chapter1 飛ばされた未知の世界で

第5話 目覚め。そして牢獄。

 「うぅ……」


男は目覚めた。


そしてすぐに、状況を理解する。


死の危険があることを。



「気を失って寝てたって事は……。手足がねえ可能性があるな」


手、足。――胴に首。


眠気に抗いながら、感覚を通す。


急いで全身のチェックを済ませるっ!


「縛られてるが、全部ある」


そして次へ。


自分が断頭台にいないことを確認する為、体勢を入れ替え、天を仰ぐ。


「ふぅ。ただの牢屋じゃねえか――。助かった」


深いため息。


ゴツリと地面に頭をつけ、安堵する。



友人の家であろうが、昼の市場であろうが。


気を失ったということは、死が近い。ということである。


それだけは、死ななくても分かっていた。


そういう〝時代″なのだ。


ぽちゃっ……ぽっ。


ボーっと天井の岩と、それから、落ちる水滴を見やる男。


「おいっ、イー……。誰かっ、起きてるか?」


相棒の名前を呼びそうになって、すんでのところ。


なんとか男はかわす。


下手をすれば、捕まっていない仲間がバレるからである。


「誰もいねえか。無事なら良いんだが。しかし縛られてるってことは、人間か? それとも〝下等原人″か……」


大体の相手を推察していると、目の端――。


そこに、人影らしき黒が見えた。


薄暗い、格子の向こう。


視界の端。



「音が、近づいてくる」


彼は、全身の神経をその、近づいてくる生き物に集中させる。


ガシャリ……。ガシャリ……。


「数は1。鎧を装備。武器はこんな場所だ、ちっこいなやっぱり。フルプレート級の、鎧の重量だが――。軽い? なんだ、コイツ。中身が女か? それとも……」


少し戸惑う男。


なるべく想像を働かせ、何が来ても、驚かないよう心掛ける。


「そろそろ目の前」


つぶやき、目の前に来るはずの鎧を、目を凝らして待つ。


そして……っ!


「デュラハン」


眼の前にいたのは、鎧だ。


鎧が……歩いているっ!


「あっ、起きた? 大丈夫?」


明るく聞いてくる、デュラハン――。


ではない、ただの衛兵。


明らかに、体と鎧のバランスがおかしい。


頭が胸部の鎧から、半分だけしか出てなかった。


「……」


「まだぼーっとしてるみたいだね。ほらお水」


デュラハンもどきが、男へ――。


男の体は筋肉で太め。


といっても、傭兵だと言うことを知っていれば、細いと断言される程度。


背丈もそれほどはない。


せいぜい、170センチと言った所だ。


黒髪に短髪、目は非常に険のある、ガラの悪い瞳をした男。


総じてあまり、強そうに見えない。


下っ端の、チンピラに見えるその囚人に、デュラハン衛兵が水を渡そうとする。



「サンキュウな」


そう言って、コップから勢いよく放たれ、ぶっかけられるだろう水。


目覚めの水の襲撃に備え、口をつぐんだ囚人。


「はい……。もっとこっち来て」


しかし、まるで猫でも呼ぶように、おいでおいで……と、囚人に促すデュラハン衛兵。


木でできたコップを、男に向けて傾ける。


「……」


眉根を寄せて、ゆっくりと。


パンツ以外を着用しない男。


彼が、芋虫のようにすり寄っていく。


そして、傾いた小タルの中の、その水。


それの臭いをかいだ。


(小便は混じってないのか。それに……)


衛兵の位置取りを見て、少し考えると男は――。


そのまま口をつけ、与えられた水を口に含む。


その時っ!


「……。んっ!? んんっ!?」


驚き、くぐもった声を上げた男っ!


「どっ、どうしたの?」


デュラハン衛兵が、不思議そうに聞いて来る。


「いっ……。いや。なんでも」


ぶっきらぼうに、男が応えた。


だが――。


(くぅ、なんだコレ……。良い水じゃねぇか。飲める――。っつうか、美味いだとっ!?  マジで美味いっ。コイツ、俺に今から一体、何するつもりだっ!?)


囚人である自分。


それに差し出された、妙にうまい水。


この2つの、普通ではあり得ない関係性に男が、猜疑心にかられている。


普通に水が、うまい。


この問題で考えるべきは、ここが牢獄である事。



囚人に水が与えられるならば、そこらの炊事用の水か、最悪――。


下水川の物である場合が、多いのだ。


(これが俺への、最後の食事とかじゃ……。そんなんじゃ、ねえよな? なっ!?)


恐怖心が強い。


男は表情を変えず、うめいていた。


それは怯えと捉えても、良いのかもしれない。


色々と男の脳裏をかすめる、疑惑や可能性。


だが――。



(ここは牢屋だ、この状態で考えてもしょうがねぇ。ふんっ、自分が嫌になんぜ)


少し考え過ぎの自分に舌打ちし、男は水を一気に飲んでしまったっ!


牢獄の中ではどうあがいたって、拒めやしない。


例え本当に、小便が混じっていようが、だ。


「ふぅ……。ところでお前、聞きたいんだが」


「あっ、そうそう。僕も聞きたいんだ。よかった。聞いておけって言われてたんだよ」


水を飲ませて貰っておいて。


それでも横柄に聞いてくる、ふてぶてしい、パンツ一丁素っ裸男。


そんな男にも動じず、デュラハン衛兵が可愛く笑った。



「尋問か……。良いぜ」


なんとなく、むずがゆくなる衛兵。


違和感があったが、本題に入って安心した男。


「えーと名前は? 僕はケヴィンっていうんだ。よろしくね」


にこりっと、満面の笑みで笑うケヴィン。


愛らしいその顔は、非常に幼く見える。


「ケヴィン……ね。俺は――」


刹那の時間。


「ジキムート」


(本名で良いはず。城持ちで、ギルドがねえ町なんて、ないよな)


「へぇ、ジキムートさんか。どこの人?」


「あぁ俺、傭兵だから……」


「傭兵だから?」


……。


「……えっ? あぁ。出はない。村とかそんなのは、ねぇって意味だ。強いて言うならさっきまで、ゴトラサン共和国に居たってこった」


なんとなく調子が狂うジキムート。


傭兵に出自を聞くことなんて、滅多とない。


聞かれるのは大体は、どれくらい言葉が話せるかと言うこと。


そして、敵国に組しなかったかどうかの、2つだけ。


「そっか……ごめん」


キレイで大きな瞳。


性格が柔らかそうな、曲線を描く目元。


瞳をうつむかせ、ブロンドの、さらりとした髪が肩につく。


華奢な体は一層縮こまり、発色の良い唇がぽつり……と、申し訳なさそうに、謝罪の言葉を発した。


しゅんとなるケヴィン。



(新手だな、これは。なぜ男で、こんなのが尋問官なんだ。ここの主は男色趣味か? この性格で女なら、万人受けしそうな――。いや、ケヴィン。ケヴィン、か。可能性はまだっ!)


「なぁ、ところでお前。この頃『老けた』って、言われないか? 良いクリーム売ってやるぞ」


「えっ……? ほんとっ!? やったっ。少しは大人っぽくなれたかな? これで少しは、馬鹿にされなくて済むっ!」


「……チッ」


心の底から舌打ちをする、ジキムートっ!


ヤル気が一瞬にして、地に落ちた。


残念ながら、男である。


「傭兵さんなら――。えと。クライン王国に属したことは?」


「クラ……? なんだってぇ?」


「クライン王国。有名な都、聖都『焼け土のデーヴェ』があるところだよ。それにあなたの入れ墨。それはどこの物? クラインと関係があるの?」


(クラインに、聖都? 知らない国と首都、か。いきなり難儀な事になったな。)


彼はとりあえず、答えれそうな事から答える事にした。


このケヴィンとやらが、事情聴取している間が『華』だ。


ケヴィンで情報が取れないと分かれば、どんな相手が代わってやって来るか、見当がつかない。


「この入れ墨は、空のラグナ・クロスだよ。珍しかねえだろ」


「空の……。ラグナ・クロス団、と。えと、何をする組織ですか?」


……。


「……?」


応えの保留。


ジキムートは少し、黙りこくっている。


「えと。空のラグナ・クロス団、というのは一体、何をする為の組織なのですか? もしかして、風の民の部族名、とかですかね?」


「……」


(コイツ、この俺に心理戦でも挑んでやがるのか? そんな巧妙な奴には見えないが。)


自分の腕に開いた、〝神からの送電線″。


それに視線をやり、ケヴィンの意図を探る囚人、ジキムート。



「あの。クラインに関係が無くとも、その……。違法な行為に手を染めた人間の場合は、処罰の対象となりますので」


「クラインってさっきから言ってるが、俺はそんな国、知らないぞ。どこにあるんだ、そんな国」


「えっ、そんなはずないですよっ。元々〝福音〟国家だものっ! 高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。神の4柱。その内の、ダヌディナ様がいた国ですっ!? 絶対に……」


ぞくっ。


「なっ……。なななっ。なんだって?」


ジキムートが、ケヴィンの言葉を遮るほど、動揺してしまうっ!


高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。


「えっ。だから。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。神様ダヌディナ様がいたって……」


「ごくっ」


自分に聞こえる程に、喉がなるっ!


動揺は罪だ。


敵に弱みを握られる。


だがこれは、格別に緊急事態っ!


なぜなら……。


「神……だと?」

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