7 異種双子

 森が好きだというとヴィオとクレアは自分たちもだと笑ってくれた。王都は緑が少なくて故郷が恋しくなるといえば、自分たちも田舎出身だから分かると同意してくれた。


 ラルスはそれが嬉しかった。今度の休みに緑を探しにいこうと言われて、王都の中を歩き回った。緑豊かな丘を見つけたときは三人で歓声をあげて、時間を見つけてはピクニックに出かけた。クレアが野に生える花の名前を教えてくれて、ヴィオと一緒に木に登って果物をとった。


 ラルスの体調が悪化してからあの場所にいく頻度が減った。自分を気遣ってくれているのかと思っていたが、それだけじゃない。クレアの体調も悪くなっていたのだと今なら分かる。


 森の中を歩く。前をいく少女の足取りは軽い。何度も通っているのか歩きなれていた。代わりにカリムの足取りはおぼつかない。旅を始めた当初よりは歩けるようになったが、どうにもまだ不慣れだ。


「カリムさんは貴族なんだっけ?」


 カリムの足取りを見てラルスと同じことを思ったのだろう、少女がカリムをじっと見つめる。カリムは何とも言えない顔で頷いた。自分より下の子にふがいない所を見せたと思っているのだろう。


「それなのにこんな所まで歩いて来たんだね。グリフォン便使わなかったの?」

「それ言われたけど、俺は歩きたい気分だったんだよな」


 ヴィオに会いに行くというと、セツナがグリフォン便の手配をしてくれるといった

 グリフォンが運営しているグリフォン便は荷物だけでなく人も運ぶ。安全、快適、最速をモットーにお客様に快適な旅をというのがコンセプトだけあって評判がいい。しかしラルスは気が乗らなかった。


「ヴィオとクレアちゃんはさ、歩いてここまで来たわけだろ」

「そう聞いた」

「それなのに俺が快適な旅でここにたどり着いても、何か違うなって思ったんだよ」


 カリムが付いてくるのは予想外だったので、悪いことしたという気持ちもある。それでもラルスは歩きたかった。ヴィオとクレアも歩いただろう道を。二人があの日王都を出て、どんな気持ちで、どんな風にここにたどり着いたのか知りたかった。少しでも二人の気持ちに近づきたかった。


「学院では俺が一番ヴィオとクレアちゃんと一緒にいたんだよ。いたのに、全然気づけなかった。二人が苦しんでることに」


 少女がじっとラルスの顔を見つめる。カリムは眉を寄せた。違うと言っている気がしたが、カリムがどんなに慰めようとラルスは自分の考えを曲げる気はなかった。


「俺は気付ける機会があった。クレアちゃんの体が弱いのも知ってた。クレアちゃんから薬草の匂いが濃くなったのも気付いてた。薬草の世話してたからだと思ってたけど、あれは誤魔化すためだったんだ。体調が悪い匂い。獣種は分かるから」


 拳を握り締める。きっと気づけた。気づいたからといって何ができたかは分からない。結局何もできなくて、ヴィオとクレアに気を使わせてしまっただけかもしれない。でも、もしかしたら、二人の心を少しだけでも軽く出来たかもしれない。こんなところまで逃げてくるような結果にならなかったかもしれない。そうしたらクレアは今も生きていたかもしれない。


「……私も気付かなかった。ヴィオとクレアと一緒にいたのに。ずっと通ってたのに。一杯お話ししたのに……」


 少女が下を向く。表情が歪む。似合わないと思った。でも、ラルスにはかける言葉が見つからない。


「何で教えてくれなかったの。相談してくれなかったの。黙ってたの。何か力になれたかもしれない。分かってたら我儘いわなかった。クレアの負担になるようなこと言わなかった。もっと長く一緒に入れたかもしれない。いろんな事沢山考えた。けど、ヴィオはさ言うんだよ。ありがとうって」


 泣きそうな顔で少女は笑う。


「クレアを可哀想な子にしないでくれて、幸せなままいかせてくれてありがとうって。だから私は笑おうって思った。楽しかったって、出会えてよかったって。

 ラルスさんもそう思うでしょ?」


 言葉がつっかえて出てこない。喉の奥が熱い。胸におさまらずにあふれていく感情をどう表現していいか分からない。


「ありがとう、会いにきてくれて」


 少女はそういってラルスの手を取り笑う。不格好な笑顔でラルスの手を引き走り出す。

 光が見える。森の木々で隠された光が向こう側からあふれてくる。こっちだと言われている気がしてラルスは引っ張られるままだった足を動かした。少女と一緒にかけぬけると視界が開けて、空が見える。温かな日が降り注ぐ場所。その中央に久しぶりに見る親友の姿があった。


 マントが消え、いくらか軽装になっているが、紫の髪も褐色の肌も変わらない。帽子の代わりにターバンを巻いているのは、今度は簡単に取れたりしないようにだろう。最初からそうしていればこんな結果にはならなかったかもしれないとラルスは苦笑する。

 その腰にあった紋章がない事に気づいて目頭が熱くなる。


「ヴィオ! ラルスさんとカリムさんが来た!」


 少女がラルスの手を持ち上げてブンブンとふる。元気いっぱいの声にヴィオが振り返った。オレンジ色の瞳。ラルスにとって落ち着く色。それが大きく見開かれて、それから控えめに笑う。ヴィオだと思った。


「よくこんなところまで来たな。カリムも一緒なんて、大変だっただろ」


 しばらく会ってないのが嘘みたいに、ヴィオは変わらない態度で笑う。ずっと側にいたと錯覚してしまいそうになるほど。

 それでも季節はあの時と違うし、場所は寮どころか王都でもない。ヴィオの隣にはクレアがいない。同じなのに違う。だけど変わらない。それがどうしようもなくラルスを苦しくさせた。


「ヴィオのアホ! 何で言わねえんだよ!」


 力いっぱい叫ぶ。驚いた鳥が飛び立つ音がした。隣の少女が目を丸くして、ヴィオも驚いているのが分かる。でも、抑えられない。言わずにはいられなかった。


「可哀想な子だと思ってほしくなかったってなんだよ! 長く生きられなくたって、クレアちゃんはクレアちゃんだろ! 俺に一人で抱え込むなっていったくせに、何でお前らそうなんだよ。二人だったらいいってわけじゃないだろ。言えよ! 手紙で知った俺の気持ち考えろよ!」


 途中から涙があふれた。止まらない。気付いたらカリムが隣にいて、背中を撫でてくれる。少女はおろおろとヴィオとラルスを交互にみていた。

 ヴィオが近づいてくる気配がする。一歩、一歩。ああ、ヴィオの匂いだと思う。変わらない。落ち着く匂い。でも隣にクレアの匂いがない。二人そろっているのが当たり前だったのに。


「すまない……俺が弱かったんだ……」


 こぼれる涙をヴィオがぬぐう。ガントレットの感触は冷たい。それなのにホッとするのはずいぶん久しぶりに感じる感触だからか。


「言いたくなかったんだよ。クレアがもうすぐ死ぬなんて。認めたくなかった。周囲に同情されたくなかった。クレアとの約束だなんて言い訳だ」


 泣きそうな顔でヴィオは笑う。泣けよ。そういう時は。そうラルスは言いたくなって口をつぐんだ。ヴィオが泣くのも笑うのもクレアの前だ。ヴィオは全てクレアにあげていた。だからヴィオは泣かない。クレアがいないから。捧げる相手がいないから。


「お前ら、俺の事いえねえじゃねえか……。俺の心配するより、自分たちの心配しろよ」

「余裕ぶりたかったんだよ。大丈夫だって思いたかった。誰かの支えになりたかった。全部俺たちの我儘だ」


 「付き合わせてごめんな」とヴィオは笑う。ラルスは言葉が出てこない。何を言っていいのか分からない。色々言いたいことはあるのに、感情が爆発しそうだ。


「……クレアはな、あそこに眠ってるんだ」


 ヴィオがそういって指さしたのは一番日の当たる、開けた空き地の中央。そこによく見ると、一本の苗がある。まだ小さな、これから大きくなっていくだろう命。


「あれは千年樹っていって、千年以上長生きするって言われている木。あの木が大きくなるころには帰ってくるってさ」

「かえって……くる?」


 何を言ってるんだとヴィオを見ると、ヴィオは笑う。先ほどよりも明るい、未来を楽しむ顔で。


「まとまったら正式に発表があると思うけどな、お前たちには一足先に教えるよ。異種双子の秘密」

「秘密……?」

「異種双子は世界大戦前、ごく一部の地域で行われていた人間と異種族を結び付ける儀式の結果生まれるものなんだ」

「儀式……」


 カリムが眉間にしわを寄せてつぶやいた。何か覚えがあるような反応が気になったが、ラルスも頭に浮かんだ光景がある。カリムと一緒にいるようになってから見なくなった、満月の日に見る夢。あの夢の中で人影は「儀式」と言っていた。


「人間は弱い種族だ。世界大戦前は異種族から隠れて生きていた。そんな中でも異種族と心を通わせた人間もいた。そうした異種族と人間が共に生きるため、人間を守るために生み出されたものらしいが異種双子を生み出す儀式だった。今は契約の方法は完全に失われた。というか、葬り去られた」

「……悪用されないようにか?」


 カリムの言葉にヴィオは頷いた。


「もともとはわずかな人間しかしらない儀式だったみたいだが、世界大戦の混乱中に、ひっそり人と生きていた異種族は最後の希望として儀式を頼った。それによって噂は広がり、最悪なことに一部の非道な人間の元へも届いた。

 異種双子の契約はな、人間が有利にできている。人間は異種族に本気で命令すれば、自殺しろって命令も通るんだ。人間が異種族に無理やり契約させられても逃げられるようにという配慮だったんだろうが、それが悪用された」


 ラルスは無意識に首を触る。あの夢の光景を思い出す。押さえつけられた自分。その向こうにいた人間。あれは……。


「異種双子を無理やり作り出し、人間側に言うことを利かせることができれば人間は有利になると考えたらしい。けど、異種双子にも相性の良しあしがある。誰でも良いってわけじゃなかった。だから人間はワーウルフを捕まえ、相性のいい人間を探し出すことにした。ワーウルフは種族特性的に相性のいい相手の匂いや体温に反応してしまう。人間からすると都合がよかったんだろ」


 夢の光景が頭に浮かぶ。じゃあ、あれは、夢ではなく……。


「実験に巻き込まれたワーウルフの共通項は首に紋章があること。そして数字のような紋章が刻まれている事」


 ヴィオはラルスの紋章を見た。少女が戸惑いがちにラルスを見上げている。

 ラルスはカリムを見ることができなかった。


「異種双子の契約はその場限りではない。次もその次も、契約を解除するまで生まれ変わり続ける限り続くらしい。昔はあったらしい契約解除の方法も失われた。俺にこの話を教えてくれた研究者は今後も調べ続けると言っていたが、解明するのがいつになるかは分からない」

「ってことは、あの夢は……俺の前世?」

「……前世の強い感情の一部は引き継がれることがあるそうだ。お前らの場合は無理やり契約させられたことによる憎悪、嫌悪感が消えなかったんだろ」


 ヴィオがラルスの肩を叩く。あの嫌悪も憎悪もお前のせいではない。そう言われたのは分かったが頭が上手く回らない。悩んだのも苦しんだのも全部知らない誰かのせい。お前のせいじゃないと急に言われても、感情がついていかない。


「相性がいい相手じゃないと異種双子の契約は出来ない。お前らは出会い方が悪かっただけで、元々番関係だったんだよ。だから細かいこと気にせずに楽しくやれ」


 ヴィオはそういうとラルスから離れてカリムの背を叩いた。ラルスに対するのと比べるとずいぶん乱暴で良い音がする。カリムが痛みに体を丸くしたが、ヴィオはニヤリといたずらっ子のような顔をしているだけ。

 それも久しぶりに見る表情だった。


「仲良く、幸せになれよ。クレアが生まれ変わったら、俺はお前らの話を面白可笑しく語るつもりなんだから」

「……普通に語ってくれ……」


 背中を抑えながら文句をいうカリムにヴィオが笑う。

 その隣にクレアが見えた気がした。穏やかに楽し気に、依然と変わらないクレアがそこに。すぐに見えなくなったそれは、ラルスがみた都合のいい幻覚だったのだろう。それでもラルスはクレアがほほ笑んでいると思いたかった。

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