3 卒業後

 せっかく友達に昇格したというのに、その後からカリムはよそよそしくなった。部屋で会うと焦った顔をして出ていくし、声をかけても挙動不審。友達に昇格したのだからもっと話をしたいのに、ラルスと目が合うとそそくさと逃げていく。


「……これだったら嫌われてた時の方がまだ喋ってた……」

「君らはどうしてそう、面倒くさいの」


 いつもだったら寄り付かない食堂で、ラルスはセツナたちと食事をとっている。ラルスにとって相談相手といったらヴィオとクレアなのだが、ヴィオもクレアもいない。となれば、次に相談できそうな相手といえばセツナなのである。悲しいことに。

 もう一人の候補であるリノは、なぜかカリムに引きずられて行って別の場所で食べている。セリーヌに聞いたらため息をつかれたので、何かしらあったらしい。


「俺は面倒くさくねえ! カリムが面倒なんだ! 何だよ、友達になったんじゃねえのかよ!」

「いやーチビちゃんは友達だとは思ってないと思うよ」


 セツナの言葉にラルスはショックを受けた。友達じゃないのならば、やはり嫌われているのか。からかうためにわざわざ好きなんて言ったのか。そこまで性格が悪い奴だったなんて見損なったとラルスがフォークを肉に突き刺していると、セリーヌが苦い顔をする。


「セツナ、その言い方ではラルスには伝わらない」

「分かってるけどさ、俺が言っていい事でもなくない?」

「そうだが、カリムが言っても伝わらなかったんだぞ?」

「あー……そうだねえ……あのチビちゃんが、たぶんその場の勢いだったんだろうけど、ちゃんと告白したのにも関わらず、斜め上に曲解したのはワンちゃんだもんね」


 「これ、どうしたもんかな」とセツナは頭を抱えている。「ただでさえ今俺忙しいのに。何で余計な問題起こすのさ」とブツブツ言っている姿を見ると、少しだけ申し訳ない気もした。


「忙しいならいいぞ。俺カリムに嫌われるの慣れてるし。仲良くなれたと思ったからちょっとショックだっただけで、そのうち慣れるから大丈夫」

「全く大丈夫に聞こえないから! そんな嫌な慣れしないでくれる!?」


 セツナがギロリとラルスをにらむ。前もこんなことあったなと思いながらラルスは頷いた。隣ではナルセが「美味しいですわ」と笑っている。何も食べていないと思うのだが何が美味しいのだろう。その隣では青嵐が微妙な顔をしていた。


「チビちゃんには俺からも言っとくから、ちゃんと話し合うように! 君たちがそのまま仲たがいして元に戻ったら、俺はヴィオにあわせる顔がないよ!」

「何でそこでヴィオ……?」


 首をかしげるとセツナは眉間の皺を深くした。「この鈍感が」と低い声が聞こえてビクリとする。「まあ、まあお兄様」とナルセは楽しそうに笑っているが、楽しそうなのはナルセだけでセリーヌも青嵐も頭痛をこらえるように額を押さえていた。


「ヴィオとクレアちゃんが心配なのも分かるけどさ、俺たちだって卒業が近づいてきてる。卒業後どうするのかって話もチビちゃんとしなきゃいけないでしょ」


 その言葉にラルスはギクリとした。考えたくなくて、見ないふりをしていた問題が迫ってきていることにラルスだって気づいていた。


 卒業後は異種双子は共にいる必要はない。異種族がテリトリーに戻るのも「人の国」にとどまるのも自由。どこで暮らすのも、どうやって生きるのかも自分で決めるのだ。最終学年である八年生は卒業後をどうするか考える年であり、「人の国」内で暮らす場合は仕事を探す年でもある。


「……みんなは考えてんの……?」


 恐る恐る口にする。まだ何も考えてない。そう言ってくれたら気楽なのにと。しかしながらセツナは優しくなかった。笑顔でキッパリ、ラルスが聞きたくない答えを口にした。


「考えてるに決まってるでしょ」

「お兄様は起業するのですわ」


 ナルセが朗らかな笑顔で告げる。


「会社を作るのか?」

「せっかく異種双子とか異種族と関わる機会があって、人脈も出来た。生かさない手はないでしょ。異種族の働き口を紹介したり、文化や技術を取り入れ、それを独占することによっていち早く俺が流行を造り上げるわけ」

「んーなんかすごいってことしか分からない」


 意気揚々と語っていたセツナは「あっそう」と白けた顔をした。>ワンちゃんにいっても難しかったよね」とやけに平たい口調でいうのは気になったが、分からないのは事実なので何も言い返さない。


「私はお兄様のお手伝いをさせていただこうと思ってます。嫁ぐまでの間ですが」

「えっ!? ナルセちゃん結婚すんの!?」


 予想外の言葉にラルスは驚いた。セツナの起業よりも衝撃だ。


「あら、私貴族の娘ですもの。この年で婚約者がいない事の方が驚きですわよ」


 ナルセは実にあっさりと笑う。セツナが眉間にしわをよせ、青嵐が顔をしかめたことから、あまりいい話ではないことは分かった。


「政略結婚ということか?」

「貴族の娘の務めですから」


 セリーヌの言葉にもあっさりとナルセは答えた。それに対して疑問も、反発も抱いていないようである。


「それってさ、好きでもない相手と親の都合で結婚するってことか?」

「親の都合ではありませんわ。私がそうしたいのです。お父様もお母様も好きな方ととおっしゃってくださってますが、周囲は納得いたしませんわ。それにお兄様以上に素敵な方に出会える気もしませんし」


 セツナが嬉しさと悲しみが入り混じったような複雑な顔をする。青嵐が悲し気にナルセを見た。それでもナルセは笑っている。セツナと青嵐の視線に気づいていないはずはないのに。


「生まれてすぐ婚約者を決めて、十六歳になったら結婚する貴族令嬢は多いのです。それまでの間は花嫁修業のため学校に押し込められる。それに比べたら私はずいぶん自由に過ごすことが出来ました。お友達もたくさんできましたし、下町に遊びにいくこともできました。十分な贅沢をさせていただいたのです」

「でもさ……かーちゃんととーちゃんは、好きにしろっていってるんだろ……」

「私の幸せは家族の幸せ。お兄様や青嵐、お母様とお父様が幸せである事。私が考えられるうえで一番の幸福の道ですわ」


 いつものように朗らかに笑うセツナがとても美しく、強く見えた。何も考えていないセツナと青嵐に守られているお嬢様。そう思っていたことをラルスは恥じる。ナルセもまたセツナ達を守っている。守られるだけの立場になる気など全くないのだ。


「それに、政略結婚が幸せになれないとは限りませんわ。お父様とお母様も素敵な方を探すと張り切っておられますし、私は幸せになります」

「……そうだな……ナルセちゃんは幸せになるよな」

「幸せにしなかったら相手の男、女にしてやる準備は出来てるから安心して」


 セツナが低い声でつぶやいた。声がいつも以上に禍々しく、ラルスは聞かなかったふりをするので精一杯だった。いつもおろおろしている青嵐も真顔で頷いているのが余計に怖い。

 この二人は何があっても敵に回してはいけないとラルスは学んだ。


「セリーヌは?」

「私はセツナやナルセのような立派な志はないな。ただ料理屋をしたいなと」

「十分立派だろ!」


 目を輝かせてセリーヌを見ると、セリーヌは照れたように笑った。料理の味にうるさいセリーヌは作るのもうまい。特に肉料理が絶品で、サラマンダーの絶妙な火加減で焼かれる肉は最高だ。肉にうるさいヴィオも文句なしと大絶賛していたくらいである。


「リノも一緒なのか?」

「リノは卒業したら家を継ぐ予定だし、卒業したら会うこともなくなるだろうな」


 意外な言葉にラルスは驚いた。セツナたちもそれは初耳だったらしく、セリーヌを凝視している。


「お前ら仲いいのに、何で?」

「私はリノを弟分のように思っているのだが、どうにもリノの婚約者にはそう見られていないようだ。一緒にいると嫌な顔をするんだよ」

「ってことは、リノの婚約者のために近づかないようにするってこと?」

「そうなるな。本当はテリトリーに帰ろうかと思ったんだが、何とか説得するから待ってほしいとリノに言われてな。あの様子だと難しいと思うが、リノの頼みだしな」


 セリーヌはいつもと同じ落ち着いた笑みを浮かべる。しかし内心は複雑だろう。


 異種双子といっても関係は様々だ。二人で一人という印象からか、多くの者は異種双子は必ず恋人関係になると勘違いしているが、恋愛感情を持たない兄弟や親友という関係もある。

 ラルスとカリムほどの大喧嘩は珍しいが、お互い我関せずというスタンスを貫く異種双子も少数ながらもいるのである。


「皆……大変なんだな……」

「生きてる以上、何の事情も抱えてない人はいないでしょ」


 ラルスのつぶやきにセツナはしみじみと呟いた。


「だから幸せになりたいと願うし、幸せになるために考えるんだ。ただ漠然と生きてたらあっと言う間に人生終わっちゃうから」


 「人間の一生は短いからね」とセツナがつぶやくと、青嵐が泣きそうな顔をした。


「だから、チビちゃんとちゃんと話し合いなよ。何も決まってないうちに卒業しちゃったら困るでしょ。ワンちゃんにはチビちゃんが必要なんだから」


 セツナの言う通り、ラルスにはカリムが必要だ。カリムがいなければ満月の日は乗り越えられない。それだけじゃなく、ラルスはカリムと過ごす日々がだんだん楽しくなってきている。きっとカリムがいなかったら味気ない。ヴィオとクレアがいなくなったあの日みたいに、世界が色あせておいていかれたみたいな気持ちになるに違いない。


「……話さないとな……」


 ヴィオの笑顔を思い出す。お前らの未来が楽しみだと笑った顔を。

 ヴィオとクレアに相談したら何というだろう。きっとぐちゃぐちゃに絡まったラルスの思考を解きほぐして、優しくラルスの背を押してくれる。大丈夫だって言ってくれる。

 でもヴィオもクレアもここにはいない。ラルスは一人で決めなければいけない。いつまでも二人に甘えていては、先へは進めない。きっとヴィオとクレアは学院を出ても二人で支え合って、元気にやっているに違いない。

 だからラルスも将来を決めなければいけない。二人と再会した時、胸を張れるように。

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