


「ですがしかしっ。これでは飢え死にの方が、先に来てしまうのですっ!」


「飢え死にだぁ? はぁ……。何を愚かしい。光を一度でも失えば、たちまち全員、神の生贄になるのだぞっ!? 税は貴様のような虫けらの命よりも、重いのだっ! さっさと税を払えっ!」


「そっ、それでもなんとかっ! 神が恐ろしいのは、わたくし共も重々分かっておりますともっ。ですが、限界なんですっ。なにとぞっ! なにとぞーっ」


泣きつく村人たちにゆっくりと、目を這わせる兵隊たち。


「それはすなわち、神との闘いをやめる。という事か? よもや貴様ら、〝リデンプション(帰依教)〟の手先。『降伏教徒』になってたりは……せんよなっ!?」


徴税官の言葉に、皆が顔を落とし、声をひそめた。


「この付近で最近、無抵抗教徒が出没したという、目撃情報があるっ! お前達、知らないか? もし何かを知ってるなら吐けっ。この場でな」


「……」


徴税官の言葉に、誰も名乗りを上げる様子がない、村人達。


それに業を煮やした兵が――。


「そうだそうだ……。だったら税だ。税が嫌いならば、〝リデンプション(帰依教)〟について、知っている事を吐けっ! そうすればそいつだけは、ラグナロク税を免除してやるぞっ! さぁどうだっ。」


村人たちの前に、『ニンジン』をぶら下げた。


そして徴税官が再度、村人たちを睨みつけるっ!


が、誰一人、言葉を発しはしない。


ただただ、うつむくだけ。



「……。ぬぅ、まぁ良い。だがジジイ。ここは神との最終決戦の地だっ! 人類存亡をかけ、神に歯向かえぬ者には厳罰をもって、我らは応ずるっ! ケツを出せ、この憶病者のゴミがーっ!」


「かっ、堪忍してくだされっ。鞭打ちは……。鞭打ちだけはっ!」


だが、その言葉もむなしく、組み伏された老人。


彼に激しく厳しい、鞭が襲うっ!


バシッ、バシッ!


重い音が響くたび、老人の血を吐くような声が響いた。


「……」


激しい音に震える少年。


すると、少女が少年とつないだ手を握り、言い聞かせるように腰をかがめた。


「良いジーク。ラグナロク税っていうのはね、私達の命と同じよ。あの太陽を維持しなければ、神に望まれなかった私達は、生きてはいけないわ」


天を睨み据える姉。


これは嘘や冗談ではない。


「僕らも……。神様に描いてもらえてたら、良かったのにね」


ため息交じりで少年は、凍えるような寒さの中、体を震わせながら周りを見渡す。


その眼に映るのは、覆い尽くすように伸びる樹々。


大きくそびえる山々。


様々な、命の躍動。



「たくさん描いた筈なのに……」


神は全てを生み出す為に、パレットに色を出し、多様な物を描いて見せた。


その甲斐あって、生物のみならず土や水や、雲に至るまで。


色とりどりのキャンバスの色から、生まれたという。


目に入る物は全て、神が描いたはずなのだ。


――ヒトだけを除いて。


「もう遅いわ。むしろジーク、そんな事言っちゃ、ダメ。私達はゴミとして生まれたから、ヒトなのよ。それが私達の存在証明なんだからっ!」


弟とつないだその手に、ギュッと力を籠めた姉。


彼女は悔しそうに、唇を噛む。


彼ら人間は、絵を描いた時にへばりついた、神の汗やゴミ――。


汚物の結晶から生まれてきた、生き物。


そうはっきりと、語られている。


「ゴミ……か。そうだよ……ね」


少年はうなだれた。


彼らの世界は初めから、神の祝福どころか、嫌悪と侮蔑。


それだけで、満たされていたのだ。


救いはない。


だが――。



「だけど、ただのゴミじゃないわ、私達は。だって、神から逃げて来られたもの。神すらも、この世界には入れない。それもこれも、あの太陽のおかげ。だからあの太陽とそして、輝くラグナロク柱は人間の誇りなのっ!」


嬉しそうに太陽と、それを維持するラグナロク柱を見つめる姉。


「太陽……」


少年は眩しそうに、姉の眼差しの先にある、冬のくすんだ陽光から目を逸らす。


「でもあの太陽は……。あれを支える柱は、糞ったれ天使共と、悪魔の死体をこねた物だって聞くわ。私達をあざ笑った者達が、神を邪魔している。あまつさえ、私達に魔法を与えてくれてる。悔しいでしょうね、神とその下僕共も」


勝気な笑みを浮かべ、神への怒りをあらわにする姉。


だが、少女の力強さに比べて、少年は――。


「でも、維持するのは難しいみたいだよ。僕らももう――」


少年は未だ、鞭に打たれ続ける老人を見た。


怯える少年の手は、震えが止まらない。


まだ、彼らが抱えた袋――。


少年達2人の、1週間分の食料。


黒パン5つと、布切れのようなベーコン。


それだけでは、税が払えないのだ。



「怖がりね、ジーク。大丈夫よ、私がいるから。」


弟に笑いかけ、少女はやおら、自分の靴を脱いだ。


「でもジーク。1つだけ覚えておいて。ラグナロク税について、間違っちゃだめよ。これは、神から逃げるために払ってるのではない」


彼女は靴を――。


たった一足しかもっていない、生活の必需品を、ズタ袋に乗せる。


「いつか我ら人間が、私たちを見下した神を倒すために払うお金。〝ラグナロク(神の時代の終末)″を迎えるための、私たちの勝利の税よっ!」


「神を倒す……」


怯えた少年の瞳に、映った物。


姉の姿とそして、彼女の力強い眼光。


それを忘れることはない。


勇者の目を。


誇り高き、反攻者の眼を。








「でね……。世界は神のご加護にあふれ、マナが漂っているから、それを探ってぇ――」


「へぇ……」


ジキムートは天を仰ぐ。


薄暗い天井。


あれからいろいろ、考えていた。


(なんとなく最後――。イーズと別れる瞬間を思い出してきたぞ。)


彼は、最後の瞬間を思い出す。


あの後ジキムートは、どこかに飛ばされたのだろう事。


それは想像に難くない。


(気絶しちまって、でかい鳥モンスターにでもひっ捕まって、途中で振り落とされたかね?)


上機嫌に話し続けるケヴィンを見やり、ジキムートが笑みを送る。


ジキムートは、自分の無学さを恥ずかし気もなく語り、ケヴィンに教えを乞うていた。


そしてケヴィンは親切にも、ジキムートに色々な事を語り、教えてくれている訳だ。

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