第3話 神に目通りする為の道、その道すがら

退屈な車内では、そこかしこで〝行事″が行われる。


賭け事から、街道ゆく女をナンパやら。


噂話やら。


「それでよぅ。どうやらシャルドネって奴が、『選挙』とかいうのを――。そんな、わけの分からん決め方を、提案したらしいんだよな」


揺れる車内。


というか、尋常じゃない程、荒れ狂う車内。


男は噂話に、敏感に聞き耳を立てる。


中世の時代、通信という〝概念″そのものがない世界だ。


人づての話だけが、情報元である事。


それは真っ当で、普通で、ザラである。



「その〝選挙″っちゅうのは、一体なんなんだよ?」


そう聞かれると、話をしていた白髪の――。


年は40頃だろうか?


この時代ならば、老兵に分類される男が、待ってましたと自慢げに言った。


「選挙ってのは住民が、〇か×で、自分たちで決める話だよっ!」


「あ~? ん?」


説明が全く分かってない、そんな顔をする質問者。


「要は、こういうことさ。税金を上げますか? って話で、〇か×か……」


「はいはいはいっ。×だ×っ!」


勢いよく手を挙げる、一人の傭兵。


「この間ギルド行ったらよぉ、税金が上がったとかで、200銅貨もらえるはずが、192になってやがった。なんかが、20パーセントから、22パーセントに上がった~。とかなんとか言われてなっ。クソ貴族がよぉ~っ!」


頭を抱える傭兵。


「税よりもお前、受付にガメられてんぞ」


男は笑う。


おそらくは、依頼料250。


そこから20パーセントの税を引いて、200銅貨。


2パーセント増量しても、195である。


192になる道理は無い。


「よくあるこったがな」


中世時代は、学がないのは当たり前。


識字率は良くて、5パーセントくらいだろう。


当然、計算はできない。


だが、野生の勘と数字勘はそのうち、研ぎ澄まされていく物である。


研ぎ澄まされる、それまでは……。


辛酸をなめ続けるしかなかった。


男にも苦い思い出は、たくさんあるのだ。



「だっ……。誰か……」


その時、声が聞こえた。


が……。


「まっ、そういうわけで。今から行く〝神の水都ディヌアリア″。この偉大なる聖地は、住民の選挙の結果、なんとっ! 『平和的』に別の国、バスティオンのモノになったとさっ」


「へぇ~。平和的、ねぇ。うんじゃあ住民連中ほとんどが、バスティオンに行きたかった訳か? だったら今更なんでそいつら、くだんのバスティオン軍ともめてんだ?」


「さぁな。ただ、もともとは奴ら、高慢ちきな『神の使徒』だぜ? やれカーペットが汚いだとか、色が気にくわないだとか。そんな感じでうるせえからなぁ」


「するってぇと、今回は何か? ――便所に明かりがないっ! とか、糞垂れながら、駄々をこねたのかねぇ?」


イヒヒっと笑う白髪と、傭兵達。


「全く神様も――。あぁ、高貴な我らの、真の支配者。崇高なるマナの仕手」


何かを言いかけて、自らの言葉を飲み込んだ傭兵。


そして、神への賛歌で誤魔化す。


「アイツらを好きな奴なんて、世界中探しても見つからねえよ、たくっ。ちったぁ殊勝にできないもんかねぇ」


胡坐を組み、文句を垂れ流している傭兵。


羊か牛の胃で作った皮袋に、口をつける。


中身は水では無い、恐らくはビールだ。


ただ――。


私達が思うような『ビール』ではなく、この世界の人間には、『水とおやつの複合体』。


というイメージだが。


「でも、世界に4柱しかない、ありがたい神様だ。その福音を授かるには、あいつらを受け入れるしかねえんだよなぁ。あ~あ、〝余計な物″なしに神様だけ、手に入れれないのかね~。」


「まぁでも、聖地が欲しいならしゃあねえわなぁ。いつまでも野犬のままじゃ、格好つかねえぞ?」


「あぁ、そうだよ。聖地がない国家なんぞ、獣の群れと同じだぜ? 人間扱いすら怪しいってんだ。国家として恥ずかしいったらありゃしねえっ」


傭兵が苦笑し、笑いが起こる。


「だがあの、〝頭を鋼に食われた国家″代表のバスティオンもついに、福音国家か~。すんげえよな、バスティオンの王様ってのもっ! あんま良く知らねえけど」


「あぁいや。この件にはきっと、シャルドネ自身の仕業が大きいんだろうよ。だから聖地への警備依頼は全部、王族と関係ねえんだ。シャルドネが独自に、俺らを手配してるって話になんのさ」


噂話が続いていく。



すると――。


「おっ……お前、ら。助けて……っ」


声が――。


弱々しく、消え入りそうな声が聞こえた。


「あぁ? なんだお前。まだ生きてたのかよっ」


「あぁ……。頼む、誰か薬をっ」


ぜぇはぁと息を乱し、カメレオン男が傭兵達に頼む。


だが……。


「うっせぇっ! 黙ってろっ」


ガッ!


「がぁ……っ!? うあぁ……。」


靴底で小突かれ、カメレオン男がうめくっ!


「あ~。何話してたんだっけ? コイツのせいで忘れちまったっ。クソがっ」


ガッガッ!


「くぅ……。あっ。」


イライラした傭兵に蹴られ続け、涙目になりながらカメレオン男が、必死に防御態勢を取っていた。


「ちっ……」


その姿を見て、舌打ちする者一人。


すると――。


「おいお前、薬なら売ってやるぞ。ちょうど、シャルドネ廷でくすねておいたのがある。1つ10銅貨だ」


男が薬を、カメレオン男に見せつける。


その言葉を聞き……。


「そうだそうだ。シャルドネの話だったっ! おらお前、さっさと売ってもらって来いよ。安いじゃねえか、銅貨10枚ならっ。へへっ。」


「えっ? あんなもん、5枚で買えんだろ? 俺は前、3枚で買ってたぜ?」


「はぁ? 今から『仕事場』なんだぞ? 馬っ鹿じゃねえのお前っ!」


「なっ……なんでだよっ!? 馬鹿ってなんだよ、馬鹿ってぇっ! 俺は数を11まで数えられるだぞっ!」


「あぁ、はいはい。分かんねえなら良いよっ。――だがシャルドネ、か。全く知らない名前だったが、この頃耳にするな。聖地の話にまで、顔を出してくるとはなぁ」


噂話を再開し始めた、傭兵達。


「ふふ……っ」


噂話が始まったのを見て、笑う男。


その片手間に男は、10枚の銅貨を受け取る。


男は貴重な薬を、カメレオン男に分けてやった。


相場の倍ほどで。


しかも、噂話を続けさせるという目的も、達成できていた。



「シャルドネの名前はこの頃、うちら界隈じゃ広まってるっ! どうやらあの辺境伯様。相当なやり手らしいぞっ! 裏でえげつない事までやってるみたいだし」


「マジかよマジかよっ。一体、どんな事やってんだ? えぇ?」


興味深々。と言った顔で、白髪傭兵の言葉に寄り付く、傭兵達っ!


その様子に、白髪の傭兵がニヤリと笑い……。


「どうやら聖地への道を、シャルドネの奴が独占しちまったらしいっ!」


「ど……独占っ!? そんな事すりゃお前っ、王家の奴らはどうすんだよ。聖地に入れねえじゃねえかっ」


「そんだけで話は終わりじゃねえっ! しかも今は無償で、軍の奴らに丸投げしちまったってよっ!」


「嘘だろがっ!? そうなっちまうと、なんだ? 王様が、辺境貴族と軍に頭下げて、聖地に入らせてくれ~って、土下座で頼むって事か? やべえな、それ。」


自分の言った言葉。


それをもう一度考え、首をかしげる傭兵の一人。


「当然今、王宮は大慌てよっ。世界にたった4柱だけの、俺らの神様っ! それを一貴族と、軍部だけで管理してるんだからよ。メンツも何も、あったもんじゃねえっ!」


「はぁ~。すげえな、あの辺境貴族様。しっしかしよく、そんな事できたな。一辺境貴族如きが。軍なんてもんに、コネがある風には思えなかったが?」


「だから、そこなんだよっ。シャルドネの爺さんのヤバいのはっ! あのジジイは軍との〝渡り″をつける為に、自分の娘を差し出したみたいなのさっ」


その言葉にやおら、1人の傭兵が大声を出すっ!


「まじかよっ!? あの美しい、ヴィエッタってお嬢さんかっ! あぁ~。可哀そうになぁ」


情けない声を出す傭兵。


その姿に周りの傭兵が、腹を抱えて笑い出した。



「なんだお前。狙ってたのかよっ!?」


「……ちぇっ、良いだろ。別によぉ」


「おめえと貴族の御令嬢じゃあ、月とすっぽんだぜっ。4本指は諦めろ~」


彼は――。


悲しむ傭兵は、指が4本しかない。


戦場に忘れてきてしまったか、それとも、賦役を逃れようとして、税金の代わりに持っていかれたのか。


「それにもましてホント、あのお嬢さん災難だよな~。跡目にはもう、世継ぎの男子ができたんだろ? しかもママハハに」


「へぇ、それは初耳だ。しっかしシャルドネ、か。いきなりだよなぁ? あんないい年の、しかもド田舎の辺境伯。1年前までは、誰も知らなかった無名が」


「あ~。そりゃあれだ。転機があったのさ。俺はあの、新しい嫁さんが怪しいと思ってる。若い嫁さんもらって、よろしくヤり過ぎたんだろぜ。そうすりゃオンボロの頭の、きったねえのが下から出て、綺麗になんだろっ」


ニヤけた顔で、下半身と頭を指す傭兵。


「あぁ、なるほど、ね。よく言う『良い女はキレイ好き』って奴か。キレイにたーっぷりアッチもコッチもコスられた訳、か。で……ガキができて、そのせがれに立派なもん残してぇんだ。女手に入れて、野心が再燃しちまったかぁ。良くあるこった」


便乗し、自分の下半身で卑猥なポーズをしながら笑う、傭兵。


「なるほどなぁ。でも、そのおかげでこれからは、シャルドネは俺ら傭兵を使って、金儲けに走ってくれると。良い話じゃねえかっ! お得意様にはきちんと、よろしくやっておかねえとな」


「ついでによぉ、あのヴィエッタとかいうお嬢様ともだぜっ! いっぺんで良いから俺のマタに座らせて、一緒によろしくやりてぇなぁ、おいっ!」


「そうそぅ。その通りだぜっ! まーったくなぁっ」


鼻の下を伸ばして騒ぐ、傭兵達。


すると、男は独りごちる。



「その情報は古いぜ、ゴミども」


そういうと言葉を切り、心で男はつけくわえた。


「シャルドネはもういない。俺が殺したからな」

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