第4話 神話。そして始まり

世界は、孤独に包まれていた。


灰の世界。


心を縛る、目のない雷(イカヅチ)。


蒼ざめた、届かない光。


その時はまだ、いっかいのニンフであった彼ら。


彼らは、第3世界をさまよい、歩いていた。


ただただ、終わらぬ地平線を惑っていたのだ。


だがある時。


その地の果てに一つ、光を見つける。


そこはまだ汚れ無き、無垢なる孤独と、滅びゆく黄昏れの地。


愛の無い世界であった。


そこには理がなく、名がない。


名がないかの地の滅びを止める術はなく、朽ちゆく世界は謳い、狂っていた。


誰にも届かぬ声で。


誰もが耳をふさぐその、旋律で。


だが、彼らはその歌に涙する。


彼らニンフが、かの地の叫びに呼応し、彼らはかの地へ名を与えた。


するとその瞬きの中、マナの洪水が世界を覆うっ!


刹那の時に、彼らの憂いが世界を変え、孤独から解き放ったのだ。


喜び、次々と形を変えていくかの地。


塵と毒は空気に。


汚泥と腐敗は大地となった。


絶え間なく流れた涙はいつしか喜びになり、そして――。


最後に、黒と虹を混ぜて、今まで荒ぶりすさんだ焔の心を癒した。


かの地は自分たちの名に喜び、彼らにこう言った。


この地の守護者になってほしいと。


その問いに、彼らは答えられなかった。


彼らは第5の世界、理に縛られる身。


ニンフは導きの光を失くしている。


ニンフは謳う事を忘れてしまっている。


ニンフは――世界を愛することを、禁じられている。


彼らは苦心の末、第5世界と決別する事を決めた。


彼らは姿を捨て、名を、この世界に全て還してしまったのだ。


そう、彼らは孤独からこの地を守るため、自分を捧げたのである。


楔の柱となるために。


そして、孤独と理の使者と決別。


彼らはその代償として、この地で永劫を過ごすことになる。


世界を創り上げ、自らが柱となって彼らは、世界を愛し続ける事となったのだ。


その4柱の神となった者達はその後、人を作った。


孤独の世界からやってきた、彼ら唯一の、自分の影を。


神は人以外は、何も生まなかった。


そして彼ら神は、世界に自由と誇りをもたらしたのである。








「こんなん拾って終わりで、本当に良いのかよ」


男が、相棒の少女が持った箱を見やる。


「どうだろね……、コレ。ただの箱にしか、見えないんだけど」


彼らは依頼を遂行し、その帰り道。


砂地を歩いていく。


ここは大きな森林が、砂の上に成立しているという、不可思議な場所である。


どうやってかは分からないが、数百年前から木がスクスクと、砂の上に生え始めていた。



「あんな小さな遺跡にあるモンを、こんな大金出してまで欲しがるなんて。あの〝下等原人″の爺さん、変わってんなぁ」


「こらっ、あんまり依頼人を侮辱しちゃだめだよっ! まぁ~でも。うん、確かに。結構な依頼料の割には、簡単だったね。儲かった儲かった~っ」


無邪気に笑う少女。


笑顔の相棒に、男が笑い返し……。


「ふふっ。しっかしこの遺跡、な~んもねえな。モンスターも原種生物もいなかったし、トラップもない」


「しかもまだ、この小さい方の遺跡。領主に見つかってなかったみたいだしね~。お宝の山じゃんっ! えへへぇ……」


袋に詰めるだけ詰めた、マナの結晶を見る女性魔法士。


顔がほころんでいる。


「……。安心安全な旅ってのは、良いもんさっ。人生楽するのが一番よっ。じゃ、さっさと帰ろうぜ?」


笑顔で、少し足早になる男。


「……。何か考えてる?」


相棒の剣士の姿に、少女が何かを感じ取る。


「いんや、な~んにも。それより、天才魔法士様のお前には、ソレ。なんか感じるモンがねえのかよ」


男が肩をすくめながら、少女が持っている依頼品をさす。


「う~ん。あんまり特には、ないなぁ」


「そうか……よ。お前が言うなら――な」


2人は砂を鳴らし、足早に歩く。



「でも、なんだろ。少し奇妙、かな?」


「奇妙? どうした?」


男が少し、相棒に近づいた。


「多分これ、パズルっていうのかな? きちんとした手順を知らなきゃ開けられないように、細工されているっぽいんよ。それ以外は分かんない。それが奇妙、かな。どったらいっしょ~」


「あぁ……。どったらいっしょ来たか。お前が言うなら、そうなんだろうな」


彼女のまるで、方言に似た、ズゥズゥ弁のような口癖に、男が耳をほじる。


どったらいっしょ――。


どうしたら良いんでしょうね? の略であり。


よく似た部類。


例えば、どうしたら良いか、分からないのでしょ? と示す時にも、彼女は使う言葉。


この差を感知するにはもう、直感で判断するしかなかった。



カチカチ……。カカッカッ



「ん~あぁ。どったらいっしょねぇ? ど……、どうしたら――んっ! ん~?」


彼女はその依頼品。


色のない、ルービッ〇キューブもどきを必死にいじくりながら、『どったらいっしょ』を連発している。


(あっちゃあ。アイツの研究熱に、火がついちまった。このまま行くと、あの依頼品を届ける前に、分解しようっ! って、言いだしかねないぜ……。)


男の眼の前で、少女が悪そうな顔で笑っている。


「ちょーっとだけなら、良いよね? ただの魔法だもんっ。解体はまだしないもん。いひひっ」


(おいおい……。早速魔法をブッコむつもりか? 壊した後が少し気になるが、壊すのも嫌な予感――。しゃあねえ、引き剥がしておくかっ)


その瞬間っ!


パシッ!


「まぁ、とりあえず。あのジジイの所に持って行きゃあ、なんか分か……」



カチンっ!



「エッ!?」


足元に突然、魔法陣が光ったっ!


それと同時。


湧き出した魔力が、この遺跡一帯へと一気に、広がって行くっ!


ビキビキビキっ!


溢れる力は瞬間的に、その場を切り取り、世界から隔絶させていくっ!


「ちょっ!? これってっ。この色ってまさかっ!? ――〝ドゥーム・カタストロフ(破滅の使者)″っ!」


少女が叫び、周りを見渡すっ!


色の無いマナに、包まれた世界。


世界は浸食され、亀裂の走る音を響かせ続けているっ!


「なっ……なにっ!?〝ドゥーム・カタストロフ(破滅の使者)〟だとっ。あの下等原人のジジイめっ」


放たれる風にひるみながらも、2人はなんとか戦闘態勢を取るっ!


だが……。


ヒュンヒュン。ヒュウっ!


すると今度は、広げられた闇が、収束していくっ!


一転して、狭まり始める魔法陣。


中心にはその――依頼品がっ!


「クソがっ。やっぱ面倒な事になっちまったっ」


男の言葉すらも、吸い込まれていくっ!


収縮する、暴風に似た力の奔流っ!


それはすぐに、辺りを吸い込み始めたっ!



「きゃ……っ!?」


「クソっ、なんだこの手はっ!?」


透明な、何か。


触手のような物が大量に、数千の単位で、依頼品から湧きだしてくるっ!


透明な指は、あちらこちらを物色しだしたっ!


「ヤッ、ちょっとっ!? 何スンのっ!? だっ、駄目っ、そこはっ。反応しちゃうからっ!」


「うぁっ!? こいつらなんだよっ」


体に蛇が巻き付くように、一斉に無数の腕が、2人の体を触診していくっ!


「くぅ……。うぅ。どこ……触ってんのよ、ふっざけんなぁっ! いい加減にしろってばーっ。象の化身よっ、阻んでっ!」


叫ぶ彼女っ!


何かお札のような物を、自分の腕に乗せたっ!



じゅうっ。



その瞬間彼女の腕から、肉が焼けるような音がする。


すると魔法が発動っ!


自分を取り巻く数十の腕を、一気に切り裂いてみせたっ!


「早くっ! 手を掴んでっ。そうしないと……。このマナの中だと私っ!」


一目散に、男に向かって走る少女っ!


相棒の――。


『箱』に捉えられた男の元へと、疾走するっ!


だが……しかしっ!


「だっ、ダメだっ! なんでだ、指が取れねえぞっ! クソっ。これじゃ魔法が使えねぇっ」


まるで箱が、自分と同化したようだ。


彼の指はぴったりと、取れなくなっていたっ!


だが、それだけではない。


自分を引き剥がそうとするような風と、引きずり込もうとする力。


相反する力はすさまじいっ!


バキッ! バキバキーーっ!


「うぐぐっ!? クソがっ」


太い樹木を、簡単に飛ばしてしまう程の力に、男がうめくっ!


世界を包み込む、〝箱″を中心とした力場っ!


力に翻弄され、苦しむ傭兵っ!


「ジーーークっ! 駄目。この流れの中じゃ、飛ばされちゃうっ! やめなさいアンタっ。このままじゃ……このままじゃア……探し……取る……できなく……うょっ!」


ぷあぁっ……。


離れていく、彼女の姿。


相棒の輪郭が、消えていく。


ドンドンと遠のきやがて……っ!


「イーーーズっ! ――くそっ」


彼らは闇の中、互いに名を呼び、必死に手を伸ばすっ!


が、やがてマナの世界が、全てを覆い尽くした。


そう、この世界ではあるはずのないマナが、彼を覆ったのだ。

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