第2話 人ってぇのはやっぱ……。

 眩しい――。


眩しすぎて、何も見えない。


「やっと見つけた。私、ここよ……」


声がする。


とても懐かしいような、切ないような声。


その声に答えようとするが――。


声が出ない。


「迎えに来たの。世界を超えて、あなただけを。長かった」


泣きそうな声。


泣かないでくれ、愛おしい人。


君を……君だけを私は……。









 「おいっ、一列に並べっ!」


怒鳴り声が響く。


そこには男たち、いや、少量だが女もいた。


いかつそうな鎧をまとった者から、ぺらっぺらの、どう見ても乞食のような者も。


老人、若い者。


手のない奴から、目がない奴まで千差万別――。


というより、有象無象。


その黒い群れが、まだ陽が高い頃からずっと、たむろしている。


「そん時俺は言ってやったのよ、ナイフで目をエグられるのが良いか、薬を出すのが良いかっ。てな。」


「そうそう。なぁに、金はきちんと払うさ。この仕事が終わったらよぉ。俺らは正直者だからなっ! 借りたのは確か……、10だったか?」


「いや、5だろうよ相棒。多分5つだ。こっちは緊急なんだ、我慢しろってんだよっ。待ってりゃいつかきちんと、払うんだから。なぁ? かぁ……ぺっ!」


笑いを上げ、タンを吐き出す男達。


その他方でも――。


「ほんとあの代筆屋、無能だよなぁっ」


「全くだぜ。コイツが〝妹に金を送ってくれ″って、書いて欲しいって言ったんだ。そしたらあの野郎、『妹さんのお名前は? おいくらにしましょう』って聞いてくんだよ」


「だから俺が、オーシャって妹で、銀貨10枚だって言ってやった。ここまでは良かったのに、こっからが最悪だったぜ。アイツ全く、言葉が理解できてねえっ。よくあんなんで代筆なんぞできるよなっ」


「そうそう、こっからが問題でよぉ。なんと代筆屋が『それでは、この手紙のあて先はどちらでしょう?』っつうんだよ。はぁ? 妹に決まってんだろっ、て。かぁ~、ぺっ」


ペッと吐き出されるタン。


地面は〝タン″と小便だらけ。


それが、湿った比較的暖かい空気に触れ、あたりに臭いを放射させている。


「そしたらその代筆屋、何を考えたか。『もう一人、妹さんがおられるので?』って言うんだよ。もう頭悪すぎて面倒だから、ぼっこぼこにしてやったっ! なぁ信じられるかっ!?  俺の妹はオーシャしかいねえっつぅのっ」


怒りをあらわにし、男が怒鳴るっ! すると・・・。


「あっ、でも。もしかすっとよぉ。その代筆屋、お前の母ちゃんとできてたんじゃねえ?妹がほんとはもう一人、どっかにいんだよ。イヒヒヒっ」


ゲラゲラと、品のない笑い声を響かせながら、口々にしゃべっている有象無象。


貧民街のような、異臭がする。


人の心が腐った臭いが、充満しているのだ。


「……」


町の人間達は、その場所を大きく迂回して、〝軍用駅″を通り過ぎて行く。


当然だろう、この場所だけ異様なのだから。


鈍る太陽――。


太陽はいつもどうり陽気に、輝いている。


だが、ここにいれば嫌でも、そう感じる場所。


この一角だけが、鈍った太陽で汚れていた。




「この臭いは、異世界でも変わらんか――。ふふっ」


男は、軍の馬車の上。


彼ら有象無象が、目指す場所。


そこに先に陣取って、上から見下ろしていた。すると――。


「お前、35を過ぎているな?」


「あっ……。あぁ」


一番前の奴が何やら、兵士に止められている。


有象無象よりは遥かに小ぎれいだが、強そうに見えない、汎用的な鎧をまとった兵士〝が″、言いがかりをつけていた。



「35以上の奴は通せない。ほら、書いてあるだろう。若く強いものを募集、とな」


「それは嘘の臭いがするな」


男がつぶやいた。


「そっ、そんな事、依頼を受けたときは言われてない。きっ、貴様ら。俺をこんななりだから、馬鹿にしているならっ。そのっ。シャルドネ候に訴えるぞっ!」


最大限の剣幕で、怒りをぶつける魔法士。


「どうぞ、ご自由に――」


だが、余裕たっぷりに応える兵士。


確かに、怒りをぶつける男は、腕っぷしは弱そうだ。


しかしそれは、問題ないはずである。


なぜなら魔法を使えれば、それで良いのだから。



「だが、お前みたいのはカモられる、と」


よれよれの、薄汚れた黒衣。


ジャーキーのようなその、筋肉。


それだけならまだしも。


顔が……、ひ弱だ。


こけた頬にハゲた頭。


垂れ下がった目じり。


「顔にナイフ傷でもつけろ。それが良い」


人相一つで世界は変わる。


そう、こんな狭く、卑屈な世界ならば。


「……くっ」


うめくと何を思ったか、その35歳以上の男は、やおらポケットから袋を取り出した。


そして、難クセをつける兵に渡す。


「次……。来いっ!」


するとその魔法士は、馬車のほうへと無言で歩き出す。


兵は次の者を、横柄に呼ぶ――。


彼らの〝裁量″が、ここの全てだ。


現代のように、上司を呼んでクレームつければ、なんとかなる――。


なんてそんな甘い考えは、通らない。


むしろ上司にも、金を支払わされるのがオチだった。



「神が居ようと居まいと、人ってのは等しく臭せぇんだな」


こういった、負と抑圧の感覚。


それが充満するこの場所は、彼がいた世界と全く変わらない風景。


安堵の息を吐く傭兵。


「だが、俺の世界と違うのはアイツ……。さっきから、五月蠅いのが居る事くらいか」


「4柱の神に、世界を正しくお導きいただけるように、仕手を目指しましょう~っ」


カーンっ!


鐘の音を響かせながら、司祭がありがたい説話を大声で、叫んでいる。


「4柱の神。とりわけ水の神ダヌディナ様は、慈愛と好奇心の神として有名です。彼女は我々になくてはならない、水と癒しを与えてくれているっ。さぁ感謝ですっ。共に神を称える言葉を述べましょうっ。」



カーンっ!



耳をつんざく音。


司祭の言葉は一面に響き、男は、耳をふさぐ仕草をした。


「あなたは水を飲まずに、一生を生きれますか? 砂漠で渇きっ、今にも死にそうな時っ!  慈愛の水のマナがあなたを支え、喉を潤す一滴の魔法となった夜っ。それをお忘れかっ!? 我らは、彼女の愛に報いなければなりませんっ」


「何が……。神だ」


機嫌が悪そうに、男がつぶやく。


だが――。


「ありがとうございます、水の神ダヌディナ様。えと……あの。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手」


「いえいえ、違いますよ。そちらは4柱の神、全てを奉る言葉。水の神はこう――。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおい。です」


「すっ、すいません。へへ、こちとら学がねえもんで」


ぺこりと嬉しそうに、満面の笑みでデカい親父――。


いや、『傭兵という名の殺人鬼』が頭をかく。



「……」


この光景は、何度見ても慣れない。


この世界の人間は、神の話となるとまるで、赤子のように純粋になる。


それは、人殺しの傭兵でも同じ。


全員受付をすますと、この司祭の説教に『必ず』、耳を傾けていたのだ。


全く動じず、自然な流れで。


その傭兵は司祭から、〝青いパーチメント(羊皮紙)″をもらう。


そうして大切そうに、ボロの袋にしまい込んで、乗り込んできた。


「ちっ。早く捨てちまいてぇが」


自らがもらったパーチメントを、苦々しく見る男。


彼もソレを、もらっていた。


いや、もらわずには居られなかった。


「神を愛さない、異世界人だ。なんてバレちまったら……。一体どうなるか分からんからな」


彼は不自然な対応を取らないよう、気を配っている。


しかし、やおら周りを見渡すと、口元からよだれをたらし……。


青い羊皮紙へと落とした。


「神なんぞクソくらえだ」


「おいっ、何しやがるっ!」


響く怒号っ!



それは、列の一番先頭からだ。


そこら中に大声が響いている。


「お前のは無効だ。帰れ」


ドンッ!


男は突き飛ばされたっ!


突き飛ばしたのはまた、あの兵隊だ。


そして、怒号をあげる傭兵をまるで――。


いや、実質汚い物乞いを追いやろうと、シッシッと手をひらひらとさせる。


「なっ。俺のはきちんとした、ギルドの依頼証だっ。よく見やがれっ!」


紙を広げるギョロっとした、カメレオンを思わせる男っ!


その目で兵を睨む。だが――。


「次だ、来いっ!」


一瞥すらくれず、人差し指で次を呼ぶ兵隊。


その様子を見て、男はため息交じりにつぶやいた。


「やめておけ〝新人″。人を見ろ」


横柄な兵の周辺を見ながら彼は、その後の惨事を予見する。



「てんめぇ……」


人波に押され、カメレオン男ははじき出され、消えていった。


だがその怒りは収まらず、びきびきとコメかみに、血筋を浮き立たせていくっ!


「おぉ良いぜ。それならよぉっ!」


すると突然――。


懐に手を入れ、走り出した。


ドンドンと……。


ドンドンと前に進み、そして、先ほどの兵が見えた瞬間っ!


グズッ。


肉に深く突き刺さる、鈍い音っ!


「ぐぁっ!?」


兵は――刺していた。


カメレオン男を、後ろからっ!



「お前、どうやら夜の歓楽街で、〝おいた〟したらしいな。逮捕状が出てるんだよ」


真後ろから、ささやくような声――。


別の兵だ。


彼はカメレオン男が、懐に手を入れる前。


その時即時、槍を構えていた。


そして、カメレオン男が走り出すと同時に〝目標″に向かって、走っていたのだ。


ドンッ!


痛みに震えるカメレオン男を突き飛ばし、兵が笑った。


「間抜けな〝新人″坊や。チュチュチュっ。たっちしな」


兵はまるで、子供をあやす様に口を鳴らすっ!


そして、苦しみもだえるカメレオン男を笑って、煽りをいれるっ!


「周りを見ろって事だ。戦場で思い込みが激しいと、死んじまうぞ。こいつら兵隊は誰一人として、傭兵を……。俺らを人間だなんて、思ってないんだよ新人。勉強代、高くついちまったな。ふぅ……。」


男は地べたに這いずるカメレオン男を見て、笑う。



「あぁ……。ぐあぁっ!? いてぇえっ。助けてっ、助けてくれっ!」


ザスッ!


兵は、痛みに震えるカメレオン男から、刺していた槍を無理やり引き抜いたっ!


「ぐっ!?」


「どうよっ。俺の立派な〝モノ″は」


そして、血まみれの槍を振り上げ、ジョークを言って笑う。


「長さはよくてもちょいと、細すぎやしませんかねえ」


「あらぁ、あたしはそんな立派なもんなら、奥までほじくって欲しいわねぇ、兵隊さ~ん」


それに下品な声で、笑いで、応える傭兵達。


クスクスと、神の愛を説く司祭までもが、笑っている。


そして薄ら笑いを残してすぐに、何事もなかったように彼らは……。


それぞれの場所へと戻っていった。


「神は人を愛せども、人は人を愛さず。因果だな~。ふふっ」


あざけるように、この世界を思う男。


そして、一通り終わると兵達は、司祭に頭を垂れ、馬車へと乗り込む。



「あーこほん。全員いるな。では説明だ。お前たちはこれから、我らの領土の守りにつく。そこは要所でありそして――。〝神域″だ。」


「お前たちは、栄えある我ら『バスティオン侯国騎士団第13連隊』所属の任に、つく事となった」


全く感情を込めず、ひたすら朗読する兵達。


1人がやおら、コンコン……っと、車掌の椅子をたたく。


するとゆっくりと――。


かなり老朽化しているのだろうか?


きしむような音を響かせ、馬車が動き出した。


「主だった任務は2つ。街のパトロール、外敵からの守護。この2つ。以上だ」


そういうと同時にため息を吐き、手に持った何かを、傭兵達に投げつけた。


ドシャっと音を立て、血みどろの何か――。


カメレオン男が、床に放り出される。


そして、馬車から降りようとする兵隊達。


しかしその顔に突然、何か覇気のような物が戻っていき……。



「あっ、そうそうお前達っ。1つ、俺から元気が出るような、景気づけのはなむけをやるよっ! もし、お前らが帰ってこれたら、第2連隊中央守護、メーク・インジーを訪ねてこいっ」


「あぁ、そういやそっかっ。いっけね。忘れてたっ! へへっ、訪ねてきたらとーっておきの、バルゴダワインをおごってやるんだったっ! もちろん本物の、混じりっけなしのやつよっ」


身振り手振りで、内容を説明する兵。


「バルゴダワインっていったら、高級品じゃねえかっ!? マジかよっ」


「ああマジよっ。なんせ神を外敵から守った、英雄様だもんな~。こいつぁ傭兵ども全員に伝えてあるっ! 良いかぁ。メーク・インジーだ。忘れるなよぉ」


すると鼻で笑い、そそくさと兵達は、馬車から飛び降りていった。


「嘘の臭い。ようは、そんな約束は鼻っからねぇって事か」


そう、男はあきれたように言う。


恐らくだが、そんな人物はいないのだろう。


その上で、訪ねてきた人間を馬鹿にした挙句、訪ねて来たその数を、賭けの標的にしたのだろう事。それは、経験から分かった。


だが、気になることが一点。


「その賭けは、成立するかどうか……。だな」


賭けは、2手以上に分かれないと、成立しない。


生きて帰れる人間が、1人でもいる。


そう思われなければ、賭けにはならないのだ。


ゆっくりとそのクッション性の悪い、湿気と汚れで布なのか、それとも木なのかさえ分からなくなった座席。


それに男は、頭を預けた。


「異世界脱出計画も、前途洋々だ」


笑いながらふと、鼻歌を歌い始める。


この世界の人間が、誰も――。


そう、誰一人として、知らない歌。


〝神を罵倒する歌″を。


「神の~ケツに、あぁふふんふ~ん」


上機嫌の彼を乗せ、馬車が走り出した。


神の地――。


地獄の戦場へと。


「我らは罪人です、神よ。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。あなたの元に、あのような汚れを寄こす事を、どうか……。どうか、ご容赦ください」


地獄行きの馬車から飛び降りた、兵達と司祭。


3人は真摯に、己が信じる神へと、祈りを込めた。


その祈りは真剣で、嘘偽りのない物。


そして悲壮的な、後悔の念が漂っている。


「……」


祈り終わると、自分の仕事へと戻ろうとする司祭たち。


――が。


「あのゴミどもが決して、一人も、絶対にっ。あなた様のおひざ元まで届かぬ事を切に……。切に願う」


一人の兵は独り言ちる。


それはきっと、紛れもない嫉妬なのだろう。


馬車を見る彼の目には、隠しきれない〝羨望″の色が、透けて見えていた。


例えそれが、地獄への直行便であろうとも。


神がいるなら恐らく。


そうきっと――。

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