2 勘違い

 あらゆるツテを使って調べてみたが、ヴィオとクレアの足取りは南の方に向かったということ以外分からなかった。そうこうしているうちにヴィオたちを探しにヴァンパイアが派遣されたという情報が入る。


 ヴァンパイアは「人の国」で異種族とのもめ事がおこったとき、仲介にはいる役目を担っている。ヴァンパイアが動いたということはヴィオたちの立場は良くないということだ。


 軍が動いたり、国内で指名手配にならないだけ良いとセツナはいっていたが表情は暗い。カリムが聞いてきた話によれば、討伐派と貴重な黒竜を殺すのは勿体ないという研究思考派、せっかく大人しくしているのに下手に刺激して暴れられては困るという慎重派に分かれて揉めているらしい。


 ヴァンパイアが一人派遣されたのは、とりあえずの様子見と監視目的だろうとのこと。運がよいことに派遣されたのはラルスたちも面識があり、ヴィオとクレアと親しくしていたエミリアーノという先輩だった。全く知らない相手よりはヴィオたちを見逃してくれるのではないかと希望は見えたが、安心とはいかなかった。


 ヴィオの討伐を中止させるためには、ヴィオが王都に長くいながら暴走しなかった理由を突き止めなければいけない。ヴィオ、または黒竜が条件によっては魔力暴走を引き起こさない。それが証明されれば、ヴィオだけでなく黒竜の地位も回復することになる。


 しかしながらラルスを含めたクラスメイトたちは時間の限り情報収集に努めても、結果は出なかった。そもそも黒竜という種についての記録が少ない。肌や髪、目の色。魔力をため込む性質。最終的には暴走する。それ以外のことはほぼ伝わっていないのだ。


 世界大戦によりその前の歴史的資料は消え、歴史は一端リセットされたと言われている。世界大戦前の黒竜がどのように生きていたか、知るすべはないのである。


 黒竜について書かれた本を読み終えたラルスは机に突っ伏した。いくら探しても黒竜について目ぼしい情報はない。意図的に排除されたのではと思うほど、既に知っている事しか書かれていないのである。


 学院の図書室にはラルス以外の生徒の姿はない。前はあれほど部屋にこもっているのが嫌だったのに、ヴィオたちがいなくなってからというものラルスは時間があれば図書室で調べものをしていた。


「ラルス、今日はそのくらいにしたらどうだ」


 ずっと字を追っていたことにより疲弊した目頭を押さえていると、ドアの開ける音と共にカリムの声がする。手に湯気が立つカップが握られている。図書室は飲食禁止。それをカリムが知らないはずはないというのに、真面目なカリムがルールを破っていることにラルスは驚いた。


「どうしたカリム、明日は槍がふるんじゃないか!?」


 慌ててラルスは窓の外を確認した。憎らしいほどの快晴である。槍はもちろん雨すら降りそうにない。

 ヴィオとクレアがいた頃は天気が良い日は外に出かけていた。珍しい植物を見つけて持ち帰るとクレアは喜んで、ヴィオも嬉しそうなクレアを見て笑っていた。

 今でも二人の笑顔が昨日の事のように思い出せる。それがラルスをたまらなくさせた。


「休め。お前、ここの所こもりっぱなしだろ」


 カップを置く音がする。ラルスが振り返るとカリムはラルスの向かいの席に座っていて、持ってきたカップに口をつけていた。匂いを嗅げばハーブティー。カリムが狙ったのかは分からないが、クレアがよく飲んでいたものだった。


「エミリアーノさんがヴィオたちを見つけたらしい」


 ラルスがカップに口をつけるなり、カリムはそんなことをいう。驚いてカップを落としそうになったがなんとか耐えた。何てタイミングでいうんだとカリムをにらむが、カリムの表情は暗い。


「まずい状況なのか……?」

「今のところは暴走の予兆もないそうだ」

「それはいい事なんじゃねえの?」

「素直に報告を受け止めるならな。問題は、監視にいってるのがヴィオと知り合いのエミリアーノさんってところだ」

「……知り合いだから庇ってるって思われてるのか?」

「一部、そう言っているらしい」


 重苦しい息をはくカリムを見てラルスは眉間にしわを寄せた。問題ないと言われているのならば素直に認めればいいのに、何故変に勘繰るのか。


「エミリアーノさん送ったのだって、上の奴らだろ。エミリアーノさんとヴィオが知り合いだって知らなかったわけじゃないだろ」

「異種双子同士、面識があれば油断する。なんて思ったんじゃないか」

「ヴィオを討伐する気満々だったのかよ!」


 思わずカップを置いて立ち上がるとカリムが落ち着けと視線で訴えた。カリムに怒っても意味がない。それはラルスだってわかっている。分かっていても抱えた怒りの置き場がなかった。いったい誰に訴えればいいのか。誰に伝えればいいのか。ヴィオもクレアも何も悪くない。俺を助けてくれる良い奴なんだと。


「新たに別のヴァンパイアが様子を見に行ったらしい」

「……大丈夫なのか、それ」


 ヴィオとクレアを見つけた途端、容赦なく殺すなんてことにならないだろうか。それがラルスは不安で仕方ない。ヴァンパイアはヴァンパイア以外の種に対して非情である。ヴィオやクレアと仲良くしていたエミリアーノが例外なのだ。


「ヴァンパイアが二人とも予兆なしと判断すればヴィオの信頼性は高まる」

「予兆ありだって判断されたら?」

「……お前はヴィオを信じるんじゃないのか?」

「信じてるっつうの! 信じてるけど!」


 ラルスは怒鳴り声をあげて頭をかきむしる。

 これじゃただの八つ当たりだとラルスだってわかっていた。不安をカリムにぶつけて解消しようとしているだけ。いくら怒鳴ってわめいて、カリムにあたったところで不安は解消されるどころか、自己嫌悪が増すだけ。そう分かっていてもラルスには怒鳴り散らす以外に方法が分からなかった。


「……ヴィオは幸せだな。そんなに心配してもらえて」

「は?」


 黙り込んでいたカリムが突然そんなことをいう。何で急にとカリムを見つめれば、じっとラルスの顔を凝視していた。水色の瞳が逃げ出したくなるほど真っすぐにラルスに注がれる。


「お前、ヴィオの事好きだよな」

「そりゃ、友達だし」


 何でそんな当たり前のことを聞くんだとラルスは首を傾げた。


「じゃあ、私は?」

「は?」

「私は好きか?」


 いきなりなんだよという言葉は出てこなかった。カリムの目が真剣すぎるのだ。水を思わせる透き通った水色が濁ることなくラルスを見つめている。真面目に答えなければいけないと分かっていたが、ラルスは何といえばいいのか分からなかった。

 嫌いではなくなった。けど、好きになったかと言われると分からない。一緒にいて楽しいし、落ち着くと思うことは増えた。それは好きだということなのだろうか。

 好き。そう言葉にしようと思ったら喉が詰まった。ヴィオには簡単に言える。クレアにも言える。串焼きのおじさんにも言えるし、そこら辺の子供にも言える。それなのに、カリムに言おうとすると喉がつっかえて出てこない。


「私は好きだぞ」

「は……?」


 さっきから単語しか言っていない。そんなどうでもいい事には頭が回るのに、カリムが言った言葉の意味は上手く頭に入ってこない。


「私はラルスが好きだぞ。ずっと好きだったと今やっと自覚した」

「え……?」

「では、邪魔して悪かったな」


 ラルスが何の反応も示せない内にカリムは椅子から立ち上がるとカップを片手に図書室から出ていく。いつも通りの無表情。何を考えているか分からない。混乱のあまり脳がショートしているせいか、肝心の鼻も利かず、ラルスはしばし唖然とした。


 好きとは何だろう。どういう意味の好きだろう。

 そもそも何でこんな話になったんだろう。

 ラルスはカリムとの会話を思い返す。たしかヴィオの話をしていて、ヴィオが好きという話をしていたら、なぜかカリムも好きと言いだしたのだ。ということは……。


「あーなんだ、友達として好きってことか。嫌いな奴から友達に昇格って話ね。あーびっくりした」


 真剣な顔でいうから、もっと深い意味があるのではと勘繰ってしまった。勘違いだと気づくと自意識過剰みたいで恥ずかしくなる。

 しかし、カリムが自分を好き。友達として好き。それはとてもうれしい事に思えた。

 驚きすぎて耳としっぽが出ていたことに遅れて気づく。しっぽが揺れる。耳も動く。ヴィオとクレアが大変な時に自分は何てやつだと思うのに、揺れるしっぽは止まらない。


「今だけ、あとちょっとだけ」


 机に突っ伏して喜びをかみしめる。

 やっとカリムと友達になれたのだと。

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