五章 約束
1 残された者たち
ヴィオとクレアが行方不明になった次の日、全校生徒は講堂に集めらた。
七年生に所属する生徒が行方不明だが詳細については現在調査中であり、外部の人間に聞かれても答えないように。異種族に対して反感を覚えている者の活動が活発的になっているため外出は控えることなどが注意点として挙げられ、学院は対応のために一日休みとなった。
学院長の話を聞いてもラルスには実感がわかなかった。
ヴィオの部屋は昨日と何も変わらなかった。カリムと出かけるのってどうしたらいいかとヴィオに相談しに行ったときと何一つ。
よくラルスが寝ていたベッドもそのままだし、ヴィオが使っていた私物もそのまま。そのうちフラッと帰ってくるのではと思うほど、何もかわらない部屋がそこにあった。
だから、夜になっても朝になってもヴィオが帰ってこない事がラルスには信じられなかった。ヴィオのベッドに腰かけたまま、ぼんやりしたラルスを講堂へと連れ出したのはカリムで、いつもだったらその姿を見て茶化すだろうセツナは何の反応もしなかった。
セツナだけではない。七年生の、ヴィオとクレアと共に過ごしたクラスメイト達は誰も何も言わなかった。
「ワンちゃん、教室来て」
学院長の話が終わると、固い口調でセツナがいう。隣にはいつも通りナルセと青嵐がいたが、どちらも表情は固い。
ラルスはただ頷いて、フラフラとセツナについていく。鋭い耳が様々な憶測や噂話を拾ったけれど、全て耳を通り抜けていった。
セツナが呼んだのはラルスだけだったが、気づけばクラスメイト全員が教室に集まっている。誰も何も言わないせいで空気が重い。セツナがいつも座っている席に腰を下ろすと、皆それぞれ好きなところに座る。ラルスは座る気持ちになれず、ヴィオとクレアが座っていた席の前で足を止めた。教室を見渡してもヴィオとクレアの姿はない。何でだろうと考えることを脳が拒否している。
「急ぎで調べてもらったけど、分かったことはあまり多くない」
セツナは眉間にしわを寄せたまま足を組み、空中を睨みつけている。昨日と同じ、らしくない険しい表情だ。
「ヴィオとクレアは昨日、街に出ていた。ワンちゃん聞いてた?」
「俺とカリムが出かけるから、自分たちもデートいくっていってた」
カリムとどこにいけばいいか。どう過ごせばいいかとヴィオに相談していたら、ヴィオもクレアと出かける気になったらしい。良い場所を見つけたら教えるから、今度カリムと行けばいいとヴィオはいつも通り優しく笑っていた。
「旅芸人が来てたみたいで、ヴィオとクレアはそれを見てたみたい。結構にぎわってたみたいでね、ぶつかってヴィオの帽子が取れたんだって。取れたら出て来たのが竜種の角だったもんだから、瞬く間に騒ぎになったみたいで」
たまたま異種族を調べる学者がいて、声高に騒いだらしいとセツナはいった。
竜種は珍しい。竜種以外はたどり着けないような険しい場所にテリトリーを持ち、他の種族の前に姿を現すことはめったにない。そんな竜種が目の前にいたとなれば、学者は騒いでしまうのも分からない話ではなかった。
「問題はさ、逃げようとしたときにクレアちゃんを学者が突き飛ばしたんだってさ。それを見てヴィオがキレて竜になっちゃったから大パニック。しかも竜種は竜種でも、黒竜でしょ」
ふぅっとセツナは息を吐き出した。
興味本位で見に行った奴らからすれば恐怖だったのだろう。ラルスからすればふざけるなと言いたい。
「クレアちゃんが突き飛ばされて、ヴィオが黙ってるわけねえだろ」
「……そう。俺たちはそれが分かる。でも、俺たち以外はそれが分からない」
セツナは瞳を伏せる。本気で憤っている匂いがした。ラルスだけじゃない。何でこんなことにと皆思っている。
「でもさ、こっからが俺からすると疑問なんだけど、ヴィオはその後、すぐさまクレアちゃんと王都を出ていったみたいなんだよね。寮にも戻ってこずに」
セツナは組んだ足を指で叩く。頭の中を整理しているのか、表情は険しいままだ。
「ヴィオはクレアちゃんに対しては本当に過保護だから、自分は野宿で構わないとしてもクレアちゃんにそれをさせるとは思えない。いくら緊急事態だとしても、寮に戻って準備をしてから出て行ってもいい。というか、学院に戻ってくるのが正しいと思うんだけど、それをしなかった。しなくても良かった」
「どういうことだ?」
カリムの問いにセツナは顔をあげる。
「ヴィオは二人で王都を出て、旅できるくらいの準備をして、それを寮以外のどこかに隠してたってこと。黒竜だってバレたら王都にいるのは難しいから、それくらいの準備してたのは分からなくはないんだけどさ……、そもそも何でヴィオは王都にいれたのか……」
「そんな不思議なことか?」
「不思議なことだよ! ヴィオが上位種だろうなとは皆気づいてたけど、黒竜だとは誰も思わなかった。黒竜は王都にいられるはずないって皆思ってたから! 上位種の中で一番当てはまる特徴を持ってるのは黒竜なのにも関わらずね!」
気づけなかったことを後悔しているのかセツナの口調は荒々しい。舌打ちでもしそうなほどイラついた空気に、青嵐とナルセがセツナの両側に移動する。ナルセがセツナの手を取ると、セツナは少しだけばつの悪そうな顔をして息を吐き出した。
「黒竜の特徴は褐色の肌、紫の髪、オレンジの瞳。全部ヴィオの特徴に一致する。
ワンちゃんが五年の間番なしでもなんとかなった理由も、ヴィオが黒竜だって考えれば辻褄があう」
「俺?」
いきなり話題を振られたラルスは声を上げる。視線がラルスに集まって居心地が悪い。
「番を見つけたワーウルフが番を失った場合、二、三年しか生きられないってのは有名な話」
セツナの言葉にカリムがギョッとした。何故言わなかったという威圧を受けてラルスは小さくなる。
「でもワンちゃんは五年もった。いくらクレアちゃんが薬を調合してくれたとしても、限度がある。けど、ヴィオがラルスの発散できなかった魔力を吸収してくれてたから持ちこたえられた」
たしかにヴィオがラルスの手を握ると、魔力が流れていく感覚がした。そういう種族なのかと気楽に考えていたが、黒竜だと聞いた今では怖気に体が震える。
「……ってことは、ヴィオは俺のせいで暴走……」
「なら、怪我人少しですむはずないし、もっと早く暴走してたはず。だから不思議なんだよ。何でヴィオは王都にいて、ワンちゃんの魔力まで請け負ってたのに魔力暴走を起こさなかったのか。しかも、魔力が不足してた可能性まである」
「黒竜が魔力不足?」
黒竜が暴走してしまうのは手当たり次第に周囲の魔力を集めてしまうからだ。それは黒竜本人にもどうにも出来ない。そのため魔力のない、干からびた土地で過ごすことで折り合いをつけている。そんな種族が魔力不足に陥ることなどありえるのか。
「ワンちゃんはさ、耳としっぽがしまえない状況に陥ることある?」
「……相当弱ってない限りはねえな……」
他の種族と暮らすために擬態は必要不可欠な技術である。しかしながら擬態するにも多少の魔力は必要とする。コツさえつかめば日常生活を送るうえに必要な魔力量とさほど変わらないため、ほとんどの場合は意識しない。しかし疲弊が重なり魔力が不足した時は話が変わる。
そこまで思い至ってラルスはハッとした。ヴィオは常に帽子をかぶっていた。部屋の中でも。寮にいたときですら、ラルスがいる時に外すことは一切なかった。見られたくないのだろうとラルスは聞かなかったが、その見られたくないものは竜種の証である角だったのだろう。
「ヴィオは角がしまえなかった。そうとしか考えられない。黒竜だってバレたときに逃げる準備をするよりは角をしまった方がいいに決まってる。角さえなければ人間は魔力を感知できないんだから言い訳は幾らでも出来る。それをしなかったのは、魔力が足りずに角をしまえなかったから」
「そんなことってあるのか? 黒竜が魔力不足なんて」
セリーヌの言葉にセツナは顔をしかめた。セツナ自身この仮説が正しいと信じ切れてないようだ。
「信じられないけど、そうじゃなければヴィオが今まで王都で生活できた理由が分からない。王都は異種族が多く集まってもいいように、魔力が豊富場所に作られた。魔力花も異種族用に植えられているし、黒竜にとっては近づきすらしたくない場所のはず。
それに、真相はどうあれヴィオは他の黒竜とは違う。そう主張できた方がいいんだよ」
「いいって?」
「イレギュラーであり貴重な存在。そう主張したら、ヴィオの討伐を待ってもらえるかもしれない」
セツナは真剣な顔で一同を見渡した。
「黒竜が暴走したら大変なことになる。国としてはそんな危険な存在はすぐに討伐するか、国から追い出したいはず。でもヴィオがクレアちゃんをつれて、無法地帯に出るとは思えない」
「……ヴィオは五歳でテリトリーを飛び出して、クレアちゃんに会いにいったっていってた。家族から連絡が来たって話、ヴィオから聞いたことねえし、他の黒竜がどこにいるかもしらねえと思う」
学院を追われて「人の国」すらも追われたヴィオとクレアに行くあてはない。黒竜だと知られれば、どんな異種族だって受け容れてくれるはずがない。いつ爆発するか分からない爆弾を抱えて生活したい者などいないのだ。
「ヴィオはなるべく田舎、人から見つからなさそうな場所に移動してるはず。幸い、王都から離れれば異種族に詳しい人も減る。黒竜の噂を聞いたって、ヴィオの外見だけで黒竜だって気づく奴は少数。
だから、ヴィオが見つからないうちに、ヴィオの討伐を何とか取り下げてもらえるように交渉しないといけない」
セツナは顔をあげてカリムを見た。国内で発言力を持つ貴族出身はセツナとカリムだけ。
カリムは迷いなく頷いた。それを見てラルスはホッとする。問題が解決したわけではないが、少しでも出来ることがあると思えば希望がある。
「私も父にいってみます。セツナさんやカリムさんの家ほどの力はなくとも、少しぐらいは力になれるかと」
商人の息子であるリノがいつになく凛とした口調で宣言した。いつも朗らかに笑っているリノの表情が引き締まっているの見て、リノもヴィオとクレアが心配なのだと分かった。
他のクラスメイト達も、親に言ってみる。知り合いに言ってみると、自分が出来ることを探している。それを見ているとラルスは焦る。自分には何も出来ることがないのではないかと。あんなにヴィオにもクレアにも助けてもらったのに。
「ヴィオたちから連絡が来るとしたらワンちゃんだと思う」
悔しさに拳を握り締めていると、セツナの静かな声が聞こえた。真剣な顔をしたセツナはずいぶん大人びて、頼もしく見える。
「状況によっては俺たちに伝えるか悩むと思う。それでも信じて。みんなヴィオとクレアちゃんを助けたいと思ってる。皆で協力しないと助けることは出来ない」
「……連絡が来たら、セツナに言えばいいのか」
「その判断はワンちゃんに任せる。ヴィオとクレアちゃんの一番近くにいたのはワンちゃんだ。二人が一番してほしいことが分かるのもきっと」
クラス中の視線が集まったが気にならない。ラルスは頷いた。ヴィオとクレアには助けになっている。助けたいと思っている。自分に出来ることがあるなら何でもしたい。
「引き続き俺も調べてみるけど、何か分かったら教えてもらえると嬉しい。先生たちにはなるべく内緒ね」
セツナの言葉に全員が頷いた。
皆が当たり前にヴィオとクレアの事を心配し、協力してくれる。それが友としてラルスは誇らしかった。皆二人の事を心配しているし、助けたいと思ってる。だから、どうか元気でいてくれ。そうラルスはどこにいるか分からない友の幸運を祈る事しかできなかった。
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