8 ヴィオの秘密
どうなる事かと思ったデートだったが、結局、子どもたちと遊びつくしてあっと言う間に時間が過ぎた。セツナに報告したら文句を言われそうな気がしたが、ラルスには十分だ。今日一日だけで知らないカリムを沢山みることが出来た。それだけでラルスは楽しかったのだ。
子供たちと別れると背伸びをする。子供の体力というのは侮れず、なめてかかると体力を根こそぎ持っていかれる。カリムは体力はあるはずなのにペース配分を間違ったらしく、ぐったりと芝生の上に座っていた。いかにも貴族の坊ちゃんという凛とした佇まいが、くたびれたように見えて面白い。
「……子供ってすごいな……」
「すごいよなー。あいつらほんと元気」
カリムを立ち上がれないほど疲弊さえたというのに、子供たちは元気に「またねー」とかけていった。本当に強い。もしかしたら世界最強は子供かもしれない。
「お前、外出るたびにこんなことしてたのか……」
「いつもじゃねえよ。待ち合わせしてるわけでもねえから、たまたまあったら遊ぶって感じ?」
実はどこに住んでいるかも知らない。遊ぶようになった切っ掛けも覚えてない。ただ、気付いたら仲良くなっていて、一緒に遊ぶようになっていた。それがお互い楽しいから続いている。
「……お前がこんな風に過ごしてるなんて知らなかった」
「……そりゃ、俺もお前が休日何してるか知らねえし」
ぼそりと呟かれた言葉にラルスは答える。なんとなく空気がしんみりして、落ち着かない。日が暮れようとしているせいか、風もどこか冷たくて、もの悲しい気持ちになる。
セツナが「君たちは話し合いが足りない」と言っていたのを思い出す。
その通りだと今日一日だけでラルスはよく分かった。ラルスとカリムは同じ部屋で過ごしていたのに、お互いを知ろうとしなかった。線を引いて、距離を置いて、お互いにお互いを見ないふりをした。その結果がこじれた関係だ。
芝生に座っているカリムとその隣に立っているラルスの距離は離れている。今朝、学院を出る時とさほど変わっていない。今朝はそれでいいと思ったのに、それが少し寂しい。一日もたっていないのになんでこうも気持ちが変わるのか。
「……もっとお互いの事を知らないといけないかもな……」
カリムがぽつりとそんなことをいうから、心を読まれたのかと一瞬焦る。見ればカリムは地面を見つめていた。
水色の瞳が伏せられて、オレンジ色の髪が風で揺れる。整った横顔。綺麗だなとラルスは思った。
「……次は、お前の休日に付き合う」
ずっと見ているととんでもないことを口走りそうなので、ラルスは視線をそらしながら言う。カリムの視線がラルスに向けられるのが分かった。それが妙に恥ずかしいのは何故なのか。
「お前みたいな面白さはないぞ」
「休日に面白いも何もないだろ。ただ好きな事する日なんだから」
「それもそうか……」
カリムは少し考えてから、頷いた。
「来週は学院で勉強だな」
「何で!?」
「私の休日に付き合うんだろ?」
「それ休日じゃなくねえ!? 何で休みの日まで勉強してんのお前!」
「父と兄の名に恥じないような立派な大人にならなければいけないからな」
「……お前、真面目だなあ……」
曇りなき真っすぐな目で胸を張るカリムを見たら、突っ込む気力も失せた。
素直にすごいと思ったのもある。家族を尊敬しているからこそ、家族に恥じないような自分になるために努力をかかさない。当たり前にそれを出来る姿がラルスからすると眩しく見えた。
「……飽きても怒るなよ」
「状況によるな」
いつも通りの無表情。前だったらそれにイラついたのに、今はイラつかない。この感情の変化は何だろう。
夕日の中、学院へ向かいながらラルスは考えた。けれど答えは見つからない。ただ前よりずっといい気分だ。それだけは間違いないと思えるのがうれしかった。
「ヴィオとクレアちゃん帰ってるかなー」
「……お前はほんと二人が好きだな。やけに一緒に出歩いているようだし」
なぜかカリムがムッとした顔をする。匂いも不機嫌になったのを感じて、ラルスは目を瞬かせた。なんでこのタイミングで機嫌が悪くなるんだろうと。
「お前、ヴィオとクレアちゃん嫌いなの? あんなにいい奴らなのに?」
「………………嫌いではない……」
では何で視線を思いっきりそらしているうえに、眉間には皺が寄っていて、間が空いているんだろう。匂いも不機嫌そうだし。
「お前、俺を嫌うのはいいけどヴィオとクレアちゃんはダメだからな! あいつら嫌うのは俺が許さねえ!」
「だから嫌いとはいってないだろ! 何でそこでお前が怒るんだ!」
「大好きな友達嫌われたら、誰だって怒るだろ!」
「お前は……!」
カリムが久しぶりに大きな声を出す。ラルスを見上げて、大きな瞳を吊り上げて、睨みつけてくる。それにラルスは動けなくなった。何故か分からないが、黙って聞かなければいけない気がした。
「ヴィオのことが……」
「ラルス! カリム!」
カリムが何かを言おうとした瞬間、かき消すように声が響く。そのことにラルスは少しほっとした。カリムの表情は真剣で、聞くのが少し怖かったのだ。だからわざとらしいくらいに声の主の方へと向き直ったのだが、視界に入った人物を見て驚いた。
学院の門が見えるほどの距離とはいえ、セツナが青嵐も連れずにこちらへと走ってくる。いつも余裕が見えるセツナらしからぬ焦った顔。見れば校門の方もいつもより人が多く、騒がしい。
市の活気とは違う、嫌なざわめき。それに気づいたラルスは駆け寄ってくるセツナへと近づいた。
「何かあったのか?」
「ヴィオとクレアちゃん見てない?」
ラルスの問いには答えず、セツナはラルスとカリムを交互に見る。カリムが首を振り、ラルスが「見てない」と答えるのを聞くなり、セツナはイラついた様子で前髪をかきあげた。その顔には不安と混乱も見えて、ラルスは嫌な予感に体がこわばるのを感じた。
「ヴィオとクレアちゃん、何かあったのか……?」
声が震える。嫌な予感が増せば増すほど、聞きたくないと直感が告げる。けれど、聞かなければいけないと理性が訴えた。
セツナはラルスを見る。いつも通りの人をバカにしたような顔で笑ってくれればいいのに、セツナの表情は険しい。
「ヴィオが街で大暴れして、クレアちゃんと一緒に行方不明。死人はいないけど怪我人は何人か」
「は?」
言葉が耳を通り抜けていく。聞いているのに意味が分からない。異国の言葉を聞いたかのように飲み込めずに、ラルスは唖然とセツナを見つめた。
「ヴィオが……暴れたって……何で?」
「分からない! 詳しい事情が入ってこない!」
「何か理由があるんだって! ヴィオが理由もなく誰かに怪我させるはずねえし!」
ヴィオが常にはめているガントレットは人に怪我をさせないためだ。わざと造りを荒くすることによって、力が入らないようにしている。そうしないと怪力な自分は意図せず他人を傷つけてしまうからと。そんなヴィオが意図的に誰かに怪我をさせるわけがない。
「わかってるよ! でも状況が悪い……」
「状況とは?」
黙って聞いていたカリムが口を挟む。焦りのあまり我を失っているラルスを落ち着かせるためか、ラルスの前に出てセツナと向き合った。セツナはカリムを見て、少しだけ冷静さを取り戻した様子だったが、気まずげに下をむく。
「……ヴィオ……よりにもよって竜種……、黒竜だったんだよ……」
鈍器で殴られたような衝撃が走った。
全種族の中でもっとも創造神に愛されたとされる竜種。その中でも特に希少とされ、他の種族とは共存できないと言われているのが黒竜。テリトリーを持たず、ひとところにとどまらずに移動し続けている彼らは災厄の竜と言われている。理由は彼らの持つ種族特性が非常に危険なため。
「国はヴィオが魔力暴走を引き起こす前に、討伐しようとするだろうね……」
黒竜は周囲にある魔力を吸収するものの上手く使いこなすことができず、いずれは容量を超え、我を忘れて破壊の限りを尽くす。そういう種族である。
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